突入成功
「!」
やがて鉱山の周辺を囲んでいる『トロイカ』軍の軍隊の小隊長は他の隊員達よりもいち早く気付いた。
後方300m先に在った一台の『CAB』がこちらに接近していることに。
そして他の軍人達もその事にようやく気付くと、小隊長は腰に掛けてある音声拡大器を使って『止まれ!』と警告するが、『CAB』は言うことを聞かず。
それどころか『CAB』は前に進むにつれ、速度がぐんぐんと上がり、遂には通常の『グラ・ビー』の最大速度に達し、その速度を維持したまま軍隊の居る方に突進する。
警告を無視し、さっきまで300mも有ったお互いの距離を100mぐらいに縮まらせ、更に尚もこちらに接近する『CAB』に対して小隊長は部下の一人を呼び、車輪の一つを銃で撃ち抜けと命令する。
命令を受けた隊員は颯爽と射撃態勢を取り、腕一本ぐらいの大きさの銃を構え、正確に車輪を撃ち抜く為に銃の上部に取り付けある照準器を覗く。
『CAB』は真っ正面から真っ直ぐとこちらに向かって来る為、隊員は何の苦労も無く、容易に車輪を捉えると即座に引き金を引いた。
それと同時に『CAB』がほんの少しだけ、右に傾く。
次の瞬間、銃声と共に銃口から閃光のような小さな火柱と銃弾が飛び出し、銃弾は狙った通りに車輪に向かって、音速を越えた速度で飛んでいく。
しかし、車輪に当たると思っていた弾丸が車輪の僅か数cm隣の地面に着弾する。
その様子を見て、小隊長はもう一度良く狙って撃てと再び狙撃するようにと命令し、隊員もそれに従って、もう一度車輪に向けて発砲した。
だが、その弾丸も隊員が撃つ前に『CAB』が左に少し傾いただけで、弾丸はまた地面に着弾する。
また弾丸が外れたことに小隊長は部下の狙撃の腕を疑う。
だが、すぐに小隊長は気付く。
あの『CAB』はこちらが撃つ場所を何らかの方法で撃つ直前から予測し、最小限の動きで弾丸を避けていることに。
そして二度も狙撃が失敗したことで、『CAB』の進行を更に許してしまい、お互いの距離が残り30m前後と成った。
今に成って車輪を撃ち抜いても距離が近い為、『CAB』との衝突は免れないと察した小隊長は自分の周りに隊員達に大声で退避命令を出す。
命令が下された隊員達はこちらに突っ込んで来る『CAB』に轢かれぬよう、大急ぎでその場から退散する。
鉱山の周りを通せん坊のように囲っていた軍隊の一角が持ち場から離れると、そこへ付け込むように『CAB』が突っ込む。
すると進行ルート上に関係者意外は侵入禁止と民間人に知られる為に設置してあったと思われる、持ち運びが可能な簡易的な鉄製のバリケードが立ち塞がっていた。
しかし、『CAB』は時速150km以上も出していたので、バリケードは虚しくも吹き飛ばされる。
一方で『CAB』は前部分が凹む程度の損傷で済み、そのまま鉱山の方まで一直線に走り去った。
みすみす『CAB』に包囲網を突破されてしまった小隊長だったが、すぐさま他の隊員達に『CAB』を止めるように射撃命令を出した。
上官から命令が下ったことで、隊員達は各々の銃を構え、照準器で目標を捕らえると一斉に発砲する。
隊員達が放った無数の弾丸は『CAB』に向かって真っ直ぐ直進して行ったが、またしても『CAB』は弾丸が放たれる前に今度は機体をジグザグに動かして、車輪の直撃を回避する。
しかし、今度は弾丸の数が桁違いに多いので、車輪の直撃は避けてもそれ以外の所は直撃を受けてしまい、主に機体の後部部分が蜂の巣へと変貌する。
それでも尚、『CAB』は速度を衰えることなく走り続け、今は後方に居る軍隊との距離を400mも突き放す。
そして銃弾が届かない距離まで走り切った『CAB』はやがて遂に鉱山の中へ続くに鎖で固められた網目状の出入り口の門を突き破り、中へと突入した。
数分後。
軍隊の包囲網を突破し、銃弾の雨からも逃げ切った『CAB』は盗賊団のアジトに続いている鉱山内の一本道で止まっていた。
そしてその『CAB』の数m前方にカレン・アイシャ・ミツルギの三人が歩いていた。
どうやら銃弾の大量に喰らった所為で、エンジンは壊れなかったが『CAB』の至るところが壊れて動かなくなったらしく、この事態に三人は仕方なく機体を乗り捨て、歩いて盗賊団のアジトへ向かうことにしたようだ。
鉱山の中には奥へと続く一本道が伸びており、この道を辿れば迷うことなく盗賊団のアジトへ辿り着けるのだが、この一本道は蛇のようにクネクネと屈曲しており、更に一本道の左右には垂直に近い斜め上に伸びた山々の坂道が在り、その山々の坂道と屈曲した一本道が合わさって、鉱山の奥が見えないようになっていた。
