迷宮の奥へ
そして、穴に落ちてからカレン達は瞬く間に100mも突き進み。
空中に居るから当然減速など行えず、吸い込まれるように自由落下で穴の奥へ自分達の意思とは関係なく進んでしまうカレン達は落下の最中、穴の到着点、つまり底を発見する。
「「「「(深い!)」」」」
現在、自分達が落ちている穴の深さに四人は同じ事を思った。
四人が落ちたところから穴の底との距離は800m以上も離れており、このまま落下して地面に叩きつけられれば、確実に命はなかった。
「カレン、掴まれ!」
「!」
この危機にミツルギから手を差し伸べられ、カレンは即座にミツルギの手を掴む。
「連れの二人もだ!」
更にミツルギはロロとアイシャにも呼び掛けるが四人の位置を左から順番に言うと、ロロ・アイシャ・カレン・ミツルギとなっており、しかも四人の高度も姿勢もバラバラなので、二人の距離からではミツルギにはどうしても届かなかった。
「アイシャ!」
「!」
だがミツルギの代わりにカレンが手を差し伸べ、アイシャはカレンの手を掴む。
「ロロ!」
「!?」
そして、最後に残ったロロは一人だけ頭が下に傾いていたのでアイシャは仕方なく、手の代わりに足首を掴み取った。
「しっかり、掴まってろ!」
全員が繋がった状態なった事を確認したミツルギは剣を壁の方に差し向け、剣の刀身を伸ばして壁に深く突き刺した。
「「「!」」」
壁に刀身を固定すると次にミツルギは刀身の長さを元通りしようと刀身を短縮させ、それに伴って四人の身体は刀身が刺さった壁の方に引っ張られ、ミツルギ以外の三人は振り落とされないよう腕に力を入れた。
「ッ!」
四人が壁の隣に到着し、ミツルギは剣の刀身を元に戻すと今度は壁に突き刺したままの剣をブレーキ代わりにして、落下の速度を急激に減速させた。
一方、メンバーの中で唯一女性であるアイシャは女の腕力だけでロロの全体重を片手一本で支えるのはさすがに厳しいらしく、腕に痛みが走って苦痛の声を漏らす。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
剣で壁を切り裂きながらブレーキを掛けつつ落下の速度を減速させているとはいえ、四人は穴の底へみるみると落ちて行き、最後尾且つ唯一頭が下になっているロロは地面にどんどん近付く光景にどうしても叫ばずにはいられなかった。
「…………!」
そして、ブレーキのお陰で落下の速度は最初の時と比べて大分に弱まり、遂にミツルギの剣は四人の落下を止めさせた。
ちなみに落下の最中、最後尾に居たロロは地面まであと鼻先数十cmのところで死を予感したが、その瞬間に落下がピタリと止まり、血の気が引いたロロは眼を見開いて息を呑んだ。
「ふぃ~~助かっ……ぶほっ!!」
「あっ……ごめんロロ」
四人全員が地面すれすれで止まり、九死に一生を得た気分になったロロは安堵の息を吐いて安心するが、ロロを支えていたアイシャの腕が限界に到達し、アイシャはもう耐えきれず足を放してしまいロロは結局、顔面から地面に激突した。
「カレン、もう放していいよ」
「うん、ミツルギも」
「ああ」
とにかく地面に叩きつけられて命を落とさずに済んだカレン達はとりあえず地面に足を着けようと壁を蹴って、お互いに手を放してもらい、真下に居るロロを避けて三人は地面に着地した。
「いてて……手を放すって言ってから手を放してくれよ、アイシャ……」
直後にロロもムクっと起き上がり、おでこを強く痛めたのか、アイシャに一言文句を言いながら手の平でおでこを覆い隠していた。
「……ごめんね。次は気を付けるよ」
「ロロ……顔が曲がっているよ」
