変貌
ザリガニ的な魔物の口から大量に飛んで来る鉄砲水に当たらないよう、目を配りながらカレンは全力疾走で水との距離を伸ばしていた。
「!!!」
このまま鉄砲水から逃げ続け、水が尽きるのを待とうと思っていたカレンであったが視界にある物が飛び込んで来て、急に足を止めてしまう。
「あ……お、おまえ………」
そこには未だに体が竦んで、地面に尻もちを付いている大男がカレンの走る道に座っていて、カレンはこのまま進み続けたら彼が水に襲われてしまうと思わず止まってしまい、そして、魔物の放つ鉄砲水がすぐそこまで迫っていた。
「させるか!!」
その時、ロロが鞄から取り出したのはロロ特製お手軽爆弾で、それの導火線に火を付けて、魔物の口に向けて放り投げた。
「!!」
爆弾は魔物の顔の近くで爆発して空間内また爆音が響き渡り、魔物は突然が喰らった爆風のダメージの所為で、放射していた水の方針が大きくズラしてしまい、水はカレンの横を斜め上に上がって外れる。
思わぬ妨害で魔物は怯んで一旦、水の放射を止め、そのお陰でカレンは一時的に難を逃れた。
「(た……助かった……)」
心の中で安堵の息を漏らすカレンはすかさず辺りを見渡し、まだ地面に倒れて動かけない盗賊たちの存在を見て改め、このまま戦いが長引いたら彼らを巻き込んでしまうと悟る。
「このままじゃだめだ………もっと決定的なダメージを与えないと!」
この戦いを速やかに終わらせるためにはあの巨大な魔物に倒すしかないと思い至ったカレンに反応するかの如く、突如カレンの魔装器が眩い光を放った。
「こ、これは!?」
「な……何だ?」
「プルルルル!?」
「この光は……!?」
その場に居た全員がカレンの魔装器に目を向ける。
眩い光を放ちながら大剣の剣格に付いている核であるストライクの背中が中央から左右に別れて、その別れた隙間にピンク色に光る小さい珠が現れ、それと同時に刃の中央から刃の至る所に切れ目みたいな別れが複数も出始め、カレンは一体全体何が起こるのか全く見当が付かなかったが。
「(解放するのだ……!)」
「(ま、また!?)」
再び不意に謎の声がカレンの頭の中で響く。
「(核の……開いた背中の中のトリガ―を……押せ!)」
「(と、トリガ―って……き、君は………)」
頭の中で響く謎の声はカレンの問いを答えもせずに淡々と語り続ける。
「(この魔装器の……『ゼオラル』のもう一つの姿を………解き放て!)」
「(もう一つの姿……?)」
やがて謎の声は、頭の中で途切れ、カレンは言われた通りにストライクの背中が別れて現れたトリガ―と思わしきピンク色に輝く珠を、ゆっくりと指先に触れ、少し力を入れて珠を奥に押し込むように押した。
「PURGE・ON!」
声と共に剣の刃の切れ目の部分が全て外れ飛び、カレンの大剣の姿をした魔装器は、以前の姿とは大分異なり、少し小さくなったが形はスリムになり、刃の方は触れる物を全て斬り裂くと思える程鋭く輝き、それと刃の部分だけがストライクと同じ山吹色に染まっていたが、剣背部分だけはライトピンクのままだった。
「コード・ゼオラル」
姿がガラリと変わり終わった時に、また魔装器から声が発し、その声に中にカレンの頭の中で聞こえた、あの謎の声が口にした言葉が入っていた。
「(ゼ・オ・ラ・ル……?)」
その言葉に反応したカレンは自分の魔装器が変わったのに何か関係があるのかと思った。
「プルルルルルル!!!」
「!」
そうこう考えている暇は無く、魔物は何が起こったかは分からないが、お構い無しに攻撃しようと雄叫びを挙げ、再び三角形状の口をカレンに向ける。
「(これなら……やれる!)」
剣の変貌に驚きはしたが以前には無い、刃の鋭さと手に伝わる力に何とも言えない確信を持ったカレンは剣を強く握り締め、颯爽と魔物に向かって走り出す。
「プ~~~~~ルーーーーーー!!」
「お、おい! 避けろ!!」
躊躇なく真っ直ぐ突っ込んできたカレンを返り討ちするみたいに、魔物は三角形状の口から大量の水は放射し、水は勢い良くカレンに向かって真っ直ぐ伸びて行った。
「っあああああああああ!!」