しかも鉱山は知っての通り盗賊団のテリトリーの中なので、三人は盗賊たちに鉢合わせしないよう、周囲を警戒しながら奥へと進むのだったが、敵の本拠地まであともう少しにも関わらず、カレンがこんな質問を投げ掛ける。
「ところで此処は鉱山って聞いたけど、一体何を取っているの?」
「今は盗賊団に乗っ取られているけど、此処の鉱山では『爆弾石』を取っていたんだ」
「『爆弾石』!? あんな危ない物が此処にも在るの?」
いつも説明タイムが始まり。
盗賊団が根城にしている鉱山で取れる鉱石が『爆弾石』と聞いて、カレンは大層驚く。
何故なら『爆弾石』に対して良い思い出が無いから。
「この鉱山は『バルボア』大陸の中でも、最も多くの『爆弾石』が取れる場所なんだよ」
「だが、半年前に盗賊団の強襲に因って占拠され、以後奴らのアジトとして使われている話だ」
「そんなに前から? どうして『トロイカ』軍の人達は鉱山を奪い返さないの?」
「奪い返さないんじゃなくて、奪い返せないんだよ」
「どういうこと?」
『トロイカ』軍が鉱山を奪い返したくても奪え返せない理由と何なのか、カレンはその訳も尋ねる。
「『トロイカ』軍は鉱山を奪還しようと、盗賊団と戦闘した際に『爆弾石』が一斉に爆発するのを恐れているんだよ」
「というより、その爆発で起きるうる事態を恐れていると言った方が良いか……」
付け足すようにミツルギがそう呟く。
「起きるうる事態?」
「あくまで推測の話なんだけど、専門家に因ると鉱山の『爆弾石』が全て爆発すると、此処を中心に『バルボア』大陸の地盤が数千km単位で崩れ落ちる可能性が大きいんだ」
「っ!?」
『白霧山脈』で地盤が崩れ落ちる体験を何度も経験しているカレンはその話を聞いて表情がギョッとなる。
カレンが体験した地面の陥没は数m程度なので、数千kmという桁違いの規模に驚くのも無理はない。
「下手をして『爆弾石』を爆発させたら軍への被害だけではなく、近辺の都市の地盤が崩れ落ち、何億人にも人々が死んでしまう事態も引き起こしてしまうからもしれない。だから『トロイカ』軍は手を出したくても出せないんだよ」
「そして『トロイカ』軍が此処に居る盗賊団に対して直接的な攻撃しないお陰で、盗賊団は此処を中心に次第に勢力を拡大しつつあるという訳なんだ」
「この国にとっては首根っこを掴まれた感じなんだね……」
『トロイカ』共和国は盗賊団に鉱山という急所に凶器を突き付けられて、下手に手を出せない状態だとカレンは自分なりに解釈する。
そして抱いていた疑問が解消すると、もう一つ抱いた素朴な疑問を口に出す。
「ところでどうして、盗賊の人達は豪華『BAS』に乗っていた人達を誘拐したんだろう?」
「〝身代金〟目当てだろうな。攫った相手が貴族や財閥の人間なら庶民よりも大金を絞り取れるだろうからな。豪華『BUS』を狙ってやったのが良い証拠だ」
「そうだね。高速道路を走っている豪華『BUS』を偶然狙ったとは考えにくい、この誘拐事件は計画的な犯行と捉えるべきだね」
二人の憶測を聞いてカレンは両手を組んで。
「…………〝身代金〟って、人質を解放する条件として金や物を要求することだよね? しかも盗賊の人達が攫ったのは貴族や国の要人、つまりミツルギと同じ〝身分が高くてお金持ち〟の人達なんだよね?」
「まぁ、平たく言えば」
とアイシャは適当に相槌を打つ。
「じゃあ、〝あの子〟もそういう身分の子なのかな?」
「〝あの子〟とは金髪の少女の事か? それは流石に分からないが……あの豪華『BUS』に乗っていたのだから、少なからずそうなのではないか」
「……此処でその子の素性を詮索しても無意味だよ、知りたければ彼女から直接聞かないと。それよりも此処は仮にも盗賊団のアジトの領域なんだから二人共ちゃんと周囲を警戒してよ!」
と、いい加減気が散るような無駄話を止めさせようとしたのか、アイシャはもっともらしいことを言う。
「それもそうだね……今は盗賊団のアジトへ乗り込んで、あの子を見付けないと!」
カレンがそう意気込んだ途端、突然ミツルギの足が止まる。
それに反応して、カレンとアイシャも足を止め、ミツルギの方に振り向く。
「どうかしたの、ミツルギ?」
カレンがそう尋ねるとミツルギは眉間に皺を寄せて。
「……前方から誰か来る!」
「「!」」
「距離はあと100m強! 数は……十人か」
