復活
そして何も出来ぬまま、頭上から降り注ぐ『ステンジウム光線』にカレンは思わず、眼を閉じた。
「バリアッ!!」
直後、すぐ近くから聞き覚えのある声がカレンの耳に響いた。
その声に反応してカレンは閉じた眼を勢い良く開けると、カレンの隣に両手を上空へ掲げる一人の人物が立っていた。
しかも、その人物の両手の上には〝光〟属性の証である白い魔法陣が在り、更にその白い魔法陣の上に直径2m程の大きさを持つ、白くて透けている円盤のような盾が浮いており、その盾が上空から降り注ぐ『古代獣』の『ステンジウム光線』を受け止めているのだ。
後ろ姿で顔は見えないが、状況を見る限り『ステンジウム光線』がカレンに直撃する直前にこの人物が〝光〟属性の魔法を唱えて、『バリア』と言う円盤の形をした白くて透けている盾で光線を受け止め、カレンを守っているように見える。
頭上の『ステンジウム光線』の光のせいでその後ろ姿もほぼシルエットと化しているが、カレンとアイシャはその姿に見覚えがあった。
特に頭の上に生えている猫のような耳を見ただけで相手の正体が確信した二人は腹から声を出すようにその人物の名を口に出す。
「「ロロ!!」」
「全く、何時まで寝てるんだよ! ホントお前は俺様が居ないと駄目だなッ!!」
そう、そこに立って居たのはさっきまで生死不明兼行方不明になっていた三世獣人の少年、ロロであった。
ガクガクと身体を震わせながらも、相変わらずの虚勢を張り、減らず口を漏らす、五体満足のロロにカレンは表情に笑みが戻る。
「ロロ生きて、生きていたんだね!!」
「あったり……前だ! 俺様が…そう……かん……たんに………く…たばる……か……よっ!」
顔だけを振り向かせて言い放つ、その言葉はロロの顔色が段々と曇っていくと共に次第に片言のように弱々しくなっていく。
まるで何かに耐えるようなロロの姿にカレンはどうしたのかと声を掛けようとした時。
「「!?」」
唐突にパリンッ! と皿が割れたような音が響いた。
その音の発生源はロロの両手の上に浮いている円盤の形をした盾からで、盾に小さな穴が二つも出来ていた。
更に樽の中に詰まっている酒がほんの少しの隙間から漏れ出すようにその二つ穴から小さな光線が垂直に漏れ出し、それぞれがロロの右頬と左肩を掠める。
「ぐっ!!」
「ロロ!!」
掠ったとはいえ、ロロが光線を喰らったことにカレンは心配して叫ぶ。
そして右頬と服ごと裂けた左肩から真っ赤な血が流れ出したロロだったが、怯むことも取り乱すこともなく、〝発動した時から魔法陣を通して光の盾に送り込こんでいた『力のマナ』〟の量を〝もっと多くして送り込んだ〟。
そうすると穴が空いた部分がみるみると修復されていき、やがて二つの穴は塞がり、光線漏れは無くなった。
どうやらこの円盤の形をした『バリア』と言う光属性の魔法は魔法陣を通じて『力のマナ』を送り込むことで 、破損した箇所を修復出来るようだ。
「直った……!」
しかし、これで光線漏れの心配は無くなったとカレンが安心しそうになった瞬間。
バキッ!! という鈍い音と共に光の盾の中央に大きな亀裂が入った。
それに合わせてロロの片脚が、ガクッと地面に跪く。
だが姿勢が低くなり、片脚の膝が地面に着いてもロロは決して両手だけは下げず、その姿はまるで頭上の重い物に潰されないよう、意地でも踏ん張っているように見える。
「……ッ!!」
「ロロ! ……その汗」
苦しそうな声を漏らすロロにカレンは顔を覗いてみると、ロロの顔中に数本の大量の汗が流れ出ていることに気付く。
そしてロロが苦しそうなのは、ロロ自身が何らかの方法で己の体力を減しているからだとカレンは直感的に察し、更にその方法とやらは、亀裂が入った光の盾に関係しているではないのかということも推測する。
「はぁ! はぁ!」
すると突然、ロロの息遣いが急に荒くなっていく。
その息遣いは疲れに因る物。
そう、カレンが睨んだ通り、ロロは光の盾に『力のマナ』を送っているのが原因で、今体力が急激に低下しているのだ。
「押されている!」
一方、遠くから様子を見ても、ロロの光の盾はそう長く持たないと察したアイシャは黒い物体の照準器の隣に在る、小さな画面に視線を移す。
画面には15.22と記されていた。
「ッ! 間に合うか!?」
一分一秒も惜しい状況の中、次の掃射まで約15秒も待たなければならないことにアイシャは舌打ちをする。
そして視線をカレン達の方へ戻す。
「ロロ、チャージが完了するまで何とか持ち堪えて!」
切実そうにアイシャはそう悲願したが、残念なことにロロにはもうそのような余裕等、無いに等しかった。
「(ち……畜生ッ! なんて破壊力だよ、このステンなんとか光線ってやつはッ!! 今でもめい一杯『マナ』を送ってやってんのに、『バリア』の修復力が全然追い付けねぇ! くっそ…このままじゃあ………)」
心の中で苦痛の声を叫ぶロロ。
どうやら『ステンジウム光線』の破壊力に因る破壊速度が『バリア』と言う光の盾の修復速度を上回っているようで、ロロがいくら大量の『力のマナ』を送っても、盾の修復が間に合わない程で。
