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学園史上ゲスな生徒会長選挙編 段政経研と雁美乃の立候補

 

 9月2日。


 わたし、雁美乃華琉は、天使の仮面を被った鬼姫どもの巣窟と言われる、経済研究会の部屋に行くことにした。

 情報では強力なOGが金主となり、教職員でも頭が上がらないという実力集団ときく。

 ぶっちゃけ、学園内で金貸ししている連中で、支払いさえ守ればなんともないが、支払いが滞ったら地獄の取り立てがあるという。


 ある先生は、高級外車を二束三文で取り上げられたりした。

 ある運動部は、試合遠征費を研究会から借り、返済のため飯場でバイトを余儀なくされた。

 高校生を飯場送りなんてありえないでしょ、と思いながらも先輩諸氏はみな恐れていることから本当なのかもしれない。


 もう一つの情報。

 これだけの力のある経済研究会なのに学園運営に不干渉を貫いている。

 これは、歴代の生徒会と研究会が互いに仲が悪いということらしい。

 学園中等部から上がってきた者で歴史を築き上げた生徒会は、実力集団で独自の力をもつ経済研究会が気に入らない。

 過去にその資金力を取り込もうと画策したり、利用しようとしたけどもことごとく失敗したのだ。

 代々、経済研究会は、生徒会を傍観しており、その不条理な運営にまゆをひそめていた。


 例えば、部費などの不公平な配分。

 生徒会の息のかかった部活やクラブに厚めに配分していること。

 これは、普通に生徒会の犬になりさがった部や、生徒会執行部のメンバーと各部の部長や主将と彼氏彼女の関係になっているものもある。

 とくに大体が運動系の部活が多い。

 そうでない部には、部費配分を盾に圧力がかけられ、嫌でも従わないとならない状態にある。

 そういうのは文化系の部活やクラブがほとんどだ。

 これは、安定した政権支持を得る原動力になる。


 もう一例は。

 学園には新旧様々な施設や設備がある。

 特に、別館の学生食堂や図書館などだ。

 この施設には、一切、生徒会は介入できない。

 これらを建てるのに莫大な資金が必要である。とてもじゃないが、生徒会の力では資金集めは不可能だ。

 そこで、資金は経済研究会が用立てるのだ。

 代々の経済研究会のOGは街の実力者ばかりで、メンツと見栄も半端ない。

 学園でそういった設備がほしいと要請があれば、我こそはと見栄の張り合い合戦がはじまり、予定の金額をはるかに超えるお金が集まる。

 余剰金の返却は受けてもらえず、全て設備に投入しなくてはならなくなり、学園自体が用意した僅かな資金と経済研究会の莫大な資金を使うものだから、設立計画をはるか斜めに上方修正することになり、スタイリッシュで複合的な施設に変貌してしまう。