顔面から地面に激突した際に生じたのか、顔が曲がっているとカレンはロロに指摘する
「へっ、こんなの俺様の手に掛れば、ちょちょいのちょいで………ふんっ!」
言われなくても分かったようで、ロロは自身の顔に手を掛けてグキッと首の骨を鳴らし、強引に顔を元の向きに直した。
「おっ、治った!」
「俺様に不可能な事など無いのだ」
「器用だね……」
「…………」
ロロの器用な芸当に和む三人を余所にミツルギは一人だけ、天上もとい自分達が落ちて来た穴の中を見上げていた。
「随分、高い所から落ちてしまったな」
「ん? ああ、そうだな」
不意にミツルギに言われて、三人も誘われるように上を見上げる。
「あそこが……僕達が居た所だったんだよね?」
「此処から見るとホント高いなぁ! ……てゆーか、あの高さから落ちて良く生きていたよな俺らって」
「確かに」
「ふむ……さて、元の場所に戻るか!」
「「「え?」」」
あんな高い所から落ちて来たんだと信じ難く思っていた三人にミツルギは遥か高みに在る、自分達が元居た広い空間の中へ戻ろうと簡単そうにさらっと提案した。
「いやいや無理だって! 何か特別な道具が無い限り無理だって!」
「そんな物は必要ない。俺にはこれが在ると言ったろう?」
穴の底から穴の口まで約800m以上の距離が在るにも関わらず、元居た場所へ戻ろうと提案するミツルギにロロは反対するが、特別な道具の代わりにミツルギは自身の細長い剣の形をした魔装器を見せ付けた。
「その魔装器で、一体どうやって?」
「こうするのさ!」
カレンにそう尋ねられ、ミツルギは剣を上へ振り翳すと剣の刀身がまた伸び始め、穴の口へぐんぐんと伸びて行き、やがて刀身は800mの穴の中を抜け、四人がさっきまで居た広い空間の天上に突き刺さる。
「おお!」
「あの距離までも届くのかよ!」
「で、この後どうするつまりなの?」
「簡単さ。俺の魔装器を〝リフト〟代わりにして、あそこへ戻るのさ!」
どうやらミツルギは穴の中に落ちた自分達四人の落下を止めた時の方法を応用した方法で、元居た場所へ戻るつまりらしい。
「さぁ皆、さっきと同じように手を繋いで………?」
「「「?」」」
もう一度皆で手を繋ごうとミツルギが手を差し伸べて、指示を出そうとしたその時、上空から塵状の岩の欠片がパラパラと降って来て、四人は上空を見上げた。
「「「「!!」」」」
四人が上を見上げて穴の口の辺りが視界に入った瞬間、突如岩の壁がひび割れの音と共に崩れ始め、崩れた壁の中から大きな壁の断片の一つが穴の中を伝って、カレン達が居る穴の底へ落下した。
「く、崩れた!?」
「皆、壁側の方に!!」
「急げ!」
「どぇえええええええ!!?」
崩れ落ちた壁の断片は穴の底の中央に落ちて来ると予測したアイシャは全員へ壁側に寄れと指示を出し、カレンとロロはその指示を疑う余地もなく素直に従い、二人は全速力で一番乗りに壁に張り付いた。
一方ミツルギは天上に刺さっている剣の刀身を素早く引っこ抜き、そして瞬時に短縮させ、元の長さに戻し、自身も急いでアイシャと共に一歩遅れて壁に張り付いた。
「!」
壁を背にして張り付いた瞬間、アイシャは何かに気付いた。
「「「「!!」」」」
そして間も無く、壁の断片が穴の底の中央に深くめり込み。底へ落ちた時に生じた粉塵と衝撃波に四人は眼を見開く。
「おいおい! まだ降って来るみたいだぞ!!」
「このまま此処に居たら、押し潰されちゃうよ!」
「何処かに抜け道は無いか!?」
上を再び窺ったら壁の崩壊はまだ続くようで、このまま穴の底に居続けたらそう経たない内に岩の下敷きになる事は目に見えており、男子三人は抜け道が無いかどうか必死に辺りを捜索するが、そのような物は都合良く一切見当たらなかった。
