キャプテン・ブラックと雁美乃
段子坂政商学園別館図書館施設。
この街の復興に知識の貢献を続けた施設で、戦後、まだ学園が私塾であった頃からの歴史ある。
そのため、学園の出資者や卒業者の『街の復興と貢献』という理念のもと、学園の中等部や高等部の生徒はもちろん、広く一般市民も利用できる施設であった。
しかし近年、施設の老朽化がすすみ、最近は利用者がほとんどいなくなったということで、新旧の関係者が集まり、協議した結果、建てなおすことになった。そしてようやく、昨年新規オープンしたのである。
さて、その図書館。
施設維持、運営にはお金がかかる。普通なら、行政から補助金とかで賄うところをなんとこの施設に関しては、補助金なしで運営を成功させたことに驚く。
本の閲覧、貸出は従来通り基本無料だけども、利用者を増やすために様々な魅力ある施設や設備、サービスを提供するようになった。
有料ではあるがインターネットカフェと同じようにパーテーションで仕切ってパソコンとヘッドホンを設備した。かなり格安でネットカフェ替わりに利用する者が増えた。
閲覧の場としてスタイリッシュなティーラウンジとフードコートを併設し、閲覧しながら軽食と喫茶が出来るようになった。調理師免許をもつ講師のもと、学園のクッキングクラブの生徒が創作したメニューを提供しており、概ね好評をえている。
多目的スペースとして大会議室、小会議室を複数併設し、有料で貸し出した。
ただし、学園の生徒には無料で貸し出されるのだが、施設や設備の清掃や管理するということで労働力で支払っている。
文化系の部活の活動拠点の場にもなっている。冷暖房完備でスタイリッシュな部室として各部、クラブ、同好会などに無償で貸し出されており、非常に好評を得ている。
以前から、文化系の部活には生徒会から支給される部費というものが非常に少ない。たしかに運動系みたいに他校等への遠征などがないことや、大会などの目立つ成績などがないというものもある。
実際の文化系への部費の割り当ては、運動系に比べ、部員一人あたり実に5分の1から10分の1程度しかなく、いつも不満を抱えていた。
新館建設時に文化系部活動を取りまとめ、文化系部活連を結成した。そして話し合いと交渉により経費のかかる施設の管理と清掃を代償に勝ち取って今に至っている。
ちなみに、運動系の部活には図書館からグランドや体育館などから遠いこともあり、図書館という性質上、騒がしい者たちを嫌うのでいまでも冷暖房もない古くて臭い部室を使っている。
ちなみに、この図書館施設の売上と経費の管理は、学園職員と生徒会で散々もめつつも、結局は経済研究会の管理下で取り仕切ることになる。
これは、この学園図書館の建設費、設備費などは、旧館のときは6割程度、新館の時には8割の費用を経済研究会が用意したことが決め手となった。
経済研究会の名だたるOG達が我こそはと出資者となり、また、出資したOG達の強引な要請もあり、ここでの売上等お金の管理は経済研究会が受け持っている。
そして、食材や消耗品などの納入業者はすべて経済研究会のOG達の会社が格安で納入している。
つまり、生徒会や学園職員の管理下から外れている特殊な施設でもあった。
◆
図書館の両開きの扉が勢いよく開く。
「たのもうー」
元気のいい少女の声が館内に響く。その図書館のメインフロアにいるもの全てが注目する。
声をあげた学園高等部のベージュのブレザーの制服を着た少女が自信満々の笑みで勢い良く入室する。
「ここは図書館です。お静かにお願いします」
受付にいた、同じ制服をきた女子生徒が注意する。少女よりは落ち着きのある物腰から先輩のようだ。
「ごめん、ごめん」
小声で、頭をかく素振りをしながらペコペコする姿に、注目したものはみな失笑した様子だ。
少女は注意ししてきた受付の女生徒に小声で続ける。
「図書部の黒渦部長さんに会いたいのだけど、いる?」
「約束はおありなの?」
「ええ、先日メールで、今日この時間に図書部の黒渦部長を尋ねるようにと連絡があったわ」
「そう。ところで、あなたのお名前は?それと確認のため、生徒手帳を見せてね」
「雁美乃、高等部一年の雁美乃よ」
