3、妹、薫の親友
薫視点です。
えっ……
今あいつ、なんて言った?
遊園地って言ってたよね……
薫は兄の部屋のドアの前で聞き耳を立てていた。
兄の事が心配でずっとドアに張り付いていたのである。
「えっ……それがもしかして罰ゲーム?」
兄はよく分からないといった感じで聞き返していた。
「そうだ、遊園地! 面白そうだろ?」
「うん、まあ面白そうだけど、どうしたの急に」
兄は面食らったようだ、当然の反応だ。
「うむ、当然そういう反応が返ってくると思ってた、実は俺は遊園地が大好きなんだよ、だからどうしても行きたくて、そこで真琴に白羽の矢が刺さったというわけさ」
いや、意味わからないし……でも、私はあいつが言いたいことがわかってきた。
「まあいいんだけど、なんで僕?」
「そりゃもちろん、男二人で遊園地なんて、悲しすぎるだろ?」
やっぱり、そんな事だろうと思った。
ドアの向こうから聞こえてくる会話に薫は一人ため息をつく。
「レン、僕はお……」「これは罰ゲームなのだ、ということで日曜は女装してくるように!」
真琴の言葉を遮り、ビシッとレンは言い切った。
く、分かってるじゃないか、兄に女装させるなんて。
悔しいがあいつの要求の仕方はある意味正しい。
兄は積極的なオシに弱いのである。
こんな感じに「罰ゲーム」という名目のもと、しかも反論させる間もなく言い切られてしまうと断りきれない性格なのだ。
「わかったよもう、罰ゲームだし……仕方ないから言うとおりにするよもう」
あ、やっぱりおれた。
しかし困ったことになった。
やっぱりあいつはハンターだ。絶対に二人にさせておく訳にはいかない。
私も何か考えないと……。
――その日の夕食
私から切り出す間もなく兄の方から言い出した。
「薫ちゃん、今度の日曜に、その、レンと遊園地行くことになっちゃったんだけど……」
ちょっと私を探るような目でこちらを見てくる。相変わらずそういう仕草が可愛らしい。
「ふーん、男同士で遊園地にいくんだ?」
「う、うん……」
女装のことは言いづらいのかな、まあそうだろうね。
兄はそわそわと落ち着かない様子だ。きっと言おうかどうか迷ってるんだな。
日曜日に準備する時点で分かっちゃうのに。
「ねえ、お兄ちゃん」
「な、なに薫ちゃん」
「私も行っていい?」
私はニコニコしながらそう聞いてみた。
「え、えっと、それはダメみたい……なんか二人じゃないとって……ごめんね?」
うん、実は知ってました。
ドアの前で最後までしっかり聞いてたからね。
兄はチラチラと私の顔を見ると、下を向いてしまう。
これは兄の、自分でもよくわからないけど、悪いことをしているって時の態度だ。
きっと自分でもよくわからないけど、悪いことをしてる感じになっているのかもしれない。
私が怒ってる風に見えるのかな?
ちょっと意地悪しちゃったかな。
でもお兄ちゃんが可愛いから仕方ないね。
「もともと私に確認取る必要もないでしょ、行ってきなよ」
つっけんどんな物言いになってしまう。
私は態度を隠すのが苦手なのだ。
「うん、ありがと、あ、それでね……もう一つあるんだけど」
きた、きっとこっちが本命だ。
「なに?」
「子供の頃……その、女装してたでしょ? あの服ってまだあったっけ……」
うんある。私の宝物だったりする。
「あるけど、どうして?」
女装することを知らないことになってるから、一応理由を聞かないといけない。
「そのね、日曜に女装して行くことになっちゃって……あ、レンの趣味とかじゃなくて罰ゲームってことなのかな、それに、男同士で遊園地は可笑しいってことらしくて……」
何も聞いてないのに兄は次々としゃべりまくる。
ていうか何だかレンを庇っているみたいに聞こえる。
なんかムカツクけど、お兄ちゃん健気で可愛いよ、まったく。
「ふーん、まあいいけどさ、確かお母さんのクローゼットにしまってあったと思うよ」
「そ、そっか、あとで見てみるね」
「私も一緒に選んであげるよ」
ついでに色々着せて遊ぼう。それくらいはいいよね!