しかし、男子三人が抜け道を探しているのを余所にアイシャは自身の後ろの壁を何故か強く殴り、その壁を殴って生じた音を聞いて、ある事を確信した。
「カレン、この壁を壊して!」
「えぇ!? どうして!?」
「この壁の先も空洞になっているんだ!」
危機的状況の中で説明も無く、注文を突然言い付けられて、困惑するカレンにアイシャは他の二人にも聞こえるように声を大きくして、手短に説明した。
どうやら壁を殴ったのは空洞が本当に在るかどうか確かめるものだったらしい。
「なんだって!?」
「本当か!?」
「お、おし! 早くやれカレン!」
「う、うん」
そうと分かればロロは早く実行するよう仰ぎ、カレンは二人に押されて言う通りに壁を破壊しようと大剣に瞬時に練り込んだ『力のマナ』を流し込み、大剣に移った『マナ』をコントロールして、大きく上空へ振り被った。
「剛魔!!」
標的の壁からアイシャが退いたのを確認するとカレンは直ぐに大剣を垂直に振り下ろし、刀身内に在った『力のマナ』は巨大な風の塊へと姿を変えて放たれ、岩の壁を粉砕した。
「皆、急いで!」
壁の一端が風の塊によって粉々に打ち砕かれ、その粉砕の際に生じた粉塵が引くとその先にはアイシャの言う通り空洞になっており、四人は一目散に空洞の中へ逃げ込んだ。
そして、四人が空洞の中へ逃げ込むとひびの入った壁全体が一斉に崩壊を始め、無数の壁の断片が零れ落ち、瞬く間に穴の中は岩によって埋め尽くされた。
「間一髪だったな!」
「アイシャが空洞に気付いてなかったら、今頃俺達は岩の下敷きになってたな!」
「運が良かっただけだよ」
「だとしても本当に助かったよ………でも、元の場所へ戻る道を塞がれちゃったね」
あと数秒遅ければ天から降り注いだ岩の雨に飲み込まれることになっていたが、土壇場で気付いたアイシャの空洞発見のお陰で岩の餌食に成らずに済んだが、代わりに四人は元居た空間への戻る道を閉ざされしまった。
「……この空洞も奥に続いているみたいだな」
空洞の中を観察すると今まで通って来た通路と同じぐらい狭く、同時に洞窟の奥にも続いているようだとミツルギは推定した。
「どうする?」
「進むしか道はないよ、こんな所に居たって出られるわけじゃない」
「出口を見つけよう、皆で!」
この洞窟から出られるにはお互いの協力が必要不可欠だと結論付いたカレンは三人に協力を求めた。
「当たり前だ! こんな所で俺様の生涯を終わらせてたまるか!」
「今の状況を考えたら間違いなくそれが最善の策だろうからね。もちろん私も協力するよ……地下水道の時みたいに皆で力を合わせて出口を見つけよう」
「……ていうか、思い出してみたら俺達三人は、王都『リア・カンス』に着くまでは協力関係である話だったじゃないか? こんな確認あんまり必要なかったな」
「そんな事もないよ。彼の意見も一応確認しないと、えっと……ミツルギさん」
遠回しに自分一人では無理だと何故か豪く強気だが、どちらにせよロロは協力する気満々のようで、一方アイシャも協力する事が最善の方法だと考え、二人は快くお互いに協力することを選ぶ。
するとアイシャは気を遣ってミツルギの意思も聞こうとしたが、相手が伝説の英雄の末裔であるからまるで偉い人に話し掛けるように低姿勢で尋ねた。
「そう恐縮しないでくれ! 見た所、俺達四人の齢はそうは離れてはいないだろう? だったら遠慮なく〝ミツルギ〟と呼んでくれ。 それとお二人のお名前をそろそろ聞かせてはくれないか?」
「お、おお! 俺はロロ・グライヴィー!」
「私はアイシャ・フレイク」
「ふむ、ロロ・グライヴィー。それにアイシャ・フレイクか………ん?」
