赤い光
どうやって取り出したかは分からないが、アイシャの懐から出て来た謎の大きな黒い物体にカレンは擬視する。
「あれは?」
両側面に白い線が横に入ったその黒い物体は同様の取り出し方でアイシャの懐から現れた『ROCKET・LAUNCHER』と形が若干似てはいるが、『ROCKET・LAUNCHER』と比べてサイズが二倍ぐらい大きく、照準器や所々の細部も機械的な部分が組み込まれており、また『ROCKET・LAUNCHER』には無い異様な雰囲気を纏っていた。
この黒い物体は一体何なのかはハッキリと見当はつかないが、『ROCKET・LAUNCHER』と同じく筒のような外見と引き金が付いているので、何かを撃ち出す武器だということは間違いなそうである。
そしてカレンはその黒い物体の右側面に名称らしきプレートを発見する。
「……ぽ、POTUPLE・LASER・γ・BLAST……?」
カレンはそれを声に出して読み上げる。
言葉の意味は分からなかったが、プレートにはそう書かれていた。
「………出来る事なら、これはあまり使いたくはなかったんだけど」
零れる溜息と一緒にそう呟いたアイシャは黒い物体の『古代獣』に向ける。
重量感溢れるその巨体を両手で持って片方の肩で担ぎ、左側の側面に付いている機械的な照準機で狙いを定める。
「もう四の五の言ってられない!」
『古代獣』が残った二人の姿を確認する為にその巨体をもう一度半回転させ、こちらに振り向いたのに合わせてアイシャは引き金を引いた。
引き金を引くと黒い物体の両側面の白い線が赤く発光し、同時に黒い物体の筒のような銃口から何とも表現し難い半透明な赤い光のような物が発射され、真っ直ぐ『古代獣』の顔面へと向かって行った。
「!」
それに反応して『古代獣』は呼び戻した『磁力石』の一つを操作して、赤い光が到着する前に自分の顔の前に移動させた。
「駄目だ! アイシャ逃げてっ!!」
その光景を見て、カレンは思わず叫ぶ。
何故なら、アイシャが放った透明度の高い赤い光が何なのかは分からないが、あれがもしも金属製或いは熱量を持った物質だとしたら、間違い無く『磁力石』の磁力で軌道を変えられ、攻撃が自分のところへ戻って来るからだ。
何度の似たような光景を見て来たので、カレンはその可能性を危惧したからアイシャに逃げるように叫んだのだ。
だが、今頃そう叫んでも、もう遅い。
攻撃は既に放たれ、赤い光は止まること無く前進し、そして進路を阻む磁力の波を発している『磁力石』と接触する。
「!!!!」
「………えっ?」
赤い光が『磁力石』と接触したその時、カレンは眼を細くして驚愕する。
特定の物質なら何でも持ち前の特殊な磁力で干渉し、自在に操ることが出来る『磁力石』に半透明の赤い光が接触寸前のところまで接近すると、『磁力石』はまた磁力で赤い光の軌道を変える………と思いきや。
赤い光は何事もなかったかのように『磁力石』を容易く貫通し、そのまま後ろに居る『古代獣』の首の下辺りに直撃したのだ。
「ご、ゴガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
『古代獣』は雄叫びのような悲鳴を上げる。
赤い光が直撃した箇所はまるで風船が破裂したかのように岩の鎧ごと爆発し、爆煙が引くとその箇所は痛々しく色濃く真っ黒に焦げており、赤黒い血も大量に溢れ返っていた。
「っ! 外したか……!」
当たった箇所を確認して舌打ちをするアイシャ、どうやら狙った箇所には当たらなかったようだ。
しかし、狙った場所とは違う所に当たったとしても、『古代獣』にとっては攻撃を喰らったのは予想外だったであろう。
更に負ったダメージも相当な物らしく、『古代獣』はジタバタと動き回りながら、悶え苦しむ。
同じく赤い光によって、ドテッ腹に風穴を空けられた『磁力石』も操り糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちる。
その様子をアイシャの後方から眺めていたカレンはある事に気付く。
「(そうか! アイシャは僕なんかよりも『磁力石』の磁力の特性を知っている、だからアイシャは『磁力石』の磁力に〝干渉されない攻撃〟を放ったんだ!)」
四人の中でも比較的知識が豊富な一人であるアイシャは、記憶喪失で世間知らずで常識知らずなカレンよりも『磁力石』の磁力の特性には詳しい方であろう。
それに金属製の攻撃や熱量を持った攻撃は『磁力石』の磁力の前では弱点を突かない限り無力であることは戦っている途中で判明している為、冷静沈着なアイシャに限って迂闊にそういった攻撃はしない筈だ。
なら後は簡単、アイシャは『磁力石』の磁力の特性を理解した上で、岩よりも硬い『磁力石』の装甲を貫通出来る程の威力を持ち、且つ『磁力石』の磁力に〝干渉されない物質〟を放ったのだとカレンは自分なり推測する。
