全身全霊全力全開の空振り
外は昼を過ぎてもう数時間が経ち、日も少し落ちて来た頃、カレンとロロは長くて暗い『水底の洞窟』をようやく脱け出した。
「うわっーーーー! やっと出られたーーーー!!」
久しぶりに見るかのように外の風景と日差しに懐かしさを感じるロロ。
「うん! 外の空気がおいしい!」
深呼吸をして外の空気を楽しむように吸いながら賛同するカレン…………だが。
「………ロロ、なんだが外が凄く眩しく見えるんだけど」
「それってまだ薬の効果が続いているんじゃないか?」
出て早々、外の風景がとても眩しいと訴えるカレンに考えられる原因は『暗通薬』の効力がまだ切れていないのではとロロは速攻で推理した。
「『暗通薬』は夜間用の薬で今は昼間だから眩しくのは仕方ないって! でもそろそろ……」
「あっ……戻った」
瞳内の光を増幅させて視野を明るくさせる『暗通薬』を飲んだ状態なら昼間の外の光は眼にとっては当然、明るく過ぎる程なのだがロロの言うとおり、カレンが飲んだ薬は限界時間を迎えたようで矢の如く眼に突き刺さる外の光が痛みが引くように段々と気にならなくなっていき、そして眼は元の調子に戻った。
「はぁ~~~~~…しんどかったなぁ……!!」
「本当………そうだね」
カレンの眼が元通りになったのを機に口から零れる疲労の溜息と本音とは裏腹に、此処に来るまで数々の障害に出くわした『水底の洞窟』の出口を振り返って見て、此処まで来た事にカレンとロロは何処か達成感のようなものを感じていた。
「だがしかし、此処まで来たら『レイチィム』までもう少しだ!」
「確か軍用都市『レイチィム』って言うんだよね? 何処に在るの?」
「ああ、あそこに見えるのが『レイチィム』だ!」
指差す方にカレンは目を向けると、少し遠いが丘の下を通り超えた先に木に覆われた山々の間に囲まれた細長い建物のような物が幾つもそこに立っていた。
「あのビルが見える所が、この大陸一番の軍事力を持つ軍用都市『レイチィム』だ!」
「ビル?」
説明の中で大陸一番という言葉より、先にビルという単語に反応するカレン。
「まさか……ビルも知らないのか?」
「うん」
記録喪失である事を知らないロロはカレンの常識知らずに頭を悩ませる。
「ビルって言うのは、あのデッカイ縦長の建物の事だよ」
幾つも在るビルという細長い建物をそれぞれに指を指してカレンに教えるロロ。
「あれ全部が?」
「そうだよ、あそこは軍の活動範囲を広める為と補給や増援、兵器の研究や開発を効率よく行う為に作られた都市なんだ」
「軍?」
「………軍って言うのは、国や市民を守る為に作られた組織の事だよ」
呆れながらもカレンに分かるように説明するロロにカレンはある疑問が浮かび上がり、その疑問を口に出す。
「そういえばロロは、これからどうするの?」
「ああ? どうするって?」
急に話題を変えて来たカレンはロロにこの後どうするのかを尋ねた。
「だって、もう『水底の洞窟』を抜けられたんだから、もう僕と一緒に居る必要は無いでしょ?」
「あ………ああ、そうだな」
思い出したかロロは、当初の洞窟を脱け出す目的を果たした事に対して、この後どうするのかを考え込むように頭を低くする。
「『カム―シャ』へ渡る為の大橋が直るまで『レイチィム』で待っていようかな?」
考えた結果、ロロは大橋が直るまで『レイチィム』に滞在する事に至った。
「じゃあ、『レイチィム』までは一緒だね?」
「まぁあ、そうなるな」
元々カレンは湖で会った少女にペンダントを届ける為に彼女が軍用都市『レイチィム』に向かったというので同じく『レイチィム』に用が出来たロロとは洞窟内と同じ、目的地まで同行するという形になった。
「それじゃあ、早速、行こうかカレン?」
「うん!」
