三人目の魔装器使い
レベルの高い手品と思われてもおかしくない芸当をしたと思われる金髪の少女は依然として周りの反応など気にも留めず、バックから瓶の蓋を取り出し、その蓋で瓶の口を塞ぐ。
そして瓶をバックの中にしまい込むと少女はバックを肩に掛けて出入り口の方へ何も言わず歩いて行く。
「お、おい! 待ちたまえ君!」
と、そこで白い髭を生やした如何にも貴族っぽい老年の男性が呼び止める。
少女はその声に反応して出入り口の手前で足を止めた。
「君は一体何者だ!? まさか軍が寄越した救出部隊の者か?」
老年の男性は彼女がただ者じゃないと悟ったのか、彼女の素性を問い掛ける。
その問いに対して少女は答えるのが面倒なのか、大きな溜息を零すが、一応その問いに答える為に身体を振り返させる。
「お生憎様、私は軍人なんかじゃないわ。私もあんた達と同じあの盗賊団の奴等に此処に連れ込まれた一般人よ」
「ほ、本当か?」
「本当よ。今ここであんた達に嘘を付いて一体私に何の意味が有るっていうの?」
自称だが金髪の少女はただの一般人だと答えた。
一方、自分が嘘を付く理由が有るのかと逆に問い返された老年の男性は何も答えられず、歯切れを悪くするが、それをごまかすように今度は別の質問を投げ掛ける。
「で、では、何処に行くつもりなのだ?」
「何処って……そんなの外に決まってんでしょ。此処から出るのよ」
「此処から出るつもりなのか!? わ、私も連れて行ってくれ!」
少女がそう言うと老年の男性は眼の色を変えて、自分も連れて行くよう頼み込む。
更に老年の男性に続くかのように他の人質達も『私も』『俺も』と続々と同行を求めた。
「……止めといた方が良いわよ」
しかし、金髪の少女は同行を求めて来る人々に対して、付いて来ない方が良いと冷たく言い放つ。
「アジト内にはまだ沢山の盗賊達が居るわ。そいつらに見付からずに此処から抜け出すことはほぼ不可能よ。此処から無事に抜け出すにはアイツ等を全員片付けなきゃいけないわ」
麗しい少女の口から飛び出した物騒な発言に人々はギョッと顔が強張る。
その人々を代表して、老年の男性が恐る恐る口を開く。
「つ、つまり我々が此処から出るには奴らと戦って全員倒せということか?」
「そうよ。そんなこと出来ないでしょ? あんた達には」
「あ、当たり前だ!」
老年の男性がそう叫ぶとその言い分に同意するようにロロ以外の人々も首を縦に振って、戦うことなど無理だと示す。
そして周囲のその反応に呆れたのか、少女はやれやれと言った感じに再び溜息を吐く。
「……でしょうね。戦えないんじゃ付いて来られても迷惑なだけだわ。大人しくこの中で私が盗賊団を倒すまで待つことね」
と、少女が盗賊団は自分が倒すと豪語すると老年の男性は眉間に皺を寄せて。
「………君はたった一人で盗賊団を倒すと言うのかね?」
「ええ」
「本気で出来ると思っているか!? あれだけの大人数相手に君だけで!」
たった一人の人間に、ましてや年頃の女の子に盗賊団の殲滅など出来る訳が無いと老年の男性は叱るように引き止めるように少女に述べる。
老年の男性がここまで言うのは恐らく見ず知らずの他人と言え、無謀な荒事をしようとする少女を引き止めようという彼なりの気遣いなのであろう。
だがそんな彼の気遣いに少女は表情一つも変えず、淡々とこう答える。
「出来るわ。出来なきゃこんなことは言わないし、こんなこともしないわ」
そう言って少女はさっきまで個室の見張りを任されていた、今も気を失っている見張りの盗賊に眼を向ける。
少女の言動から察するにどうやら彼女の言う盗賊団の殲滅はこの見張りを倒した時点で、既に始まっているようだ。
すると彼女は身体を180度会頭し、まだ話は終わっていないにも関わらず、再びに出入り口の方へ歩き出した。
