水底の洞窟に二人のストーカー
暗く狭く何処までも続くと思えてしまうくらい長い通路、その中を全力疾走で走っているカレンとロロは、盗賊達の手から逃れるため、光の見えない先をひたすら進み続けた。
「ハァ………お、おい……! 待て! 待ってて!」
カレンの後に付いて走っていたロロはカレンの隣まで追い付く。
「ハァ……このまま逃げて大丈夫なのか!?」
「わからない……でも、あの数人達に戦っても勝てるとは思えない……!」
ロロの問いに走りながら答えるカレン。
「それに……」
「それに……?」
急に言葉が止まるカレンにロロは顔を覗く。
「それに、あの人達と戦っていたら、彼女に追い付けなくなってしまう!」
あの盗賊達と戦えば金髪の少女に追い付けないと踏んだカレンは盗賊達から逃げ。
「この洞窟で、あの人達を振り切るしか無い!」
このまま逃げて、あの盗賊達を撒くと結論に至った。
「それは……賛成だ……さすがに俺様もあの人数じゃ勝つ気がしねぇよ」
どこか歯切れの悪い返事だがロロはカレンの提案に賛成する。そんなロロを見てカレンは。
「どうしたの? さっきから震えているみたいだけど?」
「そ、そんな事はねぇよ!!」
あっはっはっはっと笑って恍けるロロ、カレンはそんなロロに違和感を覚えながら狭くて暗い通路を進み続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
走ってもうどれ位経ったろうか、盗賊たちから逃れるために走るのを止めず、速度も落とそうとしなかったカレンとロロの体力にとうとう限界が訪れた。
二人の走る速度が徐々に落ちていき、そしてようやく二人の足が止まる。
「ハァ…ハァ……ハァ、これだけ走れば………あいつらもう追って来れねぇよな」
息を荒くしながら後ろを振り向きカレンに話を振るロロ、カレンも息を荒くしながら。
「た、たぶん………」
息を整えようと何度深呼吸を行なうカレンにロロも息を整えながら。
「あの人数だ、この狭い通路を早く移動をすることは出来ない筈だ」
「確かにね…………」
いくら数があちらの方が圧倒的に上だとしても、この狭くて暗い洞窟では逆効果であった。
「それにしても………」
「ん? どうした?」
「暗くて全然、先が見えないや」
「………お前、そんなんでよくここまで走れた来れたな」
あれだけ走っておきながら今頃になって洞窟内の暗さに困りだすカレンにロロは『よくコケずに或いは壁に激突せずに済んだな』と心の中で感心と突っ込みを入れた。
「しょうがねぇな、ほれ」
そう言ってロロは腰に掛けていたカバンから小さい瓶を取り出し、蓋を開けて瓶の中から極小サイズの黒い粒のような物を五個、自分の手の平に乗せカレンに差し出した。
「何これ?」
「いいから一粒飲んでみろよ」
差し出され黒い粒を受け取ったカレンはこれは何なのか詳細を尋ねるとロロはとりあえず飲めと説明は後回した。
「………!」
とりあえず言われた通りに黒い粒一つを摘み取って口の中に放り込んで、ゴックンと口を鳴らして黒い粒を胃へ流すとカレンは自分の身体にある変化が起った事に気づいた。
「見える!」
その変化は眼に起こっていた、さっきまで洞窟内の暗闇で殆ど先が見えなかった眼が突然と意を返したように洞窟内が良く見えるようになっていた。
「見えるか? 『暗通薬』の効果は嘘じゃないみたいだな!」
「『暗通薬』って?」
眼の様子が変わったと告げるカレンを見て『暗通薬』という名前からして薬のような物の効果を確信するロロにカレンは再度、黒い粒について詳細を訊ねた。
「瞳内の光を増幅させ、視野を明るくさせる薬……それがこの『暗通薬』!」
