夢の世界で
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山脈全体を襲った、大きな地震。
その地震によって引き起こされ、地割れに巻き込まれたカレン、ロロ、アイシャの三人一行は、立って居た地面が崩落してしまい。
崩れ落ちた地面に深くて暗い大きな穴が出来上がり、三人はその穴の中へ、重力に従って落下し、暗黒の世界へ飲み込まれて行った。
そして一行が穴の中へ落ちてから数十分の時が経とうとしていた。
「……何時まで、寝ているつもりだ?」
「!」
耳元か頭の中か、どちらか分からないが、聞き覚えのある声を聞こえ。
仰向けで倒れているカレンは、ハッと眼を覚ます。
「ここは……?」
上半身だけを起き上がらせ、自分の周りが視界に入るとカレンは眼を疑った。
何故なら視界にはとてもこの世の物とは思えない程の不可解な景色が自分の周りに広がっていたからだった。
そこには奥が何処まで続いているか分からない程の広い空間と雲のような闇がカレンの足元から、空間全体に埋まっており、そして空というより天上には海のような光が空間全体を覆い尽くしていた。
「ロロ! アイシャ!」
立ち上がってカレンは何故、自分がこんな所に居るのかは置いといて、まずは姿が見当たらないロロとアイシャが、此処に居るかどうか確かめるべく。
大声で名前を呼んで辺りを見渡すが返事は一切無く、見晴らしの良いこの不可思議な空間で自分以外は誰も見つける事は無かった。
「此処には、あの男と女は居ない……此処にはお前と私しか居ない」
「……その声は!」
目覚める前に聞こえた聞き覚えの在る声が何処からか聞こえ、カレンはもう一度、辺りを見渡すと、自分の眼の前で空間が歪み始め、その歪みの中から光と闇が融合したような、謎の球体が現れた。
「君…は…?」
「こうして〝面と向かい合って〟会うのは初めてだな。……魔装器『ゼオラル』に選ばれし人間よ」
摩訶不思議な空間に続いて、今度は空間の歪みから現れた摩訶不思議な謎の球体に戸惑うカレンを気にせず、謎の球体は淡々とカレンに問い掛けた。
「ゼオ……ラル? 何それ?」
何処かで聴いた事が在るような言葉だが、生憎カレンは思い出せなかったので聞き返した。
「お前の魔装器の名前に決まっているだろう? 魔装器にはそれぞれに名前が付けられている。……知らないのか?」
外見的にはとても人間に見えない相手が、喋っている事についてカレンは不思議と気色悪そうな様子は無く、謎の球体が言う『ゼオラル』が何なのか、分からずに首を傾げると、謎の球体は、カレンの持っている魔装器の名前だと語る。
「魔装器が『PURGE・ON』を行ない、『DETROIT・MODE』になった瞬間にお前の魔装器が『コード・ゼオラル』と言っているだろう? どの魔装器もそうだが、『コード』の後に付いて来る言葉が魔装器自身の名前を示しているのだ……まさか、この事も知らないのか?」
頼んでもいないのに会ったばかりなのに魔装器の名前の事を親切に教えた謎の球体は再度、今の知識の事について知っているのかをカレンに尋ねた。
「う、うん、そうなるね……」
「……まぁいい。それよりお前、名前は?」
人間の形をしていないので表情が読めない謎の球体だったが、無知なカレンに多少呆れたのか、声が若干緩む。
一方カレンは謎の球体のお陰で、魔装器にはそれぞれ名前があり、『コード』の後に付いて来る言葉がその魔装器の名前であるから、自身の魔装器の名前は『ゼオラル』だと知る。
そして、次に何処か冷めた態度になったような謎の球体は、カレンの名前を尋ねた。
「僕の名前は、カレン! カレンって言うんだ!」
「カレン? ……変わった名前だな?」
「そう……なのかな?」
