水の恵み
金髪の少女の手の動きに従って、水柱は生き物のようにカレンへと真っ直ぐに突っ込む。
迫り来る巨大な水柱に対し、カレンは当然当たる訳にはいかないので、右方へ走り急いでその場から離れる。
その直後、水柱が床に衝突し、カレンが居た場所に大穴が出来上がった。
「(ほ、本気だ……あの子!)」
カレンは自分が居た場所を一瞥して、あの水柱に当たっていたら人溜まりもないと理解したと同時に彼女が本気で自分を倒す気だと改めて悟る。
一方で仕掛けて来た少女は攻撃が避けられたことに対し、落ち着きを取り戻した表情で。
「流石に今のでやられる訳ないか。ならこれはどう?」
等と呟くとおもむろに左手の人差し指と中指を一緒にクイッと折り上げる。
「!!?」
するとカレンは突然、浮遊感を感じた。
原因はカレンの足元の床から水柱が飛び出したからだ。
足元から水柱が飛び出したことでカレンは水柱に乗って上へ押し出される。
「…このッ!」
これ以上、水柱に乗って上に昇るのは 危険だと思ったカレンは飛び上がって大剣を両手で垂直に降り下ろした。
振り下ろされた大剣は水柱を真っ二つに両断し、二つに別れた水柱は昇り上がる力を失い、地面へと落ちる。
そしてカレンも真下の水柱が無くなったことで、そのまま下へ降下して行き、難なく地面に着地した。
「何やってんだ、アイツ等!? こんな時に!」
突然戦い始めた二人に戸惑うロロ。
アイシャもミツルギも眼を丸くしている。
二人がさっきまで何か口論していたのは見ていたが、まさか戦いにまで発展するとは誰も思いもしなかっただろう。
「カレンが何か怒らすことでも言ったのか!? と、とにかく、止めさせねぇと!」
戦闘の理由は分からないが、とにかく止めさせようとロロは二人の元へ駆け出した。
「おっと! そうはさせねぇぞ」
「げぇ!?」
しかし、行く手を阻むように盗賊団のボスが立ち塞がる。
「こんな時に仲間割れを起こすなんてどうかと思うが、あのままアイツ等が争ってどちらかが倒れても、魔装器使いが一人でも減ってくれるんなら、こちらとしてはありがてぇ」
どうやらボスの狙いはカレンと少女にこのまま仲間割れを続行させ、どちらかに倒れてもらうと腹らしい。
「だから邪魔すんなっ!」
二人の仲間割れを止めようとするロロを排除しようとボスはチェーンソーを水平に振るって、一文字斬りを放つ。
だが、チェーンソーの外歯がロロに接触する寸前、ロロの姿が視界から消える。
その直後、ボスはすぐに視線を右方に傾けた。
視線を向けた先には右手だけでロロを抱えたミツルギが居た。
恐らくロロにチェーンソーが当たる直前、ミツルギが『縮地法』で救出したようだ。
ボスは忌々しそうに舌打ちをする。
「鬱陶しい野郎だ、雑魚を片付ける前にまずはテメェを片付けなきゃいけねぇようだな」
「ふっ、やれるものならやってみろ! 俺が居る限り、誰もやらせはせん!」
「……………」
「ん?」
その時、ミツルギはふとロロが喋らないのに気付く。
いつもならここら辺で強がりの一つや二つを吐く筈なのに、今も何故か声の一つも出さない。
「どうしたのだロロ、妙に静かだな?」
「…………」
「ロロ?」
と、再度声を掛けたが返事は返って来なかった。
様子がおかしいとミツルギはロロの顔を上に傾け、その顔を覗き込むと。
なんとロロの顔色は吸い取られたかのように生気が無く、しかも白眼を向き、且つ無気力に手足をダラーンと伸ばし、猫の耳もグダリと垂れていた。
状態的に平たく言うとロロは失神していた。
どうしてこうなったのか?
ミツルギは首を傾げて、原因を推測するとすぐに思い当たる要因を悟る。
その要因とはロロにチェーンソーが当たる寸前、ミツルギが『縮地法』でロロを救い出したのが要因であった。
ミツルギは一旦、ロロの所で止まってからロロを担いでその場から離れた訳じゃなく、移動しながらロロをダイレクトに担いで、その場から離れたのだ。
つまりどういうことかと言うと、ミツルギがロロを担いだ時に発生した衝撃がロロを失神させたということだ。
物体の運動量は移動する物体の速度×重量によって決まる(厳密には違うが)。
仮定としてミツルギの体重が成人男性の平均体重65㎏だとして、次に移動速度が眼にも止まらぬ速さだったのでその運動量は有に100㎏を余裕で越えていただろう。
となるとそれだけの運動量を喰らったロロはまるで強烈なボディブローをお見舞いされたかのような衝撃が身体に伝わり、そして失神に至ったのだと推測する。
そしてロロが失神した理由が分かったミツルギは一旦ロロを床に下ろす。
優しく下ろすと次に身体を仰向けに寝かせ、立ち上がって咳払いをすると、
「よくもロロを! 覚悟しろ!」
とほざいて、ボスに突進するミツルギ。
「責任転嫁すんなっ!!」
ツッコミを入れつつ、ミツルギを向かい打つボス。
こうして暫く二人の果てしない打ち合いが始まるのであった。
一方でカレンはピンチに陥っていた。
度重なる金髪の少女が操る巨大な水柱の攻撃を幾度なく、回避し続けていたのだが。
巨大な水柱に気を取られている内に足元から触手のような細長い複数の水柱がカレンの身体全体に巻き付き、ガッチリと拘束され、その場に押さえ付けられた。
「ぐぅぅぅぅぅ、クッ!!」