「戦闘に巻き込まれなかったら個室の中に居ることね。いくら私でもそこら辺をウロウロされて攻撃の巻き添いを起こさない自信は無いから」
「お、おい! 君!」
「ああ、それと……」
本当に戦いに行こうとする少女を呼び止めようとした老年の男性だったが、それを遮るように金髪の少女が話す。
「余計な心配は要らないわ。なんたって私は―――」
と、少女がちょうど出入り口を通り過ぎ、個室の手前に出たその時。
「おい、お前! そこで何をしている!?」
突然、少女の右方向から怒鳴り声が響く。
少女は声が響いた方向に眼を向けるとそこには上の階へと繋がっている階段から下りて来た無精髭が特徴の一人の盗賊の姿が在った。
その盗賊は人質が個室から抜け出していることに驚愕していたが、すぐに顔をしかめ。
「おおい! 脱走だー!! 人質が牢屋から脱走したぞーーー!!」
アジト全体に伝わるように無精髭の盗賊は大声で叫んで、仲間に人質の脱走を知らせる。
「あちゃー………もう見付かった」
予想よりも早く見付かってしまって金髪の少女は顔に手を添えて、運が無かったかのように溜息を零す。
やがて髭の盗賊の声を聞き付けて、辺りの廊下や部屋からゾロゾロと仲間の盗賊達が現れ、個室を背にしている少女を逃がさないように前方と左右から少女を囲む。
「見張りはどうした?」
さっき大声を上げた無精髭の盗賊が少女に尋ねる。
個室の前で見張りを任されていた仲間の行方が気になったようだ。
「そこで伸びているわよ」
敵の質問に対し金髪の少女は親切にも個室の中で、出入り口に付いていた扉を下敷きして床で伸びている盗賊の所在を、指を指して示す。
死んではいないが、やられた身内の姿を見て盗賊は声を低くして。
「……お前がやったのか?」
「そうだと言ったら?」
素っ気なく少女がそう答えると盗賊達は各々が持っている銃や剣等の武器を取り出し、それらを一斉に少女に向ける。
「……両手を頭の上に乗せたまま地面に膝を着け。言うことに従えば痛い目に遇わずに済むぞ」
眉間に皺を寄せながら脅すように降伏を薦める無精髭の盗賊。
しかし少女は。
「お断りよ」
「……何?」
「断るって言ったよ。私はあんた達を倒すつもりなんだから、降伏なんてしたら意味無いでしょ」
平然と少女は降伏しないことをハッキリと公言すると共に盗賊達の前で盗賊団の殲滅することもハッキリと宣言する。
その発言を耳にした無精髭の盗賊は皺が寄った眉間に青筋を加え。
「正気か? この人数を相手に敵うとでも本気で思っているのか?」
「本気よ。こんな時に冗談を言ってられる程、馬鹿じゃないわ。それにあんた達くらいなら楽勝だし」
「………余程、死にてぇみたいだな」
薄々と感付いていたが、今の発言に完全に自分達が舐められていると悟った無精髭の盗賊はズボンのポケットにしまっていた拳銃を取り出し、他の仲間と同様、それを少女に向ける。
「だが丁度良い。此処で誰か一人死んで貰えば、他の脱走者を出さない為の良い見せしめに成る」
拳銃を少女に突き付けながら盗賊は、少女の後ろの個室の中に居る人質達にも聞こえるように言い放つ。
発言からにして無精髭の盗賊は少女を見せしめの為に少女を殺す気のようだ。
その顔は怒りで歪んでおり、心なしか身体も震えてように見える。
どうやら少女はあの盗賊に相当な怒りを買ってしまったみたいだ。
「そういう訳だお前等! 遠慮無くやっちまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
無精髭の盗賊がそう叫ぶと、それが合図と成って銃を持った仲間の盗賊達が少女に向けて本当に躊躇無く一斉に発砲する。
発砲の直前、人質とロロは流れ玉が当たらないよう、身体を地面に伏せた。
そして少女と盗賊達の距離は20mも離れていないので放たれた弾丸はほぼ全て少女に向かって直線に飛んで行く。
