眼を覚ます
「あれ?」
カレンは眼を覚ますと腑抜けた声を上げて、そこが見知らぬ景色だということに気付いた。
さっきまで自分は『白霧山脈』に居た筈なのに、いつの間にか四方の壁に窓ガラスの壁が幾つも付いた、四角形型の狭くて微かに揺れる部屋の中に入っており、カレンはその部屋のような空間内で、凝縮した綿が大量に詰まった布製の椅子に座っていた。
「……カレン!」
「起きたか!」
すると左右から聞き覚えの有る声が間近に聞こえ、カレンはまず右を向いてから左へと顔を向ける。
「ロロ……アイシャ」
カレンを挟み込むようにすぐ右側に居たのは三世の獣人の少年ロロであり、その反対側に居たのは傭兵少女のアイシャであった。
二人共カレンと一緒の椅子に座っていると言うより、三人の椅子が複数の人が座れるように横が長い造りになっており、椅子と言うよりもソファに近い物だった。
「おお、我が友カレン! 良く無事に目覚めてくれた!」
「ミツルギ」
前の方からも聞き覚えの有る声が聞こえて、そちらの方にも顔を向けると、丁度カレンの左斜め前の椅子に上半身だけを振り向かせ、安堵と喜び笑みを浮かべるミツルギが居た。
ミツルギの方の椅子は三人が座っている椅子と素材は変わらないが、三人の椅子とは違って一人しか座れない普通の椅子の座っており、そしてミツルギの右隣りのもう一つの椅子には見知らぬ人物が座っていた。
カレンは改めて周りを良く見ていると、自分達が今居るこの四角形型の狭い部屋は見知らぬ人物を含めて五人を乗せた状態で直線に伸びた鼠色の地面の上を真っ直ぐ走って動いているということを窓ガラス越しから見える外の景色で気付く。
そしてもっと周りを良く見てみると四つの車輪が付いた四角い箱のような大きな物体が複数も自分達の周りを走っているということも発見し、しかもその物体の中には人が乗っていることも発見すると、カレンは自分達も外に居る車輪が付いた物体と同じ物に乗っているということに気付く。
眼を覚ましたばかりで状況が見えないカレンは情報整理が着かず、若干眼が回ってしまうがそれを緩和するようにアイシャが言葉を掛ける。
「カレン、具合はどう?」
「具合?」
「身体の調子や気分は大丈夫かって意味だよ」
「……さっきから頭がクラクラするかな。あとなんか気持ち悪い」
起きた時からそうだったみたいだが、カレンは頭の中がグルグルと回っているような目眩に襲われていた。
カレンが身体の具合を述べるとミツルギは診察するようにカレンの顔色を窺いながら、話に加わる。
「血が出過ぎて気を失うくらいだから。当然の症状だな」
「気を失った?」
『はて?』と言った感じにカレンは首を傾げる。
身に覚えのないようにカレンが首を傾げるとロロは呆れて溜息を零す。
「覚えていないのか? あの戦いが終った直後、お前出血多量で気を失ったんだぞ」
「えっ! そうなの?」
「そうだよ。その死に掛けのお前を急いで治療して、何とか命を取り留め。ホンで次は気を失って動けないお前を運んで此処まで来るのに結構苦労したんだぜ。俺達」
そう言ってロロを含めてアイシャ、ミツルギの三人がカレンの怪我の治療から此処まで辿り着いた経緯を語り始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
意識を無くしたカレン直後、カレンの所に着いたミツルギはカレンの真正面にしゃがみ込む。
「異端は命の理を矛盾させ、今汝に痛みと癒しを与えん!」
片やアイシャは呪文を唱え始め、アイシャの 周囲に小さい黒い粒のような光が無数に溢れ出す。
そしてミツルギは右手をカレンの鼻の傍に寄せて呼吸を確かめ、左手の人差し指と中指を首筋に当てて、頸動脈を調べる。
「(息はしてある! 脈もある! まだ助かる!)」
息も脈もまだ生きていると確認したミツルギは助けられる見込むは在ると確証する。
その確証に合わせて、呪文を唱え終え、『力のマナ』の制御も終えたアイシャは自分が呼び出す魔法の名前を口にする。
「生命転換!」
魔法名を唱えた直後、アイシャの掌とカレンの胸元の間に黒い魔法陣が出現する。
