致命傷
縦横無尽に〝檻〟の中を飛び回っていた六つの光線達は『磁力石』たちの磁力に因る干渉によって、屈折角度を変更させられたと同時に方向転換も施され、これにより〝檻〟の中のある一点に集合するようにたった一人になったカレンを多方向から襲い掛かった。
九つから三つ減ったことによって、回避が幾らか楽になったとはいえ、今度の光線達は〝四人全員を倒す為に光線の数を分散させて、四人の内、一人に付き光線が二つ、三つ襲い掛って来た〟のではなく、一人を確実に倒す為に〝六つ全ての光線がその一人に集中して襲い掛かって来た〟のだ。
「(逃げられないっ!! こうなったら……)」
多方向から迫り来る光線の突進は何処へ逃げても人間が避け切れるスペースは殆ど無いに等しく、それを瞬時に理解したカレンは大剣の側面を前に翳し、何かを呼び出すように強く念じた。
「ENERGY・FIELD!!」
そう叫んだ直後、大剣から山吹色の光が漏れ出し、光はカレンを包み込むように球状の壁を作り、カレンはその光の壁もとい『ENERGY・FIELD』で身を守ろうとした。
やがて『ENERGY・FIELD』が出現してから程なくして、六つの光線達が『ENERGY・FIELD』に衝突する。
「(ぐっ! さ、さすがにキツイか!?)」
威力と大きさを最小眼に留めて、速度を飛躍的に伸ばしたスモール型『ステンジウム光線』は威力こそは通常版より遥かに劣るが、光線である以上、例え小さくともその破壊力は巨大な岩さえも糸も簡単に貫通するだろう。
それが一つだけなら、カレンの『ENERGY・FIELD』なら容易に防げることは出来たであろうが、六つ一遍となると防げるかどうかは難しいところである。
実際にカレンの『ENERGY・FIELD』は今、多方向から突っ込んで来た光線達にジリジリと光の壁を削っていき、あとほんの数cm削られれば、光線は壁を貫通し、中に居るカレンに直撃してしまう。
当のカレンはその現状を球状の中から目の当たりにすると大剣の反対側の側面に空いた片手を添え、眼を閉じて強く念じる。
「(頼む! 耐えてくれ!)」
カレンが自身の魔装器でもある大剣に対して投げ掛けるようにそう念じると、その念じに応えるように大剣から更に光が漏れ出し、山吹色の光がもっと濃くなり、それに伴って光の壁の厚さも更に厚くなった。
「(これで……もつか!?)」
壁の厚さが増強したことによって光の壁は今までのと比べてもっと頑丈になり、そして光線達が壁を削っていくと同時に光線達のサイズが次第に小さくなっていくのを見てカレンはあともう少しで光線は消えると察し、僅かに耐え切れると期待した。
だが………
「!」
小さくなっていく光線達が指と同じぐらいの大きさになったその時、光線達に限界が訪れ、〝四発の光線〟が消滅したと同時にカレンの身体から二本の光の線が飛び出した。
光の線が右腕と左腿からそれぞれ一本ずつ出て来たとカレンがそれに気付いた瞬間、身体が本人の意思とは別にガクッと傾き、両膝が地面に付いてそのまま頭を下げるようにうつ伏せに倒れる。
「!!………ッ!!!」
気付けばカレンの右腕と左腿には約3cmくらいの小さな風穴が出来ていた、風穴から真っ赤な血が大量に溢れ出し、遅れて尋常じゃない激痛がカレンを襲い、左手で右腕の風穴を押えて、声にならない声を出しながら悶え出すカレン。
そして悶えながらカレンは自分の身に何が起こったのか、即座に理解した。
六発の内、四発の光線は消滅したが運悪く残り二発の光線は消滅せず、サイズはかなりに小さくなったが『ENERGY・FIELD』を強引に貫通し、壁の内側に居るカレンの右腕と左腿を貫いたのだ。
