鉄壁の身体
大声で笑うボスの笑い声は侮蔑や侮辱によるものじゃない。
お笑いで言う、ツボに入ったものだった。
その証拠にボスの両眼に涙が浮かんでいる。
やがて数秒間笑い続けた後、ボスは笑いを堪えながらその涙を隠すように顔に手を被せ、指と指の間からカレンを見詰める。
「おかしいな小僧だぜ! 魔装器使いのくせに魔装器の能力を知らねぇなんて、お前は異世界から来たのか!? 久々に笑ったぞ!」
余程深くツボに入ったのか、からかうように喋るボス。
すると急に笑い声をピタリと止め、今度は真剣そうな声で。
「……それにしてもテメェ本当に魔装器使いか?」
「一応、そうだけど」
自信無さげカレンがそう答えるとボスは今頃呆れ出したのか、肩を落とすと共に溜め息を零す。
「正直ガッカリだぜ。部下からテメェの話を聞いた時や俺の攻撃をかわす際の動体視力と反射神経が常人の域を越えているもんだから、相当な使い手だと期待してたんだが…………まさか魔装器の能力も知らないアホとはな」
期待外れだと言いたいのか、同じ魔装器使いのカレンが魔装器の能力を存じなかったことにボスは残念そうな表情を浮かべる。
重ねてボスは言う。
「その様子じゃあお前、〝自分の魔装器の能力も知らない〟んだろ?」
この指摘に対してカレンは思わず『あっ』と呟いて、眼を見開く。
今日初めて能力と呼ばれる魔装器の力を知ったカレンが、自身の魔装器に備わっている三つの能力の事など、知っている筈もない。
「図星みてぇだな」
今の表情で核心を突かれたと悟ったボスは顔から手を離し。
「魔装器使いの実力は魔装器の能力をどれだけ強く引き出せるかによって大きく決まる。魔装器の能力を引き出せないお前じゃ俺には勝てねぇぞ!」
そう言い放った直後、ボスは地面を蹴ってカレンへ突進する。
雷その物と思わせる脅威的な速度で一気に間合いを詰め、薙ぎ払うように右手のチェーンソーを水平に振るう。
かわすことが出来ないと頭よりも身体がそう判断したカレンは大剣を逆さに持ち、刃の部分で横殴りのチェーンソーを受け止める。
金色のチェーンソーが大剣と接触した瞬間、耳を突くような金属音に近い強烈な切断音が鳴り響く。
同時に怪力的な腕力で振るったボスのチェーンソーを何とか受け止め切ったカレン。
しかし、近くで鳴り響く金属音に近い切断音と接触部分から飛び散る火花にカレンは苦悶の表情を浮かばせる。
「ッ!!?」
だがその表情もすぐに驚愕の表情に変わった。
チェーンソーが少しだけ前へ進んだ。
いや、より正確に言うとチェーンソーの刃が大剣の刃に僅か数mm程度の切れ目を入れ始めたのだ。
そしてチェーンソーが更に前へと進み、切れ目が1cmぐらいに伸びたところでミツルギがボスの右側面に移動し、刀を垂直に降り下ろす。
ボスはそれを左掌で受け止めようとした。
普通ならこのまま左掌と刀が接触する筈なのだが、その前にボスが身に纏っている『雷の衣』が左掌よりも早く刀に接触する。
「うっ!?」
接触した瞬間、掌に鈍い痛みが走り、ボスは低い悲鳴を漏らす。
直後にボスは刀から手を離し、左へ5m程移動するとすぐに左掌を見る。
掌には一文字線の切り傷が出来ており、そこから血がタラタラと溢れ出していた。
「(切れてやがる! 物理的な攻撃に強い『雷の衣』で身を包んだ俺の身体が!)」
全身が『雷の衣』に守られているのにも関わらず、自身の身体に傷が出来ているのに衝撃を受けるボス。
その自分に二度も傷を付けたミツルギにボスは鋭く睨む。
対してミツルギも睨み返しつつ、口を開く。
「俺を忘れて貰っては困るな。確かにカレンは魔装器の扱いに関しては素人の中の素人だが、俺は違う」
「そうだったな。俺の敵には魔装器使いが二人も要るんだったな。一人がド素人でも、もう一人もド素人とは限らねぇ。俺としたことがうっかりしてたぜ」