と、そこでカレンはある異変を嗅ぎ付ける。
「ん? 何だ、この臭い?」
急に周囲から何かが焦げた臭いが漂っていた。しかも、嗅ぐだけで何故か気分が悪くなるような異臭であった。
「(アイシャがあの武器で撃った、あの透明な光の所為なのかな?)」
この臭いの原因はアイシャが取り出した武器のせいでは? とカレンは直感的に察知する。
「(あの武器とあの光………一体何なんだろう?)」
謎の兵器によって及ぼされた現象にカレンが眉を顰めると、痛みがもう引いたのか、今さっきまで動き回りながら、悶え苦しんでいた『古代獣』が段々と動き回るのを抑え、そして遂にピタリと動き回るを止め、ジタバタしていたせいで乱れていた体勢を立て直すと同時に再び二人の方に顔を向き直した。
相変わらず厳つい顔でギロッと二人を睨む『古代獣』の眼は分かり安い程、的確な殺意と怒り、そして憎悪が半透明な赤い光が直撃した首の下辺りから溢れ出ている血のように溢れ返っていた。
しかし、それだけだった。
「?」
カレンは首を傾げる。
いつもように雄叫びを上げないのかと? そう疑問に思ったのだ。
そして、雄叫びの代わりと言ったみたいにあの『古代獣』がただ二人を睨み付けたまま、何もせず、一足一歩後退りをする。
今までそういった後ろ向きな行動は一切取らなかったのに、今の『古代獣』の行動を見て、カレンは。
「警戒している?」
その行動の原因は『古代獣』がアイシャのあの黒い物体から発した半透明な赤い光に警戒しているからだとカレンはそう悟った。
これまで『古代獣』は『磁力石』という強力な磁力の〝盾〟を使って、弱点を突かれない限り、あるゆる攻撃を無効化或いは自分の思い通りに操り、今まで己はほぼ無傷で勝ってきたのだろう。
だからこそ、そんな頼れる『磁力石』の力が通じない且つ、自分に強烈な一撃を与えたアイシャのあの武器に『古代獣』は強い警戒心を抱いているのだとカレンはそう結論付ける。
「倒せるかもしれない! アイシャのあの赤い光なら『古代獣』を倒せるかもしれない!」
ロロとミツルギの二人はこの場に居ないので戦力の内には入らない、かと言って自分はまともに戦えない身体に陥り、唯一まともに戦えるのはアイシャ一人だけというこの絶望的な状況にカレンはもう駄目かと心の何処かで諦めていたが、アイシャの秘密兵器の登場にカレンは起死回生出来るかもしれないと淡い希望を抱く。
するとその赤い光によって大怪我を負った首の下辺りにある変化が生じる。
「「!」」
二人は眼を見開いて驚く。
首の下辺りの傷からドバドバと小さな川のように外へ流れ出ていた血が急に止まり始め。
更には、見るに痛々しい傷が尋常じゃない速度でみるみると治癒していき、やがてそう経たない内に傷は完全に塞がり、首の下辺りは『古代獣』の身体全体の色とは異なる、紫色の肌が現れる。
どうやら岩の鎧が砕け散ったことで首の下の辺りが素肌をさらけ出してしまったようだが、何がどうあれ『古代獣』は元の健康体へと戻った。
「どうなっているんだ……?」
回復魔法でも使ったわけでもないのに、どうしてあれ程の傷があっという間に治ったのか、カレンは当然理解など出来ない。
ただ分かるのは、戦い始めてからこの長い間、何のダメージも与えられなかった『古代獣』にやっとダメージを与えたのに、何らかの回復方法でダメージを無かったことにされたこと。
だが、その事実を眼にしてもアイシャは冷静さを失うこと無く、黒い物体の左側面の照準器の隣に在る小さな画面にチラリと視線を移す。
画面には15.41と記されていた。
「(次の照射まで残り15秒………それまで『古代獣』がこのままジッとしてくれれば……)」
どうやらその小さな画面はあの半透明な赤い光を次に発射出来るまでの時間を示してくれる画面のようだ。
「次は……外さない!」
意気込むようにそう呟いたアイシャは黒い物体を構え直し、再び照準器で狙いを定める。
「(これ以上、もうこれを使いたくは無い。〝環境の為にも皆や私の為にも〟!)」
余程のその黒い物体は使いたくないのか、アイシャはもう使うことはないことを願いつつ、神経を研ぎ澄まし、照準器で狙いと定めた瞬間、『古代獣』の前に四つの『磁力石』が横に一列に並ぶ。
似たような光景を何度も見て来た為、今度は何をする気だ? とアイシャは眉を顰める。
「!?」
そして、直ぐその並びの意味を理解したが、時は既に遅かった。
突然、黒い物体がアイシャを『古代獣』の方へ引っ張るのだった。
いや、黒い物体がアイシャを引っ張っていると言うより、黒い物体その物が引っ張られているのだ。
『古代獣』の前で横に一列に並んでいる『磁力石』達の磁力によって。