事の始まり
深々と雪の降り積もる城の庭を、一人の少年が歩いている。
歳は十歳ぐらいだろうか。綺麗な金髪と青い目の可愛らしい顔立ちだが、それが台無しになる程眉間に皺を寄せ、苛立たしげに足を運んでいた。
「何故、この雪は降り止まない」
ギリッと、少年は歯を噛みしめる。
この雪の原因は精霊なのだと母から聞いた。この国は雪を好む精霊の縄張りなのだから、仕方がないのだと。
「何のために神子がいるのか」
『神子』
それは精霊を視る目を持ち、精霊の言葉を聞く耳を持ち、精霊と話す言葉を持つ、特別な存在。
自然現象を操る精霊と交渉し、国に豊穣を齎すのがその役目。
しかし、現神子も、先代も、その前もその前も。この雪を降り止ませることはできなかった。
母は言う。それでも神子がいるからこそ、この程度で済んでいるのだと。
「だが、それでは、国は貧しいままだ」
少年は、国をもっと豊かにしたいと考えていた。
王族として生まれた自分にはその責任があり、その為に尽力することが責務であると。
けれども雪が国を覆い続ける限りそれは叶わない。
そして、どんなに悔しかろうと、今の自分にこの現状を変える力は無い。
(こんなことで、俺は将来国を守れるのか?)
悔しさに、つい涙が滲んだ。
多少大人びていても、所詮はまだ幼い子どもなのである。
慌てて立ち止まり何とかしようと目を拭ったが、一度湧き上がったそれは容易に止まらない。ボロボロと次から次に溢れ、少年はとうとう顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
(何で俺はこんなに弱いんだ?こんなにすぐに泣いて、これで次期国王が務まるのか?)
涙と共に不安が胸に押し寄せる。
悲しくて、苦しくて。少年は思わず呟いた。
「………助けて」
―――それが運命の分かれ道。
「いいよ」
ただの独り言に返る、甲高い声。
「………へ?」
驚いて少年が顔を上げると、すぐ目の前に自分よりいくつか幼い黒髪の少女が立っていた。驚きすぎて、涙が引っ込む。
「いいよ。助けてあげる」
「え、いや、待て待て。お前、誰だ?迷子か?」
少年の問いに、少女はニコニコしたまま答えない。
これが、王と神子の少女の出会い。
国が滅ぶ、十年前の出来事。