ある女の誤算
兵士に引き立てられ、私は民衆の前に放り出された。
降り注ぐ暴言。
こんなはずじゃなかったのに。一体私が何をした。
「さっさと精霊を鎮めろ!」
うるさい。
「役立たず!」
うるさい。
「神子様は何処だ!!」
うるさい、うるさい、うるさい!!!
「……………………じゃあ、あんたらが何とかしなさいよ」
ボソリ。
呟いた言葉に、一瞬場が静まり返る。
目の前の人間たちの顔がみるみる憤怒に染まり、次の瞬間怒声が倍以上になって返ってきた。
「うるっさいわねぇっ!こっちだって必死にやったわよ、でも言う事聞かないんだから仕方がないじゃない!!!なんなのよ、あの精霊共?!あの小娘の言う事には服従していたくせに!!!!!」
ギャーギャーと煩い雑音。全ての憤りを込めて、私は負けずに怒鳴り返してやった。
◇◇◇
私はとある国の名家の出身だ。
私の家系は精霊と通じる目と耳と口をもって産まれるものが多く、姉は「神子」を務めている。私も姉同様神子としての資質を備えて産まれ、次代の神子候補として順風満帆な生活を送っていた。
家でも外でも、思い通りにならないことなんてなかった。ペコペコと頭を下げる人間どもを自由に使い、気に喰わない奴は様々な手段で潰して貶める日々。
誰も私に逆らわない。だって私は次の神子。選ばれた人間だから。
(ま、継ぐ気はさらさらないんだけどね)
どうしてかって?だって神子の仕事は私には相応しくない。
精霊を見ることすらできない凡人にはわからないだろうけど、あいつらは基本酷く気位が高くて気難しいのだ。
神子の仕事はそんなあいつらの機嫌を必死にとり、もてなし、被害を押えてくれるよう懇願する事。毎日、毎日。
(なんて惨め。いくら王城暮らしで贅沢ができたって、これじゃ割に合わないわ)
選ばれた人間の私には、もっと華やかな仕事が似合う。けれどそれを口にすればこの生活が終わるのはわかりきっていたから、私は姉が私より長生きしてくれることを祈りつつ日々の生活を楽しんでいた。
だが、気まぐれの旅行として足を踏み入れたこの国。
そこで私は、衝撃の光景を目の当たりとする。
―――人間を見下すどころか人間の都合のいいように天候を融通している、従順な精霊たち。
「素晴らしい国だろう」
赤ら顔の農夫は自慢げに言った。
なんでもこの国の精霊は望むがままに空の雲を払い、雨を齎してくれるのだとか。にわかには信じがたい。
興味を持った私は、精霊と最も関係の深いこの国の神子を拝むため精霊と交流するための森の祭壇にそっと忍び込んだ。どうやって入ったかって?美人は得をする、とだけ言っておくわ。
祭壇からは見えない場所から視線を向ければ、何の特徴もない小娘と、見目のよい青年の顔が確認できた。
(なにあれ?あれが神子?)
小娘は十五、六歳といったところか。黒い髪と黒い目で、顔はいたって平凡。
青年の方は服装から察するにこの国の王だろう。金髪に青い目。確か今年で二十歳になると聞いた。
小娘は祭壇の前に立つと空を飛び回る精霊たちにひらひらと手を振り、二、三言付ける。
精霊はそれだけで小娘の周りで深く礼をし、諾を示した。
(まさか、あれだけ?)
あれだけで精霊が言う事を聞くのだろうか?
故郷の神子との違いに絶句する。
(………ああ、そうか。この国の精霊は元々こういう性格なのね)
精霊はそれこそ世界中にいる。なかにはあのような大人しい精霊たちもいるのだろう。
しばし考え、私はそう結論付けた。でなければ、あんな態度で精霊たちが従う理由がない。
(ここでなら、神子をやってもいいわ)
毎日一声掛けるだけの仕事。それだけで贅沢と権力がついてくるのだ。あんな小娘にはもったいない。
城下で情報を集めてみれば、小娘の立場は存外危ういものだった。
『どこの生まれとも知れぬ素性』
『若くして就いている神子という地位』
『凡庸な容姿と性格』
『野心家の王』
ここまで条件が揃っていれば、引きずり落とすことは造作もない。
「私は、西国の○○家の出身です。幼き頃から神子としての教育を受けてきました」
「お聞きするに、今代の神子様は十年前、幼き頃の王がどこからか連れてきたお方だとか。………無礼を承知で申しあげますが、今のような態度では、いずれ精霊様を怒らせてしまうやもしれません」
家名の権威を盾に謁見をもぎ取り、産まれ持った美貌を最大限に活用し、完璧な礼儀を披露した。集めた情報を基として考えた説得力溢れるセリフを、小娘に対する感情を逆撫でするような言い回しで添えて。
不安、不信、嫉妬。微かに感じられたそれを煽りに煽ってやった。
結果は御覧の通り。
急に城を出るのは大変だろうと小娘には三日間の猶予が与えられ、今日の朝、小さな鞄一つを持って城から去っていった。
(ついに私に相応しい生活が始まる。そう思っていたのよ?)
―――なのに、これはどういう冗談だろう。
小娘が城を去った途端、雪が国中を包んだ。
そればかりか、秒単位で陽が照り付け、雨が降り、風が吹きすさび、霧が漂う。
故郷の姉の真似をして宥めても効果なし。精霊は、こちらの言葉に一切耳を傾けない。
ゴミを見るような目を私に向けた王。
無表情ながら拘束する力が尋常じゃない、私をここまで連れてきた兵士。
怒り狂う、目の前の民衆。
背後から同じように罵倒してくる国の重鎮たち。
(なんなのよ、これは)
馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「………ふふ、は、あはは」
なんだか妙に可笑しくなってきた。その感情に逆らわず、私は口を開く。
「あっはは、あっはははははははは!!!!!」
突然笑い出した私に、周囲の人間はギョッと目を見開き、訝しげに眉を顰めた。
「はは、何よその顔!?気が狂ったかと思った!?残念、私は正常よ?馬鹿なあんたらが可笑しくてたまんないのよ、私だけを悪者にしている馬鹿なあんたらが!」
それに構わず、私はニタリと唇を吊り上げる。
「だって、ねえ?私が神子を名乗り出たって、あんたらが賛成しなけりゃ意味なかったのよ?あんたらは反対なんかしなかったじゃない。賛成しなかった奴だって、あの小娘を庇いやしなかったじゃない!!」
これは、城の奴らに向けて。
「神子交代の知らせが出たのは三日前よ?その間、取りやめを求める話が出たなんて、トンと聞かないわねぇ?知ってるのよ?あんたらが、『しっかりした名家の方についてもらう方が安心だ』『神子様は悪い子じゃないが、産まれも知れない子どもでは先行き不安だ』って噂してたのは」
これは、民衆に向けて。
「私が悪いの?私だけが悪いの?ねえ、どうなの?」
周囲を見回せば、苦虫を噛み潰したような顔。
(ああ。いい気味だ)
私だけが悪者だなんて冗談じゃない。
思い切り息を吸い込み、私は叫んだ。
「全部全部あんたらのせいよ!自業自得よ!私は何も悪くないっっっ!!!!!」