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6、変わらぬ日々




 ――――遊園地に行った日から2ヶ月が経過した。




 7月中旬。

 ちらほらと夏の日差しを感じる日が続いていた。

 冷やし中華始めました! なんて看板が目立ってきた今日この頃。

 学校ではもうすっかり夏休みの話題で賑わっていたんだけど……


「いよぉう真琴。夏といえば海そして夜には花火に肝試し! そんな訳で旅行行こうぜ旅行!」

 レンである。まったく相も変わらず元気いっぱいで夏がこれほど似合う男はそうはいまい。

「僕は海なんて嫌だ」

 きっぱりとした口調で断固拒否だ。

 考えても見てほしい。こんな姿(・・・・)だからこそ、学校のプールならまだしも海なんてそれはもう知らない人のオンパレードなのである。

 ということはだ。周りの人から見たら小さな女の子が男用の海水パンツなんて着てたら、変な目で見られるのは必然なのである。


「絶対嫌だからね! 女性用水着も着ないし、男用の水着も不本意だけど着ない!」

 先手必勝だ。レンが何かを言う前に思いつく言葉で拒否の姿勢を取り続ける。

「ふっふっふ、悪いが真琴よ。お前の言い訳なんてすべてお見通しよ!」

「へ?」

「この水着が目に入らぬかー!」

 ででーんと音がなりそうなほど声高々に言ったあと、懐から(どこからだしたんだ)ガサゴソと少し手間取って取り出したものはどこでもありがちな服だった。

 いや、目に入らぬかーって言った時に取り出さないとダメじゃん。


「そんな大げさに言って……服がどうしたのさ?」

 僕がそういうと、チッチッチと人差し指を振りしたり顔でこちらを見る。

「俺は最初に水着だって言っただろ?」

「あ、まさか……」

「そう! お前のために俺が必死にバイトをして買ったのだ!」


 な、なんという無駄な努力を……

 その努力を違う方向に頑張れば、絶対何かを成し遂げられる力を持っている筈なのに……例えば勉強とか……勉強とか……うん


 僕は呆れた顔で見ていたのだが、何を勘違いしたかレンは、

「あまりの感動に声がでなくなったか、わかる、わかるぞぉぉぉぉ! この水着はボーダーキャミとスカートで、スカートのヒラヒラ部分が真琴にピッタリすぎるんだよなー! いやー自分でもいい買い物したわ。まじこれを見た時のテンションの上がり具合といったらもう、天地を揺るがす程の衝撃だったからな!」


 もういやこんな友達


「違うから! 僕はそんなこと1ミリも思ってないから! そして水着なんて着ないから! レンがあまりに無駄な努力をしてるから呆れてただけだからねっ」

 僕も負けじとレンの謬見を堂々と否定してみせる。

 ここで僕は折れるわけにはいかない。断固として。

 一応、男としてのプライドもね。うん。


「必死でバイトしてお金貯めて、買ったこの水着を……お前は否定しようというのか」

 レンはそう言うと、わなわなと膝から崩れ落ちる。そして、

「俺そのものの存在を否定しようというのかーーーー! うわーーーーん」

 あ、額を床につけて泣いてしまった。

 よく見るとそれは土下座である。

 どうやらレンにはプライドというものが皆無なようです。

 てかちょっと! ここ教室なんですけど! みんな見てるんですけど!


「もー! わかったよもう。海に行けばいいんでしょ、行けば。でも日帰りだからね!」

 僕は皆の視線に耐えられず結局折れてしまった。いつもこうだ。

 それを聞いていた周りのクラスメイトが、


「え、海行くの? あたしもいきたい!」

「俺も一緒にいっていいか?」

「みんなで行くの? なら私も!」

「おおおおおお俺も睦月さんとお近づきに!」

「きゃー! 真琴ちゃんと公然いちゃつきできるのねー」


 なんて盛り上がっていた。

 後半恐ろしい台詞を言っていた人がいるけど……気のせいであってほしい。


「な! お前ら俺と真琴の仲を引き裂くつもりか? ついてくんな! 二人で行くんだよ!」

 レンが何かいってる。いや引き裂くって、そんな仲でもないし!

「どうせならみんなで行こうよ! そっちの方が安全……いや楽しいと思う!」

 僕はそう言うとにっこりと微笑みかける。

 これはレンに対する防御無視の貫通攻撃なのだ。


「う、わかったよ……んじゃ日取り決まったら連絡するから、行きたい奴はこの紙に名前と連絡先な!」

 レンが机にノートの切れ端を置くとそこに人が殺到する。

 ……みんな海に飢えているのだろうか。


「はぁはぁ、真琴の水着姿はぁはぁ」


 お父さんお母さんごめんなさい。

 僕はこの夏、大切な何かを失いそうです。

 僕は覚悟を決めた。



「私も行く」

「そう言うと思ってた」

 夕食時の僕達の会話である。

 妹の返事は予想通りイエスであった。

「当たり前でしょ、お兄ちゃんの行く所に私あり! だよ」

「何が当たり前かも私ありなのかも分からないけど、そう言うと思って予めレンにはそう伝えてあるよ」

「うむ、苦しゅうない」

 心なしか嬉しそうにお味噌汁をずずずと啜る。


「あ、でもクラスメイトも何人か行くけど大丈夫? まあ薫ちゃんなら大丈夫だとは思うけどさ……」

 性格もさばさばしてはっきりしているし、人付き合いも悪くない。上級生だからといって変に気負いはしないし、目上の人に対する敬意の気持ちも忘れない。

 うぅ、自分の妹ながらよくできた娘ですよ。

「大丈夫だよ、むしろお兄ちゃんを一人にしておくほうがよっぽど心配。誘拐されちゃうかもしれないし」

 誘拐って……小学生じゃないんだから

「まあいいんだけどね……」



 ――――2ヶ月前、あの遊園地行った日から僕達はいつもと変わらない日々を過ごしていた。

 僕が懸念していた事は何も起こらなかったのだ。

 ただ、レンは前にも増して欲望を隠さないようになった。

 薫ちゃんは前より甘えてくる様になったと思う。


 

 僕は戸惑いながらも前と変わらない日常をおくる事ができて幸せだった。

 

 

 


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