 その施設は、収容人数も大きく、街の発展と貢献の理念のもと、一般市民にも開放している。

 安くて綺麗で使い勝手の良い施設はどれも大変好評で、その中でもひときわ人気なのは学生食堂だ。

 学食という名のレストランは、坂上の敷地内にあることもあり、市街地を広く展望できる。

 土日は家族連れの客でいっぱいになる。


 生徒会はその莫大な売上を誇る施設の管理を狙っているのだが、資金を提供した経済研究会のOGたちが生徒会の介入を反対したため、一切関わることができなくなっていた。


 雁美乃は、現生徒会と対立する、経済研究会の支持と支援を取り付けることにしたのだ。


 長く感じる廊下の先に目的の部屋があった。

 扉には経済研究会の文字。扉の前で立ち止まり、深呼吸3回、生唾をゴクリと飲み込んだ。


 そして扉を叩く。

 がん、がん、がん。


「たのもうー」


 大声で叫ぶ。


「開いてるよ」


 ドアの奥からアニメ声の気怠く退屈そうな声がした。

 扉を開くと受付席があり、そこに背の低い美少女が座っている。

 一年生か? いわゆるちびっコだな。

 髪に大きな赤いゼムクリップの形のヘアピン。

 もしかしたら、あたし雁美乃よりも背が低いかもしれない。

 退屈そうに頬杖付きながら、いかにも時間つぶしに何やら計算ドリルみたいなもの、ってか、桁がいったい何桁あるの? 見た目18桁? いや20桁はあるかも。

 ……なんてものをスラスラ暗算して書き込んでる。


 雁美乃は部屋の中を見渡すが他に誰もいない。


「ねえ、ちょっとあんた」

「なに」

「ここ、経済研究会だよね」

「そよ」

「あんたひとり留守番? 他の人誰も居ないけど」

「そね、ウチ留守番。他の人は集金中」


 ちびっ子はジト目で雁美乃を見る。


「会長の日ノ本さんいないの? 用事があるのよ。すぐ呼んで欲しいけど」

「はぁ」


 数秒の沈黙。


「だ、だからねっ、日ノ本会長呼んでよ」

「いるよー、目の前に。ウチが日ノ本」

「で、何の用?」


 おもわず、二度見してしてしまう、雁美乃。

 えー、目の前にいるちびっ子が当学園で目下暗躍中の激ヤバ要注意人物の日ノ本鬼子会長なの?

 ありえない、ありえない。

 この娘、きっと、わたしを試してるのだわ。

 それならばこっちも、試されてやる。 


「あんた、会長? 客が来たらお茶を出すのが礼儀だよね」

「ふむ、わかった。まあ、奥のソファーに座ってくれ」


 いきなり上から目線ね。

 ま、日ノ本会長のほうが学年上の先輩だしね。

 なんて高そうなソファーセットなの。

 白い革がしっとり、クッションもふわふわで。

 たかが生徒のしかも部にもなってない同好会みたいな連中がこんなもの所有するなんて許せない。

 生徒会長になったら粛清の対象にしようかしら。


 日ノ本会長と称する小娘チビ、踏み台を持ってきてそれに乗る。


 思った通り、あの娘、わたしより背が低わね、ぷぷ、踏み台の上に乗ってポットの湯を急須に入れてるわ、ぶざまね。


「茶だ、飲め。で、話は何? てか、おまい、誰?」

「わたしは一年OAビジネス科、雁美乃華琉かりみのかるよ。うわさに聞く日ノ本会長にいい話を持って来たわ」

「ほう、これはかなり怪しそうだな」


 雁美乃は三人がけ、日ノ本会長は対面の一人がけのソファーに座る。

 背格好は小娘だが、目つきと仕草からはなかなかの大物オーラが出ている。

 ふん、飲まれてたまるか、日ノ本会長を利用し、あんたを踏み台にしてやるわ。


「ほう。それで、そのいい話とは?」


「わたし、次期生徒会長になるわ。学園上がりのクサレ生徒会を潰したいの。そのための選挙資金と就任後の活動資金を融資してほしい」

「ふむ、たかだか生徒会選挙に資金が必要とな。担保とリターンさえあれば用意するが。その辺はどうだ」


 ふふん、乗って来た。


「担保はないわ。強いて言えばこのわたしの体ね。しかし、わたしが当選したあかつきには特別配当ハイリターンを約束する」

「して、その返済計画ハイリターンとやらも説明してもらおうか」


 雁美乃は声を低くそして耳打ちするように日ノ本につぶやく。誰にも聞かれまいと。


「ふむ、して、そういうことをウチにぶっちゃけてもいいのか」

「そうね。生徒会長になるためと、生徒会を掌握したあとも日ノ本会長には後ろ盾になってもらうからね。経済研究会の会長抜きにはなれないし、関係が続かないと雁美乃生徒会わたしの政権は続かないと判断したわ」

「生徒会長選挙の勝算は?」

「当然勝つわよ。今のところ、資金以外は人材および対立候補への選挙対策がほぼ整っているわ。まあ、対立候補は現副会長、2年生の有鳩あるばと以外いないと思われるし、ほかにいても後ろ盾がいない雑魚だからどうにでもなる。有鳩への罠やスキャンダルなどてんこ盛りに用意してるわ。資金については当然、日ノ本会長次第ね」


「おまい、なかなかのワルだな」

「当然の話しよ。日ノ本会長には儲けてもらうために全力を尽くすわ」

「ふむ、面白い。学園規則にも選挙に金使ってもいけないなんてないからな。よかろう、明日に必要な資金と契約書を用意するからまた来てくれ」

「会長、感謝するわ。それと、お金以外にもお願いがあるの。票がほしいのよ。段政経研の後ろ盾、つまり推薦してほしい。当然、研究会メンバーと投票権を持つ債務者の票もね。条件としてわたしの生徒会長任期中の利息を私が肩代わりするわ。で、何票ぐらいあるかしら」


「ふむ、よかろ。雁美乃を生徒会長に推薦してやろう。返済もあるからな。それと、ウチらの集められる票としては、最低、40~50票はあるだろう。債務者の情報は明かせないがな。飯場バイト行きの連中も抱き込めば100票近くは増えるかもね。いくつかの部活の連中にも遠征費やら設備費やらで融資してるところ多いからな」


