1、兄と妹の紹介
「お兄ちゃん私と体交換してよ」
夕食の時、突然そんなことを言い出した。
「薫ちゃん、それは僕の台詞だよ……」
二人で、はあぁ、とため息がでてしまう。
何を言ってるのかと思うかも知れないけれど、僕達兄妹には切実なんです。
僕の名前は睦月真琴、16歳、高校二年生。ちょっぴり小さくて、ちょこっと童顔で、身長145センチのどこからどう見ても小さな女の子で、世間一般的に言うと美少女らしい……ダメだごめん、自分で言ってて悲しくなってきた。
そして妹の名前は睦月薫、15歳、高校一年生。ちょっと背が高くて、かなり整った顔立ちの、身長170センチのどこに出しても可笑しくない、僕の自慢の妹です。
世間一般的、いや、僕から見てもかなりの美少年……美青年といったほうが良いのだろうか。胸さえなければ男にしか見えない、なんていうと妹にしばかれるので言えない。
性格はと言うと僕は内気で、妹は強気で。
でもそれは小さい頃からの僕達の容姿の問題もあって、成るべくしてなってしまった性格だと思う。
そんなこんなで中学生頃から僕達は有名な兄妹となってしまったのだ。不本意ながら。
時々、姉妹と言われたりして……でも妹は姉妹と言われると、
「お兄ちゃんお兄ちゃん! 私、女の子に見てもらえたよ! 今日は髪型ちょこっと冒険した甲斐あったよー!」
って喜ぶんだけど。僕は複雑だよ薫ちゃん。
ちなみにうちの両親は海外赴任で日本にはいません。
珍しいけれど――いえお約束ですよね。わかっています。
僕が高校に入学してから色々なことがありました。
これは僕の入学式の話です。
中学の頃に経験してるから、そんなに大したことも起こらないだろう。知ってる人もいるし、慣れてるから大丈夫、なんて高をくくっていたんだけど。
思えば中学と高校では、子供が大人の階段を登っていくスピードが違うんだよね。
男性は声も変わっていくし、女性は体つきが変わっていって……
そんな中、何にも変わらない僕が入学した訳で。
男性から見ても女性から見ても、それは異質な存在だったと言わざるを得ない状況でコソコソしていたんだけど。
「なになに、子供がいるよー! かーわーいーいー! もみくちゃりたいー!」
「やばい、マジで可愛いな、ちょっとお持ち帰りしてもいいか?」
なんて物騒な声が聞こえてくるし。
もみくちゃりたいって、お持ち帰りって何!?
まるでライオンの檻に入れられた子猫のように小さくなっているしかなくて……
もともと小さいって? うるさいです。いいんです! 表現の自由なんです!
それから僕は一年間、言うのもはばかれるような事がいっぱいあったんだ。
体育の時間のたびに男子に、「お前本当に男なのか?」なんて疑われたり。
女子からは、「これ絶対似合うから着てみてよ」なんて言って、僕に女装させてみたり。
そんなこんなで同級生に弄ばれながら一年が過ぎていった訳です。
そんな時に妹が同じ学校に入学し、当然話題になったんだけど。
「なになにあの人、めちゃカッコイイんですけどー! もみくちゃりたいー!」
「やばい、マジ美人すぎるというか、お持ち帰りされたいんですけど」
なんて絶賛の嵐な訳です。
どっちにしても、もみくちゃりたくてお持ち帰りなのは変わらないんだね。
それから大変だったらしくて、毎日女子からは告白されて。
さらに、「お姉様! 一生ついて行きますわ!」なんて言われてたり。
……ま、ちょっと誇大表現だったかも。
まあ男子からは特に変なアプローチが無いのは救いらしい。
――いいな、羨ましい。
その分、女子からはものすごいらしいんだけど、どれだけものすごいのかは教えてくれないんだよね。
そんなこんなで妹が入学してから一ヶ月が経ち、それで今日のこの会話につながる訳です。
「なんで私ってこんなにカッコイイんだろう」
聞く人が聞いたら嫌味にしか聞こえないことを本気で悩んでいた。
「お兄ちゃんみたいに可愛かったらな……」
「知ってるよね、僕も同じ悩みだってこと」
妹は気にした風でもなく、
「だって言わずにはいられないよ、あっ!」
突然なにか閃いたような気持ちのいい笑顔を僕に向けて、
「街角でお兄ちゃんとぶつかったら、魂交換できるんじゃない!? ほらそんなアニメあったでしょ」
確かに昔みたアニメでそんな内容のがあったような……いやいや!