迫り来る大量の水を、正面から真っ直ぐ剣を振り下ろし、飲み込んだ物は全て破壊するような爆発的な勢いの水を一刀両断する。
「!!」
大量の水をたった一振りで斬り裂き、カレンは走る勢いを衰える事は無く、そのまま魔物の懐に入り込む。
「プルルルルルルル!!!」
懐に来たカレンを向かい討つ様に魔物はハサミを振り上げ、剛腕の腕でハサミを力任せに振り下ろし、カレンを叩き潰そうとした。
「はぁあああああああ!!」
振り下ろされた巨大なハサミにカレンは正面切って上空から来るハサミを打ち払うように大剣を振り上げる。
「!!!」
巨大な鋭いハサミはカレンの振り上げられた大剣にいとも簡単に両断され、魔物は目の前の出来ごとに驚愕し、体を硬直させてしまう。
「もらった!!」
魔物に出来た隙を見逃さず、もっと深く懐に入り込んで、魔物の腹に目掛けて剣を力強く真っ直ぐ突き刺した。
「プルルルゥ!!!」
剣は魔物の腹に深く突き刺さり、赤い血が噴き出す。魔物は激痛が走って、苦しみながらも腹に剣が刺さったままの状態で、力を振り絞ってもう一本のハサミを高速回転させ、そのままカレンに勢い振り下ろした。
「!」
頭上から来るドリルのような巨大なハサミに慌てる事も無くカレンは剣に力を溜め込み、その力を爆発させるかのように一気に刃の外側に解き放つ。
「裂閃衝!!!」
まるで爆発したかのように腹に刺さった剣先から強い衝撃波が炸裂し、魔物はその衝撃でその巨大な体を宙に浮かせ、後ろの壁まで吹き飛ぶ。
「!!!!」
吹き飛ばされた魔物は壁に激突し、そのまま重力に従ってゆっくりとその巨大な体を下に在る空間内を囲むようにある円状の泉に落ちる。
「はぁ…はぁ………」
魔物は大きな水しぶきと水柱を作って泉の中に落ちて行き、カレンはその様子を見届けるかのように呼吸を整えようとした。
「す……すげぇ………!」
間近で見ていたロロはあの巨大な魔物を捻じ伏せたカレンに驚きつつ歓声の声を上げる。
「あっ……大丈夫? ロロ?」
魔物は動く様子は無く、もう安全だと思ったカレンはまだ地面に横になっているロロを心配して駆け寄る。
「あ……ああ、ありがとよ!」
手を差し伸べられ、カレンに礼を言いつつその手を掴んで起き上がるロロ。
「プルルル……!!」
「「!」」
不意にあの巨大な魔物の鳴き声が聞こえ、カレンとロロは魔物が居る泉の方に振り向くと、そこには大きな水しぶきが上がり、数秒間の後、水しぶきが止むとそこにはもうあの魔物の姿は何処にも居なかった。
「あ、あいつ、あの状態でまだ動けるのか!?」
計り知れない魔物の生命力にロロは驚きを隠せなかった。
「でも、あの状態でもう戦う事はできないよ、多分逃げたんだよ」
傷の具合から、もう戦う力はもう無いと冷静に判断したカレンはロロに安心させるように解説をする。
「そうだな……大丈夫か!」
妙に説得力のある発言に納得して安堵の顔を見せるロロに、カレンも笑顔で応える。
「す、すげぇんだな、おまえ……」
「ぬお! お、お前居たのか!?」
「…何の用?」
いつの間にかカレン達の所まで来ていた大男に驚くロロとは反対にカレンは落ち着いた態度で大男に問い掛ける。
「も、もうオイラ達に戦う力は無ぇだ、だから今はお前たちを襲う事は無いから安心しろ!」
見ての通りこの空間内で、盗賊達の中でまともに動いていられるのはこの大男だけで、自分一人じゃどうにもならない事を察した大男はカレン達に自分達はもう戦う意思は無いと告げに来たようだ。
「そう……分かった」
事情が分かったカレンは、大男の意思を承諾する。
「おーーーい!! ケビー! ラジリカ! 獲物は捕まえたかーーーー!!?」
するとカレン達の来た穴の通路から、この『水底の洞窟』の出入り口の前で待ち伏せをしていたスキンヘッドの盗賊の声が空間内に届いて、ロロは顔をギョッとせさる。
「げ……あいつらもう此処まで来たのかよ!」
「ロロ、走れる?」
「あ……ああ! 大丈夫だ!」
このまま此処に居たら、あのスキンヘッドの盗賊達に見つかるので、カレンとロロは急いで外に続いていると思われる奥の穴の通路に向かって走り出す。