「日ノ本会長、ぜひ、よろしくお願いします。わたしはこれから協力者を集めて作戦会議があるので失礼するわね」


 雁美乃は立ち上がり、笑みを隠すように日ノ本に深く会釈し、笑みを消し去ってから頭を上げ退室する。

 日ノ本会長もニヤリと不敵な笑みで雁美乃を見送る。


 ◆


 9月29日。

 段子坂政商学園高等部の体育館兼講堂。

 高等部全生徒が集まり、生徒総会絶賛開催中。


 あれが生徒会か。会長ともなるとべっぴんさんね。まあ、生徒会長とかは容姿で決まることも多いからな。

 全生徒の見守る中、3年生の生徒会長、万花野まかのが壇上で生徒会からの連絡やらの話をする。

 端正な顔立ち、黒髪のロングヘアー、癖毛のないまっすぐさらさら。アンダーフレームのメガネ越しに見える瞳はここに集まる全学園生徒を見据えている。色白ではあるが決して病弱でなく、美人としてのカラーと言うべきか。

 上品かつ凛とした声で壇上からどうでもいいようなことを話している。

 眠くなっちゃうよ、はやく、アレについて話しなさいよね。


「生徒会は来月の10月31日をもって、任期終了に伴い、現生徒会を解任します」

 はい、キタコレ。待ってました。生徒会解散宣言。


「次期、生徒会長選出にあたり、私達、生徒会は慣例により、2年生の現生徒会副会長の有鳩あるばとアナスタシアさんを推薦します。有鳩さんは今期生徒会の中でも十分にその職務をはたし、また人物的にもすぐれており、みなさんの期待に応える生徒会長を務めてくれるでしょう」


 万花野生徒会長は壇上を一礼し、席に戻り、代わりに副会長である有鳩アナスタシアが壇上に上がる。

 彼女はイタリア系ハーフと聞く。高身長に白い肌、少しばかりの癖っ毛と茶髪のセミロングヘアーなのが特徴だ。スタイルもいい。日本人ばなれした麗女で人当たりもよく人気もある。


「推薦頂きました、有鳩です。現生徒会の会長及び、メンバーとともに今季の学園運営に携わってまいりました。この貴重な経験を活かし、さらなる学園運営に邁進したく存じます。どうかよろしくお願いします」


 有鳩は一礼をして席に戻り、また万花野生徒会長が壇上に上がる。

「他に立候補者がない場合、無投票にて有鳩さんが次期生徒会長になります。一応、今週一週間、立候補受付します。立候補者が出てきた時点で選挙管理委員会を発足します」


 よし、ここからが私の出番だ。


「はいっ、はい、はーい、わたし、一年OAビジネス科、雁美乃華琉かりみの かる、生徒会会長に立候補しまーす」


 挙手というより手を振ってやったわ。

 まあ、あたしの場合、まだ一年生だし、悔しいけど現生徒会の会長、副会長より幼い感じがするのは仕方ないわね。

 まあ、見てらっしゃい、この雁美乃、こずるくてヌルイ現生徒会を破壊してやりますわ。


 万花野生徒会長は唖然としていたところを取り繕いながら続ける。


「か、雁美乃さん、候補者登録して頂きますので後で生徒会室にお越しください」

「なによ、いま手をあげちゃダメなの?」

「候補者登録してから初めて立候補者として認められますの。それと学園規則のとおり、推薦者の推薦状も用意してくださいね。教員推薦と部活動部長推薦の2通用意してくださいね」


 ふん、推薦なんてないと思ってるわね。こちとら学園規則はすべて把握してるわよ。推薦なんて余裕、余裕。だから、今の生徒会はヌルすぎるのだわ。


「それでは、一年生の雁美乃さんが立候補しましたので、各クラスから一名づつ、選挙管理員を選出してください。なお、他にも立候補者がおりましたら一週間以内に各担任か生徒会まで申し出てください」