ロロに名前を紹介した時は、『女っぽい名前』だと評され、今度はこの謎の球体に『変』だと言われて、カレンは自身の名前が本当に自分の名前なのか、ほんの少し疑った。
「本当に今の名は、お前の名前なのか?」
「えっ?」
歯切れの悪い事を見抜かれたのか、謎の球体は『カレン』と言う名前は本当の名なのか、深く追求し出し、カレンは再び戸惑った。
「分からない……このブレスレットに刻まれた名前を見て、強くそう思ったから、本当の所、この名前が本当に自分の名前なのか、正直よく分かっていないんだ」
「自分の名前が分からない? お前……もしや……」
左腕に付いているブレスレットを眺めながら、正直に自分の名前の事を話すカレンに謎の球体は考えられるある一つの事情を察する。
「お前は、記憶喪失か?」
「……うん。僕は自分についての事や常識、地名、知り合いやあらゆる事さえも全然思い出せないんだ。 これっぽっちも」
記憶喪失の事を初めて見抜かれたカレンは素直にそれを認め、見抜いてくれた謎の球体にあらゆる記憶を無くしたと打ち明ける。
「そうか……しかし、記憶喪失とはな」
「? どうしたの?」
「ふっ、いや」
「?」
事情を理解した謎の球体にカレンは気のせいかその時、表情が分からない謎の球体が笑みを浮かべたように見えた。
「もしかして、君は僕の事を知っているの?」
「知っている訳が無いだろう。私とお前は〝今日初めて会ったばかり〟なのだからな」
「……やっぱり、そうか」
相手の様子を見て、可能性は低いがもしかしたら眼の前の謎の球体は、自分の事を知っているではと思ったカレンは、一応聞いてみようと尋ねるが、やはりお互い初対面らしく、謎の球体の返答にカレンの淡い期待は脆くもへし折れた。
「所で、君の一体誰?」
「ん? 私か?」
この理解不能な空間に来てから相手に質問ばかりさせられているので、こっちも質問しようとカレンは、とりあえず謎の球体に何者なのか尋ねた。
「そうだな、私の名は……『レクサス』だ」
「『レクサス』か、で君は……魔物なの?」
「断じて違う! 今、訳有って私は本当の姿を見せる事は出来ない。お前が見ている今の私の姿は私の魂を具現化した姿だ」
「魂を具現化?」
謎の球体は自身の名は『レクサス』と答え、まず、第一に謎の球体の名を知ったカレンは次に失礼極まりない質問を振ってしまい、どうやらカレンは会った時から相手が魔物なのではと疑っていた様であった。
謎の球体はそれをキッパリと否定し、事情が在って、本来の姿を見せる事が出来ないようであり、今の姿は自身の魂を具現化した姿だと述べる。
「よく分からないけど、とにかく君は魔物じゃないんだよね?」
「ああ、人間でもないがな」
「え……?」
魂の具現化という難しい説明を聞いてカレンは、少し話に付いて行けなくなり、謎の球体もといレクサスの正体が魔物かどうかという要点だけでも確認すると、レクサスは魔物ではなかったが、人間でも無い事にカレンは困惑した。
「魔物でも人間でも無いって事は、もしかして君は『虫』なの!?」
「……意外と失礼な奴だな、お前は」
「あ、いや、その……ご、ごめんなさい」
魂を具現化した姿と言うが、生物とは思えない外見と本人は人間でも魔物ですら無いという証言にカレンは、レクサスの正体は『虫』と考え着いたが、やはり不正解だったようで、レクサスの声に若干、怒りが混じっている事を察したカレンは素直に謝った。
「と、ところで『水底の洞窟』に居た時と『レイチィム』に居た時、僕に魔装器の事を色々、教えてくれたのは君……いや、レクサスなんだよね?」
「如何にも」
会って間も無い癖に、レクサスの素性について深く追求しては、いけないと悟ったカレンは次に『水底の洞窟』の時から、自身に色々な助言を与えてくれた声の主はレクサスじゃないのかと尋ねると、彼は潔く肯定した。
