4、遊園地(真琴視点)
「それじゃ、いってきまーす」
今日は日曜日、レンと約束した遊園地に行く日である。
天気は快晴。体の調子も良好。
外に出た真琴は精一杯、背伸びをして空気を肺いっぱいに吸い込む。
「ふー、今日は晴れてよかった」
女装なのは不服だけれど、せっかく遊園地に行くのだから楽しまないとね。
……でも少しだけ寝不足かも。
明日女装がバレたらどうしよう、電車で変な目で見られないかな、なんて心配をしていたものだから少し寝るのが遅くなってしまった。
それはまったく杞憂な事なのだが、本人にそれはわからないのである。
五月にしては少し暑い気温のようで、まだ午前中だというのにちょっと歩くだけで汗が滲んでしまう。
寒いかなと思ったけど、ポンチョと膝丈のデニムパンツを選んだのは正解のようだ。ひざ下を吹き抜ける風が気持ちいい。
ポンチョは主に真琴の女装化計画最大のネックである「胸」を少しでも隠すためにこれにしようと勧められたのである。
まあこの身長なら別に胸を隠そうが隠さまいが誰も怪しまないとも言われたけどね。
なんだろう、微妙に傷つく。
まあ、これなら、だぼだぼしてるし分からないよね。なんて、それに、
「いや、普通に可愛いからすごくいいと思う」
なんて薫ちゃんには言われてしまった。
でもそう言ったあとに、薫ちゃんはなんかすごく後悔してたみたいだけど……
自分で進めたくせに何でだろう?
あいつなんかのためにー! とか言ってベッドに伏せてドンドン叩いて、
「絶対いつか泣かす」
とか呟いてた。怖い。
でもそれはレンが女装しろって言ったからしてるけど、別に罰ゲームでしてるからだからね!
あ、もしかして、レンのなんかのために私の手をわずらわせやがって! とかそういう事なのかな?
それだったらごめんなさい。
おみやげは奮発して買ってくることにしよう。うん。
それにしても、遊園地の入り口集合らしい。
家近いから一緒に行こうよと言ったんだけど。
「いや、王道は現地集合だから」
とか言われた。なんの王道だろ。
この格好で一人電車は恥ずかしいのに! これも罰ゲームなんだろうか。
カードをピッと通して改札を入る。
さすが駅は人が多い……気がする。
いつもと同じ駅なのに、いつもと違う服装をしてるだけで皆の視線が気になる。
それは自意識過剰というものだけれども、皆がこっちを見てる気がしてものすごく恥ずかしい。
実は実際に皆に見られていた。
でもそれは奇異の目とかではなく、純粋に可憐であるがゆえの好意の目であった。
ようやく遊園地についた頃には開園10分前であった。
そしてそこにはレンの姿も見つけられた。どうやら入場案内の看板のところで軽く寄りかかってるみたいだ。
見つけたはいいが、大声で呼ぶのも恥ずかしいのでこっそり看板の後ろに回って近づくことにした。
どうやらレンは携帯を取り出して何かしようとしている。こちらには気が付かない。
よし、今だ!
「わっ!」
「どわあああああああ!」
ぽーんと携帯をぶん投げている。
うん、予想の斜め上をいくいい反応だよレン。
「ごめん、ビックリ……したみたいだね、あはは」
そう言って、レンの前に姿を現す。
「え? あ、ああ、びっくりした……」
ビックリした割にぽかーんとしちゃっている。
「あの、大丈夫?」
本当に脅かし過ぎちゃったかな。心配になる。
「いや、お前があまりに可愛くてビックリした!」
「へ?」
「うんうん、やっぱりいいな! 学校の制服も女子のにするべきだよまじで」
「いやいや! うんうん、じゃないから! 無理だから!」
「いやーテンション上がっちゃうね! 今日は楽しむしかないなこりゃ!」
確かにこんなテンションのレンは久しぶりだ。そしてかなりオーバーアクションだ。さっきから手振り身振りが激しい。
こうなったレンは危険だ。なんとかして落ち着かせないと。
そんな時遊園地の入園アナウンスが聞こえてきた。
「よっしゃー! ほらいこうぜ、まず一番人気のバックスペースマウンテンから並ぼう。人気のやつは最初にな!」
「う、うん、わかったけどさ……とりあえず」
「なんだ、早くいこうぜ!」
「携帯探さなくていいの?」
「あ……」
そのあと、なんとか携帯を花壇の木々の中から探しだしたのだった。
「よしじゃあ、気を取り直していきますか」
「そうだね、まずはバックスペースマウンテンだっけ?」
この遊園地の一番人気の乗り物だ。
ジェットコースターなんだけど、その特徴はなんといっても『バックで進む』ことだろう。
ぶっちゃけ名前の通りである。
先のことがわからないままずっと暗い宇宙空間のような場所を進むのだ。