ちなみにカレンの身体を貫いた二発の光線はそのまま一直線に進み続け、今度は内側から『ENERGY・FIELD』に衝突し、もう限界に近い光線達は壁を貫く余力は無いに等しい為、とうとう消滅してしまい、それと同時に『ENERGY・FIELD』も主人が体勢を崩した時に合わせて消滅した。
「「「カレンッ!!」」」
遠く離れたところに居る三人も二発の光線がカレンを貫き、その所為で倒れた瞬間を目撃し、偶然にも声を合わせて叫ぶ。
「あれじゃ、動けねぇぞ!」
「ミツルギ、早く!」
「分かっている!」
早急にカレンの元へ向かおうとしたミツルギだったが、足を一歩踏み出そうとしたその時、唐突に『古代獣』が雄叫びを上げた。
「ゴギャアァァァァァッ!!!」
まるで威嚇するように短めな叫びたったが、直後に『古代獣』は頭と尻の立ち位置を逆にしようとしたのか、身体を勢いよく半回転させようとした。
すると『古代獣』が完全に向きを逆にする途中、身体の最後部に在った小さな尻尾らしき物が、折り畳んでいた折り畳み式の棒を伸ばしたかのように急に伸び始め、長さ20m程・横幅5m以上の尻尾へと姿を変えた。
「「「!!」」」
当初はただ短い尻尾だと思っていた尻尾が突然、やたら長い尻尾へ変貌したことに驚く三人だったが、それ以上にその長い尻尾が宙を水平に駆けるデカイ柱のように自分達のところへ押し寄せて来ることが一番三人の意表を突いた。
どうやら『古代獣』が身体を半回転させようとしたのは、続いてカレンの救出を行なうとする自分の右斜め向かいに居る三人をまとめて始末しようという魂胆らしく、尻尾を最大限に伸ばし切り、更に身体を半回転させようとした勢いで長くなった尻尾を巨大な鞭のように扱い、三人を薙ぎ払うとするのだった。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
怒涛の勢いの如く水平移動で急接近してくる巨大な柱のような尻尾にロロはただ叫ぶ事しか出来ず、片やアイシャは何とか避けよう身体を動かそうとするが。
「(駄目だ! 避け切れな………)」
尻尾の伸縮が不意打ちだった為、眼では分かっていても身体が反応し切れず、状況を打開する策も思い浮かばず、アイシャも何も出来ずに尻尾が接近するのをただ黙って眺めることしか出来なかった。
しかし、三人の中でたった一人だけ、動ける者が居た。
「チッ!」
後方から押し寄せて来る『古代獣』の巨大な尻尾にミツルギは咄嗟に振り向くと同時にカレンの救出の為に使う筈だった『縮地法』でロロとアイシャよりも後ろへ一瞬で後退し、尻尾がこちらに接触する前に刀を逆手に持ち、続いて刀の刀身を伸ばして地面に杭を刺すように刀身を地面の中へ潜らせ、刀を地面に固定させると刀身の刃の無い部分に空いて右手を押さえ付けるように添えて、まるでミツルギは刀で来る物全て受け止めるような姿勢で、押し寄せる尻尾に対して待ち構える。
「ッ!!!」
即座に向かい打つ準備してから、間も無くミツルギの刀に『古代獣』の尻尾が激突し、ミツルギに莫大な押す力が掛り、刀と一緒に身体が大きく後ろへ後退りのように後進するが、両足を引きずられながらも両足に因るブレーキとミツルギの人並み以上の踏ん張りによって、尻尾はロロとアイシャの手前付近で停止した。
速度と大きさと重さから考えて、何百tクラスの破壊力を持っていたと思われるあの巨大な柱のような尻尾をたった一人で、受け止めたミツルギにロロとアイシャは眼を見開いて驚愕する。
そしてミツルギは刀で『古代獣』の尻尾を抑え付けながら、顔だけを振り向かせ、二人に身の安否を尋ねる。
「無事か? 二人とも?」
「う、うん。私達は大丈夫」
「また助けて貰った身でありながらも、こんなことを言うのもなんだけど………お前ってやっぱ化け物染みてるな」
振り向けば、健全な二人の姿と相変わらずのロロの減らず口にミツルギは安堵の表情を浮かべる。
