ピッキング
それから約十分後。
縦一列に並び、前衛はアイシャ、カレン運び兼中衞はミツルギ、後衛はロロといった陣形に組み直した一同は出入口を求めて何処までも水平に続く白くて長い壁を辿って歩いていると、壁の中に埋まっているかのように円状型のドアノブが付いた四角い真っ黒な扉を発見する。
「お! 在った!」
目当ての物を発見すると縦一列の中で最後尾に居たロロが小走りで中衞のミツルギと前衛のアイシャを追い越し、一足早くその扉に辿り着く。
中衞役をミツルギと交代し、肩の重荷が外れて少しは体力を取り戻したようだ。
そして扉の前に立ち止まったロロはドアノブに手を掛けて、グルッとドアノブを半回転させた直後、扉を自分の方へ引っ張った。
しかし、扉はたった数mm動いただけで少しも開かなかった。
ロロは何度も引っ張ってみたが、扉はガチャガチャと金属同士がぶつかり合うような音が響くだけで、決して開くことはなかった。
「ちっ! 鍵が掛かってやがる!」
忌ま忌ましそうに舌打ちしてロロはそう呟く。
どうやらこの扉には鍵が掛かっているようで、これ以上は無駄だとロロは一旦、ドアノブから手を離す。
同時にアイシャとカレンを背負ったミツルギも扉の前に到着する。
「やっぱり鍵が掛かっているんだね」
「まっ、戸締まりは大切だからな、当然と言えば当然だ。もし此処の扉だけ鍵が掛かっていなかったら色々と問題が起こるかもしれん。そうならないように会社を経営するにしても国を経営するにしても、国民の安全と信頼を守る為にキチンと戸締まりはしなければならないからな」
二つの大企業のトップに立つ身であるから、ミツルギはこんな所でも戸締りはちゃんとするのが当たり前だと当然そうに述べる。
「……けど、今の私達にとっては迷惑に等しいんだけどね」
「仕方あるまいさ。さて! 一体どうしたものか」
鍵の掛かった扉をどうやって通り越えて壁の向こう側に入るか、その方法を一同が考え始める前にロロが。
「ここは俺様に任しておけ!」
「む? どうにか出来るのかロロ?」
「言っておくけど、壊しちゃ駄目だよ。犯罪だよ」
「そんな物騒なことしねぇよ! ちょっと見てろ」
釘を刺されながらもロロは肩に掛けて腰の辺りにぶら下げている愛用の鞄の中を漁り始め、中から小さな金属製の棒状のような物を二つ取り出した。
ミツルギはそれを見て、その棒状の名前を口にする。
「ヘアピン?」
「まさか……!」
ロロがヘアピンを何に使うのか、それがすぐ予測付いたアイシャは眉間にシワを寄せると、ロロはアイシャの予測通りドアノブの中央に在る鍵穴にヘアピンを差し込む。
差し込むとロロは鍵穴の中を掻き混ぜるようにヘアピンを動かし、それをしばらく間、やり続けていると鍵穴からカチャリと言う金属音が鳴る。
その音を聞いてロロは『しめた!』という感じに口が笑い、もう一度ドアノブに手を掛けて半回転させた直後、扉を自分の方へ引っ張った。すると扉は前のようにほんの僅かだけ動いて止まることは無く、全開に開いて壁の向こう側に通じていると思われる通路をあらわにする。
「よぉし! 開いた!」
「おお、弓術だけではなく開錠術まで身に付けているとは、芸達者だな。ロロ!」
「まぁな! 電子ロック式とかは流石に無理だが、こういう古いタイプの鍵穴なら俺様の手に掛かれば、ちょちょいのちょいだぜ!」
自分のピッキング技能をこれみよがしに自慢するロロだったが、その傍でアイシャが押さえ込むように帽子に手を乗せ、溜息を零す。
「不法開錠も立派な犯罪だよ、ロロ」
「大丈夫、大丈夫! バレなきゃ問題ない!」
「いや、そういうことじゃなくて………はぁ」
開く直ったロロに何を言っても無駄だと悟ったアイシャは呆れてもう一度、溜息を零す。
逆にミツルギはアイシャとは対象的には寛大的な態度で。
