大佐と中尉
中尉が入ってきた事で大佐は一旦咳払いをして、怒鳴った所為で少しいきり立った気分を早急に鎮め、平常心を取り戻す。
「ああ、現地に向かった懲罰部隊がこの警報の原因の発端である目標達を取り逃がしてしまったところまでな」
より険しくなっていた顔を少し和らげて、大佐は先程の伝達兵士と同じぐらい若い中尉に自分が知った報告の内容を噛み砕いて話す。
「でしたらつい先程、現在都市内をまだ逃げている目標を追っている懲罰部隊からの追加報告を三つ程入手しました」
「ほう……伝達班により早く情報を掴むとは、さすがに手が早いな、中尉」
「恐れ入ります」
さすがと言った大佐は、中尉の能力が優秀であると認めているようで、そう言われた中尉は柔らかそうな物腰で恐縮の言葉で褒め言葉を受け取る。
「で、その追加報告と言うのは?」
「ハイ、我が軍の第23兵器保管倉庫から最新鋭の『バトル・マシーン』を強奪した集団が最近この大陸で噂になっているあの盗賊団である事が判明しました」
「盗賊か……やはりな」
今回一件『バトル・マシーン』を強奪したのが盗賊である事を読んでいたのか、大佐は溜息交じりに呟く。
「今年の初めからこの大陸に突如一角を盛大に露わして、次第に勢力を拡大しつつある盗賊団ですからね……黒い噂も絶えないと聞きます」
「奴等が『バトル・マシーン』を強奪したというのは何も不思議な事じゃない、実際に大・中・小問わず各大陸上基地が被害を受けていると度々耳に入るくらいだからな」
腕を組んで盗賊団についての対処を淡々と話そうと大佐は、自分の意見を中尉に述べる。
「盗賊団の本拠地はもう分かっているのに、上層部は奴等のアジトに対しての鎮圧作戦の実行に対して、何故か許可を下ろそうとしない、一体何を躊躇しているのだ、上は?」
「盗賊団というのは例え壊滅状態に追い遣られてもそれぞれがバラバラになって逃げて、何処かでまた新たなアジトを作って、悪行を再開する懲りない連中ですからね……上層部は相手にしてもキリが無いと考えてらっしゃるのでは無いでしょうか?」
同じ軍人が目の前に居るのに不満げに頭の堅い上層部の盗賊団の対処に対して愚痴を漏らす大佐に、中尉は窘めるように自分の意見を述べる。
「ああゆう輩は、野放しにしてはロクな事が無い!」
「……おっしゃる通りです」
無法者の対処に甘い上層部に対して嘆かわしそうに呟く大佐に、慎ましく中尉は同意する。
「あと大佐、懲罰部隊の追加報告で盗賊団と戦闘を繰り広げた三人組についても情報が届きました」
キリの良い所で、二つ目の追加報告の内容に移ろうとする中尉。
「『バトル・マシーン』をたった三人で倒した例の三人組か?」
「ハイ、懲罰部隊の目撃情報によれば、三人組は少年少女だと言う事です」
「少年少女…? 子供か? 確かなのか?」
これもまた予想外だったようで大佐は『バトル・マシーン』に乗った盗賊団を倒したのは、年端もいかない少年少女だと言う事に耳を疑う。
「ハイ」
「特徴は?」
「一人は背の丈より大きい大剣を持ったカーキ色の髪の少年に銃とナイフを持った銀髪の少女と最後は弓矢を持ったグリーンライト色の髪の三世の獣人の少年だそうです」
この情報に大佐の眉がピクっと反応したかのように小さく動いた。
「…それは間違いないのか?」
「ハイ、間違いないとの事です」
「……」
すると大佐は黙り込み、顎の下に手を当てて考え込むような仕草を見せた。
「大佐?」
中尉は急に黙り込んだ大佐を不自然と思い、声を掛ける。
「ん……あっ、いや、気にしないでくれ中尉。話を続けてくれ」
自身の不自然と思われる行為によって、中尉に気を遣わせた悟った大佐は、話を再開されるように促す。
「……では、続いて最後の追加報告について二つ程の内容を報告します」
気にしないでくれと言う大佐の言葉には裏腹に今さっき見せた大佐の考え込む素振りが心の何処かで引っ掛かる中尉であったが、それについて指摘しようとせず、指示通りに三つ目の追加報告に移る。
「部隊を分けて盗賊団の方を追い掛けていた懲罰部隊の報告によれば、連中を見つけて追い掛けていた途中、突如連中全員の姿が忽然と見えなくなり、見えなくなった辺り周辺を隈なく探してみたところ、複数のマンホールの蓋が開いていたそうです」
「マンホールか…恐らく盗賊団の連中はバラバラに人数を分けて、マンホールを伝って地下水道に逃げ込んだに違いないな」
「その可能性は限りなく高いと思われます」
最後の追加報告の一つ目の内容は逃げた盗賊達を追い掛けている懲罰部隊からの追跡情報だった。