例の気配を感じ取る力で感知したのか、ミツルギは前方約100m先から十人程、こちらにやって来ると述べる。
それを聞いてカレンとアイシャは前方に顔を向けるが、クネクネした道とその道を挟む込むように並び立つ山々の所為で、道の奥に居る人物達の姿を確認することが出来なかった。
「盗賊の人達かな?」
「間違いなくそうだろう。この鉱山で俺達を除いて自由に動け回れるのは奴らだけなのだからな」
「多分、偵察部隊だよ。出入り口の門を突き破った『CAB』を偵察する為の」
「どうする? このままだと鉢合わせだよ」
「仕方ない、ここは手っ取り早く倒して――――」
「待って!」
周りには隠れる場所など無いので、こちらに向かって来る盗賊達を倒そうと懐から『ガジェッター』を取り出したミツルギをアイシャは遮るように手を差し出して制止する。
「此処で見付かって、私達のことをアジトに知らされたら人質達に危害が加えられるかもしれない!」
「では、どうしたら良い?」
隠れる場所など無いのに接近して来る敵を倒すこと以外、何をしたら良いのかとミツルギに聞き返せられたアイシャは数歩後ろに下がり、壁を背にすると。
「…二人共、私の傍に寄って」
「え、何故?」
「早く!」
詳しい理由は明かしてくれなかったが、とにかく急かすように促されたカレンとミツルギは指示通りにアイシャの傍に寄る。
「影を纏い、光を欺き! 暴虐な使徒から我等の在りかを守らん!」
アイシャがそう唱えると三人の足元に黒い魔法陣が出現し、そこから無数の黒い光が溢れ出す。
そして呪文を唱え終え、『力のマナ』を完全に制御したアイシャは仕上げとして使用する魔法の名前を口にする。
「『見えない影』!」
アイシャが魔法名を唱えた次の瞬間。
足元の魔法陣が眩しい光を放つと共にアイシャの影が宿主の姿形関係無く拡大し、更には立体的に立ち上がると、一瞬にして三人を包み込む。
三人の包み込むと今度は影の色が次第に消えていき、やがて影と共に三人の姿はその場から消え去った。
するとすぐその後。
ミツルギが感知した通り、前方から十人の盗賊が列に成って走って来る。
そして盗賊達は少し前にそこに侵入者の三人が居たことも知らず、そのままその場を通り過ぎて行った。
やがて盗賊達の姿が見えなくなると、見計らったかのように三人を包み込んだまま姿が消した筈の影が元々の色を取り戻したかのように出現し、そして色を完全に取り戻すと元の大きさに戻ると同時に中から三人の姿が現れる。
出て来て早々三人は辺りを見渡し、盗賊達が居ないことを確かめる。
一通り辺りを見渡し、誰も居ないことを確認すると三人は盗賊達が走り去って行った方向に顔を向けて、まずミツルギが第一声を言い放つ。
「……言ったようだな」
「いや〜〜〜どうなるかと思ったよ! 外から足音が聞こえても中が真っ暗だったから外の様子が見えなくて僕、ドキドキしちゃって………ところでアイシャ、今の魔法って何?」
「影が自分に周りの光の屈折率を変えて、透明化して使用者の姿も見えなくさせる闇の魔法さ」
「へぇ、それは隠れるのには凄く便利だね」
「そうでもないよ。この魔法はセンサーと赤外線とかは騙せないから、機器類とかで探されたらアウトだったんだよね」
と、使った魔法の弱点を苦笑いを浮かべて説明するアイシャ。
実はアイシャも内心では見破らないかとドキドキしていたのだろうか、自分の心臓の呼応を確かめるように胸に手を当てている。
だが、ミツルギはそのような心配は無用だと己の憶測と通り過ぎて行った盗賊達について気付いたことを語る。
「まぁ相手は盗賊だ。センサーや赤外線探知器のような軍隊並のハイテク機器は持っていないだろう。実際に奴らは俺達がすぐそこに居たのに関わらず、素通りして行ったのだからな」
「そうみたいだね。でも油断は禁物だよ」
とアイシャは一応念を押しておく。
それに対してミツルギは朗らかな顔を浮かべて。
「分かっているさ……さて、通り過ぎ行って偵察部隊が戻って来る前に一刻も早く盗賊団のアジトを見付けようか」
「うん、でももしかしたらまた向かう側から誰かが来るかもしれない。うっかりと鉢合わせしないように迅速且つ慎重に行こう」
「『急がば、回れ』って奴だね! 良し、行こう!」
「「…………………」」
『いや、使い方間違っているよ』と二人は突っ込もうとしたが、今は呑気に説明している場合では無いので、仕方なく今回は黙って見過ごすことにした。
そうして三人は鉱山の奥に在る盗賊団のアジトを見付ける為、迅速且つ慎重に奥へと進んで行くのだった。