「そう? それは助かるよ」
兄の笑顔が眩しい。不埒な事考えてごめんなさい。
そのままでも十分に女の子に見えるけど、しかし、あまり可愛い服を着せるわけにはいかない。
あいつの思い通りにさせる訳には!
妙に燃える薫だった。
次の日、薫は悩んでいた。
日曜日のことが気になって仕方ないのだ。
「やほ、薫、なーんか悩んじゃって、どしたの?」
私に話しかけてきたのは、佐藤紀子、中学生時代からの親友だ。
「紀子かぁ、うん、ちょっとね。お兄ちゃんのことで」
「はぁなるほどね、薫はほんとブラコンだね、いやシスコンかね?」
あははーと軽い笑いで紀子は笑った。
「ま、否定はしない」
「ありゃありゃ、薫は正直者だねぇ、まあ相変わらずっていうのかね」
そう、睦月兄妹が仲がいいというのは周知の事実なのだ。
薫達一年生の間でもこの一ヶ月でそのことは十分に見せつけられたのであった。
登校も一緒、お昼も一緒、帰るのも一緒、それに二人共部活をしていない。
薫には今でも部活の誘いがひっきりなしにくる。
それも仕方ない。背が高いし運動神経もいい。スポーツ関係の部活はどこもほしいのだ。
とにかく特別なことが無い限り何時でも一緒なのだ。
「それで何に悩んでるのかな? この紀子さんに話してみないかね」
ちょっと軽いノリのように感じるが、薫にとっては気のおける親友だ。
――出会いのキッカケはこうだ、
薫は昔から美少年だったため、やはり男の子にはからかわれていた。
ただ薫は気が強かったため、男の子に蹴りなどをいれて追っ払っていたが、そういうことされると余計嬉しくなりからかうのが男の子というものだ。
中学に入ってからはさすがに少なくなっていったが、逆に女の子から好かれるようになっていった。愛情的な意味で。
それは当然というものだろう。なんせ男子に負けない強さと女子に対する優しさ、さらに男子よりもカッコイイ。
まさしくヒーローそのものだ。
ただ薫自信、女の子はそういう対象ではないし、友達として付き合いたい、でもぞんざいにはできない。
頼られるのは別に嫌いではないけれど……
そんなこんなでいろいろ疲れていた時期があった。
そんな中、仏シリーズという仏がデフォルメ化された、奇怪な容姿マスコットが流行っていた、一部の人にだけだけれど。
薫はそんな仏達に癒されていった。その中でも弥勒菩薩君が好きだった。
それをみた紀子が、「あたしもそれ持ってる」と言ったのが始まりだった。
それから仏シリーズの良さを語り合う内に仲良くなったのだった。
ありのままの薫を。
カッコイイとか頼られるとかでもない。
純粋な、同じ趣味の友達というのは初めてだったのだ。
――そんな訳で、紀子に相談することにした。
兄がピンチなのだと。お手つきされちゃうと。
「そっか、しかしレン先輩は、ホ……いや、気持ちはわからないでもないかな」
なにか言いかけたけど、ツッコまないようにしよう。
ちなみに紀子は私とよく遊ぶので、兄のことも「あいつ」のことも知っている。
「そうなんだよ、どうにかしたいんだけど……」
「んじゃさ、あたし達もいこうよ、その遊園地にさ」
あ、そうか、目から鱗だった。
確かにそれしか無いかもしれない。
私はどうにかして兄を止めることを考えていたけど、そういう理由をつけて堂々と行っちゃえばいいんだ。
私は決意した。
「紀子! それいただき!」