二人は『レイチィム』に向かうために前の方にある丘の下に降りる為、木や茂みが生えていて下り坂になっている所に足を進めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二人が歩いている道は昔『水底の洞窟』を通っていた人達が使っていた道なのか、雑草等が生えているがけもの道みたいに先が木や茂みに邪魔されないよう、ちゃんと進めるようになっていた。
「しっかし、あの馬鹿デカイ魔物に勝っちまうなんてなぁ~~~~」
「? どうしたの急に?」
不意に呟きだしたロロにカレンは呟きの内容に首を傾ける。
「だってよ……絶対に勝てる訳が無いと思っていたあの化け物に倒しちゃったんだぜ!」
「でも最後は逃げてったよ?」
「まぁ、そうだけどよ」
話の腰を折られそうになったロロは自然に話を戻そうとする。
「完全に倒すまでは行かなかったが、最後にあの魔物を捻じ伏せちまうなんて…………お前って本当に見掛けに寄らず、すごいんだな!」
普段からいつも緊張感の無いような顔している割には、『水底の洞窟』で遭遇したあの巨大な魔物を撃退したカレンの強さには驚きはしたが同時に尊敬に近い物をロロは感じていた。
「僕だけの力じゃない、ロロのお陰でもあるよ……でも最後はこれが姿を変えてくれたお陰で、あの魔物を追い払う事が出来たんだと思う」
自分の背負っている大剣の姿をしている魔装器に視線を移すカレン。
この大剣があの巨大な魔物戦で今のように鋭い刃に成ってくれたお陰で、魔物を撃退出来たのはその場に居たロロでも納得するものだった。
「魔装器か……いいなぁ! 俺様もそんな武器がほしいぜ!」
羨ましそうにカレンの魔装器もとい大剣に見詰めるロロ。
「あっ……そういえば………」
何かを思い出したようにロロは視線をカレンに戻す。
「お前どうして、あの時にあの無駄にデカイ盗賊を助けたんだ?」
「えっ……?」
突然、話題を変えたロロはカレンに『水底の洞窟』で待ち伏せしていた盗賊の一人の大男があの巨大な魔物に襲われそうになった所を何故助けたのかを尋ねて来た。
「放って置けばいいのに、あそこまでして助けるか? こっちがあの魔物に殺られるかもしれなかったんだぜ?」
「………」
この言い分にカレンはその時の自分の心情を振り返ってみると。
「どうしてだろ…? あのラジリカって言う人が襲われそうな所を見た瞬間、体が勝手に動いたんだ…」
ラジリカと言うのはロロが言った、大男の盗賊の事である。
「体の奥底で、助けろ! って……そう言う声が聞こえて、そしたらそのラジリカって言う人も倒れている盗賊の人達も助けなきゃ! って……良く分からないけど」
今思い返して見たカレンは、自分でも何で助けたかは分からないようで少し困った顔をする。
「う~~~~ん…つまり…その…………」
「要するにあれか? 困った人を見て、放っては置けなかったって事か?」
助け舟を出すようにカレンに助言を加えるロロ。
「多分……それだと思う……」
答えに困っていたカレンはロロの助言の御かげで答えの糸口を見つけ、ロロは予想が的中したかのように溜息を吐く。
「わざわざペンダントを届けるために此処まで来るわ、仮にも命を狙いに来た盗賊の命を助けるとは、とんだお人好しだな………お前は」
「そうかな?」
「ああ…それも、『ド』が付く程のな……」
苦笑いをするロロに自分はそんなにお人好しかと思うカレンは足を止めずに二人は歩き続けた。そして二人がそうこう話している内に、下り坂をいつの間にか下り終え、丘の下まで辿り着いていた。
「下り終えたから、このまま真っ直ぐ行ったら『レイチィム』にたどり着くと思うぞ」
下り終えた先には、今でも人が使っているような道が続いており、ロロはその道を指してカレンに真っ直ぐ行けば目的地に着けると伝える。