「それでは、本日の生徒総会は閉会します」


 生徒たちのざわめきがまだ止まらない。


 ふん、ざわめくのはこれからが本番ですわ。驚きサプライズてんこ盛りで召し上がれ。


 ◆

 その日、昼休憩。


 わたし、雁美乃は生徒会室に行く。

 そして扉を叩く。

 がん、がん、がん。


「たのもうー」

「どなたですか? もっと、丁寧にノックしてください」

「1年OAビジネス科の雁美乃です。失礼します」


 ドアを開けるとおばさん? いや、地味なメガネの3年生がひとりいた。


「さっきの生徒総会で立候補を表明した雁美乃です。生徒会長立候補しますんで登録してください」


 おばさん、いや、先輩は露骨に嫌そうな顔でジロリとこちらを見る。


「あなたねえ、1年生のくせにしゃべり方や素行が乱暴すぎるわ。そんな人が生徒会長なんてムリよ、帰りなさい」

「なによ、生徒会長が来なさいって言ってたから来たんじゃない。立候補登録、はよ」

「失礼なコね。ここは、あなたみたいな下品で小生意気な生徒が来るところじゃないの。お帰りはあちら、出て行って」

「あんた、いい加減にしないと怒るわよ。あんたらの生徒会長様の言うことも聞けない執行部て、底が知れてるわ」


 メガネの地味な先輩は忌々しく睨みつけながら、一枚の紙を引き出しから出す。


「……ここにあなたの学年と名前、推薦者欄には、学園の教師または職員の名前と、推薦をもらった部の部長名を書いて、それぞれ印をもらってきてください」

「おーけー、最初から出してくれればお互い感情的にならなくてよかったのに。すぐにハンコをもらってくるからここで待ってらっしゃい」


 職員室。


 どうも、職員室は苦手だ。ここは生徒という身分ではアウェイ感がパねぇわ。

 目立たないように扉を開け、1年OAビジネス科の担任、田中先生を探す。

 教師どもが私をチラ見する。ふん、老害どもめが。

 田中が……いない。

 他の先生はあまり好きじゃないし。

 そうだ、先に段政経研の日ノ本会長のハンコもらっておくか。


 天使の仮面をかぶる鬼の園、経済研究会。


 がん、がん、がん。


「たのもうー」

「うるさい、またおまえか。雁美乃、はよ入れ」


 と、日ノ本の声。


「んじゃ、失礼します」


 おっと、先客がいる。

 白いソファーの後ろ姿は、数学の三下みつした先生か。

 三下先生は、日ノ本会長と相対して白いソファーに座り、うつむいている。

 ま、私にはどうでもいいことね。


「おっしゃるとーり、雁美乃です。日ノ本会長、忙しそうなんで手短に。ハンコちょうだい」

「おまいにやるハンコは1ミリたりともない」

「ちゃう、この書類にハンコ押すだけよ」

「おう、段政経研会長のウチに連帯保証人のハンを押させるったあ、おまい、どんだけ偉くなったんか」

「会長、アホなこと言わんといてください。わたしがその偉い生徒会長様になるために推薦者のハンコを押してくださいって言ってるんです」

「ふむ、最初からそう言え」

「保証人なってほしいなんて、1ミリたりとも言ってないわよ」


月並つきなみさん、こいつうるさいんで特大角印でも押してやってくれ」

「はーい」


 特大冷蔵庫に見えた白いアレが金庫か。

 なんとスタイリッシュな。


 一年生の月並さんは1000mlの牛乳パックのような角印を重そうに取り出す。

 つか、その角印デカすぎじゃね?

 当然、印面が朱肉皿よりも大きいので、朱肉を一生懸命擦り付けてる。

 月並は先に渡した、立候補登録書類と推薦状の推薦者欄を凝視する。


「会長、捺印欄をはるかにハミ出る大きさなんですがいいでしょうか?」

「かまわん、撃て」

 はるか宇宙の彼方の独裁者、顔色の悪い総統閣下のようなセリフを吐く。

「りょーかいです」


 どごん。

 どんだけ、重たい角印なんだ?