現に光の盾の中央から入った亀裂が次第にその範囲を広めていき、やがてそう経たない内に亀裂は盾全体に広まり、盾はもう壊れる寸前まで迫っていた。
「がっ……うぅ」
弱々しい声を呟くと同時にロロの体力も限界に近付き、地面に膝を着くまいと踏ん張っていたもう一本の片脚がとうとう跪き、腰の方も段々と丸くなり、ロロの姿勢が少しずつ低くなっていく。
「(だ、駄目だ…………もう……『マナ』が……)」
自分が保持している『力のマナ』の貯蔵量も底を尽くしかけ、ロロはこれ以上防ぐのは、もう無理だと諦めかけた。
……と、その時だった。
『古代獣』から見て右側の壁の人間一人分ぐらいの大きさの穴から一本の刀の刀身が飛び出した。
その刀身は瞬く間に己の全長を伸ばし、刀の切っ先が進行方向に居る、『古代獣』の横っ腹を岩の鎧を容易く貫通して突き刺さる。
更に突き刺さって、刀身はすぐ上へ駆け上がり、身体に線を書くように『古代獣』の右の横っ腹から後ろ腰まで切り裂いた。
直後にその斬り傷から真っ赤な血しぶきが飛ぶ。
「ご、ゴゴッギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!?」
突然、視界の外から横っ腹を切り裂かれ、鋭い痛みに襲われた『古代獣』は悲鳴と共に放射中だった『ステンジウム光線』の放射を中断する。
「何ッ!?」
光線を放射し続けていた『古代獣』がいきなり悲鳴を上げたので、アイシャはそちらに顔を向けると、『古代獣』の右側に位置する壁の穴から、とても長い一本の刀の刀身が長さを縮めて穴の中へ戻って行くのを捉えた。
「あれは………まさか!」
見覚えのある、その伸びる刀の刀身を見たアイシャはある人物の顔が脳裏を過ぎる。
そして光の盾が砕ける前に光線の放射が止まったことによって、ロロとカレンは死から免れた。
光線が何故止んだかは経緯を見ていないカレンとロロには分からなかったが、とにかく光線が止んだことを確認するとロロは光の盾を消し、倒れ込むように地面に座り込む。
「た……助かった……!」
そう呟いて、ロロはどうにか一命を取り留めた安心の溜息と『古代獣』の『ステンジウム光線』をギリギリ耐え切った疲労の溜息を一緒に吐き出す。
吐き出し終えると今度は体力の急激な低下に因る深呼吸を数回すると、ロロは『古代獣』の光線が止まったことについてカレンに尋ねる。
「アイシャが止めてくれたのか?」
「ううん、僕にも分からない」
「んじゃ、ミツルギか? って、アイツ何処に居やがんだ?」
「……それは――――」
ミツルギがどうなったか、その詳細を今伝えて良いのかとカレンが話すのを戸惑ったその時。
『古代獣』を切り裂いたあの刀身が伸びる刀の出現地である、あの穴の中とその周囲の壁が爆発でも起こったかのよう爆音を立てて、内側から吹き飛んだ。
「「「「!!?」」」」
三人と『古代獣』は一斉にそこへ顔を向ける。
するとパラパラと落ちる岩の壁の破片達と吹き飛んだ岩の壁から生まれた岩の粉塵の中から一つの人影が飛び出す。
人間と思われるその人影は普通の人間では有り得ない跳躍力でカレンとロロの前に後ろ姿で着地する。
当然、顔は見えないがカレンとロロはその人物の後ろ姿に完全に見覚えがあった。
そして位置的にも角度的にもその人物の顔を捉えたアイシャはカレン達と一緒にその人物の名を叫ぶ。
「「「ミツルギ!?」」」
「無事か、皆!? すまんな、少しばかし気絶していた!」
吹き飛んだ壁の中から常人離れした跳躍力で飛び出して、カレン達の前に現れたのは『古代獣』に一瞬の隙間を突かれて、壁にめり込まされ、死亡或いは戦闘不能に陥った可能性が高いと思われた英雄の子孫の少年、ミツルギだった。
「ミツルギ、お前何で壁の中から飛び出して来たんだよ!? つーか、今まであの壁の中に居たのかよ!?」
「む? その声は……ロロか!? お主、無事であったか!」
ロロの声を聞いて、ロロの生存を確認したミツルギは前を向いたまま、懐かしむように安堵の表情を浮かべる。
「ミツルギ! 君も……生きてたんだね! 怪我は無い?」
「ふっ、心配ご無用。見ての通り、俺は傷一つ負っていないぞ」
カレンを安心させるよう元気で爽やか声と共に怪我の類は無いことを背中で語るミツルギ。
確かに生身で岩の壁にめり込む程、壁に激突したのにも関わらず、ミツルギは何事も無かったかのようにかすり傷一つ、負っていなかった。すると二人の話を脇で聞いていたロロはキョロキョロと二人の顔を交互に見合う。
どうやらミツルギの身に起こったことを知らない為、話が見えないようだ。
「怪我? 生きてた? おいミツルギ、俺が居ない間……何があったんだ?」
話が見えないロロはミツルギ本人に説明を求める。
「うむ、実はな――――」
ミツルギが事の詳細を話そうしたその時。
見計らったかのように『古代獣』が男子三人に向けて『ステンジウム光線』を放った。