受付の女生徒は生徒手帳を受け取り確認して少女に返しながら言った。
「そう、あなたが雁美乃さんね。面会者以外、入室禁止指定されてたものでね。黒渦さんは103号会議室を借りており、そこにいるわ。今入ってきたドアから一度廊下に出てひだりに向って3部屋目よ」
「ありがとう」
103会議室前。
扉には『使用中につき入室禁止』の札が刺さっている。利用者名は『黒渦』とだけ書いてある。
ここにあの人がいるのね。やっと……。
じつは、雁美乃は学園で黒渦というひとには会ったことがない。また、過去にもない。
雁美乃はノックする。
「雁美乃といいます。黒渦さんいらっしゃいますか」
「どうぞ、鍵は開いてますので」
懐かしい声だった。しかし、その人は黒渦という人ではないはずだが。
雁美乃は入室し、中に一人だけいる女生徒に注目する。この女生徒が黒渦部長だろう。窓から晴れの明るい日差しをブラインドで調光していた。
眩しい光が徐々に弱まり、その顔がはっきり見えてきた。
「失礼します。お久しぶりです、黒渦部長、いえ、瀬野辺先輩」
粗暴で失礼きまわりないという評判の雁美乃が涙声で瀬野辺先輩に駆け寄り抱きついた。
「ほんと、久しぶりね、元気だった?」
瀬野辺先輩もすこし涙声だったが気丈に笑顔で話しかけた。
「はい。わたし、瀬野辺先輩に会いたくてこの学園に来たのですが見つけることが出来なくて」
「そうね、中学卒業の後すぐに家庭の事情で苗字が変わったの。学園では黒渦の苗字でいるわ」
「先生に聞いても2年生の名簿見ても瀬野辺先輩を見つけられなくて」
「わたしも雁美乃さんの名前を知ったのも最近なのよ。評判も聞いたわ、一年生ではかなり頭角を現してるじゃない」
「ええ、まあ。でも、仲間集めは先輩のマネをしているに過ぎなわ」
抱き合ってた二人は離れる。
「もう、学園では私は黒渦なのでよろしくね」
「はい、分かりました。黒渦先輩」
「いつまでも湿っぽい話するのもなんですから。雁美乃さん、本題に移りましょう」
「はい」
「まあ、お座りになって」
黒渦は、壁掛けのインターホンに手をかける。
「飲みたいものある?」
「コーラとかあるかな」
「OK、あるわよ」
黒渦はコーラとホットコーヒーを注文してイスに座る。
黒渦が切り出す。
「雁美乃さん、あなた生徒会長に立候補するんですってね」
「はい。本当は瀬野辺先輩が立候補すると思って票集めも兼ねて仲間集めしましたが、肝心の瀬野辺先輩を見つけることが出来ずここに至りました」
「そうですか。確かに一時期は私も立候補を考えてましたがあきらめました」
黒渦は、コーヒーにスティックシュガーを入れ、かき混ぜる。
「私も仲間集めをしてなんとか図書部の部長になり、さらにこの図書館施設を部室がわりに使用している多くの文化部系部活連の代表にまでなりました。でも、わたしの理解者や応援してくれるものは学園全生徒約700人中、150人分の票にも満たないの」
黒渦は雁美乃の目を見つめる。
「現状、いまの生徒会は代々、学園中等部から高等部に上がっている全生徒は約300人。その約300票を握っていて、しかも現生徒会長が次の生徒会長に指名するの。高校生なのに大学ばりの学閥みたいなものね。さらに、巧妙なことに生徒会には各中学校出身者の名だたる生徒が組み込まれる。中学校時代ではそれこそ生徒会長をしていた者、県や国体の選手、学校のアイドルみたいなコとかね。当然、現生徒会長の推薦には異を唱えにくいようになっているわ」
段子坂政学園は、中等部からエスカレーター式に高等部に進学するものが多い。その数、毎年100人程度になる。一方、他の中学からの編入生も毎年、130人程度。残り20~30人が定時制の生徒になる。
学園中等部から上がってきた者で、それをかさにきて力をふるう連中を『学園あがり』と呼んでいた。
代々学園を掌握している生徒会がまさにそうである。
会議室のドアをノックする音が聞こえ、黒渦はいったん話を止める。
「飲み物を持ってきましたー」
そういって特に許可を得ず飲み物が運ばれる。運んできた生徒をみると、赤いバンダナで口元を隠している。