カレンは力を振り絞ってその拘束を破き解こうとするが複数の細長い水柱はかなり頑丈でカレンの怪力でも破くことが出来ず。
その様子を見て少女は嘲笑うかのように不敵そうな笑みを浮かべる。
「ようやく捕まえたわよ、さぁどうしてくれましょうか?」
思いの外手こずったが、ようやく捕らえたカレンをどうするか、考え始めようとした時、ふとある違和感に気付く。
「(それにしてもコイツ……魔装器使いの癖に能力らしき力を一切使って来なかった。まさかあのボスが言ってた通りコイツ、自分の魔装器の能力を知らないの? そうだとしたら今までの奴等と比べて随分間抜けって言うか………本当にコイツ、あの女の手先なのしら?)」
落ち着きを取り戻したことで、冷静な判断が出来るようになった少女はカレンが、自分が想像していた人物では無いじゃないのか?と疑い始まる。
だがしかし、その疑いを振り払うように少女は顔を左右に振った。
「(いや、油断しちゃ駄目よ私! これも私を油断される為の演技かもしれない! 今までの事を考えれば、十分有り得るわ!)」
カレンのあの無様な有り様は演技かもしれないと今までの経験からそう考慮した少女はカレンへの疑いを解くことは無かった。
「(とにかく、捕まえてしまえばこっちの物よ。このままコイツを倒して持ち物を調べれば、あの女との繋がりを示す何かが出て来るかもしれない―――)」
「『氷の砲弾』!!」
少女が考え事をしている中、何処から少女と同じ女の声が響く。
直後にカレンを拘束している複数の細長い水柱の根本に氷の刃が突き刺さった。
その瞬間、水柱が瞬く間に氷付き。
水柱は地面から生えた氷柱に早変わりした。
「(冷たぁ!?)」
突然水柱が氷柱に変化したことで身体に冷気が伝わり、身震いを起こすカレン 。
少女はすぐさま声が響いた方向に顔を向ける。
するとその方向には左手で魔法陣を掲げた銀髪の傭兵、アイシャが立っていた。
そしてアイシャは右手に持っていた銃を、カレンを縛っている氷柱に向けて発砲し、全弾全ての氷柱に命中する。
銃弾が命中した氷柱はまるで硝子のようにバラバラに砕け散り、よってカレンは氷柱の拘束から解放された。
アイシャはそれを視認するとカレンの元へ駆け寄る。
「カレン、怪我は無い?」
「大丈夫、何とも無いよアイシャ。助けてくれてありがとう」
水柱の呪縛から解き放ってくれたアイシャに感謝の言葉を述べるカレン。
「アイツの仲間? そうだ、アイツと一緒に来たんだからあの子もあの女の手先!」
片や颯爽と乱入して来たアイシャに対して少女はカレンに向ける眼差しと同じく、敵と認定した眼で睨み付けると再び左手を掲げた。
その直後に少女の後方から巨大な水柱が今度は三本も出現する。
一本の時と同じように少女が左手を振り下ろすとそれに応じて三本の巨大な水柱が一斉に二人へ襲い掛かった。
三本の水柱は逃げ場を無くすように一つは二人の正面に、一つは二人の前方右側に、一つは二人の前方左側にとそれぞれの方向から二人を囲むように突っ込む。
「『氷の砲弾』!」
アイシャはそれに動じず三方向から迫る水柱に対して、再び魔法名を唱える。
そうするとアイシャの左手にまだ展開し続けている銀色の魔法陣から氷の刃が大量に放出される。
大量の氷の刃達は散らばって水柱の方に飛んで行き、一つも外れことも無く三本の水柱に直撃した氷の刃達は水柱を一瞬で氷柱に変貌させた。
「っ! また……」
巨大な水柱すらも凍り付けにされて、少女は厄介そうに眉を吊り上げる。
そして次に少女が何かをする前にアイシャは右手の拳銃を右腰のホルスターに仕舞い、左手を下げ、制止するように空いた右手を突き出して呼び掛ける。
「攻撃を止めて! 私達は敵じゃない!」
「はぁ? 何を言っているの? 今更そんな事を言っても私は惑わされなーー」
「カレンが何を言ったのか分からないけど、とにかく落ち着いて!」
気持ちを落ち着かせようと、必死に少女を宥めるアイシャ。
「ほら、カレン! 君のせいで怒ったんだから、謝らなきゃ!」
「怒った?」
遠目でカレンと少女の様子を眺めていたアイシャはロロと同様、カレンが何か失礼な事を言って怒らせ、そして喧嘩になったと見えたようで、少女に謝るよう催促する。
しかし、二人のその見解は勘違いで、カレンは何も失礼なこと言っていない。
少女はただ誤解しているだけなのだ。
それはカレンも分かっているのが、アイシャにそう催促されたカレンは自分が金髪の少女に何か怒らせるような事をしたか、腕を組み首を傾げて思い返す。
……どうやらカレンはあまりの急展開に思考が正常に働かなくなったのか、彼女が誤解してから襲ってきたのでは無く、自分が怒らせたから襲ってきたと勘違いし始めたようだ。
「(僕、彼女を怒らせるようなことしたかな? 確かに彼女はさっきまで怒っていたけど、何に対して怒ったかが分からないし。ペンダントがどうとか、あの女のとかその手先とか言っていたけどそれも良く分からないし……)」
少女が何について怒ったか?その理由が分からず、ウ~ンと唸って頭を悩ますカレン。
なのでカレンは手っ取り早くこう思い至る。
「(……こうなったら思い当たる事を片っ端に謝るしかない!)」
そう思い至ったことでカレンはこの後、更なる悲劇を引き起こしてしまうとは知るよしもなかった。






