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三下先生、来月も待ってますぅ

 そういえば、まだ、僕のこと紹介してなかったね。

 僕の名前は、福澤英世ふくざわひでよ(商業科一年生/彼女いない歴=年齢)。

みんなからは、ヒデとか呼ばれてます。

 よろしくです。


 さて、天使の住む園の扉から抜け殻のような姿の三下先生が現れた。


 僕の頭のなかの天使がみるみる醜く歪み堕ちていく。

 ああ、日ノひのもとさん、どうしたの。

 一体、三下みつした先生の身に何が起こったのだろう。


 月並つきなみさんという苗字、そうだ、もしかしたら同じ塾にいたあの月並さんかもしれない。


 ショートヘアで妹属性ちっぱい系。

 背の高さは、そう、日ノ本さんと同じくらい低い。

 150cmぐらいかな。

 少し舌足らずなところがかわいい子である。

 僕には何かと話しかけてくる、元気いっぱいな子でもある。


 どちらかと言うとタイプであるけどね。

 でも、メガネ装備の日ノ本さんのほうが数段いい。


 僕はあちこち月並さんを探し回り、見つけ出し呼び出した。


 後日談だが、僕のあまりの必死さに、月並さんに告白したという噂が暫く続いたらしい。

あは。


 二時間目の後の休憩時間、月並さんを見つけた。

 ビンゴ!間違いなかった。

 月並さんは研究会に入会しており、日ノ本さんと三下先生のやりとりを目の当たりにしたよ、という。


 月並きわみ(OA秘書科一年生/彼氏いない歴 ひみつ)。

 ショートヘアーに流行りの非公認ゆるキャラ、ぱちもんのヘアピンを付けている。


 月並さんは昼休憩の時間に改めて一部始終を話してくれると約束してくれた。


 昼休憩。


 「ヒデくん、久し振りだねー」

 「わたしねー、OA秘書科にはいったけど口下手なんでー。

 将来、秘書としての仕事が難しいかもれない、と思ってー。

 同じ中学だった土浦先輩に相談したの」


 「そしたら先輩はねー、女磨くなら、だ、だんせいけいけんが一番よ、と言うから入ってみたのー」


 だ、男性経験?

 女を磨くなら男性経験だと?

 けしからん、うらやましい。


 あの部屋から出てきた数学の三下先生、なんという裏山、けしからんことを。

 しかも、口から魂がこぼれ落ちそうな感じだった。


 どうしてこうなった?