ミツルギにそう指摘されたボスは素直に己の迂闊さを認め、嘲笑うと左手を一旦『雷の衣』の守備範囲から外し、その左手を顔に近付け、掌の切り傷から溢れ出る血を舌で拭き取る。
数回舐めて血を拭き取ったボスはすぐさま左手を『雷の衣』の守備範囲に戻し、視線をミツルギの刀に向き変える。
「(どうゆう効果で俺に傷を付けたのかはまだ分からんが、俺に傷を付けられたのはまず間違いなく! あの刀の小僧の魔装器の能力だ!)」
自分に傷を付けられたのは魔装器 による能力のものだとボスはそう判断する。
一方でカレンはボスのチェーンソーで切れ目を入れられた大剣の刀身に眼を向ける。
チェーンソーが付けた傷はミツルギの助太刀のお陰で小さく済んだが切れ目から中の刀身の刃がチラリと見えていた。
「(ミツルギが助けに来てくれたから大事にならなくて済んだけど、でもまさかこの鞘に傷が付くなんて……)」
鉄よりも強固な大剣の鞘に切れ目が入ったことにカレンは驚くと共に焦りを感じる。
見くびっていた訳ではないが、ボスのチェーンソーの切れ味が予想以上の物だったので、生身であれに触れたら確実に命を落とすとカレンは認識を改める。
そしてボスの方でも二人の魔装器使いとどう戦うべきか、考え始めていた。
「(大剣の小僧は大した問題じゃねぇ、問題なのはあの刀の小僧だな。どんな能力かは分からんが奴には『雷の衣』を纏った状態の俺の攻撃も防御も通用しない。厄介だぜ………)」
『だが』とボスは付け足す。
「(能力を使っているということは、小僧は俺と同じ己の『マナ』を消費しているってことだ。『マナ』が尽きれば能力は使えなくなる。奴に攻撃を当て続ければいずれ『マナ』を使い切る筈だ。そこを狙えば――――)」
と言い掛けた途中。
5m先に居た筈の刀を持った小僧が一瞬にしてボスの眼前に出現した。
ボスは声を上げそうになったが、そんな間も与えずミツルギはボスの顔目掛けて刀を斜線状に振り上げる。
顔に迫る刀にボスは反射的に腰を後ろに曲げ、上半身だけを傾けた。
上半身を殆ど寝かせたことで振り上げられた刀はボスの鼻先の上を通り過ぎる。
「(……こんにゃろう!!)」
仕返しにボスは上半身を寝かせた勢いで床に両手を張り付け、所謂ブリッジ状態でダブルキックをお見舞いした。
攻撃失敗直後に反撃されたミツルギは右腕でガードする。
「ぬぐっ!」
苦痛の声を漏らすミツルギ。
パンチの威力もそうだが脚力は腕力よりも圧倒的に強いので蹴りの威力も当然凄まじく、ミシミシと押し潰すような圧力がミツルギの右腕に掛かる。
しかし、その蹴りを受けてもミツルギの右腕は折れることはなく、ミツルギは右腕一本でボスの蹴りを受け止め切った。
だが蹴りの衝撃でミツルギの身体が宙に浮かび、上から縄に吊るされた状態で引っ張られているかのように前屈みの状態で大きく後ろへ後退する。
そして後退の進路先にはロロと金髪の少女が居た。
「ちょ、ちょっと!」
「み、ミツルギ! ストップストッーーーープ!!」
こちらに飛んで来るミツルギに二人は慌てながらもその場から退避しようとした。
するとその時、ミツルギが刀を床に突き刺し、身体にブレーキを掛けた。
床に長い線状の切り傷を作っていくがその刀ブレーキによって後退速度が徐々に緩み、やがてミツルギはロロと金髪の少女の手前で停止する。
「ふぅ危ない。腕が折れるところだった」
「腕、大丈夫なのかミツルギ?」
「大丈夫だ、問題ない」
ロロに右腕の安否を尋ねられたミツルギは右腕をブンブン振って異常が無いこと示す。
「そ、そうか。それにしてもあのボスの攻撃を何度も喰らっているのによく無事だな、どんな能力使ってるんだ?」
「む? 知りたいか? ならば答えよう、俺が使っているのはーー」
「身体の硬度を変える、〝金〟属性の能力でしょ?」
ミツルギが答える前に金髪の少女が代わりに答えるように口を挟んで来た。