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攻防

けだるさを引きずりながら路地を出る。未だに紅潮したままの、サキの頬が美しい。

「予想外だったわ。あんな所で襲われるなんて」

「よく言うよ。最初に仕掛けてきたのはそっちじゃん」

弱々しく抗議するような物言いに、思わずにやっとしてしまう。

「サキー」

「……何」

「かわいい。大好きだよ」

「……何言ってんの」

珍しく、サキが露骨に照れていた。素っ気ない物言いは、明らかに照れ隠しだ。こんな彼女も愛おしいと、素直に思ってしまう。

「バカな事言ってないで、早く街へ出ましょう。お茶だけして帰るって訳でもないんでしょ?」

明らかに話題を逸らしたサキに、こみ上げる笑いを噛み殺した。このかわいらしい女王様を、今日は一体どこへ連れて行こうか。


結局今日もまた、昨日とおおむね変わらない一日を過ごした。昨日と違う点といえば、二人の物理的な距離感だ。動いてもぎりぎり肩が触れない距離がもどかしく、私は何かと言えばサキにくっついていった。

「サキ、クレープあるよ。食べたくない?」

「そんな事言って。あなたが食べたいんじゃない」

呆れたように笑いながら、絡ませた腕をそっとほどく。

……む。

「まあまあ、いいじゃない」

再び腕を組む。

「いいけど」

ほどく。

「じゃー行こっ!」

組む。

「はいはい」

払いのける。

ひどい。

こんな攻防を続けながら、クレープを売っているワゴン車にたどり着く。

「サキ、どれにする?」

「アオイは?」

「うーん……イチゴか、チョコブラウニー。どっちにしよ」

「わかった。そこの木陰で待ってて」

「わかったって……ちょっと!」

私、まだどっちか決めてないし!

どんだけ早く食べたかったの……って言うか、サキもやっぱりクレープ食べたかったんじゃん。

やがて戻ってきたサキは、両手に一つずつクレープを持っていた。サキは何味にしたんだろ?

「……あれ?」

サキが手にしていたクレープは、イチゴとチョコブラウニー。サキはにっこりと笑って、私に言った。

「半分ずつ食べましょう。これなら、両方食べられるでしょう?」

……うわ、どうしよ。今ものすごくキュンとした。

「ありがと。でも、良かったの?」

「いいのよ。アオイが喜んでくれて何よりだわ。それに、」

彼女はおもむろに、ブラウニーの方を私に差し出した。反射的にかぶりついて一口食べる。顔を上げた瞬間、思いがけず近くに迫っていたサキの顔に心臓が跳ねた。

……あ、イチゴ味。

自分の唇に付いたブラウニーを舐めながら、サキはふっと笑う。

「……一度で二度おいしいって、こういう事じゃない?」

「……もう、バカ」

またやられた。結局、私はこの人にドキドキさせられ通しだ。やられっぱなしも悔しいので、こちらからもやり返す。

「サキー」

「ん、な……」

なに、と言おうと開きかけた口を、手で塞いでその上からキスする。

「味、混ざっちゃうじゃん」

私は笑って、そのままサキの顔中に口づける。

額に両頬。整った鼻梁に唇を落とすと、彼女はくすぐったそうに目を閉じた。その隙に素早くブラウニーを口に含み、口移しでサキに食べさせる。

「……っ、!」

彼女は苦しげに息を弾ませながら、頬を染めて私を睨み付けた。

「……なに、するの」

「お返し」

「……この、」

サキは乱れていた呼吸を整えると、私の頬を掴もうとする。きゃあきゃあ笑いながら仰け反ると、ブレたサキの人差し指が私の口に突っ込まれた。

「!」

「ん、むっ……!」

何となく顔を上げて、サキと目を合わせる。

どきっとした。

この目を何と表現しよう。熱くとろけるような、甘い目付き。サキはそのまま、指を曲げた。びくっと身体に電流が走る。熱い指先は歯列をなぞり、舌に絡み付く。おもむろに指が引き抜かれると、急な刺激にもう一度身体が跳ねた。

