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15、事故

 素晴らしい光景を目の当たりにし、僕らは満足したので帰ることにした。

 この時もレンが先頭に立ち、きた道を戻っていた。

 僕たちはさっきの光景を思い出し、自然とテンションが上がってきて、感想を言い合っていた。お互いにどこがよかったーとか、魚が泳いでたとか、些細なことで盛り上がっていた。

 そんなとき事件が起こったのだった。


 ――突然、大きな水しぶきの音が聞こえてくる。

 何事かと前にいるレンに確かめようとしたところ、僕の前を歩いていたレンが突然消えてしまっていた。

「レンッ! どこいったの?」

 僕はたまらず大声で呼ぶ。

「えっ、あれ、レンさん! どこなんですか?」

 早希も事態に気が付き慌ててレンの名前を呼んだ。


 僕は何がなんだかわからず、辺りを見回そうと歩こうとしたその時、

「ダメッ! お兄ちゃん!」

「えっ」

 僕は手を強引に引っ張られる。

 そして僕は気がついた。岩と岩の間に大きな亀裂があり、人間がすっぽり入れるほどの大きな穴が開いていたのだ。

 あと一歩踏み出していたら、その穴に落ちてしまうところだった。


「な、なにこの穴……もしかしてレンは――――っ!」

 僕の目の前を歩いていたレンはもしかしてこの穴に!?


「ど、どうしましょう! こんな穴……レンさんは……っ!」

 早希は青ざめた表情で狼狽し、今にも泣きそうだった。

「お、お兄ちゃん」

 僕の手を掴んでいる薫の手は震えており、掴む力も強くなっていた。


 そんな二人を見たおかげか僕は一人落ち着きを取り戻していた。

 これからの事を考える。どうしたらいいのか。僕にできることはなんなのか……そう、まずはレンの安否の確認だ――――

 僕は穴に向かって大きな声で叫んだ。

「レンーーーーーーーっ!!」

 突然叫んだ僕に二人はビクリと体を震わせる。しかしすぐに正気を取り戻したようであとに続くだろう声に耳を傾けた。


 ――――『うおーぃ』

 

 穴の中から声が聞こえる。

 反響しているおかげで聞き取りづらいがレンの声だった。

 ……よかった……生きてた。

 僕は心から安堵し、続いて声をかける。

「怪我はないーーーーー?」


 ――――『あぁ、大丈夫だ! ここは海の水が入り込んでるらしい! でも高くて上がれねえぇー! 悪いがロープか何かを別荘までとりに行ってくれないかーー!』


「わかった! 待っててねーー必ず戻ってくるからーー!」


 ――――『はっはっは、心配してねぇよ親友!』


 レンの案外元気そうな声を聞いて少し安心する。しかしのんびりしてはいられない。

 僕は早速ロープを取りに行こうと立ち上がる。その時二人の不安そうな視線が僕の視線と交差した。

「お兄ちゃん! 私も一緒にいく」

 薫が真っ先にそう名乗り出る。しかし僕は首を振り、

「二人はここでレンと一緒に待っていて欲しいんだ、それに僕だけなら背も低いから一番早くここから出られると思う」

「でもっ……」

 何かを言いたげにしている薫の唇にそっと人差し指を当てて、僕は首を振った。

「今はレンは無事だけれども、ここの海水温度は低からいつまで体力がもつかわからないんだ。一刻も早くロープを持って戻ってこないと」

 そう告げても薫は心配そうな顔で見つめていた。

 僕はそんな妹の手を両手でぎゅっと包み込むと、

「大丈夫だからここで待ってて……ね? 早希ちゃんもここでレンのこと勇気づけてあげてね」

 僕がそう言うと早希はコクリと頷いた。

 そしてもう一度薫を見て軽く頭を撫でた後、僕は出口に向かって急いだ。



 入り口に戻るまでに、洞窟が少し変化していることに気がついた。

 来るときには無かった海水がそこらかしこにあるのである。

 やばい……潮が満ちてきている。急がないと道がなくなってしまう。

 僕は最新の注意を払いながら、迅速に移動するのであった。



 やっとの思いで僕は外にでた。

 疲れた体にムチを打ちそのまま駆け足で別荘に戻る。

 途中何度も足を取られそうになる、それもそのはず、疲れはピークを越えていて足をまともに動かすのも辛くなっていた。呼吸は肺に十分な酸素が行き渡らず苦しい状態が続いた。しかし足を止める訳にはいかない。