 重量感たっぷりの打撃音とともに、登録書類の推薦者欄に「鬼子」の朱い二文字。


 がこん。

 推薦状にもイヤミったらしい「鬼子」の朱文字。

 印面が雑すぎて、イモ版にしか見えない。

 それにあまりの重さに、書類の紙が圧縮されて裏写りしてるじゃないですか。


 日ノ本会長は月並さんから書類をうけとると、ボールペンでちゃっちゃっと署名サインらしきものを書き込むが、凄まじく達筆過ぎて読めない。


 日ノ本会長は書類を見渡して、何かひらめいたようだ。


「ふむ、教職員の推薦者欄は空欄だな。そうだ、雁美乃。ついでだから三下先生こいつのハンコを買ってやらんか、4万でどうだ?」

「少し高いけどこんなもの早く済ましたいからね。いいわ、4万で買うわ」

「というわけで、三下、おまいのハンコを2万で買ってやる。雁美乃、ここでおまいの書類に押してもらえ」


 三下は、怯えた目で訴えかける。


「ひっ、日ノ本さん、4万って買ってくれるといったじゃないですか? 差額はどうなるの」

「たわけっ、4万で仕入れて4万で売ったら儲けがないだろ。第一、おまい、今月もまともに支払いが出来てないウジムシのくせして」

「ひどいじゃないですか、教師であるわたしのハンコを本人の意志がないところで売り買いするなんて」


 見た目、中学生のようなちびっ子が中年教師を恫喝している構図はここだけか。

 ありえん、面白すぎて思わずワロタ。


「たった今、一万五千円になりました。三下先生のハンコの価値が只今絶賛大暴落中です」


 利益増額、入金確定すると、見た目通りのかわいい言動になる日ノ本会長、変わり身がパねえ。


「な、なんで?!」


 三下先生は涙を流しながらあわてて押す。日ノ本会長は書類を取り上げ、ちらっと確認する。


「ふむ、あのなあ、三下よ。返済できねえクサレ外道のくっせえハンコに、値打ちが付いただけでもありがたいと思わねえか?」

「…はい」

「そうだ。ゴミ虫以下のおまいは、ウチらに『NO』という言葉は存在せん。感謝と服従だけせえ」

「…はい。ありがとうございます」


 日ノ本会長、ニコニコモードに変身する。


「それじゃあ、三下先生、この一万五千円は不足した支払い分に回させてもらいますぅ」

「ええっ、日ノ本さん、シドイ……」


「な・ん・だ・と」


 日ノ本会長の満面の笑みに口もとが歪み片眉がぴくりと動く。

 こええ、思わず牙が生えたと錯覚してしまった。

 そしてその瞬間、瘴気をはらんだすさまじい怒気と殺気が部屋中を支配した。

 三下先生は慌ててソファーから飛び上がり、その勢いのまま、床に額をこすりつけ土下座をする。

 手は神仏に拝むように合わせて震えていた。


「めっそうもございません。ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、アリガトウゴザイマス……」


 三下の「ありがとうございます」が念仏のように続く。


 わたしは何事もなかったように日ノ本会長から書類を受け取り、確認。

 おーけー、コレを生徒会に叩きつけてやるわ。


「日ノ本会長、これで立候補出来るわ。わたし雁美乃は当選後、全力で日ノ本会長と段政経研をバックアップしますから、よろしくね」

「おう、選挙、勝てよ」

「当然、余裕でぶっちぎりますわよ」

「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、アリガトウゴザイマス……」



 生徒会室。


 がん、がん、がん。


「たのもうー」


 ……返事がない。

 がん、がん、がん。


「たのもうー」


 ……返事がない。


「いい加減にしないと蹴破るわよ」

「わかったから。普通に入ってきて」


 ちっ、あのババア、居留守しやがったわね。


「はいこれ、推薦状と候補書登録の紙よ、受け付けして。はよ」


 ババァ、いや、先輩は、どうせ選挙にならないと思って面倒くさそうに書類をみる。

 やがて目を見開き、推薦者欄と推薦状を何度も見くらべる。


「なに、このふざけたイモ判は? 鬼子って。笑わせないで」

「何いってんの? これ、経済研究会、日ノ本鬼子会長のハンコよ。文句あんの?」

「あの日ノ本なのっ? ありえない、ありえないわ。少し待ってて」


 先輩ババアは部屋の奥に行き小声でどこかに電話しているようだ。


「……ええ、あの日ノ本です。……それにイモ版のように大きくてふざけた印で『鬼子』です。え? 本物の決済印? はあ……まずくないですか、ええ、……分かりました」


 先輩が戻ってくる。


「かっ、雁美乃さん、これで登録は受理しました。後ほど候補者の選挙活動用の部屋を割当てしますので選挙に関する活動拠点はその部屋で行ってください」

「部屋の割り当てはいらない。図書館の大会議室を押さえたんで、そこを使うわ」