「……くっ!」
急にアイシャの表情がまるで苦痛に堪えるように強張ると魔法陣を介してアイシャの掌から桃色の光が放出され、そしてその光は魔法陣を通じてカレンの身体の中へ入り込む。
すると生気を失いつつあったカレンの表情が桃色の光が体内に侵入したと同時に生気を取り戻し、青ざめていた顔色も元の色に近い淡いピンクに変色する。
その変化を見てロロは。
「顔色が戻った! アイシャ、どんな魔法を使ったんだ?」
「…………」
「? どうしたアイシャ?」
魔法の詳細を尋ねてみたが、アイシャはすぐ返事を寄越さず、ロロは首を傾げて様子を窺うと、アイシャは何故か息を詰まらせたかのように首の下を苦しそうに片手で抑えていた。
だが数秒後、アイシャは苦しみから解き放たれたように顔付きが元に戻り、尋ねられた質問に答える。
「…今のは自分か相手の生命力を分け与えたり、もしくは奪い取ることが出来る魔法なんだ」
その説明にミツルギの眉がピクっと反応する。
「生命力を……だと?」
「それって……まさか、お前!」
魔法の効果を知ったロロとミツルギはアイシャが何をしたのか理解すると共に驚愕する。
しかし、ロロとミツルギに余計な心配を掛けまいとアイシャは小さな笑みを浮かべ返して一つ補足を入れる。
「心配なら要らないよ。生命力を分けたって言っても今後の行動に支障しない程度だし、それに生命力もキチンと休めば、ちゃんと回復するしね」
「そ、そうか? まぁそれなら良いが……でもこの後の行動する時は余り無理はするなよ。支障しない程度でも生命力が減れば、身体への負担はかなりの物なんだからな」
「ロロの言う通りだアイシャ、無理は禁物だぞ。女性は男と違って無理は不向きなのだからな」
「それも分かっているつもりさ。大丈夫、無理はしないよ」
「うむ、よろしい! さてと、それでは俺もアイシャに負けずに続くとしよう」
そう意気込んだミツルギは風穴が空いて未だに出血が止まらないカレンの左腿の上に左手を添える。
仕草から見て今、最優先で治さなければならないカレンの左腿の怪我を治す気だと思ったロロは。
「もしかしてミツルギも回復魔法が使えるのか!?」
「いいや、生憎俺は魔法等は一切使えない」
この発言に『ええっ!?』と言う感じにガクッとロロの身体が斜めに傾く。
「じゃあ、何をする気だよ!?」
「勿論、回復術さ。もっとも回復魔法のような回復力は無い。あくまで応急手当程度ぐらいの回復術だ」
するとミツルギの左手から淡い水色の光が発光し、その光に照らされたカレンの左腿の風穴部分はジワジワと極細の膜を形成して少しずつ傷口を塞いでいき、やがて薄い膜は瘡蓋のように風穴を完全に塞ぎ、出血が止まる。
魔法を使わず、傷口を塞いだミツルギの回復術にロロとアイシャは眼を見開いて驚く。
「塞がりやがった……! 何をしてんだミツルギ!?」
「うむ。今のは〝気〟属性の極意の一つ『術』を極めて習得した『治癒光』だ!」
「〝気〟属性の極意? 前にも聞いたが………それって一体何なんだ?」
「説明すると長くから説明はまた今度だ! とにかく要点だけを言うと『治癒光』は身体の自然治癒能力を活性させ、傷の治りを何百倍も早める回復術でな。回復魔法みたいに完璧に治すとまではいかないが、傷を塞ぐぐらいなら容易に出来る」
面倒臭かったのかどうかは知らないが、〝気〟属性の極意の詳細の説明は省いて、『治癒光』の効果だけを言うとミツルギが使った回復術は大抵の生物が持っている自然治癒能力の力を一時的に強化して傷の治りを早める術らしく。
ミツルギの説明を聞いて、自分達が知らない回復術を知ったロロとアイシャは興味深そうな顔でその回復術で塞がったカレンの左腿の傷口とロロの回復魔法で塞がった右腕の傷口に視線を移して、流血が止まっていることを再度確認し、次はカレンの顔色を窺い、変わらず気を失っているが生気の衰退が悪化する様子は無いと確認する。
以上からにして、何とか一命を取り留めることが出来た三人は一安心の溜息を零し、激戦で疲れ果てた精神と身体を癒す為に地面に身体を預けて一息を着いた。