「それだけじゃない、地下水道に逃げ込んだと言う事は奴等はこの都市の迷路のような地下水道の通路構造を完璧把握しているかもしれん」
「となると地下水道は『レイチィム』を自由に行き来する為の出入り口にしされている可能性も高いですね」
冷静に状況報告を把握し、盗賊達がマンホールを使って、地下水道に逃げ込んだと的確に推理し、同時にこの『レイチィム』の地下水道が盗賊団の勝手の良い出入り口になっているかもしれないとより深く推測する大佐に中尉も同意見のように可能性を指摘する。
「そうなると、今後の事態の為に地下水道の警備システムを実地し、厳重に警備しなければならないな……」
「私もその提案に賛同します」
以後このような事態にならないように、盗賊団のような無法者達が地下水道を悪用させない為に地下水道にも警備の手を回そうと考案する大佐。
「最後になりますが、もう一つ内容は部隊を分けて盗賊団とは別のもう片方の目標を追い掛けていた懲罰部隊の報告です」
「少年少女の三人組の方か……彼らの方は捕まえたのか?」
二つ目の内容はカレン達の追跡情報のようで、気のせいかもしれないが大佐はどうやら盗賊達よりカレン達の方が気掛かりのように見える。
「いえ、懲罰部隊の報告によると三人組を目撃した一般市民の目撃情報に従って、人気の少ない路地に向かったところ、その路地には少年少女達の姿はなかったそうです」
「ほかの場所も隅々まで探したのか?」
「ハイ、都市内を隅々まで探したのですが、見つからなかったそうです」
「では、もうこの都市の外に……」
盗賊達とは違い、カレン達は比較的に人数が少ない為、三手に別れれば人目に付くのが少なくなる上に身も隠せ安いし、その気になれば実力行使で都市の門を見張っている警備兵を倒して、外部に出られると大佐は危惧するが。
「その可能性は低いと思われます」
中尉は大佐が危惧した可能性を断ち切るように割り込む。
「どういう意味だ、中尉?」
推測で生まれた大佐の不安を取り除くように中尉は話の続きを語る。
「懲罰部隊の一人が路地の行き止まりの手前に在ったマンホールの蓋にオレンジ色のスライム状の物体が張り付いていたのを発見したそうです」
「オレンジ色の……スライム?」
中尉が言うオレンジ色のスライムに反応する大佐。
「そのスライムは鼻が曲がると思える程の異臭を放ち、しかもそれには驚異的な接着力があり、部隊の兵士が5人掛かりで蓋を取ろうとしても取れなかったそうです」
「…それで、そのスライムがどうかしたのか中尉?」
話が少し読めない大佐は中尉が説明の中で出したスライムに何の意味があるのかを尋ねる。
「実は私が独自に入手した情報によると、そのスライムの同一物と思われる物が盗賊団と三人組が戦っていた宿屋の片隅に在ったようなのです」
「なんだと?」
カレン達が向かったと思われる人気の少ない路地の行き止まりの手前に在る、マンホールの蓋に張り付いているスライムの同一物と思われる物が盗賊達とカレン達が戦っていた宿屋の片隅に在るという情報を中尉は大佐に説明した。
「私が推測するにもし、このスライムが三人組の少年少女の内の誰かが使った物だとして、これを使って、自分達を追って来る懲罰部隊が追って来させないようにマンホールの蓋に貼り付けた。つまり……」
「彼らも地下水道に逃げ込んだという可能性が有る。そう言いたいのだな中尉?」
話の流れからにして、中尉の説明の意図を理解した大佐は結論を言い当てる。
「ハイ、彼らが人目の少ない路地に逃げ込んで、盗賊団と同じくマンホールを伝って地下水道に入り込めば、姿が見当たらない訳や追手を来させない為にマンホールの蓋に細工をしたと考えれば、辻褄が合います」
「成る程……そういう事ならば、その可能性は十分に有るな」
入手した情報を的確に解析して、懲罰部隊から届いた追加報告と照らし合わせ、推理したところある一つの可能性を導き出した中尉に感心した大佐は、その可能性は十分あると考え、再び顔が険しくなる。
「ふむ、三人組の方は例え彼らが通った思われるマンホールが使えても、他のマンホールを使ったとしても今となっては追い付く可能性は低いな」
現在カレン達が逃げ出してかなりの時間が経っており、今頃になって地下水道に懲罰部隊を向かわせて追い掛けさせてもその頃カレン達は外に出て、追い付けなくなっていると判断した大佐は、その場に最善の策を思い付く。
「だが彼らが盗賊団と何の関係が有るのかは分からんが、この都市の秩序を乱す者は誰であろうと、どんな理由があろうと許す訳にも逃す訳にもいかない……中尉!」