「やっぱり! 此処で会った時から聞き覚えの有る声だと思ったんだ! ……でも、何で君は、見ず知らずの僕なんかを助けてくれたの?」
今、此処で直接会うまで、何故顔も知らない相手でもある自分を戦いでピンチなった時に二度も状況を打開する為のアドバイスをくれた事についてカレンは理由を聞き求めた。
「お前には、死んで貰っては困る。 ただそれだけだ」
「………」
ただ『死んで貰っては困る』という理由だけを述べて、それ以上は何も喋らず。
しかも、言いたい事を言った後に『これ以上は何も言わない』と語り掛けているような、眼に見えないオーラみたいな物を滲み出し、見ず知らずの他人にでも十分、それを伝わらせるレクサスの凛然とした態度にカレンは深く突っ込む事が出来なかった。
「えっと……じゃ、じゃあ、レクサス! 此処は一体何処なの?」
理由を深く追求するのは止めようと珍しく空気を読んだカレンは話を変えようと思い。
今、自分達が居るこの別世界のような空間は一体何なのかを問い掛けた。
「此処は、お前の精神と私の精神を繋ぐ空間の中だ」
「? ?? そ、それは……どうゆう意味なのかな?」
「簡単に言えば、此処はお前と私の夢の中の世界だ」
「夢の中の世界?」
一言では言い表せないこの現実離れしている、目の前に漠然と広がる世界が『夢』だと聞いてカレン、少し黙って、頭の中で言葉の意味を冷静に考え、やがて。
シンプルな答え導き出した。
「夢の中って事は、今の僕は寝ているって事?」
確かに現実離れしていて、夢だと言われても差ほど不思議とは思わないが、だがカレンは此処で眼を覚ました時から、夢とは思えない程の現実感溢れる肌の感触を感じており。
心の中では此処は現実世界か或いは夢なのか、区別が着かないと思いつつ、誰でも分かる単純な答えを返す。
「そうだ。 正確に言えば、お前は気絶したのだがな」
「気絶した?」
寝ているのでは無く、気絶していると返されてカレンはこの時、何故自分は気絶したのか。見当が思い浮かばなかった。
「あの時の事も忘れてしまったのか? お前達は山道を突き進んでいる途中、大地震に襲われて、その影響で足場が崩れ去り、全員山脈の中へ落ちて行っただろう?」
「……!! そ、そうだった!!」
つい先程の記憶までも喪失したのか、疑って声質に呆れの色が混じるもレクサスは、
調子を乱さず崩さず、カレン達が山道を歩いている途中、三人の身に襲い掛かった、
突然の出来事の経緯を代わりに説明し、その話を聞いてカレンは長い様で短い沈黙の後、ハッと眼を見開いて、思い出す。
「ロロ!! アイシャ!!」
「無駄だ。此処はお前と私の夢の中の世界だ、あの二人が此処に居る訳が無い」
二人の事も思い出したカレンは、上空に浮かぶ光の海と地面に埋まっている闇の雲が限りなく続いている空間の中で、二人の名前を呼び叫ぶ。
……が、レクサスが最初に説明した通り、カレンが今居る場所はカレンとレクサス、この二人の夢の中であって、すなわち此処にはこの二人以外誰も居ないのであり、夢の中に居るカレンの呼び声は当然、ロロとアイシャは届かず。
虚しくも呼び声は限りなく続いている空間の奥へ、消えて行った。
「ロロ、アイシャ……無事かな?」
「あの二人なら無事だ。お前と同じく気絶しているが、特に大した怪我はしていない」
「えっ? それ本当!?」
ロロとアイシャの無事を祈るカレンに二人は無事だと良く報を伝えるレクサス。
「嘘は言わない。だが、あの二人はお前が居る空間から少し離れた別の空間に居る様だ」
「別の空間? どうゆう事?」
二人の無事を知ったが、同時に二人が自分が居る空間とは別の空間に居ると知ったカレンはレクサスの説明に混乱する。
「お前に私の名前を教えた時に分かった事だが……お前達が落ちた山脈の中は偶然にも洞窟となっており、お前は洞窟の中のある空間に落ちり、それとは別にあの二人は別の空間に落ちて行ったんだ」