だが、まだ安心するのは早かった。
「!」
突然、ミツルギの身体と刀が共に後ろへ僅かに後退し、それに伴って『古代獣』の尻尾が僅かに前進する。
どうやら尻尾の持ち主の『古代獣』が尻尾に更に力を入れ、己の尻尾の前進を遮っているミツルギを人間同士の押し合いみたい力尽くで刀ごと押し上げたらしい。
対してこれ以上先へは進ませまいと、ミツルギは脚と腕にもっと力を入れて踏ん張りを強化し、尻尾の前進を食い止める。
しかし、救出係のミツルギがアイシャとロロを守るためとはいえ、尻尾の前進を阻止する役目に回ってしまった為、カレンを救出に行かなくなってしまった。
それなのにミツルギは『これはチャンスだ!』と思い、刀の刀身を変化させる。
変化が起こった刀身は次の様に動いた、まず地面の中に潜っていた刀身の先端部分が、ミツルギから見て尻尾の向かい側に在る地面の方から飛魚のように飛び出し、そのまま飛び出した勢いで『古代獣』の尻尾にとても身体が長い大蛇のようにグルグルと巻き付いた。
「!」
首を左右に傾けても身体の最後尾に位置する尻尾は角度的に見えない為、『古代獣』は己の尻尾に何が巻き付いたかは分からなかったが、尻尾に何かが巻き付いているのは感触で分かっているので、とにかくそれを解こうと尻尾を元の長さに戻そうとした。
しかし、そうはさせまいとミツルギは全力を持って、刀の刀身で捕えた尻尾を動けないようにその場に抑え付ける。
「ゴギャアァァァァァァッ!!」
戻せないなら振り払おうと『古代獣』は尻尾に更に力を入れて、対してミツルギの方も眉間に力とシワを入れて、更に力を増した尻尾から掛る、とても強い力に耐えながらこう言った。
「ロロ! アイシャ! 君達の内、誰でも良い! 俺が尻尾を抑えている内にカレンを〝檻〟から連れ出してくれ!」
「わ、分かった! アイシャ、俺がカレンを連れ出しに行く! お前は『古代獣』がまた何かやらかすかもしれないから、見張っててくれ!」
「了解! なるべく早くね!」
「それなら任せろ! 脚の速さには自信があるぜ!」
自慢げにそう言い放ったロロは早速、カレンの元へ駆け走った。
さっきまで『磁力石』の〝檻〟の中を縦横無尽に飛び回り、誰も逃さない・入れさせないと言った感じの〝網〟としての役割も持っていた6発の光線達は全て消滅しているので、今の〝檻〟は何の危険も無く。
ミツルギが『縮地法』を使わなくても、誰でも安全に〝檻〟の中へ入れる状況だった。
しかも、『古代獣』は半回転の所為で、〝檻〟にほぼ背を向けている状態なので、『ステンジウム光線』を撃とうとして、どんなに首を傾けても角度的に無理があり、ミツルギが『古代獣』の尻尾を抑え付けている限り、カレンも含めて四人は『ステンジウム光線』の脅威に曝されることはない。
という訳で何事も無く、無事に『磁力石』の〝檻〟の中に潜り込んだロロはうつ伏せに倒れている血まみれのカレンを持ち上げるように両手で上半身だけを起き上がられる。
「カレン! しっかりしろ」
「ろ、ロロ………?」
弱々しい声がカレンの口から漏れる。
顔を覗いてみると表情はやや青ざめて、眼も何だが窶れたように曇っており、とても活き活きとした感じでは無かった。
これはおそらく二発の『ステンジウム光線』によって作られた二つの風穴から溢れ出る血が短時間で大量に出過ぎた為、軽い貧血状態のようなものになっているのだとロロは客観的に理解する。
そしてこのままだとカレンは失血死してしまうということも直ぐに理解した。
「(さっさとカレンを運んで、直ぐにこんな〝檻〟から出たいところだが、今すぐこの傷を何とかしないとカレンが死んじまう!)」
此処からカレンと一緒に逃げ出すよりも、カレンの怪我の治療の方が先だと決断したロロはうつ伏せになっているカレンの身体を仰向けし、両手を左腿の風穴の上に翳した。
