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【E》te-r-na《L】  作者: 夜方宵
12/12

エピローグ

 あれからしばらく経った。


 翌日から永遠は学校に通うようになった。瑛奈はとても喜んでくれたし、祖母だって特に何も言いはしなかったが孫が元気を取り戻してまた一緒に食事をしてくれるだけでとても幸せそうだった。


 イマーゴとの戦いだって続けている。


 勿論、永遠一人ではない。毎日久遠と一緒に街を巡回し、協力してイマーゴと戦い、人々を異形の魔の手から守ることに努めている。


 久遠といえばだが、彼女にはある大きな、それはもう大きな変化があった。


 それは学校での態度だ。


 四六時中、永遠にべったりなのである。


 休み時間にべったり。昼休みにもべったり。やたらすると授業中にも強引にべったりしてくるのだ。噂話によると、今度席替えがある際には何が何でも永遠の隣になろうと今のうちから秘密裏にクラスメイトの買収を進めているとか。


 そんなこともあって同級生の間では氷の女王などと言われていた久遠が、今度は周囲をドン引きさせることで空気を凍りつかせたというのは、永遠にとっては頭を悩ませたくなるような笑い話であった。まあ冷たくされるよりはマシだからと、永遠自身が久遠に何も言わないでいるのも一つの原因ではあるのだが。


 ともかくも、華蓮の件を経て瑛奈や久遠との絆を深めた永遠は、最近はとても穏やかな日々を送っているのである。





 今日は平日の早朝。


 普通に学校はあるのだが、永遠の姿は登校通路からは大きく逸れた場所にあった。


 そこは墓地であった。大切な友達の眠る場所だった。


 永遠の隣には瑛奈の姿もあった。


 二人並んで手を合わせる。


 その墓石には、御木本家と彫られていた。


 ――そう、穂香の眠る墓である。


 永遠と瑛奈は毎朝、学校に向かう前に穂香に手を合わせていくことにしているのだ。


 ちらと永遠が見やれば、隣の瑛奈は長いこと手を合わせている。


 瑛奈が何を思っているのかは、永遠には分からない。きっと昨日見たテレビのことだとか、学校であった面白い話だとか、そういうのを話してあげているんだろうなと、永遠は思う。


 永遠だって似たようなものだった。こうやって手を合わせて、生前の穂香に話しかけていたのと同じように他愛もない話を心の中で語りかけるのである。


 今になったって永遠は自分が許されたとは思っていない。穂香を死なせた罪が償われる日など来るとは思っていない。


 けれど永遠は語りかけるのだ。いつだって自分のことを気にかけてくれた幼馴染が、友達が、大切な親友が、今このときもにっこりと笑って自分の話に耳を傾けてくれているのだと、そう信じて。


「行こっか」


 瑛奈が立ち上がり、言った。


「うん」


 頷いて、永遠も立ち上がる。


 また来るね。


 そう心の中で穂香に語りかけ、微笑んで。


 永遠と瑛奈はその場を後にするのだった。





 そして昼休み。


 永遠と久遠は屋上から宇水の街並みを眺めていた。


 周囲を山に囲まれた、さほど高くもないビルの群れ。そしてそれらの合間を縫って走る車、歩く人々。相変わらず都会になりきれない田舎町の姿がそこにはあるのだけれど、やっと全国ニュースに名前を出さずに済むようになった故郷の雰囲気にだけは変化があって、以前のように落ち着いて穏やかな街になったと永遠は思う。


