鎧
そして、前と同じように自分の斬撃を妨害したのは磁力だと分かったミツルギは降下中に、その磁力の発生源の在り処も悟った。
「間違いない……磁力の発生源は!」
着地すると同時にミツルギは発生源の場所を言おうとした瞬間、それを妨げるように『古代獣』が着地の瞬間を狙って、四本足で地面を蹴ってその巨体を上空へ飛ばし、己の胴体をミツルギの頭上に移動させた。
片足で踏み潰そうとして逆にひっくり返せられた時の反省点を生かして、片足では踏み潰せないなら、自分の全体重と落下の勢いを加えた胴体ブレスで踏み潰そうと考えたようで、四本足を全開に伸ばした『古代獣』の巨体は身近な所から崩れ落ちる巨大な壁の断片のようにミツルギの約10m前後の直上から降り注ぐ。
『古代獣』の全長は約30m、胴体だけでも約25m前後ぐらい、横幅は大体約10m程度、それ程大きな物が上空約10m先の地点から落ちて来たら、まず普通の人間なら回避は無理だろう。
物が10mの高さから落ちて、地面に着くまでの時間は長くても、精々一秒ちょっとぐらいである。
一秒程度の短さでは例え直線100mの道をたった10秒近くで走り抜けられる程の速い足を持った人間でも到底不可能に近い。
だが………それは普通に走ればの話だ。
『古代獣』が一秒も経たない内にミツルギの頭まであと1mという距離まで、近付いた時、パッとミツルギの姿が一瞬で消え去る。
そう、ミツルギは高速移動方法の『縮地法』を使い、胴体ブレスの着弾範囲外へ逃げたのだ。
という訳でミツルギが消えたことに因って、『古代獣』は何も踏み潰せないまま、身体が地面に着地する。
目測だが身体の大きさから計算しても、確実に数百t以上の重量を持つ『古代獣』の巨体が地面と接触すると身体が地面の中に潜り込むように沈んでいく。
恐らく落下の勢いが加わった『古代獣』の総体重量に地面が耐え切れず、陥没とまではいかないが、その巨体が地面を押し潰されているのだろう。
しかも、それだけでは留まらず、落下の勢いも相俟って着地時にこの空間全体どころか山一つを震わせる程の衝撃が発生し、『古代獣』の辺り一体の地面がビキビキッ!! という砕ける音と共に無数の亀裂が入る。
更にその衝撃が強過ぎて、『古代獣』の足元の地面が左右共、大きな岩と成ってえぐり返る。
数百t以上にも及ぶ、超重量ブレスとは言え、たった一回だけで、『古代獣』の傍の地形が瞬く間に変わってしまい。
喰らったら一溜まりもないその破壊力に、離れた所から眺めていたカレン・ロロ・アイシャの三人は眼を見開いて言葉を失う。
その三人の反応を余所に『古代獣』は着地し終えると、すぐに顔を右に傾けて、そこには誰も居ないのにギロッと睨み付ける。
いや、『古代獣』は〝見えている〟のだ。
『縮地法』で生き延びたミツルギがそこに現れることを。
そして『古代獣』が睨んだ通り、ミツルギが『古代獣』から15m程離れた右側面に姿を現す。
「ブレイヴ!」
現れてすぐにミツルギは手元から離れ、壁に突き刺さっている刀に向かって、戻って来るように名前を呼ぶ。
そうするとその声に応えるように刀が光と共に消え、そして一瞬にして光と共にミツルギの左手に戻る。
刀が手元に戻ると早速ミツルギは切っ先を『古代獣』の頭に向け、刀身を伸ばし、第二の斬撃を加えようとした。
『古代獣』は自身が移動した所為で離れてしまった『磁力石』4個を呼び戻そうとしたが間に合わず。
鉄砲玉ように速く長くそして一直線に伸びる刀身は『磁力石』達よりも速く、『古代獣』の頭にあと数㎝のところまで近付いたが、また何処からか発生している磁力の反発に因って、刀身が弾き返される。
「また弾かれた!」
「『磁力石』で防いだわけじゃないのに、どうして!?」
ミツルギとアイシャと違って、磁力の反発でミツルギの刀が弾き返されていると気付いていないカレンとロロは疑問の声を上げる。