「ハッ!」
呼ばれて中尉は、すかさず大佐に向かって流れるような敬礼を行い、キリっと声で返事をした。
「君は司令室に向かい、制御管理兵に『TYPE・TYRANT』を2体起動させ、それぞれを地下水道に逃げ込んだと思われる盗賊団と少年少女の三人組を捜索させるように向かわせ、見つけ次第確保するように指示しろと伝えて来てくれたまえ!」
中尉に指示を出す大佐の姿は何処にでも居る平凡な上司とは違い、猛々しく誇り高い戦士に見えるような威厳さが体の周りに漂っているように思えた。
「それと私もすぐそちらに向かうとな!」
「ハッ! 了解しました大佐殿! 失礼しました」
命令を了承した中尉は颯爽と指示通りに司令室に向かって部屋から出て、大佐の居るオフィスを後にし、大佐は中尉が司令室に向かったことを見送って、部屋の奥に在る外の風景が見える大きな窓の前に立った。
「……」
窓から見える都市の風景を無言で眺めながら、大佐は中尉が報告したカレン達の特徴を思い浮かべた。
「ふっ…まさかな」
言うまでも無く部屋の中には大佐以外は誰も居ない、今大佐が呟いたこの小さな独り言は誰にも聴かれる事はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、外に出る為に地下水道を歩き続けているカレン達は、外に繋がっている道を探す方法である。マッチの火が示す風の吹く方向に従って、相変わらず姿が変わらない殺風景で錆び臭い通路を右左に曲がっては真っ直ぐに進んでいた。
「ねぇ、ロロ」
「ん? どうしたんだ、また?」
横一列に並んで歩いているカレン達は左から順番に言うとロロ・アイシャ・カレンという並びになっており、カレンはアイシャの隣に居るロロに話し掛け、ロロもカレンがまた質問の問い掛けに自分を選んだと心の片隅で予想しながら返事をする。
「僕らが今歩いているこの地下水道の中をずっと照らしていて、水の底にところどころに在るあの白い光を放っている丸い物はもしかして全部、浄化石なの?」
案の定またカレンの分からない事に対して質問であり、カレンの質問の内容はカレンが指を指している方向に在った。
「お前さ…そんな事を今更言うのか?」
カレンが指を指した方向にあるのはカレン達が今歩いている通路ともう片方通路の間を流れている水路の底にところどころ在る、白い光を放ちこの地下水道を照らしている丸い物体について今更尋ねて来たカレンにロロは懲り無く呆れる。
「いや~~~~~此処(地下水道)に入った時から、気になっていたんだけど、言うタイミングを逃しちゃって……」
「まぁ、確かにこれは浄化石だけどさ」
「あっ! やっぱりそうなんだ!」
自分の読みが当たって嬉しいのか顔に笑みを浮かべるカレンと、やれやれと言いたげに首を横に小さく振るうロロ。
「で、それがどうかしたのか?」
「だって、『水底の洞窟』で見た物をこんな所でもまた見られるなんて思ってもみなかったから、凄く意外なんだ」
「という事は、この『レイチィム』の水の水源は運河の水脈だって事も知らないねぇな。さては?」
「え……そうなの?」
「やっぱり、知らないのかよ」
質問の答えから次は説明といういつもの流れになってしまい、ロロはいつの間にかパターン化してしまったこのやりとりに心の中で溜息を零しながら、カレンに説明を開始する。
「『水底の洞窟』で言ったと思うが、あそこの上を流れている運河の水脈はあらゆる所に繋がっている事は覚えているよな?」
「うん、覚えてる」
「その水脈の一つがこの『レイチィム』の地下を通っていて、それを飲み水に使っている事だ!」
「じゃあ、この水は運河の水脈の水って事?」
「これは違うよ」
再び水路に指を指して、水路の水が運河の水脈の水なのかを聴いたカレンにロロとカレンの間に位置するアイシャが突然話に加わって、ロロの代わりに答える。
「違うって、これは運河の水脈の水じゃないの、アイシャ?」
前触れも無く話に加わって来たアイシャにカレンは意外そうにも、驚きもせず、カレンはアイシャが言った違う訳を尋ねる。
「今私達が歩いているこの地下水道の水路の水は海から来ている水なんだよ」
「海から?」
海という予想外な規模のデカイ言葉が出て来てカレンは、どういう事なのか、イマイチ理解できていないようだった。
「ああ、そうだった……説明が足りなかったな」
どうやらロロの説明には足りない部分があったらしく、それに気付いたロロは今度ちゃんと分かるようにカレンに説明を再開する。