 昼食を済ませた男子達がグラウンドで元気にはしゃぐ声を聞きながら、二人はぼんやりとフェンスに凭れかかる。


 夏にはまだ随分と早い時期とはいえ、雲一つない空の上、張り切って輝く太陽にじりじりと焼かれていた二人の肌を心地良い涼風が撫でていった。


「やっと屋上に入れるようになったね。長いこと待たされちゃったよ」


 永遠が言った。


「ここが封鎖されてしまったのは、私達があちこちに武器を叩きつけて傷跡をつけてしまったせいなのだけれどね」


「確かに。みんなに謝らなきゃいけないのは私達だったね」


 久遠の冷静な返しを受け、あはー、と永遠は笑って誤魔化す。


 再び開放された今となっては永遠達がつけた傷も綺麗に埋められており、屋上は本格的に以前の姿を取り戻していた。


 本当に、一つの痕もない。


 けれど何もなくたって、永遠はここへ来る度にあの日を思い出す。


 数週間前まで宇水の人々を襲っていた、そしてこの場所で終息を迎えた悲しい事件。


 愛愛門華蓮のことを、永遠は思い出すのだ。


 彼女は、確かに間違っていた。


 イマーゴという人を殺す化け物を匿い続けるという行為は、決して許されるものではなかった。


 けれど彼女が単に加害者であったとは、永遠は思わない。


 ある意味では、彼女は被害者であった。


 孤独であり続けなくてはならない宿命を与えられ、それでも見つけた唯一の希望。それを失ったとあれば、たとえあんな風になり果ててしまったのだとしても、それを一方的に悪だと決めつけてしまうことは永遠にはできなかった。


「ねえ久遠ちゃん」


「なに」


「久遠ちゃんはカレンさんのこと、悪い人だったって、そう思ってる?」


 しばし押し黙り、久遠は言った。


「そうね。途方もない数の人間を、自分の孤独を慰めるためだけにイマーゴの餌にしたことは到底許されることではないわ。だから愛愛門華蓮は悪よ。それは間違いない」


「……そっか」


「けれど私は、彼女を責めはしないわ。だってあの悪は、彼女だけにあり得たものではないのだから。あれは誰にだってあり得る悪。ソリテュードになってしまった人間になら、誰にだってあり得る悪だもの。私だって、もしも大切な人を失ってしまえば……」


 そう言って、久遠はちらと横目に永遠を見た。


「それに、本当に裁かれるべき奴は他にいる。それは愛愛門華蓮を……いいえ、私達をこのシステムに陥れた奴。巧妙に仕組まれた孤独と絶望の輪廻へと私達のことを嵌め込んだ奴よ」


 遠くを見据える久遠の瞳が鋭くなる。


 永遠に分からないはずもなかった。


 久遠の言う本当に裁かれるべき悪とは、あの男のことだ。


「ジョーカー……!」


 そう、あの男こそが悪そのものであり、真の加害者。だから永遠は華蓮のことをある意味では被害者だと、そう言ったのである。


 あの厭らしく歪んだ仮面を思い出すだけで沸々と永遠の中に怒りが湧く。そして同時に永遠は、孤独に押し潰され、絶望に飲み込まれ、独りぼっちで死んでいった人達のことを思い悲しまずにはいられなかった。


 わななく永遠の手に、久遠の手が重なった。


「大丈夫よ」


 静かに、けれど力強く久遠は言った。


「私はずっと永遠の側にいる。どんなことがあっても、私はあなたの手を離したりはしないから」


「久遠……ちゃん」


「あなたの望むことが、同時に私の望むこと。あなたの進む先に私の未来もあるわ。だから、大丈夫」


 そして久遠は、微笑んだ。


「だってあなたは、私の大事な友達だから」


 それはまだぎこちなくて、随分と固いものだったけれど、永遠の心を充分に温かくしてくれるものだった。


 だから永遠もまた、久遠に微笑み返した。


「うん。ありがとう、久遠ちゃん」


 そうだ。


 確かにこの先もつらいことや苦しいこと、悲しいことが多く待ち受けているのだろう。


 この身を傷つけ、誰かを傷つけて、血を流し涙をも流す日が待っているのだろう。


 そして自身の決意の下、いつか自分達を残酷な戦いへと誘った道化師との決着をつけなくてはならないのだろう。


 けれど、せめて今だけは。


「私もずっと、あなたと一緒にいるよ」


 大切な人が隣にいて、笑ってくれる今だけは。


「――大切な友達の、あなたと一緒に」


 自分も笑っていたいと、そう思って。


 永遠は久遠の手を握り返したのだった――。


最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。


拙い作品ですが、少しでも暇潰しのお供になれたのでしたら幸いです。

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