はっきりいってその恐怖は何倍にも膨れ上がるだろう。
「真琴はジェットコースター関係って大丈夫なんだっけ?」
すでにもう次乗り込むとぞ! いう場所にいるのに何て遅いタイミングで聞くのだろう。
「うん、大丈夫だけど。ダメだったらどうするつもりだったのさ」
「もちろんダメでも乗ってもらうけどな」
じゃあなぜ聞いたんだろう、なんて思っていたら。
「真琴がダメっていう乗り物に無理やり乗せたいんだよ!」
さすがレン。君は正直すぎるよ。それに趣味が悪い。
「僕、親友でいられる気がしなくなってきたよ……」
「はっはっは、そんな君だから俺は正直になれるんだよ」
いや、意味わかんないし
「んじゃ深淵の常闇に一時の羇旅を……どうぞお姫様」
「はいはい、んじゃ乗ろう」
うん、面白かった。
星が後ろから流れてくる感覚は新鮮でとても綺麗だった。
「でさ、レン」
僕はすごく楽しんでいた。楽しかったんだけど。
「ジェットコースター駄目なら駄目って言わないと……」
「うぇ……うっ」
お前は明日死ぬと聞かされたかのような、それはもうひどい顔をしていた。
「無理しても楽しくないよ?」
「う、すま……ん」
もう倒れそうだ。やばい。
「とりあえずあそこのベンチで休もう」
「まさかバックが、バックが……あんなにき、気持ち悪がったなん……うっ」
「しゃべらなくていいから! とりあえずベンチに歩いて」
ここで倒れられたら運べない。さすがに引きずるのはちょっと。
ようやくベンチにたどり着いたレン。ただの屍のようになってる。
「ちょっと水買ってくるから待っててね」
そういうと僕は自動販売機を探すのだった。
なかなか自動販売機が見つからず、かなりさまよった挙句にやっとのこと水をゲットできたのだった。
「まさかこのベンチの壁の裏にあったなんて、とほほ」
灯台下暗しとはこのことなのだろうか。
「おまた……せ?」
ベンチに戻ってきた真琴だったが、そこにレンの姿はなかった。
「あれ? このベンチじゃなかったっけ」
僕は辺りを見回してみた。風景が一緒だと思う。ここで間違いないはずだ。
しかしどこにもレンの姿はない。
「うーん、どうしよう」
僕はベンチに座って一人水を飲みながら待つのだった。
しばらくするとレンが戻ってきた。何やら真剣な顔をしてる気がする。
「おかえり、どこにいってたの? はい、とりあえずこれ」
僕は水をレンに手渡そうとする。
「ああ、悪い、ちょっとトイレに行ってたんだ。ちょっと我慢できなくてスッキリしてきたのさ、はっはっは、さんきゅー」
水を僕から受け取ると、ゴキュゴキュといい音を鳴らして一気に飲み干した。
すごい勢いだ。小さめのペットボトルにしたけど、水を一気に飲み干す人を初めて見た。
「ぷはー生き返ったー」
「それはよかったよ、まだ遊園地楽しめそう?」
「もちのろんだ! すまなかったな、今度は真琴の乗りたいものいこうぜ」
そう言って手を差し出す。
うん? 何故手を。
「あの、レン、この手は何?」
「そんなの決まってるじゃないか、デートは手を繋ぐものだろう?」
え?
えええええええ!?
っていうかこれデートなの?
てか男同士なのにデートって何!
僕は訳が分からずただじっと手を見つめるしかなかった。
「ほら、いこうぜ」
そんな僕に業を煮やしたのか、レンは僕の手を掴んでしまう。
その行動で我に返った僕は思わず立ち止まる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、これデートなの?」
いやいや、その前にデートっていうか男っていうか、もう分からなくなってきた。
「そうだ、真琴が女装してきた時点でこれはデートなのさ、だから悩む必要はない、 俺達は男と女なのだから!」
力説するレン。
「そう……なのかな?」
確かに女装してるからそうなのかも。
「そうなんだよ、ほらこれは握手だと思えばいいだろう、気にするな」
握手。うん、そう言われると大丈夫な気がする。
僕達は親友というカテゴリーに入ってるので、固い握手を結ぶことにはなんの違和感もない。
「……そうなのかもしれない」
「そうだよ、さあ時間がもったいないから行こうぜ」
「そうだね」
僕は流されやすかった。
落ち着かない、手を握らてるというのもあったけれど、それとは別にレンの様子がいつもとは違っている気がした。
さすがにアトラクションに乗っているときは手を繋いではいないけれど、外にでるたびに手を繋ごうとしてくる。
それは別に構わないのだけれども……いやいや構うよ。
何でこんなことになっているのだろう。
デートだから?
