え! うそ!?
私は今年で70歳。長年患っていた心臓病が悪化し、今は入院している。もう、あまり長くないらしい。
私は家族にも仕事にも恵まれ、とても幸せな人生を送ってきた。たった一つの後悔を除いて。
『好きです。付き合ってください』
幼い私が、一生分の勇気を振り絞って送ったメール。今思うと、私はあのとき本当に、全ての勇気を使い果たしたのだろう。その後の人生で、あれほどまでに勇気を振り絞った記憶はない。
『絶対に返事をするから、少しだけ時間をください』
これが、彼からの最後のメール。私はずっと待っていたけれど、彼からの返事はなかった。そして、気がついたら50年近い歳月が流れていて、私はもうおばあちゃん。
「あぁ、懐かしいな……」
死を間際にして思い出すのは、家族との楽しかった思い出とか、仕事が上手くいったときの喜びとかじゃなくて、小さく淡い、幼い恋の後悔。あのときの私には、ただ待つことしかできなかった。今ならもっと他に方法が……。
「ピロピロピロ! ピロピロピロ!」
私が感傷に浸っていると、突如、スマートフォンが鳴り出した。
「メールだわ。誰かしら?」
私はどうせ息子からのメールだろうと思い、シワシワの手で巧みにスマートフォンを操り、何の気なしにメールを見た。
「え! うそ!?」
私は死ぬほど驚いた。
『やっぱり僕は君のことが好きだ。50年間ずっと考えていた。今やっと想いがまとまったよ。ずいぶん時間がかかってしまったけど、あの日の返事をさせて欲しい。僕と、付き合ってください』
メールの主は、淡い初恋の相手。今頃になって、返事をよこしやがった。
「うぅ! ぐ、ぐるじい……」
突如、ドキドキが胸を襲う。苦しい。このドキドキは、恋によるものなのか、それとも長年患ってきた心臓病のせいなのか、私にはわからなかった。
「おばあちゃん、死んじゃったの?」
「あぁ、急に心臓病が悪化してしまったらしい。ずっと病状は安定していたのに……。お医者様も、急に病状が悪化した原因は、わからなかったらしい」
死んだ母の顔を見る。すごくビックリした様な、それでいて初恋に胸躍る生娘の様な、不思議な顔をしている。
「ねーねー、パパ。おばあちゃん、少し若返ったんじゃない? 前はもっとシワシワだったよ」
まだ、”死”というものをちゃんと理解できていない娘が言う。
「そうだな。言われてみれば、少しだけ若返った様に見えなくもないな……」
正直、悲しみで胸がいっぱいの俺には、そのわずかな変化はわからなかった。
「ん? これは母さんのスマートフォン…………このメールは?……そうか、これが原因か」
でも、娘の言うとおり、ほんの少しだけ、母さんは若返っていたのかもしれない。俺は母さんのスマートフォンに残っていたメールを見て思った。
恋の魔法は時を超え、ほんの少しだけ、時間を巻き戻したのかもしれない。
~終わり~