「あと少しだ……さっさと行くぞ!」
「ねぇ、ロロ?」
最後の道のりだと気を高くして進もうとしたロロにカレンが呼び掛ける。
「あ? どうした?」
「君が帰らなかったら、イミナちゃん心配するんじゃないかな?」
確かに『カム―シャ』と『レイチィム』を行き来する橋が直るまで、『レイチィム』に滞在していたら、事情を知らないイミナが帰らない兄であるロロの事を心配するのではないかとカレンはそう思い浮かんで、ロロに聞いてみると。
「大丈夫! 俺、一週間も家に帰らない事も有るからな! たった数日くらいどってことねぇ!!」
何故か自慢げに鼻の下を人差し指で擦りながら事情を話すロロ。それを聞いたカレンは。
「一週間も何をしてたの?」
「……知りたいか?」
「うん……知りたい」
少し興味が浮んだカレンは焦らすように勿体付けるロロに更に興味が湧く。
「実はな……」
「実は……?」
「この大陸の海の支配者、巨大大タコと戦っていたのだ!!」
「………」
その時、時間が止まったような音が響いた。
「小さな島を飲み込む程のとてつもなくデカイそのタコは、人々が怯え逃げる程の強さと凶暴さを持ち、誰もがその巨大なタコに手が負えなかった」
「………」
「しか~~~~し! 人々に助けを求める声に応えるように、このバンチョ―・ロロが現れ、巨大大タコと真正面から決戦を挑み、そして激闘の末、一週間という期間を掛けてやっと倒す事が出来たのだ!!」
「………」
話を盛り上げようと、ロロは声の音量を高くしたと共に身体を最大限に使って自分の激闘を表現し、大袈裟に話の内容の凄さをカレンに語り続ける。
「そんでもって、『カム―シャ』に帰った俺様は………村の皆から英雄と称し、バンチョ―・ロロと称えられて崇められ、尊敬と憧れの眼差しを向けるようになったのだ!」
「…………」
「(さぁ、どうだ! こんだけ言ったら、後は何をすべきか……………おまえにはわかるよな!!)」
期待に満ちた眼で、心の中で何かを要求しているロロは、カレンにある行動を求めていた。
「………す」
「?」
ボソッと呟いたカレンの声が聞き取れなかったロロは、耳を立てて声を良く聞こえるようにする。
「す……す………」
「す?」
「凄い!!」
「……はっ?」
予想外の発言に思わず耳を疑うロロ。
「凄いよロロ! 一人でそんな大きな強いタコを倒しちゃうなんて!!」
「えっ!? い……いや、あの………その……」
「洞窟で会った、あのデカイ魔物よりもっと大きいそのタコを倒すなんて、ロロって本当は凄いんだね!」
事もあろうかロロの作り話を本気で信じてしまったカレンは、ロロの言った通り、尊敬と憧れの眼差しでロロを見詰める。
「『カム―シャ』の皆からそんなに慕われているなんて、ロロは人気者だね!!」
「ま……まぁな………ははははっ」
ここまでマジマジと本気で信じて見詰められると今更、嘘だ! っと言えなくなってしまったロロは、自分に眼差しを向けるカレンを余所に心の中で。
「(何でそこで突っ込まないんだよ! 普通は……ハイ! 嘘でしょそれ!! とか、 馬鹿じゃないの!? とか、色々突っ込むだろ!!!)」
本当は突っ込んで欲しくて、わざとデタラメな嘘を付いたのに、こちらの期待を裏切るかのように本気で信じたカレンにロロは、全身全霊、全力全開で空振ったような気持ちになった。
「……これじゃあ、イミナと喧嘩して、一週間も家に帰れなかったなんて言えねぇ……」
「えっ、今何て?」
「えッ……あっいや! 何でも無いぞ、何でも!」
つい本音がポロッと出てしまって、カレンに聞かれそうになり、慌てて誤魔化して、あっはっはっはっはっと前にも何処かで似たような展開があったかのようにロロは笑って惚け通した。