 今この瞬間もレンの体力は奪われているのだ。

 別荘についた時、丁度玄関にいた執事のピエールさんに事情を話した。

 驚いた表情をしたが、すぐ状況を察してくれて別荘の中へ入るとものの数十秒でリュックを探してきた。どうやらその中にロープが入ってるらしい。僕がリュックを受け取ろうと手を伸ばしたが、ピエールさんはそれを渡してはくれなかった。

「危険です、保護者として行かせるわけにはいきません。私が行きますので真琴さまはここでお待ちください」

「でもっ、詳しい場所は僕しかわかりません! 今は一刻を争う事態です。それに必ず戻ると約束しました! 僕がいかなければいけないんです」

 決然たる語調で告げる。

「もしあなたの決断で蓮太郎様がどのようになられてもですか?」

 まるで僕を試しているかのように心を貫くその言葉は、僕に一瞬のためらいを与えた。

 …………僕のせいでレンが……死んでしまうかもしれない?

 もしかしたらこのままピエールさんに行ってもらったほうがいいのだろうか?

 一瞬そんな考えが僕の頭をよぎる。


 『親友』


 だが次の瞬間、レンのその言葉が僕の頭を駆け抜けた。

 そうだ、僕のことを信じて待ってる親友がいる。

 僕が行くなら必ず助ける。それが親友として僕ができることで、僕にしかできないことなんだ!



「いえ……僕が行きます! 僕ならば絶対に助け出せます!」

 僕は迷いのない昂然とした態度でそう断言した。

 それを聞いたピエールは表情を緩めるとリュックを手渡す。

「わかりました。私はここで皆さんがいつ帰ってきてもいいように夕食を作って待っています」

 そして「蓮太郎様をどうぞ宜しくお願いします」と頭を下げた。

 僕は頷きリュックを背負うとすぐに洞穴へと向かったのだった。




 別荘でのピエールさんとのやり取りで少し休憩できたおかげか、僕の足取りは少し軽くなっていた。

 ――――絶対助けだす。

 そう新たに誓ったことも大きいだろう。気持ちが前向きになり、あれほど重かった空気がすんなりと肺に行き渡り、先程より早い時間で順調に進んでいく。

 洞穴の中は水が浸かっている部分が多くなり、進むのが困難になってきていた。

 これでは帰りが……いや、今はそんなことを気にしている暇はない。

 ……大丈夫。レンならば絶対に!

 水の中にいる親友を想いながら僕は進む。


 そうしてようやくそこまでたどり着くことができた。


「あっ! お兄ちゃん!」

 ライトが見えたのだろうか、姿はまだ見えないけど薫の声が聞こえてきた。

「先輩っよかった!」

 早希の声が聞こえた時には二人の姿が僕の視界でも確認できた。

 僕はリュックを背中から下ろしながら二人に近づく。

「レンはっ!?」

「はいっ大丈夫です!」


 ――――『……よぉ親友、なかなか早かった……じゃねえか』


 よかった……間に合ったんだ!

 僕は嬉しさのあまりに泣きそうになる。

 だがまだ泣くわけにはいかない。早く引き上げないと。


「どこか縛る場所ないっ?」

「お兄ちゃんここっ!」


 薫は前もって調べていたのか、丁度ロープが引っ掛けやすい場所を指示してくれた。

 僕は急いでロープを縛り、そして穴から垂らしレンに向けて声をかける。

「ロープ下ろしたよーーーー見えるーーーーー?」


 ――――『おぉ、きたぞー』


 僕は焦る気持ちを抑えながらもレンの次の言葉を待つ。

 ――しかし、しばらく待っても返事が返ってこない。


「レンっ? どうしたのーーー」

 心臓の音がうるさいほど高鳴る。これほど静寂が恐ろしいと思ったことは今までに一度もなかっただろう。


 ――――『わりぃ、手が思うように動かなくてロープを結ぶことができねえ』


 そうか、長い間水に浸かってしまったからもう力が……

 こうなったら僕が行くしか無い、そう思い穴から降りようとしたら、

「ダメだよお兄ちゃん! お兄ちゃんが降りても私たち二人じゃあいつを引き上げられない」

 そう言われて僕は気がついた。レンの体重はこの中で一番重い。それに服は水を吸っているのだから更に重さは増しているだろう。70kgはある重量を女の子二人では引き上げるのは困難だろう。僕が引き上げる側でもそれは一緒だった。