一方、敵に致命傷を与えられる程の斬撃を二度も防がれたミツルギだったが、至って冷静な表情で伸ばした刀身を元の長さに戻し、『古代獣』の全体を見渡すように眺める。
「(間違いない! 磁力の発生源はやはり……)」
再度斬撃が弾かれて、ミツルギは改めて磁力の発生源の在り処を確信し、そして同じく磁力の発生源の在り処を確信したアイシャはミツルギに代わって、その在りかを口にする。
「『古代獣』から来ている!」
「えっ?」
「と、突然どうしたんだよアイシャ?」
唐突に語り出したアイシャにカレンとロロは困惑するが、その戸惑いを取り払うようにアイシャは二人にも分かるように説明を行う。
「二人共、ミツルギの刀が『古代獣』に当たる直前、不自然に刀が跳ね返るのを見ているよね? あれは磁力の反発に因る物で、その磁力の発生している場所がどうやら『古代獣』からみたいなんだ」
「な、何だって!?」
「それは本当なの、アイシャ!?」
「間違いないよ! そうじゃなきゃミツルギの刀が跳ね返される訳が無い!」
「だ、だけどよぉアイシャ! アイツは何処から磁力を発生させているんだよ? アイツの身体には磁力を発生させる物なんて身に付けてないし、アイツの身の回りに在る『磁力石』以外、磁力を発生出来る物なんて何処にも無いんだぞ?」
「………在るさ。一つだけ、『古代獣』の身体に」
そう言ってアイシャは指し示すように左手の人差し指を『古代獣』に向けて指す。
「『古代獣』の身体全体に『磁力石』が張り付いているんだ!」
「「!」」
思わぬ事実にカレンとロロの顔に衝撃が走る。
出会った時は『古代獣』が身に纏っていたのは岩で出来た鎧だと思っていた物が、全て『磁力石』で出来た『磁力石』の鎧だということに。
「あの『古代獣』が『磁力石』を操っていることが分かった時から、ずっと気になっていたんだけど、今になってやっと分かった! 『古代獣』が『磁力石』を操れるのも、ミツルギの刀を弾き飛ばせるのも全部、身体中に張り付いている『磁力石』の力のお陰なんだよ!」
「じゃ……じゃあ、どうするんだよ!? アイツが身体中に纏っているのが『磁力石』なら、不意打ち以外、俺達の攻撃の殆どは届かないぞ!」
『古代獣』が身に纏っているのが『磁力石』の鎧だと分かったことで、ロロは絶望感を更に深めたような焦った表情でどうすれば自分達の攻撃が『古代獣』に届くのかを尋ねる。
「見て」
その問いに対して、アイシャは平静な表情で『古代獣』の首の辺りに人差し指を移す。
「例え身体全体を『磁力石』で覆っても、素肌が露出した部分だけは磁力に因る干渉は少ない筈、そこを狙えば……」
磁力に因る干渉が少ないと思われる、素肌が露出した部分を狙えば、攻撃が通るかもしれないと推測するアイシャ。
一方で、アイシャと同じ推測に至ったミツルギは自分が斬って負わせた『古代獣』の右脇から背中まで岩の鎧が剥がれて、線のように素肌が僅かに露出している部分に刀の切っ先を向ける。
銃のように『古代獣』の右脇の素肌が僅かに露出している部分を切っ先で捉えるとミツルギは再度、刀身を光線の如く伸ばした。
光線の如く伸びた刀身は本当の光線のように超高速且つ、真っ直ぐと宙を駆け走り、瞬時に『古代獣』の右脇に2m手前まで近付く。
するとその時、『古代獣』の四方を囲んでいた四つの『磁力石』の内、二つの『磁力石』が小さい線の隙間から素肌が露出している右脇から背中の部分を覆い隠すようにその線の上に張り付き、二つの『磁力石』は鎧の一部と化す。
更に鎧の一部と化した『磁力石』は磁力を発生し、急接近してくる刀の刀身を磁力で反発させて跳ね返した。
「む!」
弱点を突いたつもりが、その弱点を文字通り塞がれてしまい、ミツルギは『古代獣』の対応の速さに瞳を大きく開いて驚く。
無論、カレン達の方も。
「塞がれちゃったよ!」
「破損した部分を他の『磁力石』で埋め合わせるなんて!」
幾らどんな怪我でも治せると言っても、さすがに破壊された部分を修復するのは不可能と思っていたのか、アイシャも『古代獣』の順応の高さに驚く。