「ダメだよ、それじゃ魂だけで僕が男の体で薫ちゃんが女の体だってことは変わらないでしょ」
「あ、それもそうだね、それじゃダメかぁ……ん、ごちそうさまでした」
妹はそういうと食器を流し台に置いた。そして本当に残念そうな感じでソファーに、ごろんと転がってしまった。
「そもそも、そんなアニメみたいなことできないでしょ、ごちそうさま」
僕も食器を流し台へと運んだ。
夕食のあと僕はみかん箱を用意し、その上に立ち、流し台で食器を洗う。
家のことは妹と二人で、一週間ごとに役割分担をしていた。
今週は僕が洗い物を担当することになっている。
「しかしほんと、お兄ちゃんは趣味がちょっと変わってるよね、みかん箱をわざわざ人が乗れるように補強するなんてさー」
テレビをつけながら妹はそんな事を言った。
――そう僕はこういうちょっとレトロな物が大好きなんだよね。
「いいでしょ、なんか可愛いし、見てると落ち着くよ」
「そういうものなのかね、私はもっと近代的な物が好みかな」
そこで会話が止まる、そこまで引き伸ばす会話でもないし、何より妹はもうテレビに夢中なようだった。どうやら話題の恋愛ドラマらしい。
僕は恋愛ドラマより刑事ドラマやミステリー関係のドラマが好きかな。
「お茶はいつものでいいよね?」
「んー」
肯定なのか悩んでいるのか分からない返事を聞いて僕はお茶を入れる。
洗い物を終えた僕は一緒にドラマでも見ようかなと思い、妹の隣に座った。
「ありがと」
妹はそういうとお茶をずずずと啜った。
ほっと息を吐くと少し白い息がでた。今日は五月なのに少し寒い気温だった。
僕もお茶を飲むことにした。洗い物をしていたので手が冷たくなっていた。
「はー、美味しい」
そうこうしてる間にドラマは終盤に差し掛かっているようだった。
ドラマの内容はこうだ。
兄妹が悪役に捕まってしまったが、兄の機転により見事脱出、兄妹の絆が深まるけれど、実は妹はすごい財閥の娘だった。血の繋がりのない妹に悩む兄、兄の感情の中には妹としてじゃなく、一人の女としての愛があったからだ。
「どうするんだろうね、兄は……」
僕はつぶやいていた。
「そうだね……」
妹は僕に擦り寄ってきた。そして、
「お兄ちゃんのことは私が守ってあげるからね」
そういうと僕の事をぎゅっと抱きしめてきた。
「ちょ、薫ちゃん、守ってあげる立場なのは僕だから」
「いやいや、私が守りますよお姫様」
まったく――でも確かにこういうドラマは同じ兄妹として、見ていて気恥ずかしいものがある。気を利かせてくれたんだね薫ちゃん。
「しかしお兄ちゃんは抱き心地最高だね」
「……もうわかったから放してほしいかな……」
「だって寒いじゃん」
そういってしばらく僕にじゃれつくのであった。
結局あのドラマの兄妹は結婚して終わったようです。
そうですよね、ドラマの中だけでもハッピーエンドを見たいものです。
でもこの結果を知るのはまだ先の話なんですけどね。