それともこれも罰ゲームって事なのかな。うん、きっとそうだよね。
僕は思うもう一つの可能性を考えないようにしていた。
だってそれはありえないことだと思っているから。
「なあ、俺達って周りからどう思われてるかなぁ」
突然そんな事を言ってきた。
「う、うーん。兄妹とかかな」
いやもう、絶対変だ。間違いなく今日のレンはおかしい。
「そうか、まあそう見られることもあるかもな」
そうしか見えないと思うけど。何だか落ち着かない。
さっきから含みのある言い方ばかりだ。
レンも心なしか、そわそわしている。
――気まずい
そんな空気になってきている。
逃げ出したかった。このままじゃギクシャクしてしまう。でもどうしたら。
僕が悩んでいたその時、レンが手をくいっと引いた。
ビックリして僕が見上げると。レンは何かを言いたそうにしていた。
そのまま手を引っ張られてスタスタと歩く。僕も引っ張られるままにレンの後に続いた。
「ちょ、ちょっとレンどこいくの?」
そんな僕を無視して歩く。着いた先は観覧車だった。
「本当は最後にしようと思ったんだけどな……」
そんな呟きが聞こえた。
観覧車はかなり大きなサイズの物だった。一周するのに10分はかかるらしい。
「こ、これに乗るの?」
「そうだ」
そんな短い会話のあとに乗り込んだ。まだ日が高いせいかすぐ乗ることができた。
最初の3分くらいはお互い何も喋らなかった。いや、少なくとも僕は喋れなかった。
何を言ったらいいのか分からなくなってるし、それにレンが何かを話そうとしていることが分かったからだ。
観覧車がてっぺんまで登りかかった時、レンがぽつりと喋りだした。
「夕方に見るここの景色が、ものすごく絶景らしいぜ」
窓の外をみながら語るレンは、どこかうつろな目をしていてる。
「そっか、綺麗だろうね……」
僕はそんな当たり障りのない事しか言えなかった。そして言葉を続けることができなかった。
レンが真剣な目でこちらを見ていたからだ。
「あのさ、俺、そのさ……」
レンが言い淀んでいる。でも僕の顔をじっと見ている。その瞳はブレることがない。
僕もレン顔から瞳をそらすことができなかった。
そらしたらしけない気がした。
「俺は……」
言ってほしくないと思った。
時間が止まってるようだった、今ここが観覧車のどこらへんなのか、本当に僕は観覧車の中にいるのだろうか。
頭が白くなりまるで浮いているような錯覚に陥る。
それでも時は進んでいる。
今度はレンの口がはっきりと音を発した。
「俺は真琴のことが好きだ。それは友情とかそんなものじゃなく。心からお前のことを愛しているんだ」
今、僕はどんな顔をしているんだろう。
僕はもうどうしていいか分からなかった。
レンの言っていることは理解できた。何となくそうじゃないかと途中から気がついていた。
でも考えたくはなかった。
レンは待っている。
こちらをじっと見ている。
答えは多分……でている。
それをすることでこの後どうなってしまうのかが怖かった。
答えはださないといけない。僕の精一杯の答えを。
そうしないとレンが言ってくれたことへの侮辱になってしまう。
……うん、僕は自分の正直な心を言うしかないのだ。
そう考えると少し……少しだけだけれど、すっきりした。
「ありがとう……レンの気持ちは嬉しいよ、でもね」
そう言って少し深呼吸をした。
「僕はレンのことは親友だと思ってるんだ。だから……ごめんなさい」
…………
「そっか、わかった。悪いな急に変なこと言い出して」
そう言うとレンは、ふぅと息を吐いて外に目をやっていた。
「ううん……もしかして小学生のころから?」
僕は思っていた疑問をぶつけてみることにした。
「そうだな……小学生の頃告白したときも本気だったんだぜ、友達としてじゃなく恋人として告白したんだがな、まったく」
「う、ごめん、でもあの時は本当に嬉しかったんだよ」
「分かってるさ、俺もあの時はそれでいいと思ったんだ、お前すごい喜んでくれたからさ」
観覧車はもうそろそろ終点のようだ。
「それじゃ降りようか」
「……うん」
二人は観覧車を降りた。そして少し歩いたあとに、
「すまん、今日は帰ろうか。明日からはいつもの俺になってるはず、だ」
「うん」
そう言うとレンは一人歩いていってしまった。
僕は一人その場にしばらく立ち尽くすのだった。
遊園地を出たあと、僕は気がついた。
「おみやげ買うの忘れちゃった……」
ごめんね薫ちゃん、でも今日はゆるしてね。