また『古代獣』は二度も死角から突かれないように身体をミツルギの方へ向き直す。
「けどまだ、首の下辺りが残ってる!」
ロロがそう指摘するとミツルギは即座に刀身の長さを通常の二割ぐらいの長さに縮め、更に取っ手の部分だけを斜めに曲げ、そしてその指摘された箇所を短く成った刀身の切っ先でまた銃のように捉える。
続いてミツルギの刀の取っ手にはカレンの大剣と同じ、取っ手部分に凸型トリガーが在り、ミツルギはそのトリガーを声と共に三回押す。
「剣の銃弾!」
ミツルギがそう言い放った直後、短く成った刀の刀身がまるで銃弾のように発射した。
更に次の瞬間、刀身が飛んで行った為、刀身を失った刀が瞬時に新しい刀身を生やし、新しく生えた刀身を刀は再び、銃弾のように発射し、そして刀は今の行為をもう一度行い。
計三つの刃の弾丸が縦一列に並んで『古代獣』の首の下辺りに音速並の速度で向かう。
だがそれでも、『古代獣』の対応の方が一足速く、刃の弾丸が『古代獣』の身体全体で数少ない素肌が露出している首の下辺りに到着する前に残り二つとなった『磁力石』の一つが首の下辺りの上に張り付き、素肌を隠すと同時に鎧の一部と成った。
案の定、鎧の一部と成ったその『磁力石』も磁力を発生させ、迫り来る三つの刃の弾丸に対して磁力の反発で、これも容易に跳ね返す。
あともう一歩届かず、刃の弾丸も磁力の反発で跳ね返されるが、跳ね返された拍子で一番最初に発射された刃が後ろの二つの刃と衝突し、それぞれがバラバラの方向へ弾け飛ぶ。
と、その弾き飛んだ刃の一つが偶然、四人の向かい側の壁の近くで浮んでいるロロとアイシャの装備を没収した二つの『磁力石』の一つに命中し、刃同士で衝突したせいで回転が掛かったその刃は『磁力石』を粉々に打ち砕く。
砕かれたのはロロの鞄を拘束していた方で、『磁力石』が壊れて磁力に因る拘束が解かれた鞄は砕かれた衝撃で放り飛ばされかのように宙に舞った。
また宙を舞った際に鞄の中に入っていた矢が数本零れ落ち、その中の一本の矢が偶然にも『古代獣』が左右に振っていた長い尻尾に〝当たって〟落ちる。
「!」
偶然が重なって起きた光景の中で、アイシャはある事を発見する。
「もしかすると…………あれも」
そのある事を発見したことでアイシャの頭の中である一つ可能性が思い浮かび、その可能性は肯か否か確かめるべく、アイシャは腰に掛けているホルダーから銃を取り出すと共にミツルギに指示を出す。
「ミツルギ! もう一度『古代獣』の〝顔の正面〟に攻撃を仕掛けて!」
「ん、……了解した!」
何故、〝顔の正面〟を狙うように指示したかは分からないが、とにかくアイシャがまた何かを見抜いたと察したミツルギは問うことは無く、快くその指示に従い、『古代獣』の顔に向けて刃の弾丸を発射する。
狙い通りに刃の弾丸は『古代獣』の顔の正面に向かったが、接触まであと数㎝のところで『古代獣』の身体から磁力が発生し、刃の弾丸は前の弾丸と同様、磁力の反発に因って跳ね返された。
「SONIC・BREATH!」
その瞬間に合わせて、アイシャが声と共に銃の引き金を引いて、音速の速度で走る風の刃を纏った弾丸を発射する。
空間内に発砲音が響き渡ったと同時にアイシャが放った弾丸が、『古代獣』の後ろの左足に〝命中〟した。
「「「「!?」」」」
後ろの左足部分にヒビが入りはしたが、鎧の方も普通の岩よりも固いようで、弾丸は全身の全て埋まったところで止まってしまったが、その光景を見た男子三人は眉間にシワを寄せ、『古代獣』の方も戸惑ったかのように瞳を大きく開いて驚く。
「………案外、確かめるまでもなかったかもね」
思い浮かんだ可能性を確かめてみたところ、その可能性があっさりと肯定され、アイシャは苦笑いながら呟く。
そう、言うまでも無く、アイシャは確信したのだ。
『古代獣』が身に纏っている『磁力石』の鎧にも欠点があることを。