距離が近過ぎるので、発砲後に避けようとしてもかわすのは、今と成っては不可能だ。
それ以前に前方と左右を囲まれ、後方には行き止まり同然に近い個室が在るので、状況から言って約180°の包囲射撃をかわすこと自体不可能だった。
しかし、少女はそのことを発砲前に分かっておきながらも平然としていた。
迫り来る銃弾の雨に少女はただ小さなこう呟く。
「『アクア・バリア』」
そう呟いた途端、何も無かったのに金髪の少女の足元から円状の水の壁が立ち上がり、少女を包み込む。
そして少女の眼前まで迫って来た数多の弾丸は少女を包み込むように立ち上がった水の壁に衝突すると急激に運動量を失い、まるで息絶えた魚のように水の壁の中で止まってしまった。
「な、なんだぁ!?」
少女の足元には水など一滴も無かったのにそこから水の壁が出現するという普通では有り得ない現象もあるが、それよりも突然現れた水の壁に弾丸全てが無力化されたことに無精髭の盗賊や他の盗賊達は眼を疑う。
更に少女はまた何かするのか、水の壁に身を隠しながら、人差し指でくいっと何かを引っ張るように動かした。
すると少女の向かい側の壁に張り付いている剥き出しの鉄パイプから大量の水が怒涛の勢いで噴き出し、傍に居た盗賊達の一角を飲み込み、そのまま少女の左後方に在る壁に叩き付けられる。
予測不可能な出来事だった為、壁に激突した盗賊達は何が起こったことさえ分からぬまま、呆気なく気絶した。
これもあの少女が起こした怪奇現象だと一早く悟った無精髭の盗賊は拳銃から短剣に持ち替え。
「銃が駄目なら剣でどうだ! 野郎共、接近戦だ!!」
無精髭がそう叫んで促すとまだ戦える仲間の盗賊達はその指示通りに各々が持っている剣や斧と言った接近戦用の武器に持ち替え、雄叫びを上げて少女に突撃する。
今度は接近戦を挑んで来る盗賊達に少女は相も変わらず表情を崩さず、特に焦る様子も無いまま円状の水の壁の内側からこう呟く。
「トリスタン!」
呼ぶようにそう呟いたその瞬間、何処から現れたのか、謎の飛行物体が盗賊達がそれぞれ持っている接近戦用の武器を疾風の如く瞬く間に全て叩き落とした。
盗賊達は得物を落としてしまい、急いで拾おうと一旦足を止め、突撃を中断する。
その隙に少女は水の壁の高さを膝ぐらいまで縮め、自分の所に飛んで来た謎の飛行物体を難無く左手で掴み取った。
「「!」」
少女の正面に立つ無精髭の盗賊と少女の後ろの個室の中で伏せながら戦いの様子を眺めていたロロは少女の手に捕まった謎の飛行物体に眼が止まる。
良く見てみるとその飛行物体、金色の三本の角と蒼い外殻を持った表裏が一緒の姿をした、虫で例えるならクワガタ虫のような物体だった。
そして二人は〝あれ〟を何処かで見たのか、見覚えが在るのだ。
いや、正確に言えば、〝あれ〟と〝良く似た何か〟を。
次に少女は自身の胸元に右手を突っ込み、そこから中央に円状の穴が空いた白い棒のような物を取り出した。
「REGI・IN!」
続いて金髪の少女はそう呟くと、左手の虫型の飛行物体を右手の白い棒の穴の中に嵌め込んだ。
『REGI・IN』
復唱するように虫型の飛行物体を嵌められた白い棒もそう発した。
すると白い棒の両端から蒼い棒状のような物が形造るように生えていき、やがて約1mぐらいまで伸びた両方の蒼い棒の両端は四角形の板のような形へと成り、一瞬の間に白い棒は蒼い棒と合わさって直径2mを越える、ボートのオールみたいな姿へと変貌した。
そしてその光景を眼にした無精髭の盗賊とロロはあのボートのオールのような物が何なのか、やっと確信する。
「(あれは……!)」
「(……魔装器!)」
二人があのオールが魔装器だと確信した瞬間、金髪の少女は水の壁を解き、まだ自分の得物を拾え終えていない盗賊達の一角へ、地面を強く蹴って突っ込んだ。