「………?」
「難しかったか? まぁ簡単に言えばどんな暗闇の中でもこの薬さえ飲めば、辺りがよく見えるようになるっていう便利な薬だ!」
『暗通薬』について説明してみたがカレンはよく理解されず、自分の説明が難しいのかと勘違いしたロロは薬の要点だけを分かりやすく伝えた。
「へぇ便利だね!」
「だろ? 面白そうだからつい買っちまったんだよ!」
購入理由はかなりどうでもいいものだった。
「一錠の効力は二時間程度だが、この洞窟の距離なら間に合うだろう」
薬の効力の限界時間を考えて出口にたどり着くまでにはもつ筈だとロロは弾き出した。
「君はいいの、飲まなくって?」
この何も見えない暗闇の中ならロロも自分と同じ見えないのではないかと気づいたカレンは受け取った残り四粒の『暗通薬』を持ち主に返すように差し出す。
「俺様には必要ねぇよ。なんたって俺様は〝猫〟の獣人だからよ!」
「獣人?」
それ以上、何の言う事なくカレンから背を向けたロロは盗賊達から随分と突き放したと思い、再び足を進める。
「よし、この調子でこの洞窟から出て――――」
ロロが言い終えるまえに突然ロロの頭上の岩の壁にヒビが入り、そこから水が噴き出し、ロロの顔に直撃する。
「!! ブハッ!!」
突然水が顔に掛り、慌てて水から離れるロロ。カレンは何が起こったか分からず、水を被って咽るロロを心配して駆け寄る。
「大丈夫!?」
「ゲホッ! くそ! 水脈が噴き出したか!?」
自分の顔を服の袖で拭きながら、水が噴き出している壁を視認するロロ。
「水脈?」
「あ? 何だお前? 此処が何で「水底の洞窟」って、呼ばれているのか知らないのか?」
ロロがそう尋ねるとカレンは首を縦に振る。
「いいか? この洞窟の上に運河っていう大きな川が在るんだ。その川の底に無数の穴が在って、この洞窟のさらに下の所まで繋がっているんだ、で……この噴き出した水がその無数の穴の一つから出てきた水って事だ」
今でも水を噴き出している所に指を指してカレンに解説するロロ。
「へぇ~~~、そうなんだ……」
「そうなんだってお前…………何も知らないで此処に来たのか?」
呆れて溜息を出すロロは、淡々と話を進める。
「今噴き出した水は、水が土や岩を少しずつ何十年も掛けて削って出来た穴なんだ、それ以外の穴はこの洞窟じゃない所を通って、何処か別な所に水を貯めているって話だ」
「つまり、この水は偶然この洞窟の中に出てしまった水って事?」
ロロの解説を理解したカレンは、噴き出して来た水の訳を指摘する。
「まぁ、そうゆう訳だな」
カレンが納得した所で説明が終わるとロロはまた再び歩き出し、カレンもその隣を歩く。
「盗賊達もそんなに早く俺たちに追い付く事は無いが………問題はこの先だ」
「? 盗賊達以外にも何か問題でもあるの?」
「あるだろ! この洞窟には魔物が居るんだぞ!」
魔物という言葉に、イミナが言っていた事を思い出し、カレンはあっと呟く。ロロが呆れたように溜息を出すとカレンは。
「(魔物……初めて聞いた時も思ったけど、何所かで聞いたような……)」
「ハッ……まさか、魔物を知らなかったか?」
「その魔物って何?」
ガクッとカレンの発言に体が傾くロロ、ロロはゆっくりと怪訝そうにカレンの顔を見る。
「お前……それ冗談だよな……?」
恐る恐るロロが聞いてみると。
「冗談じゃないんだけど………」
苦笑いをしながら答えるカレンに対してロロは目を丸くする。
「お前本当に魔物を知らないのか!?」
そう叫んで尋ねるロロは信じられないと言いたいそう顔をしていた。
「本当も何も知らない物は知らないよ」