「いいかカレン、この『レイチィム』には二つの水の水源が在る! 一つはこの都市から西に位置する運河から流れる水脈の水。もう一つは東南に向かった所に在る海から流れる水。この二つがそれぞれの地下水道を伝って、都市の飲み水や排気水、後は補給物資用の水として利用されているんだ」
「……じゃあ、今僕達の目の前に在るこの水は海から流れて来た水って事?」
水路に体を向けて、水の中を覗き込むように水面を眺めながら問い掛けるカレン。
「その通りだ」
「そっかぁ、二つも水が流れているんだ……」
ロロの追加説明によりイマイチ良く分からなかった疑問が解けて、カレンは頭の中のモヤが少し晴れたが、それも束の間、また新たな疑問が浮かび上がる。
「あれ? でも何で二つも在るの?」
無知から来る絶える事の無い興味心なのか、カレンは何故この『レイチィム』に二つも水の収入源が在るのかを尋ねる。
「それはもし二つの水源の内、どれかが何かのトラブルがあって、水が流れなくなった場合、もう片方の水源で補うように保険という形でこの軍用都市『レイチィム』には二つの水源が存在するんだよ」
「一つの手段に頼っているとそこに何か問題が起こって水が補給できなくなったら大変だからな。万が一を考えて作られた設計なんだ」
「備えあれば憂いなしって言うしね」
「まぁ、理由はそれどけじゃないんだけな」
アイシャの説明もあって、より具体的に『レイチィム』の地下水道の構造が分かったカレンは説明を元に頭の中を整理する。
「成る程……そう言う事なんだ」
二つの水源が存在する理由が判明してカレンは、この都市の水が二つの水源によって支えられていて、その二つの内どれか一つが壊れて使えなくなっても、壊れた方が直るまでもう一つの方で水を補給していると大体の事は理解した。
「……って事は、今歩いている地下水道は海に続いている地下水道なんだよね?」
海から流れている水の地下水道ならこの地下水道は海に続いていると考えなくても分かる事だが、今カレンはその事にようやく気付いた。
「そう、そしてもう一方は今私達が居る地下水道の反対方向に在る、西側の地下水道は運河の水脈に続いている地下水道と言う事になるんだよ」
「つまり俺達は今、東南側の地下水道の中に居て、海に向かって歩いているって事にもなるんだ」
要約するに西側の地下水道なら運河の水脈に続いており、東南側の地下水道なら海に続いていると知ったカレンは、『レイチィム』周辺の地理が分かった気がした。
「あれ? でも確か……運河の水脈って地下に伸びているんだよね? じゃあ海の水も地下から流れているの?」
素朴な疑問だか地下水道だけにあって、海の水も地下から来ているのではないかとカレンは即座に浮かび上がった疑問を口に出す。
「いや、東南側の地下水道は西側の地下水道のように地下に在る水脈を繋げて作った訳じゃなくて、陸の上に流れる海の川を地下に誘導するように掘って作った地下水道なんだ」
ロロが言うに海に続いている東南側の地下水道は大陸上に流れている海の川を地下に流し込んで、その川の水を使って地下水道を作ったとカレンに教える。
「で、その海の川の水が地下に流れ込む入口こそが風の入り込んでいる入口であり、そこが私達の目指している出口なんだよ」
説明に付け加えるように続いてアイシャが、自分達が今探している風の入り込んでいる場所こそが自分達が目指している出口である事を伝える。
「ふぅん……だから、こんな地下にも風が吹いているんだ」
地下水道に風が吹いている理由が分かったカレンは、アイシャの手が持っているマッチの火に視線を移す。
「あっ、二人とも見て! マッチの火がさっきより大きく傾いているよ!」
カレンの声に釣られてロロとアイシャは一斉にマッチの火に視線を向ける。
「おっ! ホントだ!」
「という事は、外に近付いて来ているって事だね」
マッチの火が大きく傾いているという事は風が強くなったという訳であり、つまり風の吹く発生源である外に近付いているという事になる。
「じゃあ、僕達はちゃんと出口に近付いているんだ!」
風の通りが弱い所が風の入り込んでいる出口から遠い事を示す訳であって、逆に風の通りが強い所が出口から近い事を示す訳だから、カレンは自分達が出口に近付いているのだと目を輝かせながら確信を感じる。
「だったら、この調子でさっさと出口まで行こうぜ!」
「そうしよう」
外に続く出口を求めてカレン達はより一層マッチの火が示す風が吹く方向を注意して見極めながら足の速度を速め、マッチの火に従って地下水道の奥を更に進もうとした。