瞬間移動
空中を浮遊し、且つビーム類や金属類の攻撃の軌道を捻じ曲げることができる、『古代獣』の身体に張り付いていた数十個の岩達の正体が『奇石類』の『磁力石』だと判明した途端、カレン・ロロ・アイシャ・ミツルギの四人の身体が足を使わずにしかも、本人達の意思とは関係なく、ひとりでに『古代獣』の方へ近付いて行くのだ。
いや、より正確に言えば四人の身体は〝引っ張られている〟のだ、ある身近な存在に。
「お、おおおおおおおおおおおぉ!??」
「ど、ど、どうなっているのこれ!? 〝武器が僕達を引っ張って〟……」
「これは『磁力石』の磁力で、俺達の武器を吸引しているんだ!」
「『古代獣』はきっと、私達が持っている武器の殆どが金属類だと断定し、全ての『磁力石』の磁力を利用して、私達を自分の近くに来させようとしているんだよ!」
「そ、そうか! そういうことなのか!! くそ、身体が止まれねぇ!!」
ということなのだ。
今『古代獣』の周りを囲んでいる全ての『磁力石』から眼に見えない磁力の波が発生しているのだ。
そしてアイシャとミツルギ言った通り、四人は『古代獣』が操る全ての『磁力石』の磁力に因って、自分達の手に持っている武器が引っ張られ、そこを経由するような形で武器ごと身体が引っ張られている状況で、武器を手放さないと必死になっているという状況でもある。
これが足を使わずに移動している原因という訳だ。
その『磁力石』に吸引されている武器を順に言うと、カレンは魔装器『ゼオラル』を、ミツルギは魔装器『ブレイヴ』を、アイシャは『ロケット・ランチャー』を、ロロは腰に掛けている鞄の中から弓の矢やその他の金属類モロモロといったそれぞれの手持ち武器が無情にも主人を『古代獣』の近くへ誘っているのだ。
しかも、『磁力石』の吸引力は凄まじく、四人がどんなに踏ん張っても武器の進行には抗えず、それどころか自分達の身体の進行も止められない程だった。
「ち、ちきしょ……なんて力だ!」
「無理もないかな、『磁力石』全ての磁力を使ったこの吸引に抗うのには人の力だけじゃ、無謀にも等しい!」
「そのようだ。だが今のこの状態………まるで〝綱引き〟だな!」
「……〝綱引き〟って?」
「〝綱引き〟というのは、古くからミサキ大陸だけに伝わる古代の競技のことで………」
「おい馬鹿お前ら! この非常事態に何呑気に話してるんだ!?」
「呑気に話してはおらん! 悠長に話しているだけだ!」
「一緒じゃボケェ!!」
「ロロは聞かなくて良いの?」
「どうでもいいわ!! そんな話より、今この状況を打開する方法を…………っ!??」
話が脱線している二人に、現状を何とかする策を考えるよう催促しようとしたロロの言葉が不意に身体と一緒に固まったのだ。
そして同時に他の三人も同様に身体が固まったのだ
何故なら四人の眼に『古代獣』が口の中で『ステンジウム光線』のエネルギーを溜め込んでいるのが見えたからだ。
「みんな! 今すぐ武器を捨てて、此処から離れて!!」
男子三人はアイシャの声に瞬時に反応して、四人は磁力に吸引されている手持ちの武器・鞄を迷う事なく手放した。
主人と言うブレーキが無くなったことで、主人の元から離れた四つの装備品達は竜巻の中心へ吸い込まれるように物凄い勢いで『古代獣』の傍に居る『磁力石』達の元へ向かい。
翼が生えたかのように飛んで行った金属類である装備品はあっという間に『磁力石』と激突し、同時に高い金属音が空間内に鳴り響き、力尽くで壁に無理矢理押し付けられるみたいにそれぞれの装備品達は悉く別々の『磁力石』に貼り付けとなった。
そんな自分達の装備品達の様子など眼もくれず、四人は振り返って『古代獣』から離れる為、『ステンジウム光線』から逃れる為、一目散に前へ駆け走る。
とその時、『ステンジウム光線』のエネルギーのチャージを完了した『古代獣』は自分に背を向けて逃げている四人のその背中に向かって、薙ぎ払うように首を右から振って水平に光線を放った。
「「「「!!!」」」」
四人のすぐ後ろで凄まじい爆音が鳴り響いた。
光線はギリギリ四人には当たらなかったが、四人がさっき居た場所から今逃げ走っていた四人の数cm後ろの辺りの地面が爆音と共に抉られており。
あと少し逃げるのが遅かったら、四人の身体は既にこの世には無かったであろう。