揺れ動く光と闇が合体したような球体が外見のレクサスの話に因ると。
実はこの『白霧山脈』の中は洞窟になっていて、カレンはその洞窟の中のある空間に落っこち、ロロとアイシャはカレンとは別の空間に落っこちたそうだ。
「地割れが起こる前、あの時、お前はあの二人から少し離れた所に居ただろう? それが災いとなって、お前達はそれぞれ異なる空間へ別々に別れてしまった訳だ」
「そんな……」
二人と離ればなれになってしまったという事実はカレンの頭に重く圧し掛かった。
「他にも悪い知らせが在る。この山脈の中の洞窟はとても広い! 自然で出来たか、魔物達が作ったどうかは分からないが、出口を見つけるのは困難を極めるぞ。おまけに此処の洞窟の魔物は『水底の洞窟』の魔物より強い魔物がウヨウヨ居る! 気を付けるのだな」
「う、うん、分かった……あれ?」
嫌な親切とも捉えられる。悪い報告を知らせてくれるレクサスにカレンは戸惑いながらも了承した時、ここである事の矛盾に気が付く。
「レクサス」
「ん?」
浮遊しながらユラユラと左右に動いていた球体のレクサスは、呼ばれて動きを止める。
「君は何で、『白霧山脈』の洞窟の事やアイシャとロロの居場所が分かるの? 君は僕と同じ〝寝ている〟んだよね?」
カレンが気付いた矛盾。それはレクサスの話が本当なら今、自分達は夢の中で、何故自分と同じ〝寝ている〟相手が、一体どうやったら洞窟の存在や二人の居場所が分かるのだと、カレンはこの矛盾を指摘する。
「何を言うのかと思えば、そんな事『五大属性』の一つ〝気〟属性の〝極意〟を極めれば、場所の把握や人物の位置など容易に分かる」
突き付けられた矛盾を物ともせず、しなやかに『五大属性』の内の一つ〝気〟属性を極めれば、朝飯前だとレクサスはさらっと答える。
「それに私はお前と違って〝寝ている〟訳じゃない、今の私はある〝特殊な環境〟に居る。そこに居る所為で私は〝直接〟誰かに会う事や話すさえ出来ない! だから私がお前と話しするには、以前のように念力交信をするか、現在ようにお前の夢の中へ介入するしか、方法が無いのだ」
「〝特殊な……環境〟? 君は一体……一体何処に居るの?」
こちらとの会話方法よりも、レクサスが現在、留まっている〝特殊な環境〟が気になったカレンは彼の居場所を聞き出そうとした。
「私の居場所か? ふむ…難しいな。口で説明するのは……だが、例えて言うなら私から見てもお前から見ても、私は限りなく近いと共に果てしなく遠い場所に居る……と言ったところか?」
「???」
例えなのに常人ましてや記憶喪失のカレンに理解し難い例えを述べられてカレンは、レクサスに対しての謎を更に深めてしまう。
すると直後に空間全体が突然、眩しくなった。
「!」
「む、時間か……」
前触れもなく現れた眼に鋭く刺さる様な眩しさにカレンは目蓋を半開できる程度に堪えるが、一方でレクサスは外見上通り、眼が無い為か、けろっとしていた。
そして、どうやら彼はこの夢の世界で、今起こっている現象について知っているようだ。
「カレン! 私とお前と話せる時間はもう残り僅かしか無い! だから最後に、これだけはよく耳に入れておけ!」
「えぇっ!? な、何っ!?」
時間が過ぎて行くにつれ、空間全体の眩しさは更に強くなり。
同時にレクサスの声が遠くなり。
カレンは手で眼を覆い隠して、眩い光を防ぎながらも聞き返した。
「〝絶対に死ぬな〟!! 私とお前が―――」
「―――!!」
耳に『絶対に死ぬな』という言葉が辛うじて聞こえた瞬間、眩い光が空間全体を完全に包み込み。光によって、レクサスの言葉は途中で掻き消され、カレンとソルランスは空間と一緒に光に飲み込まれ、そのまま光の中へ、姿を消して行った。