「全部、もらうわよ」

見れば彼女の指には、溶けかけたブラウニーがくっついている。彼女はまるで当然といった態度で、それを口に運ぶ。とても正視できなくて、慌てて下を向いた。

「甘いわね」

上から降ってきた声に、耳が熱くなった。

「……もーやだ。普通にクレープ食べようよ」

「そうね」

サキはくすっと笑って、ブラウニーの方を渡してくれた。

「こっちは、もう食べたから」

そう言って笑う彼女に、知らずまた顔が赤らんだ。


何だかんだで時間はあっという間に過ぎ、お昼前になった。

「アオイ、お昼どうする?」

「いつでもいいよ」

さっきクレープ食べたから、そんなにお腹空いてないし。

「じゃあ、もう少しぶらぶらしましょうか。……あら、あのお店」

「どれどれ……うん、気になる」

サキが指差した先にあったのは、見た事の無い小洒落た雑貨屋だった。新しいお店なのかもしれない。この辺りには何度も来た事があるけれど、こんな店があるなんて気付かなかった。

近寄って看板を覗き込む。店名は見慣れない文字の筆記体で書かれていた。

「何て書いてるんだろ。読めないや」

「Thé pour deux……ふたりでお茶を、って所かしら。変わった名前の雑貨屋ね」

え?

「何語ですか」

「フランス語よ」

「……サキ、フランス語喋れるの?」

「大して。第二外国語で選択したのが仏語だったってだけよ」

あ、なるほど。それでもすごいなあ。

「そんな事より、早く入りましょう」

「あ、うん」

サキに促されて、店内へ移動する。落ち着いた照明の、暖かい店だった。今はもう初夏だけど、外との気温差はあまりない。冷え性の私は冷房が苦手なので、それだけでも大いに好感を持てた。

「品揃えも素敵ね、ここ」

「うん」

小ぢんまりとした店内には、趣味良く洗練された品々が所狭しと並んでいる。中でもひときわ目を引くのが、ティーセットのコーナーだ。ティーカップやソーサー、さらには茶葉やお茶菓子まで豊富に売られている。店名からして、この店のコンセプトがこれなのだろう。

「どれもかわいいわね。ちょっと欲しいかも」

「一つ買っちゃえば? サキ、紅茶好きじゃん」

「アオイは?」

「私はいいよ。コーヒー派だもん」

「ああ、そうだったわね」

本当は、お揃いのカップとか買ってみたいんだけどね。仲良しって感じするもん。仕方ないよね、コーヒーにティーカップは合わないし。

「ねえ、アオイ」

ふと、サキが口を開いた。

「私、またあなたの家に遊びに行ってもいいのかしら」

急にどうしたんだろう。ともあれ、私は答えた。

「もちろんだよ」

「じゃあその時は、コーヒーを淹れて出迎えてくれる? もしあなたがそうしてくれるのなら、私はこれを買いたいのだけど」

そう言って彼女が示したのは、一対のペアになったマグカップ。二つのアルファベットが絡み合ったデザインのそれは、二つをくっ付けて並べると縦書きになった言葉が現れるようになっていた。

Je l'aime……ジュテーム。これは、私にも分かる。

「でも、サキはティーカップじゃなくていいの?」

「たまにはコーヒーも悪くないわ。それに、一つでもあなたとお揃いの物が欲しかったの。嫌かしら」

嫌だなんて、とんでもない! 私は頭をぶんぶんと振って答えた。サキは心底嬉しそうに笑って、「S」と「A」の組み合わせのものを手に取った。

「決まりね」

「うん。これで、いっぱいコーヒー飲もうね」

「飲み過ぎたら眠れなくなるわよ。その時は私が、ホットミルクを作ってあげる」

これから訪れるであろう幸福な時間を思い浮かべながら、私たちは連れ立ってレジへと向かった。


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