 僕が勘違い妄想していると、月並さんはあわてて説明する。


 だんせいけいけん、漢字で書くと段政経研。

 正確には、段子坂政商学園、経済研究会。

 略して段政経研というらしい。


 まぎわらしい呼び方だな、ドキドキした。


 「それじゃあ、昨日のこと、話すわねー」

 「お、おう」



 月並さんは昨日の様子を語り始めた。



 昨日、段政経研の部屋。

 研究会室に数学の先生が訪れる。


 男性教諭の三下みつした先生(数学教師/三十二歳・独身/趣味:黒ギャル系)。

 少し、おどおどしている。


 「し、失礼します」

 「いらっしゃいませー。

 あ、先生、今日はどういったご用件ですかぁー」


 わたしは元気いっぱい満面の笑みでカウンター越しで挨拶した。


 「つ、月並さん、副会長の土浦さんいらっしゃいますか」


 「いま、外に出てますので、おりませーん。

 会長の日ノひのもとならおりますよー」


 パーテーションで仕切った部屋の奥から月並に負けず劣らずのアニメ系萌え声が三下先生を呼ぶ。


 「三下先生、お待ちしてました。

 土浦から聞いております」

 「ひっ、ひぃーの、日ノ本さん……。

 あのっ、出直してきます」


 「まぁ、先生、そんなことおっしゃらずに。

 月並さん、三下先生を奥へお通しくださいな。

 大変、先生の声がおかしいですわね。

 喉にやさしい蜂蜜入りのハーブティーの用意もお願いね」


 「わかりましたぁ、三下せんせー、こちらへどうぞー」


 経済研究会の部屋の奥に進んでいくと、豪華な白いソファーセットがある。

 中央奥には長年使い込んだグレーのボロ事務机があり、多少変色と傷があるけど小奇麗に磨いてある。

 六十年前、学園創立時代からのものときいてる。


 そのボロ事務机の席に座っているのが日ノ本会長。


 学校指定のブレザー、両腕には黒の腕貫き。

 右手にプラスチックのボールペンと左手にはなぜかイカツイ鋼鉄製のそろばん。

 眼鏡越しに見える目は天使のようにやさしい眼差し。

 ストレートロングの髪の毛がじゃまにならないよう大きなゼムクリップ型ヘアピンで留めている。

 右手の人差指と親指のみ黒のマニキュアを塗っている。


 現、段子坂政商学園経済研究会会長、日ノ本鬼子ひのもとおにこ(会計科三年/彼氏いない歴十七年/趣味:古銭収集)。


 「三下先生、そちらのソファーにお座りになってください」

 「はっ、はい」


 三下先生は恐る恐る座った。

 ソファーはものすごく柔らかく腰を包み込むように沈み込む。


 カップにハーブティーが注がれると、いい香りが広がっていく。


 ハーブティーの入ったティーカップに手を伸ばす。

 先生は震えていた。

 カップと皿がカチカチ当たる音がする。


 「三下先生、今日はよくお越しくださいました。

 早速ですが、お約束のものをお願いします」


 三下は熱いハーブティーを一口ごくりと飲み込む。


 「今月分はこれです……」


 三下はゆっくりと茶封筒をガラステーブルの上に差し出す。

 日ノ本会長は事務机の席を立ちあがる。

 ギシッ、ギギッと事務椅子がきしむ音が響く。


 日ノ本は三下の対面のソファーに座り、茶封筒を確認する。

 中には現金5万円。

 慣れた手つきで1万円札を捌くように枚数を二度三度確認する。

 最後の一枚をカウントする時はパァンッと音が響く。


 せつない表情で三下の顔を見る。

 「三下先生、残念です。

 営業スマイルタイムは終わりですね……」


 日ノ本は眼鏡越しに三下先生を見てにっこり微笑んでから、少し意地悪い顔に変わる。

 鋼鉄のそろばんをつかむ。


 じゃきーん!


 掴んだそろばんが宙を斬り、三下先生に向けたる。

 金属音が音が段政経研部屋に響く。


 日ノ本会長、伝説の鬼神モード突入だ。


 おいたの多いこのご時世、いたいけな少女の中で怒りとストレス値がMAXに達する。

 そんな苦労多き思春期の乙女に突然訪れるSAN値《正気度》爆下げの怒りモードである。


 モードはSAN値の度合いにより、その様子が変わる。

 日ノ本の場合、軽度から順に

 (涙でじっと我慢モード)

 (激おこぷんぷんモード)

 そして最凶最悪の(鬼神モード)


 そして、萌え顔の口元から信じられない猛毒が吐かれる。


 「コルァ、み~つ~し~た~、足らんとちゃうか?