「わ、わかりました」


 あは、日ノ本会長の名前はすごいな。


 ◆


 翌日。


 学園の全室にある液晶モニターに一斉にスイッチが入る。

 スピーカーからなにやら不穏な音声が流れる。


「がりっ、いてええ」

「うらばん組の参上よ、放送室はジャックしたから、放送部員あなた達は空バケツ持って廊下に立ってなさい」

「なんだよ、また、おまえたちかっ! しかも、空バケツってなんだ?」

「水バケツじゃ重いからねからね、空のほうが軽いでしょ。ブルー、レッド、イエロー。この人達、つまみ出してね」

「あいあいさー」

「わかった、わかったよ、だから襟つまむなよ、自分で出ていくよぉ」


 液晶モニターには、『てへぺろ』の口が描かれた黒いバンダナで口元を隠した女生徒が映しだされている。

 学園名物の非公式放送部「うらばん組」だ。

 学園の生徒なのは規定のブレザー制服でわかるが、正体は一応、不明とされている。

 さらにいうと目と髪型で分かる人は分かるかもしれないが、ここはひとつ正体不明というお約束設定で。


「えー、ただいま放送室占拠中、放送室占拠中。やっほー、学園非公式放送部、『うらばん組』の報道担当のキャプテン・ブラックです。いよいよ、生徒会長選挙の季節になりました。生徒会選挙の特番は我ら『うらばん組』の独占放送とお伝えしておきます」


「まずは、これを見てください。レッド、用意したフリップボードをドンっ」

「あいあいさー」

「フリップ見ながら読みあげるね」


 選挙概況 


(投票前戦況)

 先輩格の有鳩氏は現生徒会の副会長であるため、現生徒会推薦、知名度、容姿、人柄などプラス材料だらけで弱点が見当たらない。知名度も段子坂政商学園の全生徒に知られており、現状絶対的な得票が得られると予想できる。


 一方、雁美乃氏は一年生の間では知名度が高く、絶対的支持者であるガンビーノファミリーおよび、その一派の予備軍で票をまとめる。しかし、有鳩氏と比べ全学年からみると知名度が低く、支持者以外の浮動票獲得の可能性も低い。また、普段の態度がやや横暴気味で、先ほどの生徒総会でも上級生から敵視されているようだ。


 各候補者者のコメントも頂いておりますので紹介するわね。


 有鳩氏のコメント

「みなさん、わたしは生徒会の経験を活かし、学園秩序のために頑張ります。どうかよろしくお願いします」


 雁美乃氏のコメント

「ヌルイ生徒会じゃ、何も変わらないわ。私に票入れなさい。学園生活全てにおいて劇的に改革してやるわ」



「イエロー、カメラを引いて。すぱーんっと」

「あいあいさー」


 再度キャプテン・ブラックが映しだされる。


「という言うわけで、現在、現生徒会副会長の有鳩さんの圧勝ムードです。1年生の雁美乃さんの苦戦は免れないでしょう。はたして、雁美乃さんはどこまで得票を伸ばすかが注目されます」

「放送は、占拠中の放送室から『うらばん組』キャプテン・ブラックがお送りしました。じゃあね!」


 スピーカーから続けて声が漏れている。


「おい、こら。君たち、放送室を開けなさい」

「おっと、鈴木先生ね。ブルー、例のもの差上げて」

「あいあいさー」

「カウント、3、2、1」

「うあ、なんだ、この煙はっ、げほっ、げほっ」


 ジリリリリリリリリリリ……

 火災報知器のセンサーに煙を感知したようだ。


「はい、撤収。せんせ、ばいばーい」


 放送室前の廊下は真っ白な煙で充満し、全く視界が見えない状態、さらにその煙で非常ベルが鳴りまくったというのは、あとで聞いた話。



はい、出ました。ちびっ子無双の日ノ本鬼子。

日ノ本は、因縁の現生徒会をぶっ潰すことを持ちかけた雁美乃の話に乗る。


次回は、現生徒会の雁美乃に対する圧力と不正工作のくだりを書こうかなと。


俺、この投稿が終わったら、吉牛でねぎだく大盛りを食べに行くんだ。


でも。


小ネタが切れたのじゃあ。

このままじゃ、禁断のハート○軍曹のネタを……ぶっこみたい……

小ネタ、小ネタを。ぷるぷる、ぷるぷる。

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ちょっと解説

経済研究会/段政経研のOG:経済研究会は設立時から女子しかいない。よってOBは存在しない。


学園上がり:段子坂政商学園の中等部から高等部へエスカレーター式に進級した者達。当然比率的に各中学校から入学した者たちよりも多く、勝手知ったる的な態度になる傾向がある。ずっと生徒会は学園上がりの者達が牛耳り、安定得票の関係で天下が続いていた。


---

誤字・脱字があれば、震えて喜びます。ぷるぷる、ぷるぷる。


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