「そ、それじゃどうするんですかっ」

 早希の顔は蒼白で、全身は震え、今にも倒れそうだ。

 誰も早希の問いに答えられなかった、みんな必死に考えていた。どうすればいいのか、頭をふる回転させ妙案を振り絞る。

 そしてしばらくこの場を静寂が支配する。


「私に考えがある。私にいかせて」

 沈黙をやぶったのは薫だった。

「大丈夫……なの?」

「うん、多分大丈夫! 私を信じてお兄ちゃん」

 正直、この薫ちゃんには危ないことはさせたくなかった。かといって僕だけでどうにかなる問題でもない。今はそんなことを言ってる場合でもないのだから。


「わかった……お願いするよ」

 薫は頷くとロープをつたい穴から滑り降りた。


「だ、大丈夫でしょうか」

 早希は不安で仕方ない様子で穴を見ていた。

「大丈夫だよ。薫ちゃんが大丈夫って言ったんだ。信じられるよ」


 そう……大丈夫。

 不安でたまらないのは僕も一緒だった。

 降りて1分も経ってないだろう。しかしそれはとても長い時間に感じた。


「薫ちゃーーーん! どうーーーー?」

 気がついた時にはたまらず叫んでいた。


 ――――『大丈夫っ! もう少し待っててーーーーっ!!」


 待つ側というのはこれほどまで胸が張り裂けそうなのか。

 これなら自分で行ったほうが楽だと思った。僕は先程、危ない事はさせたくないと思ったが、薫や早希からみたら、僕がさっきロープを取りに行った行為は今の僕と同じ気持ちだったんだ。

 僕の心は折れそうになっていた。自分の心がこんなに弱いものだったなんて……

 

 その時僕の手を包み込むように握る温かい手があった。

 そうして僕は初めて自分が震えていたことを知った。

 早希は僕の手を握りながら「大丈夫です」と何度もつぶやいた。



 ――――穴を伝っているロープが揺れている。

 そして穴から顔をだす薫の姿があった。どうやらロープをそのまま登ってきたようだった。

 …………これは確かに薫ちゃんにしかできない芸当だった。


「あいつにロープ結んできたよ! あとは三人で引き上げよう」

 薫はそう素早く告げると先頭でロープを持ち始める。

「よーし! みんな、でっぱりの岩に足を引っ掛けてね! 1、2、3で思い切りいくよ!」

「はいっ! わかりました!」

「いくよー! 1、2……」


『3!』

 

 僕たちは無我夢中で引っ張りあげる。そして何度か掛け声を繰り返す内にようやくレンを引き上げることに成功した。




「レン? 大丈夫……?」

 僕はレンの頬を軽く叩く。

 ……しかし反応がない。

 まさか、大量の海水を飲んで!?


「た、大変です、じ、人工呼吸しないと……」

 早希がそういったがそこで止まってしまう。

 それは当然だろう、いくら緊急事態だからといって、苦手な男子にいきなりそういうことをできるほど耐性はついていないのだ。

 うん、迷ってなんかいられない。その役目は僕しかいないのだ。


 僕はレンの気道を確保し、覚悟を決めて口を近づけた。

 そしてあと2cmで重なるかという距離で、

「まった!」

 その声とともに僕は肩を掴まれ体を起こされる。薫ちゃんであった。


「えっ……どうしたのっ! 早くしないと」

 そんな僕の声を無視し、じっとレンのことを見ていた。その視線は睨んでいるような疑っているような、とにかく尋常ではないものだった。


「あんた……本当は気がついてるでしょ……」

 薫はドスのきいた声色でそう口にした。


「え……?」

 僕は目を丸くしてレンを見る。

 いっぽう早希はレンの様子に気がついたのか呆れたような表情だった。

 レンの表情は口元が緩んでおり、ついにはニヤニヤし始めた。


「ち……気がつかれちったか、せっかく真琴とキスできるチャンスだったのに……くそぉぅぅっぅぅ!!」


 僕は呆れてしまったが、同時に心から嬉しくて、笑いがこみ上げてきた。


「もう……本当に心配したんだからね……ふふふ」

「ああ、悪いな……くくく」

「ホントバカ……あはは」

「よかったですよー……ふふ」


 僕たちはみんなで笑いあった。

 今この時、生きてる喜びを僕たちは感じていた。

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