「今は非常事態なんだ。余り細かいことを気に悩むなアイシャ」
「そうだぜ! 今更これぐらいでクヨクヨすんなよ! そんなことよりもさっさと向こうへ行こうぜ! 『リア・カンス』が俺達を持っている!!」
「勿論だ。善は急げと言うからな!」
やっと此処から離れられるのが嬉しいのか、二人はやたらテンション高めで、一目散に通路の中へ入って行った。
そして一人だけ行き遅れたアイシャは元気良く走る二人の後ろ姿を見て、三度目の溜息混じりにこう呟く。
「もう……二人共、マイペース過ぎるよ」
心底呆れながらも渋々とアイシャはロロとミツルギの後を追い、扉の奥の通路に入る。
最後に入ったアイシャは扉を閉め、此処を管理している物達に迷惑を掛けないように内側からちゃんと鍵を掛け直す。
それとは反対に先に入っていたロロ達は通路の奥に在る向こう側の扉の鍵を解除し、ドアノブを半回転させると同時に扉を前に押して全開に開く。
閃光と見違う程のまばゆい日差しが通路内に差し込み、三人の眼を一瞬眩まし、やがて視界が正常に戻ると三人の3m程先には騒音と共に鼠色の地面を、列を為して駆け走る種類・大きさ・色・形がそれぞれ個性豊かに異なる数百台の『GRAND・VEHICLE』の姿が在った。
視界が埋まる程の『VEHICLE』の数にロロはミツルギと共に外に出て、驚きと感嘆の声を漏らす。
「うひょ~~……流石首都の近くだけあって、色んな〝グラ・ビー〟が沢山走ってんな!」
「む? 〝グラ・ビー〟とは何だ、ロロ?」
「知らねぇのか? 〝グラ・ビー〟は『GRAND・VEHICLE』の略だよ! 最近では略語が流行ってて、皆そう呼んでるんだ」
「ほう……そうなのか」
流行には詳しく無いのか、ミツルギは今知ったような顔で『GRAND』・VEHICLE』こと『グラ・ビー』に視線を向け直す。
そこでミツルギは種類も色も形も様々な『GRAND・VEHICLE』の群れの中で、生物で言うなら背中部分と思われる場所に『CAB』と書かれた立て札のような物が立たれた一台のグラ・ビーに眼が止まる。
そのグラ・ビーを見て、ミツルギはある名案を思い付く。
「そうだ! 『CAB』を使って首都まで行こうぞ、皆!」
「『CAB』を? ああ……おお!! そいつは良いな! 『CAB』に乗れば首都なんてひとっ飛びだぜ! それにしようそうしよう! 勿論お前も異論は無いよな、アイシャ!?」
「うん、それについては私も大賛成だよ。でもその前にロロ、鍵を掛け直さないといけないよ」
二人の後から続いて外に出て来たアイシャは微塵の不満も無く、ミツルギに案に賛成したが、その前に作業員用の扉の鍵を掛け直さなければいけないことを指摘する。
「おっとと、そうだっだ! 忘れるところだったぜ!」
そう言ってロロは慌ててヘアピンを取り出し、鍵穴にヘアピンを差し込む。
一方、ミツルギとアイシャの二人はロロのピッキング行為を誰かに見られない為に囲むようにロロの後ろに立って壁に成り、扉ごと隠す。
数秒後、鍵穴からガチャリという音が鳴るとロロは鍵穴からヘアピンを抜き取り、ドアノブに手を掛けて最初の時と同じ要領で扉を引っ張る。
そして扉も最初の時と同じ、数mm前に動いただけで扉は開かず、どうやらロロは外側からでも鍵を掛け直すことに成功したようだ。
無事に成功してロロは安心の溜息を吹くように吐く。
「ふぅ〜〜うまくいった!」
「ご苦労様。それにしても外側から鍵を解除するならともかく、外側から鍵を閉め直すなんて……随分器用だね」
「ん? そうか?」
意外そうな表情でロロはそう答える。
「そうだよ。私もピッキングにはそんなに詳しくない方だけど、鍵を使わず外側から鍵を閉め直すなんて本物の開錠師ぐらいしか出来ない技術だよ」
「む? ということは、ロロは開錠師の家系か、何かなのか?」