そうカレンが返答すると、ロロはガクッと顔を沈め、ポリポリと頭を掻きながら顔を上げて小さく舌打ちをする。
「魔物っていうのは動物よりも危険で凶暴な恐ろしい生き物の事だよ!」
ロロは吐き捨てるかのようにカレンに説明すると、少し怒ったような顔でカレンに目を向ける。
「そんな事も知らないで、何で此処まで来たんだよ!?」
「彼女に会うためさ」
怒ったロロにカレンは至って冷静に返した。
「彼女って……村でも言ってたよな? 何なんだお前?」
怒りを鎮め始めたロロは疑り深くカレンの素性を尋ねる。
「僕は………」
自分が何者なのか、それが分からないカレンにはこの問いに答える事は出来ないが。
「僕は彼女に一刻も早く追い付かなくちゃいけないんだ! だから此処に来たんだ」
今のカレンは自分の事など覚えてはいない、だが自分がやらなきゃいけない事はしっかりと自覚しているため、ロロに対しての返答は自分の目的を話した。するとロロの顔から険しさが無くなり、瞳孔の細い眼が更に細くなった。
「お前………まさか………」
「?」
ロロのカレンに対する視線が冷たい物に成り、カレンは首を傾げると。
「お前って…………ストーカーなのか!?」
身を引いてカレンから距離を取るロロ、カレンは何故ロロが自分から遠ざかるのか分からないでいた。
「どうしたの? そんな顔をして?」
カレンはロロの引きつった顔に疑問を抱き、ロロに一歩近づくと。
「よ、寄るな! このストーカーめ!!」
カレンが近付くとロロも一歩下がり、再び距離を取る。
「どうして?」
「どうしてって? そんなの聞かなくたって分かるだろう!?」
ロロが何故自分から距離を取るのか分からないカレンは、自分が思った疑問を口にする。
「分からないよ? それに………君の言うストーカーって一体何なの?」
ガクッとまたカレンの発言に体が傾くロロ。
「ストーカーも知らないのかよ!?」
「うん」
カレンは首を縦に振って答える。
「ストーカーって言うのは、ある一人の人物を追っ駆け回す人の事を言うんだよ!」
明らかに語弊と偏見が混ざった、間違えた意味をカレンに説明するロロ。するとカレンはストーカーの本当の意味を知らずに理解し、少し考え込む。
「どうしたよ?」
考え込むカレンに問い掛けるロロ、カレンは目線をロロに戻しニコっっと笑い。
「じゃあ、君もストーカーなんだね!」
「はっ!?」
笑顔で思いもよらない発言したカレンに驚くロロ。
「だって君も僕を〝追い掛けて〟此処まで来たんだよね?」
「えっ!? あっ、いや……それは……その……」
返す言葉が見つからず戸惑い黙りこむロロはカレンをチラっと見て考え込み、そして少しの時が経ち、塞いでいた口やっと開く。
「すまん……俺の……勘違いだ、今のは忘れてくれ………」
「?」
何が言いたかったのか分からずにいたカレンをよそにロロは気を取り直して。
「と、とにかく! こんな所で立ち止まっていた盗賊達に追い付かれる! 先に進むぞ!」
今のやりとりをもっともな理由ではぐらかし、ロロは暗くて狭い通路の中で足を進めようとしたが。
「ワル………」
「「「!」」」
何やら不気味な声が聞こえ、それは通路の奥からから聞こえた。
「な、何だ……?」
その声に反応し、足を止めるロロ。カレンはロロの前に出て声の元を確認しようとするが。
「! まっ、待て!」
「え?」
声の持ち主を確認しようと先に進もうとするカレンを呼び止めるロロは通路の奥に何かを捉えたようで、険しい表情に変わっていた。
「どうやら…………お出ましみたいだぞ……!」
そうロロが言うと、通路の先の暗闇の中から複数の小さな影が見えた。