やっとミツルギに名前を教え合った二人だったが、ミツルギが二人の名前を聞いた途端、考え込むように考えるポーズを取る。
「フレイク………もしかして君は『フレイク傭兵団』の一員か?」
「知ってるの?」
「俺達の業界でも有名だからな『フレイク傭兵団』は! それに君の所の団長は『ルーレイコーポレーション』のお得意様で有るからな」
話の内容から察するにミツルギはアイシャが就いている傭兵団の事を知っているようだ。
「そういえば風の噂で聞いた事がある。『フレイク傭兵団』にはまだ年端もいかないが腕の立つ、凄腕の少女が居ると………それが君だったか!」
「どうだろう? 自分ではまだまだだけど」
傭兵団だけではなく、アイシャ個人の噂についても知っていたミツルギにアイシャは自身の噂を肯定はせず、まだ未熟だと自己評価する。
「アイシャの事を知っているの、ミツルギ?」
「噂程度だがな」
「……積もる話なら『白霧山脈』から出た後にしようぜ。それよりも本当にみ、み、ミツルギって呼び捨てで良いんだよな?」
「別に強要はしないが、俺が『ルーレイ』家と『神楽』家の人間だからといって畏まることはしないでくれたまえ。齢の近い者からには身分抜きで親しくなりたい」
「わ、分かった。そうゆうことなら遠慮なく………ミツルギ、お前は此処から出るのに協力するのか? しないのか?」
呼び捨てにしても大丈夫なのか再確認したロロはこの洞窟及び『白霧山脈』から脱け出す事に協力してくれるかどうか尋ねるとミツルギは小さく微笑んだ。
「ふっ……愚問だな! 我が友カレンが助けを求めているのに俺がその助けを拒む理由が何処にあるというのだ?」
「ということは協力してくれるんだね、ミツルギ?」
「初めからそのつもりだ」
最初から答えは決まっていたらしく、ミツルギも『白霧山脈』からの脱出を全面的に協力してくれるようだ
「それじゃあこれで全員一致団結ってことだが……この後どうする? 元居た場所に戻るにしても塞がれちまったし、だからと言ってこのまま奥に進んでも外へ出られる保証なんて有りはしないしなぁ」
「ふむ、此処にも酸素が在るということは少なからずこの空洞も外に繋がっている事は確かのようだか、それを見つけるのは至難の業だな」
「アイシャ、どうしよう?」
「……策が無い訳でもないよ」
利害の一致と友の手助けという理由で団結した四人だったが、肝心なこの後の行動について悩んでいるとアイシャがズボンのポケットからマッチの箱を取り出した。
「それはマッチ?」
「あ……成る程! 地下水道の時みたいにマッチで風の流れている場所を探すんだな!」
「地下水道?」
「うん、これを使えば少なくとも出口を見つけられる筈……」
今回もまた良案を閃いたアイシャは早速、マッチに火を付ける。
「「「!」」」
マッチに火がついた途端、ロロの以外の三人が目にゴミが入ったかのように突然両目を閉じて、マッチから顔を背けた。
「あ~~~。『暗通薬』を服用している奴の眼にはマッチの火の光でも眩しすぎるか?」
服用した者の瞳内の光を増幅させて視野を明るくさせる『暗通薬』の効力の所為で、カレン・アイシャ・ミツルギの三人はマッチの火の光が通常の何倍も眩しいと感じたんだとロロは察した。
「お前らじゃあキツイだろう? マッチは俺が持ってやるからよ」
「……任せる」
地下水道の時と同様の方法で、マッチを持って出口を見つける役目を自分から乗り出したロロはアイシャからマッチとマッチの箱を受け取る。
「よし、出発進行だ!」
唯一『暗通薬』を服用しなくても暗闇の中で眼が利くロロが先頭になり、四人は出口を探す為に先の見えない空洞の奥へと足を踏み入れて行った。