 三回数えても5万、何度数えても5万、どうしても6万5千にならんわ」

 「ひ、日ノ本さん、これでも私は先生です。

 せ、生徒に呼び捨てにされるのは許せません」

 「呼び捨てだぁ? おまい約束守らんクサレ外道が先生ズラして説教かぁ、どの口が言うんだ。

 この口かっ、この口か」


 日ノ本は立ち上がり、三下先生の口に鋼鉄のそろばんをぐいぐい押し付ける。


 「こ、今月はこれで勘弁してくれ」


 ばちこーん。 


 瞬間、日ノ本の右手の細い指からほぼノーリアクションで放つでこぴんが三下先生のおデコに被弾即爆裂する。


 「うがぁーっ」


 三下先生は座ったままの状態で勢い良く白い3人がけのソファーごとひっくり返る。

 額から煙が立ち込め血が流れる。


 「我が奥義、全国珠算連盟非公認、虎の穴そろばん塾直伝、額割鉄指弾でこぴん


 この奥義を会得するには、段子坂でも有名な「虎の穴そろばん塾(経営および先生は段政経研OG)」に入塾しなくてはならない。


 日ノ本鬼子は小学校に入る前、生温かい両親の愛により習い事として虎の穴そろばん塾にぶっこまれた。

 数えきれないほど幾度もの右手の人差指と親指の爪を剥がし、大量の血と汗と涙を流した代償に鉄の指を手に入れ、奥義の額割鉄指弾を会得した。


 以後、虎の穴の先生の容赦の無い、指導という名の虐待の数々を乗り越え、中学3年生になる頃には、頂点を極め塾生筆頭になる。


 後日談だが、虎の穴そろばん塾のオーナー兼先生は言う。


 「鬼子、なんて恐ろしい子。

 仕上げとして最後の試練を受けてもらうわ」


 そう言うと、日ノ本に段子坂政経学園の入学願書を渡す。


 「必ず入学するのよ。

 そして段子坂経済研究会の扉を叩きなさい。

 そこでトップを目指しなさい」

 (出典:鋼鉄の算盤/トラの穴編)


 場面を戻す。


 「珠算10段、暗算20桁オーバー余裕のウチに間違った数字を押し付けるたぁ、いい度胸だ」

 「四捨五入で誤魔化せても、弁財天の生まれ変わりと言われたウチには、一円たりとも帳尻合わんことは見逃すわけにはいかねえ」


 「おまいなぁ、約束はな、守らんとダメちゃうんか?

 数学の先生様が32歳にもなって、今さら数字の基礎をいたいけな女子高生から教わるのは恥かしいと思わんかい?」


 ふくれっ面は確かにいたいけな少女だが、言葉は容赦の無い痛すぎる鬼の言葉。


 「そ、それはいろいろと冠婚葬祭とかあってだな、そ、その、事情があってだな」


 三下は逆ギレする。


 「たわけ!」

 ジャキーン!

 「はぐぁっ」


 日ノ本の目が見開き、鋼鉄のそろばんが唸りを上げ三下先生の肩にクリティカルヒット。


 「ほう、で、今度は誰を殺すんだ?

 先月は義理のアニキが死んだよな、それに今まで父親は二回、母親は三回死んでるし、おまい、不幸が多すぎるとちゃうか。

 何ならウチからも不幸をくれてやろうか、ん?」


 「大体、おまいがそうやってカネを引っ張るだけ引っ張ってだな、返すもんを返さねえと周りも不幸になるんだよ」

 「……」


 「おまいが泣きついて助けた恩人の土浦も、回収出来なきゃお仕置きをせなならん。

 土浦、かわいそうだなあ、先生よ」

 「す、すみません」

 「あの天使の土浦が、お・ま・いのために、絶望の影を落としながら笑ってキッツイお仕置きを受けるんだよな」

 「ず、ずびまぜん」


 日ノ本は視線をカウンターに座わっている月並をみる。

 突然優しい口調で尋ねる。


 「月並さぁん、山下先生の担保と財産、どうなっていますかぁ?」


 月並さんは、ノートパソコンをカタカタ見て確認する。


 「えーとぉ、三下先生の担保は、○月○日に当学園の二年生の松下さんと援交の証拠写真、○月○日○○○中学校の学生との援交関連の証拠写真等ほか調査報告資料6件ありますー。