その時、ロロとカレンを囲んでいた『磁力石』9個の内、5個『磁力石』たちが『古代獣』の干渉を受けて突然動き出し、その大きな外見から似合わず高スピードで宙を飛び、あっという間に『古代獣』の元へ去った。
「(戻って行った? 何の為に?)」
『古代獣』は何故『磁力石』を戻したのか、ロロは一瞬その理由を考えようとしたが、今はそれどころではないと思い直し、決断通りカレンの怪我の治療に移った。
「慈悲たる心に、天からの癒しを、今ここに汝に与えん」
ロロが呪文を唱え始めると、それに応えてロロの周囲に無数の白い光が溢れ出し、同時にロロの両手とカレンの左腿の間に白い魔法陣が出現する。
一方、『古代獣』のところへ戻って来た『磁力石』たちは『古代獣』の干渉により、一つ一つ主人に指定された場所に着いた。
一つは『古代獣』の直ぐ眼の前、それ以外の『磁力石』たちは一列に並ぶようにお互いに隙間を空けて、『古代獣』の右横に並んだ。
そして良く見てみるとその『磁力石』たちの列は、今は4個だけしかない『磁力石』の〝檻〟へと伸びており、まるでそれは何かの〝道〟を築くような配置だった。
「(あれは!)」
ロロに『古代獣』の見張り役を任されていたアイシャは、『磁力石』たちの配置の意味を直ぐに看破した。
「(『磁力石』たちの屈折を利用して、『ステンジウム光線』の軌道を調整し、〝檻〟の中へ居るカレン達に当てる気なんだ!)」
『磁力石』たちを戻させたのはこういう訳だと、看破したアイシャは珍しく舌打ちを鳴らした。
何故かと言うと、『古代獣』が『磁力石』たちを使って『ステンジウム光線』の軌道を変えて来たところは、今まで散々見て来た筈。
なのに『古代獣』が『磁力石』の力を利用して、光線の軌道を自由自在に調整すれば、場所や角度を選ばず、どんな所からでも攻撃が自分達に届くと容易に予測出来た筈なのに、それすら出来ず、角度的に『ステンジウム光線』は当たらないと今は安全だと迂闊にそう判断し、愚かにもさっきまで安心していた自分にアイシャは苛立ちと不甲斐無さを感じているのだ。
だが、今はその感情に浸っている暇は無いので、アイシャは一時の感情を抑えて、ロロとカレンを助けるべく、今出来る最善の策を取った。
「地上に降り立つ、異形の楔よ、今罪深き者に、天の裁きを与えん!!」
祈るようにアイシャが呪文を唱え始めると、アイシャの周囲から無数の黒い光の粒が溢れ出す。
それに合わせるように『磁力石』たちの力を利用して、光線の〝誘導路〟を確保した『古代獣』は早速攻撃に移ろうと口の中でエネルギーを蓄え始める。
開いた口の中から覗かせるエネルギーの規模から見て、どうやら最大級の『ステンジウム光線』を放つ気のようだ。
その頃、ロロは『力のマナ』の制御に集中している為、あともう少しで自分達の身に降り掛る危機には気付いておらず、気付かぬまま呪文を唱え終え、『力のマナ』を完全に制御すると仕上げに魔法名を唱える。
「ヒール!」
魔法名を唱えると白い魔法陣から眩い白い光が発し、その光は一瞬で消えると魔法陣も共に消えており、視界が良好に戻ると魔法を掛けられたカレンの左腿の風穴は塞がっていた。
しかし、塞がった穴の様子を見てもロロの顔は焦ったままだった。
「(駄目だ!! 傷が深すぎて傷を完全に治し切れねェ!)」
左腿の二つの穴は塞がりはしたが、穴を塞いだのは再生した人の肉ではなく、血の塊にような物が穴を塞いでおり、しかもまだそこから少量ではあるが、数本の血筋が垂れ流れており、とてもじゃないが治療したとは言えないものだった。
だが、この状況で贅沢は言ってられないと自分自身に言い聞かせたロロは次に右腕の治療に移ろうとした。
その時、『古代獣』の口から『ステンジウム光線』が放たれた。