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5、兄妹の夜

 まだ日の高い内に僕は自宅に帰っていた。

 どうやら薫ちゃんはいないみたいだ。よかった。

 自分ではどんな顔してるかわからないけど、きっとひどい顔をしていると思う。

 どうしてこうなっちゃったのかな。

 僕は部屋に籠もり、そんなことを考えていた。


 ガチャ

 玄関で物音がした。薫ちゃんかな?

 僕はまだ変な顔してるかな、だめだめ。しっかりしないと。

 心配はかけちゃダメだよね。よし、着替えて顔洗おう。

 僕は女装していた服を脱ぎ、普段着に着替える。

 そして一階にある洗面所へと入った。


「あ」

「あれ、お兄ちゃん……帰ってたの?」

 タイミング悪かったみたい。まさかここにいるなんて。

 ってそりゃ帰ってきたら、まずは手洗いとかうがいとかするに決まってるじゃん。

 僕は何も考えられなくなってる自分に脱帽した。


「う、うん、僕もさっき帰ってきたばかりなんだ、ほら今週から僕が夕食作る番でしょ」

「ふーん……」

 うぅ、何だか視線がちょっと怖い。

 もともと今日の遊園地は反対してたし色々と聞かれるのかなぁ。

「別にいいけどね、予定がある日くらいは別に無理しないでいいですけどー」

 少し睨んだような顔でそう告げられる。その顔怖いってば薫ちゃん。

「ほら、僕達は二人しかいない兄妹なんだから、仲良く協力しあって生きないとね」

 なんか苦し紛れな感じになっちゃったけど、表情にでてないかな? いつもの僕だよね。うん。

「あははお兄ちゃんは大げさだよ、でもそうだね一緒に生きていこうね! それじゃ今日は一緒にご飯つくろう」

 どうやら僕の答えに薫ちゃんは満足してくれたみたい。

 ふぅよかった、いつもの感じが戻ってきた。

「よーし、じゃあハンバーグでも作ろっか、確か合挽き肉買っておいたよね」

「冷凍してあるよ、んじゃ私は玉ねぎ切ってるから、解凍とその他の準備とかよろしくね」

「おっけー」

 

 夕食が終わって就寝の時間になった。

 まあ就寝の時間といっても、僕達はお互いの就寝の時間なんてそこまで気にしないし干渉はしないけれど。


 今日は色々な事がありすぎて僕は疲れていた。

 だから早めに寝ようと思って、何時もより2時間は早いであろう時間にベッドにもぐっていた。

 現在夜の9時である。


 寝ようと電気を消し、しばらく目を瞑っていたら。

 きぃ

 っとドアが開く音がした。

 僕はドアとは反対の方に向いて寝ているから見ることはできなかった。

 微かに衣擦れの音がする。その音は僕の横まで近づいてきた。

 何の用だろう。よくわからないけど、ちょっとした悪戯心で狸寝入りを決め込むことにした。

 寝たフリをしながら気配の様子を窺っていたら、僕の布団が持ち上げられた。

 ちょっと寒い。どうするんだろう。

 何かされるのかなと思ったら、ギシッとベッドが軋む音がした。

 えっ

 そのまま僕の横にくっついて布団をかけ直した。

 薫ちゃん? 一緒に寝るってことなのかな。

 ぎゅっ

 薫ちゃんはそのまま僕に抱きついてきた。そして、

「お兄ちゃん起きてるでしょ」

 う、バレてたんだ。


「うんごめん、起きてた……薫ちゃんこそ、どうしたの」

 僕は薫ちゃんに背を向けたまま答えた。

「抱枕が欲しいなって思って」

「僕は抱枕じゃないよ……」

「うん、お兄ちゃんは私専用の抱枕だからね」

「もう、それじゃ答えになってないよ」

「いいの」

 まったく……でも今は人肌が心地いいからいっか。


「温かいね」

「お兄ちゃんの肌気持ちいい」

 そう言いながら、僕の腕とかお腹とかをさすってくる。

「薫ちゃんくすぐったいよ」

「それはお兄ちゃんの肌が気持いいのがいけない」

 それ、僕のせいじゃないのに。

「ベッドが狭いんだけど……」

「お兄ちゃん小さいから大丈夫、それにくっついてるし」

 確かに全然余白あるんだけどね……。

「もー、薫ちゃんのせいで少し目が覚めてきちゃったよ」

「えへへ、ごめーん」

 そう言ってさらにギュッと僕を抱きしめてくる。

 全然悪いと思ってないよね。薫ちゃん。


「ふぅまったく、薫ちゃんは甘えん坊さんだね」

 僕はすっかり目の冴えてしまっていた。

「いいの、私は一生ずーっとお兄ちゃんに甘え続けるから」

 一生って、それは無理だよ。

 その言葉は口にはしなかった。


 なんだか今日の薫ちゃんは少し弱気な気がする。何かあったのかな。

「今日何かあったの?」

 僕は聞いて見ることにした。

 そうしたら少しむくっと膨れて。

「あった、お兄ちゃんがあいつと遊園地に行った」

 即答だった。

 う……まだ怒ってるたのかな。

 もしかしておみやげ買ってくるの忘れたことをまだ根に持ってるのかな。

「おみやげ忘れちゃってごめん」

 僕はもう一度謝ることにした。

 なんだろう、薫ちゃんの反応がなくなった。

 微動だにしない。

 この沈黙が……恐ろしい。


 しばらく身動き一つしなかった薫ちゃんだが、今度は僕の腕と足に、まるでプロレス技を決めるかの如く体を絡めてきた。そして、

「もう一生離さない」

 なんて言ってきた。

 怖い、怖いよ。

「あの……薫ちゃん? 明日学校行くし、教室違うからね?」

「知らない、私の教室に持っていくから」

 持っていくって、僕は人形か何かなの!?