「違ぇよ! 俺ん家はごく普通の家系だっつの!! ………多分」
ハッキリ言い切ったと思ったら、自信が無いのか、結局ハッキリしないロロであった。
己の家系についてあまり良く分かっていなんだなと何となく悟ったアイシャは質問の内容を変える。
「じゃあ、そのピッキング技術は誰に習ったの? まさか我流?」
「我流か……まぁ、半分は我流だな」
「半分?」
半分は我流と言うロロの発言にミツルギは小首を傾げる。
「俺にピッキ……開錠術のことを教えてくれたのは母さんなんだ」
「ロロの…」
「…お母さんが?」
ロロにピッキングを教えたのがロロの母親だということがかなり意外だったのか、ミツルギとアイシャは眼を細める。
「まっ! 教えてくれたつっても、一度だけ簡単な開錠法を教えてくれただけで、あとは自力で腕を磨いたんだけどな!」
「ふぅん、お母さんからね……でも、ロロのお母さんって開錠師じゃないんだよね?」
「ああ、俺もなんで母さんが開錠術なんかを扱えるのかは、聞いたことねぇから分かんねぇわ」
息子であるのにロロは母親が開錠術を扱えるのは知らない模様。
しかし、開錠術をロロに教えたのはロロの母親だと知ったミツルギは優しい微笑みを浮かべる。
「だが、間接的とはいえ、ロロの母君の教えのお陰で俺達はこうして壁を通り抜けることが出来たんだ。それは感謝せねばならんな」
「…そうだね。事情はどうであれ、ロロのお母さんには感謝しなきゃね」
どうして開錠師でもないのに開錠術を扱えるのかは置いといて、間接的に自分達を助けてくれたロロの母親に二人は感謝する。
すると、それに対してロロは何故か顔を赤くして。
「よ、よせよっ! こっ恥ずかしい! 照れるだろうが!!」
「? 何故、ロロが照れる?」
「う、うるせぇ! 俺も分かんねぇけど、照れるもんは照れちまうんだよ!」
自分が褒められたり、感謝されるとすぐ調子付くのに自分の家族が感謝されると恥ずかしいぐらい照れるのか、顔が赤いロロは照れ臭そうな表情で身内を感謝する物言いは止めてくれと言い放つ。
「って、こんな長い無駄話している場合じゃないだろ! さっさと『CAB』を捕まえようぜ!」
「む、そうであった!」
話に気を取られて『CAB』を捕まえるのを忘れていたミツルギは列に為って道路を走っているグラ・ビー達の群れの中に紛れ込んでいる『CAB』に自分の存在を気付いて貰う為に二の腕も伸ばして手を上げる。
片や話を何とか切り上げられたロロはまだほのかに頬が赤いしかめ面で『全く』と呟きながらも、バレないように心の中でホッと安堵の溜息をついた。
だが、傍らで見透かしたかのようにロロのその心境を察したアイシャは笑いを堪えるようにクスッと小さく微笑む。
そして無数のグラ・ビーの群れの中で一台の『CAB』がミツルギの存在に気付いたようで、その『CAB』は周りに居る他のグラ・ビー達を掻い潜り、列と言う群れから外れて、緩やかに速度を落としつつミツルギ達の数十cm手前にピタリと止まる。
止まるとすぐに『CAB』と言う名のグラ・ビーは機体の前半分の右側以外の扉が全て勝手に開き、四人が機内に入れるようにする。
入れるようになると三人はまず最初に怪我人のカレンを機内の後ろ半分の中央に座らせ、それから機内へと入り込む。
全員が席に座ると扉が勝手に閉まり、機内の前半分の右側に位置する、操縦席と思われる場所に座っている運転手らしき中年の男性が三人に尋ねる。
「どちらまで?」
「首都『リア・カンス』の一番大きい病院まで大至急で頼む! チップは弾む」
「…わかりました」
ミツルギの『チップは弾む』という魅力的な発言が効いたのか、運転手は余計な詮索はせず、手慣れた手付きで機体を動かしてグラ・ビー達の列の中に再び入り、そのまま列の流れに乗って首都『リア・カンス』へ目指した。