しかし、光線は回避したものの、光線が地面を抉った際に生じた衝撃波に因って四人の身体は、背中に強烈なタックルを喰らったかのように吹っ飛んだ。
だが四人の背中を突き飛ばした衝撃波が強すぎた為か、四人は吹っ飛んだ勢いでそのまま奥の壁の近くまで飛んで行き。
そして地面に着く時に四人はそれぞれ個性溢れる或いは独特な前転を行ない、着地した際の衝撃を大幅に減少させ、怪我無く壁の前に辿り着いた。
着地に成功したと同時に四人はなんとか無事に相手との距離をこれまで以上に開き、更に脅威の『ステンジウム光線』からも逃れる事が出来た。
やがて四人はすぐさま回れ右を行ない、『古代獣』がまた何か仕掛けて来ないかを見極める為に眼を凝らして見張ながら、会話を開始する。
「痛てててててて………背骨が折れるかと思った」
「衝撃波は避けきれなかったけど、そのお陰で此処まで後押してくれるとはね」
「不幸中の幸いという奴だな」
「でも……どうしようこの後」
そこでカレンは戸惑いと焦りが混じったような顔で『古代獣』の傍で浮遊して並んでいる『磁力石』達に視線を傾けて、小さな声で呟く。
助かったのは良いのだが、カレンは正直喜べなかったのだ。何故なら自分も含めて今四人は重大な問題を抱えてしまったから。
「武器、取られちゃったよ………」
「そうだった! 俺の鞄!!」
それは知っての通り、『磁力石』達の磁力の力で四人の装備品達が『磁力石』達の元へ吸い寄せられ、『磁力石』の身体の一部になったかのように張り付いてしまったことだ。
当然今の四人は手には頼りの武器を持っていない。ということはつまり、四人は武器を奪い取られたと同時に戦う手段も奪われたということになる。
「グォォォォォォ………」
「あっ!!」
更に悪い事に『古代獣』は四人の装備品達が張り付いている『磁力石』達だけを囲みの列から外し、自身の最後尾辺りに移動させた。
この行為は明らかに四人から装備品を取り返させない為の意図的な処置だと推測できる。
「だぁぁぁぁぁ!! 俺の鞄がっ!!!」
「あれじゃ取りに行くのは結構難しそうだね」
完全に没収されたような形で遠くへ引き離されてしまった装備達を眺めながら、ロロとカレンは奪い返すのはかなり困難だと容易に断定できた。
その様子を見てアイシャは申し訳なさそうな表情で皆に話を掛ける。
「みんなごめん。攻撃が逃れる為とはいえ、結果的にみんなの武器を奪われる羽目になってしまって……」
「いや、アイシャは悪くないよ」
「その通りだ。君の判断は間違っていない、あの時、君の掛け声が無ければ俺達は今頃、あの地面のように身体が消滅していただろう」
「そうだよ。今こうして僕達が無事で居られるのはアイシャのお陰なんだから」
「うむ、あまり気に悩む事は無い」
「……二人共ありがとう。そう言って貰えると助かるよ」
緊急事態とはいえ、自分の行動が結果的に皆の武器を奪われたしまったことに責任を感じるアイシャにカレンとミツルギは特に打ち合わせもせず、お互いにフォローを掛け合い、アイシャの心の内の責任感を和らげる。
そして二人の優しい気遣いフォローが効いた様で、気持ちが少し和らいだアイシャは小さな笑みを浮かべて二人に感謝する。
と、そこでロロは『しまった! フォローするのを出遅れた!』と三人の横で気付くのであったが、時は既に遅し。
『俺もフォローとかしてみたかった』と心の中で悔みながらもロロは水を差すように自分達の装備品達の話に戻させる。
「だが、どうすんだ? 俺の殆どの武器はあの鞄の中に在るし、カレンもミツルギも武器は魔装器しか無いんだろ?」
「うん、僕の武器は魔装器以外何も持っていないよ」
「俺もだ。弓矢の矢も爆弾も全部あの鞄の中に入っているから、今の俺が使える武器と言えば、魔法ぐらいしかねぇ」
「やっぱり、あそこまで行って取り戻すしか………」
「それは駄目。武器を持っていないまま、古代獣に近付くのは危険過ぎるよ。自殺行為に等しい」
「かと言ってこのまま武器無しで戦える訳がない………この状況ミサキ大陸のことわざっていう言語で例えると『前歩無難』っていうんだっけ?」
「それを言うなら『前歩多難』だよ」
武器が無いこの状況で今はどうすべきか、頭を抱えて悩む三人を除いて、ミツルギが余裕綽々といった感じでこう呟く。
「なぁに、問題ないさ」
「えっ? もしかしてミツルギ、他に武器持っているの?」