「あっ! 待ってくれ!!」
「えっ?」
走り出した直後に大男に呼び止められたカレンは、キョトンとした顔で振り向く。
「その……助けてくれて、ありがとうなんだな……」
大男のお礼に意表を突かれたカレンであったが、すぐに顔に笑顔を浮かべ、手を振って返事をし、奥の穴の通路に再び駆け足で足を進めた。
そして、また暗くて狭い通路に入り込んだカレンはそう経たない内にロロの背中を発見する。
「あっ! どうしたんだよ、遅かったじゃねぇか!」
先に穴に入って進んでいたロロに追い付いたカレンに遅れて来た理由を尋ねる。
「お礼を言われただけだよ」
「?」
その問いに笑顔で返すカレンにロロはまったく理由が分からず首を傾ける。
「まぁ、どうでもいいけどよ……それよりお前さ……」
「ん?」
急に改まった態度になったロロにカレンはどうしたのかと耳を傾ける。
「あのさ……怒ってないのか?」
「何が?」
「だから……その……お、お前を置いて逃げようとした事について怒ってないのか?」
「……そうなの?」
「「………」」
少しの沈黙が二人を支配し、カレンはいつも通りの緊張感の無い顔のままで、一方ロロはまた怪訝そうな顔に変わる。
「そうなのって………お前、あれは明らかにお前だけ置いて、俺だけ逃げようとしたじゃないか!?」
「え? あれって君だけがにげようとしたの?」
「そうだよ! だから、それについて怒ってるかどうか聞いてるんだよ!!」
若干、逆ギレ気味なってしまったロロは、一旦我に返り、咳払いをして話を戻そうとする。
「で、どうなんだ? やっぱり……怒ってるか………?」
恐る恐る尋ねるロロにカレンは何も怒った様子は無く。
「別に怒ってないよ」
「……本当か?」
「うん、僕は何も怒ってないよ」
「ど……どうしてだよ?」
怒っていない理由をロロは勇気を振り絞って聞く。
「どうしてって、君には色々助けて貰ったからね」
「えっ………?」
助けて貰ったという言葉にロロは、どういう意味なのか分からず、カレンにその言葉の意味を尋ねようとする。
「魔物と戦った時も、怪我を治してくれた時も、この洞窟の事や色々な事を教えてくれた事に助けて貰ったから」
尋ねる前にカレンが話を勝手に進め始め、ロロは意外そうに目を見開く
「助けて貰ったって……まさかそんな事でかっ!?」
「うん、そうだよ」
「いやでも、それとあれとではちょっと話が………」
「それにさ………」
言葉の続きをカレンの言葉に口が止まるロロ。
「あの大きい魔物が出た時、逃げるぞって言いながら、僕を助けてくれたじゃない」
「あ、いや……それは……何て言うか………」
あの巨大な魔物の戦いの時に、勝てる訳がないから逃げる事を優先しようと言っていたロロ が、自分の身を省みず、カレンを助けた事にカレンはロロに恩を感じていた。ロロも自分の行動を今振り返って、照れ臭そうに頬を微かに赤くする。
「お、お前には…俺様の力が必要だと思ったからだよ!」
「……そうだろうね、本当に君の助けが無かったら……僕はきっとあの魔物にやられていたと思うよ」
自分の気持ちを誤魔化すロロと素直に自分の気持ちを伝えられるカレン、この二人の会話のグタグタ感は今になっても変わってはいないようだ。
「けどよ……」
「?」
ところがロロは何か言いたいそうに口をモゴモゴさせ、そして少し間が経って、口を再び開く。
「俺様も……お前の助けが無かったら、きっとあの馬鹿デカイ魔物に食われていたと思うから……」
「…………」
「だから………ありがとうな、カレン!」
「……うん! こっちこそありがとう、ロロ!」
お互いやっと名前で呼び合う事になった二人に小さな繋がりが出来たと思える瞬間だった。
「「!」」
そしてこの洞窟内の通路を走って長い二人の目に、眩い太陽の光と出口と思われるシルエットが視界に入って来た。
「おっ、出口だ! 急ぐぞカレン!」
「あっ、待ってよ! ロロ!」
走る速度を上げたロロに置いて行かれないようにカレンも速度を上げて一緒に、外の世界に続いている光が差し込む出口に走って行くのだった。