「ってかさすがに僕は持ち運びできるほど軽くないからねっ!」

 僕はいつもの調子でツッコミを入れてしまった。

 あ、やばい。

「ほー、それはそれは、40キロ未満の人が軽くないとおっしゃるのですね。ええそうですよ私は50キロ超えてますよーだ!」

 しまった。触れてはいけないことに触れてしまった。

 そう、体重に関してはタブーなのである。

「いやいや、むしろ身長に対して痩せていると思うよ! でもほら、薫ちゃんはモデルタイプだから、それに健康的な体でいいと思うよ。女性らしい体というか、うんこれなら男子はメロメロだよきっと」

 僕は必死にそう弁明しようとした。いや、それはもう弁明にもなっていなかっただろう。

「へー、私は肉付がいいんだ。今もそのお肉感じるんだ?」

 やぶ蛇でした。ただしでてきたのは蛇じゃなくて鬼です。

「ち、違うよ。薫ちゃんはただでさえスラっとしてるんだから、僕としてはもうちょい太ったほうがいいかなって、思ってるくらいなんだから」

「ふーん、こんなに細くて小さいお兄ちゃんを羨ましく思ってる私にそんな事いうんだー」

 なんだか喋れば喋るほど深みにはまっていく気がする。

 もう白旗を上げて、完全降伏するしかないようだ。

「ごめんなさい」

「じゃあもうずっと離さないから」

 話は振り出しに戻ったようだ。


 しかし本当に今日の薫ちゃんはどこかおかしい。

 こんなに甘えん坊だったかな。

 確かに学校では気を張っていることが多くて、家では僕に甘えてくることは多かったけれど……

 今日はそれに輪をかけて激しい気がする。

 僕はなんだか心配になった。


「ねえ薫ちゃん、ちょっと雁字搦めになってる腕とか足とかちょっと離してくれないかな、ちょっと痺れてきちゃって」

「む、仕方ない」

 そういうと名残惜しそうに緩めてくれた。

 薫ちゃんは僕が本当に辛そうな事や嫌がる事はしないのである。

「ありがと」

 僕はくるりと体を回転させた。

「あっ」

 短い声と共に僕達はお互いを見つめ合うのだった。

 僕はじっと見つめる。そして、

「ねえ、本当に何かあったの? 今日の薫ちゃんはなんというか……」


「お兄ちゃん、キスってしたことある?」

 僕の言葉を遮り、突然そんな事を言い出してきた。

「へ? きす……キスってあの!?」

 僕はビックリして思わずうわずった声でそう答えていた。

 キスっていきなりどうして、なんでそんな話に?

 僕が分からずおどおどしていると、

「したこと……あるの?」

 そう悲しそうに言ってきた。

 その視線を見てたら僕は、すっと心が落ち着いてくるのが分かった。


 僕は冷静になった。

 そして何故そんなことを言い出したのか気になってしまった。

「どうしてそんな事聞くの?」

 僕は答えを言う前に薫ちゃんが何を考えてるのか聞きたくなった。

「……何となく、じゃダメ?」

 そう言った薫ちゃんの視線はまるで怖いものでも見るかのような目をしていた。

 僕はそれ以上、薫ちゃんにそんな視線を見ていたくなかった。

 だからこう答える。

「――したことないよ」


 それを聞いた瞬間、安心したような表情を見せたあとすぐに真剣な表情になった。その視線は僕を真っ直ぐに捉えて、

「じゃあ私とキスしようよ」


「えっ……んっ」

 それは突然だった。

 僕の唇は薫ちゃんの唇によって塞がれていた。

 いつまでそうしていただろう。

 時間の感覚が分からなかった。

 長かったのか一瞬だったのか。

 気がついた時には唇が離れていた。


「どうして……」

 僕はとっさに口にできた言葉はそれだった。

「えへへ、お兄ちゃんの初めてもらっちゃった」

 そう言った薫ちゃんの表情は恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうな達成感に満ちた顔をしていた。

「もらっちゃったって、そんな」

 何をいっていいか分からなかった。

 僕がまだ驚いたような顔をしているのを見てか、それとも奪ってやったという満悦感なのか、薫ちゃんは意地悪そうな顔をして、

「お兄ちゃんの初めてはすべて私がもらう予定だから」

 なんて、にっこりと軽口を叩いていた。


「さーて、寝よう! やっぱり私部屋に戻るよ」

 そういって布団から勢い良く飛び出してでていってしまった。

 僕はその背中をただ唖然と見ているしかなかった。



「はぁ……もう今日はなんて日なんだ」

 僕はそう言わずにはいられなかった。

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