 その他にー更衣室にあった盗撮カメラ現物および撮影画像データと先生のノートパソコンに保管されている同一の画像データのバックアップしたもの。

 財産は、当研究会の融資で買った高級スポーツカー一台、見積額は売却ベースで330万円ですねー。

 証券、不動産とかは持ってないですー」


 「月並さん、ありがと」


 日ノ本はニコッと笑うと、振り返り三下をにらむ。


 「あのなあ、かっけー高級スポーツカーを乗ってついでに若い女子にも乗って。

 なんもかんも調子乗りやがって。

 そら、最高にキモチーだろうよ」


 「なあ、三下、ウチが怒るのは何か分かるか?」

 「……」


 「ウチラからしたら、いいクルマに乗っていようが未成年の援交でキモチー思いしたとかはどうでもいい。

 趣味や相互理解の上での恋愛は口出ししねえし、取り締まるのは警察の仕事だ。

 ウチラはしがないただの女子高生だ。

 第一、おまいがブタ箱に入ろうものなら貸した金が返ってこねーしな」 


 日ノ本はうつむく三下の肩をぽんぽん叩き、情に溢れたおっさんバリの臭いセリフを吐く。


 「なあ、三下よ、カネをまともに返せんおまいが悪い。

 人間、約束は破ったらあかん。

 そうだろ? おおかた、援交で金使いすぎたんだろ?

 ウチもおまいも間違いを犯す同じ人間だからな。

 これからどうしようか一緒に考えようじゃないか」


 「は、はい、お願いします」


 「んー、普通なら飯場やマグロ漁船にぶっこんでやるのが早いが、三下はウチの学園の先生だし。

 学業に影響のあることは伝統ある段政経研の掟でご法度。

 さぁてどうしたものか」


 おいおい、それって今どきおっさんでも使わない言葉だな。

 平成生まれの娘が「飯場はんば」って言葉、なぜ知ってる?


 「それなら・・・」

 「三下、提案だが、車があるからナンパしたり援交したりするのだろう。

 カネが作れないのは車があるからだ。

 ク・ル・マ。

 そうだ、車売れ。

 今すぐ売れ。

 四の五の言わずに売っぱらえ。

 いまなら、段政経研ウチが高値で買うてやる」


 「……はい。ぜひ、お願いします」


 日ノ本会長は、また天使のようなほほ笑みに戻る。

 やっぱり美少女だ。


 「月並さん、三下先生の車150万円、段政経研ウチで買取ね」


 その声を聴き、三下は慌てて立ち上がる。


 「ひゃ、ひゃくごじゅうまんえん?

 日ノ本さん、さっき見積もり330万円って言ってたでしょう?

 高く買い取るっていうのは嘘だったんか? あんまりだぁ」


 「たわけ、330万で買い取って330万で売っても段政経研ウチらには儲けがないわぁ」


 「だが、しかし……」


 日ノ本は三下先生の目の前に人差し指を立てる。 


 「我が奥義、全国珠算連盟非公認、虎の穴そろばん塾直伝、額割t……」

 「あわわ、わかりましたっ、ぜ、ぜひ150万円でお願いします」


 日ノ本会長はにっこり笑う。


 「130万円ですぅ。三下先生、たった今、査定額が下がりました」

 「はうぅ、おっしゃるとおりでございます、ううぅ」


 三下先生、情けない男泣きをする。


 「月並さん、お客様がおかえりですわよ」


 日ノ本会長は去り際の三下先生に萌え声をかける。

 背の低い日ノ本会長は三下先生を見上げる。


 「三下先生、お疲れ様でした。

 あと、貸付残高が元本込で420万円あります。

 来月も忘れずにお願いしますね。てへっ」

 

 校舎の廊下に西日が差し込む。

 三下はがっくりと独りつぶやく。


 「日ノ本鬼子。

 あれは……お……鬼だ。

 この学園に鬼がいる」



 僕は悪夢を見ているような気がしていた。


 天使の住む天国への扉が、実は地獄の蓋だっただなんて。

 僕の頭の中、ずっとあこがれだった天使が牙を剥いてニヤリと笑う。


 「ヒデくん、どうしたの?」

 「うん、いや、思ってたのと違うなって。

 月並さん、段政経研のこと、話してくれてありがとう」

 「ヒデくんの役にたったかなー。

 また、何か知りたいことがあったら、いつでも言ってねー」


 いつか月並さんにも牙が生えるに違いない。


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