そう、『うらばん組』のメンバー、バンダナの色からしてレッドと呼ばれているコだ。
「レッド、コーラを雁美乃さんに、コーヒーはわたしに」
「あいあいさー」
「それと、生徒会長選挙企画書と資料もコピーして2部用意して持ってきて」
「あいあいさー」
レッドは黒渦に向って、可愛らしく敬礼してすぐに退室する。
「えっと、続けるわね。わたしの場合、苗字が変わったためか、現生徒会に声をかけられなかったわ。でもね、次の改選で、文化系部活連の代表者になったということで間違いなく組み込まれるわ。文化部系はただでさえ少ない部費しか割り当てられないのに、その部費を盾にされては拒否もできない」
「卑怯ね、私が言うのも何だけど」
目的のためには手段を選ばない部分があるのは、雁美乃にもある。一応、自覚はしているようだ。
「今の生徒会は、イベントなどは派手にするのに大した成果をださない。まあ、無難にまとめる程度ね。頭にくることは立場の弱いものを踏み台にしているところね。さっき言った部費の配分を盾に半ば強制的にイベントとかの雑用要員として文化系の部活している者を徴用するの。かなり露骨に強要するから、文化部を脱退するものも何人も出てくる。先輩諸氏から聞いたところ、今の学園中等部あがりの生徒会は代々同じことを繰り返すと聞いてるわ」
黒渦はコーヒーカップに口をつける。一呼吸を置く。
「今回の選挙での本命は、現生徒会長指名の現生徒会副会長の有鳩アナスタシアさん。学園の中等部あがりだということと、運動系部活連も支持すると思われる。これだけで学園高等部全生徒の過半数を持っていると予想する。有鳩はハーフだからね、あのモデルのような容姿、生徒会副会長を一年間務めたというのも大きい」
「雁美乃さん、知っていると思うけど生徒会の任期は一年間。学園は11月に新任して翌年10月末で任期が終わる。わたしが立候補出来るのは今回が最後のチャンスだけども、力及ばず、どうしても集まる票が少ない」
補足説明すると、11月から翌10月という任期なので3年生なると任期中に卒業を迎えるという矛盾が起こる。生徒会が入学しや卒業式を取り仕切るため、3年生が就職活動や、大学受験等にあまり影響しないようにするための配慮という大義名分がこういう変則的な任期になっている。
これは、高等部入学してから卒業まで、1年の11月と2年の11月の2回しかチャンスがこない。
かつて独占欲の強かった学園上がりの生徒会が取り決めたのだが、しばらくは改選ごとに議題に上げても、学園あがりの者が有利ということに気づいた。
また、歴代の生徒会長のOBも学園あがりものばかりということもあり、先輩の声も強く、いまでもこの変則的な任期が定常化して現在に至っている。
つまり、2年生の黒渦は今回が最後の立候補できるタイミングだったのだ。
「雁美乃さん、一年生の範囲ではあるけど、あなたの今の仲間集めで、かなり現生徒会の票を削りとっているようね。わたしはあなたに望みを託したい」
「ええ、私もそれなりにブレーンを持っているわ。でも、やっぱり先輩とやっていきたい。あのときのように」
雁美乃は立ち上がる。
「先輩、お願いします。わたしに、雁美乃にぜひ、先輩の力を貸してください」
そう言い切ると頭を下げる。会議室の扉をノックする音が聞こえ、そのまま、レッドが入室してきた。
「雁美乃さん、あなたが立候補するなら私は喜んであなたを支援する。わたしは図書部部長として、文化系部活連の代表として……」
黒渦はレッドが持ってきた資料のコピーを受け取り、一部を雁美乃に渡す。
「『うらばん組』キャプテン・ブラックとして、雁美乃さんを全面的に支持します」
早々とキャプテン・ブラックの正体をばらしてしまいました。
こんなはずじゃなかった。もっと、もったいぶっていこうという思いもありましたがね。
ええと、この物語の堕天使とは、物語に登場するヒロインたちを指します。
完全正義なんてありません。公正に見ても「悪」の部分も見え隠れします。
見た目にだまされないで!このコたちは危険な牙があるよ、噛まれちゃうよって感じのヒロインたちにしたいです。
ちなみに、キャプテン・ブラックと雁美乃はこの物語の堕天使です。