「いや、武器は魔装器以外に持ち合わせていない」
「じゃあ、何で無問題なんだよ? まさか………お前、あそこまで行って直接取り戻す気か!?」
「危険だよミツルギ!」
「ふっ、そんな面倒な事をする必要はない」
鼻で軽く笑ったと同時にミツルギは『磁力石』に張り付いている自身の魔装器に向かって、手の差し伸べるように手を翳した。
すると次の瞬間、『磁力石』に張り付いていた筈の魔装器『ブレイヴ』が光と共に消え去り、同時にミツルギの左手に消えて無くなった『ブレイヴ』が光と共に現れた。
持ち主のミツルギは手をただ翳していただけ、他には一切何もしていないというのに魔装器自身がひとりでにしかも、かなり離れた距離から一瞬で主人の手元に戻って来た事に『古代獣』も含めてその場に居た全員が驚いた。
「み、ミツルギ一体どうやって?」
「お前、い、今のまさか………手品か? お前マジシャンだったのか!?」
「手品は、嗜み程度ぐらいはできるが、生憎今の手品では無い」
そこでアイシャは自身が知り得る、魔装器に関しての知識の中であることを思い出す。
「思い出した! それは魔装器の基本能力の一つ『瞬間移動』!」
「その通り。『瞬間移動』は『アブソード』型の魔装器特有の基本能力の一つで、その能力は今さっき見た通り、魔装器が離れた場所からでもどんな状態であっても一瞬で持ち主の元へ戻って来ることだ!」
話を簡単にまとめると魔装器には幾つも種類が在る様で、その中でミツルギの魔装器『ブレイヴ』は『アブソード』型という種類に分類される物らしい。
そしてどうやらミツルギは『アブソード』型の魔装器だけにしか持っていない『瞬間移動』という能力を使用して、強力な磁力で『磁力石』に張り付いた『ブレイヴ』を自分の手元に戻させたという訳だ。
簡単に説明し終えるとミツルギは心の友兼同じ魔装器使いであるカレンに自身と同じ方法で魔装器を取り戻させることよう促す。
「さぁカレン! 君も『瞬間移動』を使って『ゼオラル』を取り戻すんだ!」
「で、でも、僕………やり方が分からないんだけど………」
「難しいことではない、魔装器が自身の手元に戻って来るよう念じる。ただそれだけさ」
「……戻って来るよう念じる……」
言われた通りにカレンはミツルギと同様、『磁力石』に張り付いている魔装器『ゼオラル』に向かって手を差し伸べるように右手を翳し、こちらに戻って来るよう念じる。
するとその念じに応えるように『ゼオラル』が光と共に姿を消し、同時に光と共にカレンの右手に消えた筈の『ゼオラル』が現れた。
見るのは二度目だが、出現があまりにも突然過ぎるので『古代獣』も含めて周囲は驚きの反応を見せ、そして実行してみたカレン自身も驚く。
「さてと………」
ミツルギはカレンに武器が戻ったことを視認すると前準備の深呼吸のように呟く。
その時、『ブレイヴ』の灰色の鞘に複数の切れ目が浮かび上がり、『核』である『ソード』の両眼から赤い光が発光する。
呟いた時に念じたのか、ミツルギは『ソード』の剣が生えた尻尾を後方に倒して、『ガジェッター』の中へ押し込む。
『PURGE・ON!』
切れ目が浮かび上がっていた鞘が声と共に四方八方に外れ飛び、力を抑える為の鞘が外れたことによって魔装器『ブレイヴ』は『SAFETY・MODE』から『DETROIT・MODE』へ姿を変える。
『コード・ブレイヴ』
魔装器自身が自身の名前を述べると『ブレイヴ』は外見的に鋭さの欠片も無い長刀から刀身の中心に灰色の線が刃先から根元まで伸びている銀色の刃を纏った長刀へと変貌した。
「縮地」
そう言った直後、ミツルギはフッと消え去り、そして魔装器の『瞬間移動』と負けず劣らずいつの間にか『古代獣』を囲んで守っている一つの『磁力石』の上に昇り上がって居た。
「「「「!!!!」」」」
『古代獣』も含めて全員がミツルギの居場所が判明した瞬間、ミツルギが立っている『磁力石』の近くの『磁力石』たちが何の前触れもなく突然、切れ味抜群の包丁で細かく切断された果物のようにバラバラになった。
この仕業は間違いなくミツルギであろう。
一瞬で5個の『磁力石』を解体したミツルギは刀を『古代獣』に突き立て、挑発するようにこう語り掛ける。
「反撃とシャレ込もうじゃないか、『古代獣』!」
気高い剣士のようにミツルギは反撃の狼煙を挙げた。