決心
カズキにサキの事を話そうと決めて、早くも一週間が過ぎた。覚悟は決めたはずなのに、なかなか実行に踏み切れない。
「……はあ」
隠し事も逃げ腰も、全然趣味じゃないのに。今の私にとって一番大切な事をさえ、友達に伝える事のできない自分が情けない。
仕方無いわよ、とサキは言う。
他の人に話してしまうと、もうそれは自分たちだけの問題じゃなくなるものね。それに、隠し事をするのは、何も悪い事じゃないわ。大切な人を傷付けないように、あえて口をつぐむという選択がある事を忘れないで。
ありがとう、と私は言った。
分かってるよ、ありがとう。でもこういうのは、いつか誰かに話す必要があるんだ。特に将来の事を考えると、最低限家族と仲の良い友達くらいには言っておかなくちゃ。今回は、そのための練習だと思えばいいよ。
大丈夫?
大丈夫だよ、カズキなら。
サキにはそう言ったものの、正直不安だ。受け入れられる事を求めてる訳じゃないはずなのに、拒絶されたらどうしようと思ってしまう。
意を決して、携帯電話をつかむ。
……当たり障りの無い会話から始めよう。
『昨日、ケンジがのろけてきてさ』
これでいい。他人の恋愛の話からなら、私の話にもシフトしやすいだろう。
既読はすぐに付いた。
『何あいつ、まだマコと付き合ってんの?』
『んな訳無いじゃん。今はユリ』
速い既読に、速い返信。相変わらず律儀なやつ。
『あいつの彼女って、大体三ヶ月スパンだもんな』
『そうそう。もって四ヶ月』
『最短で三日だっけ』
ここで思わず、くすっと笑う。
『何であんなやつがモテるんだよ』
『顔でしょ。じゃなきゃもっと長続きするってt』
『言えてる。あとお前、誤字ってるぞ』
おっと。勢い込むとすぐミスタイプする癖、直んないなあ。
『……そう言えば、アオイはどうなの』
『何が』
……お、これは。
『彼氏とか、できた?』
はい、来た。こっちから切り出す前に、向こうから振ってくるとは。
どう答えたらいい?
思案しながらふと窓を見ると、いつの間にか雨が降り出していた。懐かしいような水の匂いが私を包み込むにつれて、私は静かに覚悟を決めていった。
『……その事、なんだけど』
どう書こうか。
『カズキには、言っておきたくて』
『?』
『実は今、付き合ってる人がいるんだ』
『おー』
『それでね、今度一緒に会ってほしいんだけど』
『別に良いけど、何でまた』
ですよね。そうなるよね。
『詳しい事は、会った時でいい?』
『了解。いつにする?』
『早い方がいいな。明日はどう?』
『OK。じゃあいつものカフェで六時半』
『決まりだね』
私のその言葉を最後に、私たちの間のメッセージは途絶えた。
「……はあーっ」
携帯電話をぽいとベッドに投げ、床のラグに突っ伏す。
「サキー」
「はいはい」
サキはペアのマグカップを持って、キッチンから出てきた。
「はい。……言えた?」
「ありがと。……言えた。明日会う事にしたよ」
「そう。頑張ったわね」
よしよし、と頭を撫でてくれる。えへへと笑って、マグの中身を一口飲んだ。
「あ、ミルク」
少しぬるめに温められた、蜂蜜入りのミルク。少しお酒も入っているのか、飲んだ瞬間身体がかあっと熱くなる。おいしい、と言うと、サキはにこっと笑って私の頭をまた撫でた。
「それ飲んで、今日はもう寝ると良いわ」
「えー、やだ。まだ起きてる」
「だめよ。ここ一週間、あなた良く寝れてないでしょう。そんな調子じゃ、また身体を壊すわ」
う、ばれてる。
「全く。たった二週間の間に二度も倒れられたら、こっちの神経がもたないわ」
「分かった、よー」
私はミルクをごくごくと飲み干し、カップをくるっと回す。サキは私を真似て、まだ半分ほど中身の残ったカップを手の中で器用に回し出した。
私はしばらくそれを眺めていたが、数分もしない内にお酒が効いて眠くなってきた。ぐらぐらと頭を揺らし始めた私に気付いたサキは、床にカップを置いて私の頭を支える。
「アオイ、ここで寝ちゃだめよ」
「んー、……」
「ほら、立って。ベッドまで歩ける?」
サキは立ち上がって、私の両脇を抱きかかえた。動きたがらない私を巧みにあやしながら、ベッドへ引っ張っていく。
「はい、着いたわ」
「うん」
ふらふらとベッドに倒れ込む。すぐさま丸くなった私に、サキは優しい微笑を浮かべた。
「おやすみなさい」
「ん、おやすみー」
サキは床に膝を付き、私と目線を合わせた。へらりと笑いかけると、額にキスをして応えてくれる。穏やかなまどろみの中に私が沈んでいくまで、サキはずっとそうしていた。
目を覚ますと、サキは昨夜の姿勢のまま眠ってしまっていた。唇は私の顎の位置まで滑り降りていて、伏せたまつ毛がすぐ目の前にあった。
……きれい。
思わず息を呑むほどに、彼女は美しかった。この美しい人と、私は付き合ってるんだ。大きい声で、色んな人に自慢して回りたい。この人、私の彼女なんですって。
サキという恋人の事も、彼女と付き合っている私の事も。誇りに思う事こそあれ、恥じる事なんて何一つ無いんだ。どうして、私はこんなにも簡単な事に気付かなかったんだろう。
カズキに会おう。会って、私たちにまつわる全てを話そう。
何も怖くない。私の恋人は、このきれいな女の子なんだって胸を張って言える。