18、デート前半(薫視点)
旅行から帰宅し、私たちは以前より少しだけ関係の縮まった生活をしていた。
といっても、一緒にテレビを見るときに手を繋いだり、理由もなく抱きついてきたり(私からだけだけど)そんな程度だった。
それは今まで一緒に暮らしていたからこそわかる、微妙な距離感なんだけど、私たちにとってはかなりの前進だった。
それまで培ってきた関係をいきなり変えることはやっぱり不可能で、でも変えていきたいと精一杯背伸びして、できることをしているのだ。
でもそれは薫にとっては少しもどかしい気持ちがあった。
そもそも好きになり始めたスタート地点が違っている。
私は小学生のころから意識していたが、お兄ちゃんはつい最近……もしくはあの日に初めて気がついたって感じなのかもしれない。
スタート地点が違えば、想いの強さも違っている。私にとって今回のことはマラソンの折り返し地点だったのかもしれない。このままゴールまで行ければいいのだけど――――いや、いってみせる。
贅沢言ってはいけないのだけど……でも1日が過ぎそして2日目も過ぎ、ただ日々が過ぎるごとに私の気持ちは焦っていくのだった。
折角お兄ちゃんの気持ちがわかったのだからもっと積極的にいってもいいのではないだろうか。でもそんなことをしてお兄ちゃんに呆れられたらどうしよう。お兄ちゃんは今の私を好きなのだから、無理に変えたらダメなんじゃ。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回っているのだった。
まあ実際にお兄ちゃんを目の前にすると、そんな考えは吹き飛んでしまう。
今は夏休みで毎日一緒にいられるのだ。こんな嬉しいことはない。
気分が高まっていたのか、私は折角なのでデートをしようと提案した。
お兄ちゃんは二つ返事でOKしてくれた。
しかしここで世話好きの性格が災いしたのか、久しぶりに空気のよめない兄が誕生した。
「あ、そうだ。折角だからレンと早希ちゃんも呼ぼうよ、ほら、あの二人どうなったか気になるでしょ?」
ぶっちゃけどうでもいいんです。いや、確かに気になっているんだけど、お兄ちゃんと早希を会わせたくない!
そういうことをするなら私がセッティングするのに……もちろんその時はお兄ちゃん抜きで。
私は頭を抱えたくなる気持ちを抑えつつ、妥協案を考える。
こうなってしまった以上、兄はあの二人を最後まで応援し続けるだろう。
私は考えた結果、早希とあいつ(レン)にWデートの約束はするけど、私たちはドタキャンをしようという作戦を思いついた。私たちは後ろからこっそりと尾行し、そして私たちは私たちで楽しむのである。
兄は最初は渋っていたけど、説得し続けた結果、こういうのは強引にでも二人だけにするべきだという私の意見にうなずいてくれた。
そしてデート当日の日、私たちは軽く変装をし、待ち合わせの場所から少し離れた場所で観察をしていた。
むしろ変装というのは名ばかりの口実で、お兄ちゃんを女装させているだけである。私のバリバリ全開の趣味だ。
今日のコーディネートは水色系の花柄のワンピースで、ところどころのフリルのアクセントがとても可愛らしい。それに鮮やかな色はお兄ちゃんにピッタリだ。
ぶっちゃけ尾行するのにその服装はどうよ、なんて言われそうだけどバレたらバレたで別にいいと思っていた。むしろ本命は私たち兄妹のデートなんだから、私たちが楽しまないと意味が無い。尾行の方が『ついで』だと思っている。
私たちは待ち合わせ場所に1時間前から来ていたのだが、早希はそれより先に来ていたようで先程から落ち着きなく、半径2m範囲をうろうろとしていた。
どうやらかなり緊張しているようだ。胸に手を当てては深呼吸を繰り返している。
兄はそれが不憫に思ったのか、「やっぱり一緒にいてあげたほうがいいんじゃ」なんて言ったけど、「これくらいのことでダメなら一生恋人なんてできないよ」と兄を説得する。
そしてついに待ち合わせ10分前となり、ついにあいつが到着した。遅いぞこのやろう。
計画通りに兄があいつに電話する。私たちは今日は急な用事で行けなくなったと告げるためだ。
そのあとに私も早希に電話をする。同じ内容だけど、二人はそのままデートを続けてねと念を押すためだった。何も言わなかったらそのまま早希も帰ってしまいそうだったからだ。
早希は慌てふためいていたけれど、これは訓練なんだから逃げちゃダメだよと説得する。
……本音を言えば二人が帰ってしまったら、責任を感じた兄は自分たちも帰ろうと言うに決まってるからだ。
二人のことも気になるけど私の本命はお兄ちゃんなんです。一緒に映画をみたいんです!
早希とあいつはぎこちなく何かをしゃべっていたかと思うと、少し距離を開けたまま歩き出した。尾行の始まりだ。
映画館へはすぐに着いた。それもそのはず、最初に映画を見る予定だったから待ち合わせ場所も映画館の近くにしたのだった。
やってる映画もすでにチェック済みで、もちろん見るのは恋愛映画だ。お兄ちゃんは以前やってた検視官ドラマの映画化を見たがっていたけど、そんなのは即却下である。
もちろん自分たちの好みで映画を見るのは構わないんだけど、最初のデートくらい定番でいこうと提案したのだ。2回目のデートからはお好きにどうぞって感じだけどね。
あいつの声が大きかったおかげでどの席に座るか分かった私たちは、その席がかろうじて見えそうな位置をゲットすることに成功した。
本当は兄が小さいので前に席がない先頭の席が良かったのだが、このさい贅沢はいえなかった。
ちなみに学生割引を使って入館したのだけど、兄が1000円になりそうだったのは毎度のことだ。小学生に見られたか中学生に見られたか。多分前者なんじゃないかなと私は思ってる。兄はそれが嫌みたいで、「ここよく見てください! 僕高校生なんですっ!」と必死になっていた。
私は飲み物とポップコーンを買うために売店にいく。兄は自分が行くと言ったのだけど、小さい容姿とかわいい服装共に目立ってしまうので私が行く事にした。
――――薫は気がついていないのだが、正直背の高く容姿もカッコイイ薫のほうが映画館では目立っているのであった。
本日は変装というコンセプトなので、髪型はワイルドに。服装はシンプルにシャツとジーンズだけなのだが、それがかえって刺激的であり。多くの女性の目を引いていた。
薫のことを見つけた女性同士映画に来ていた娘たちが、彼女はどんなやつか見てやろうと興味本位で薫を尾行したのだが、真琴の姿を確認した途端に、「なんというお似合いカップル!」とそこにいた全員が認めたのだった。
中にはあれは兄妹なんじゃないかと言うものもいたが、真琴が兄で薫が妹だと思ったものは一人もいないだろう。
私が飲み物とポップコーンを持って席に戻ってきた時、兄が心配そうに、「レンに会わなかった?」と聞いてきたのだった。もちろんそんなヘマはしてないのだけど、どうやら私が買いに行ったと同時にあいつも席を立ったらしい。
あいつも飲み物を買いに行ったようだった。戻ってきたあいつの手には飲み物が握られていた。それを渡す時にどうやら手が触れ合ったようで、飲み物をこぼしそうになり慌てていた。
――――うらやましいっ!
私もお兄ちゃんの手を握ってみた。温かい。小さい。可愛い。
お兄ちゃんが急にどうしたの? って顔でこちらを見ているけど気にしない。
そのまま私たちは映画が終わるまで手を握り合っていた。




