姉
……五人を乗せた『BAS』が何処までも続くような山々を越えて、目的地の『サムイング』を目視してから数十分が経ち、『BAS』は『サムイング』の都内に入り、終点である都内の『BASターミナル』で運送を終えた。
終点に着いたことで五人は『BAS』を降り、続いて『BASターミナル』からも出る。
出た矢先にブルーはターミナルの出入り口の前でこの都内に在る軍の市役所の場所を確認しようとロロに聞こうとした。
「それで、その市役所って何処に在るの?」
「市役所は此処のターミナルの近くに在るらしいんだが、実は俺も詳しい場所は分からねぇんだ」
「じゃあ、あそこの地図で場所を確認しよう」
そう言ってアイシャが指を指した方向には大きな掲示板の表側に『BASターミナル』を中心に周辺の図を書いた地図が張られていた。
五人のその地図の前まで近付き、市役所の場所を確認する。
ロロの言う通り、市役所はターミナルの近くにあるようで歩いてほんの数十分で着く距離だった。
「此処か、それほど遠くないな」
「早速行ってみよう」
地図で場所を確認したミツルギとカレンは早速行こうと促し、五人は市役所へと足を運ぶ。
そして数十分後。
地図のお陰で市役所の正確な位置を把握していた五人は特に迷う様子も無く、市役所の前に辿り着く。
「大きいね!」
カレンは市役所を間近で見て、前にも何処かで言ったような第一声を放つ。
五人が辿り着いた市役所はこれまで見てきた建物とはかなり形状が違い、ビルのように縦も長いが横幅はもっと長いと言ったどっしりとした形の建物だった。
「そりゃあ軍の市役所だからな。一般のとは規模が違うぜ」
軍のと一般のとでは規模が違うとロロは市役所の大きさの訳を話す。
片やミツルギは腕を組ながら市役所全体を眺め、
「ふむ、国は違えど市役所の形は何処の国でも似てるの物だな」
と自国の市役所と形が似ているようで、うんうんと感心するように首を縦に振る。
そんなミツルギとは対照的にアイシャは遠くを見詰めような眼で市役所を眺め、
「まさか、またこういう場所に来ることがあるとわね」
何か振り払うように首を横に振って、そう呟く。
「ん? なんだよアイシャ、お前あまり市役所に来たこと無いのか?」
「そうだね、私が市役所に行ったのは子供の頃に数回だけで、それからは全く縁が無かったんだ」
ロロの質問に対し、幼い頃に数回だけ訪れたことがあったがその後はもう訪れることは無かったとアイシャはそう説明する。
「………」
それぞれが喋りながら目の前に聳え立つ市役所を見上げる中、ブルーだけが静かにジィと市役所を見詰めていた。
「緊張しているの?」
すると横からアイシャがブルーにそう声を掛ける。
その声に驚いたのか、ブルーはビクッと身体を震わせた。
「ど、どうして私が緊張しなくちゃならないのよ?」
緊張なんかしてないと言わんばかりにプイッとそっぽ向くようにブルーはアイシャから顔を背けた。
するとアイシャはその虚勢を覆すように、
「此処で自分が何者かがやっと分かるかも知れないから、とか?」
「!」
図星を突かれたのか、アイシャの憶測に眼を見開くブルー。
重ねてアイシャはこう言う。
「まぁ……気持ちは分かるよ」
「えっ?」
思わぬ発言にブルーは背けていた顔をアイシャに向ける。
そして今の言葉の意味を問いただそうするが、
「さっ、何時までも此処に突っ立っていないで中へ入ろう」
ブルーの口が開くよりも早く、一歩前に出て市役所の中へ入るのを促すアイシャ。
特に異論は無い為、その意見に同意した男子一同はアイシャと共に市役所の中へ向かう。
尋ねる前に市役所の中へ向かってしまったことで尋ねるタイミングを逃したブルーだったが、特別聞きたかった訳では無いのであっさりと尋ねるのは断念し、先に向かった四人の後を追うように続く。
五人が中へ入るとそこには軍服を身に付けた市役所の憲兵達が長いカウンターテーブルのような区切られた窓口でそれぞれの担当に別れて此処に訪れた沢山の人々の対応をしている光景を広がっていた。
市役所に訪れている人々の数は『リア・カンス』の『BASターミナル』にわんさか居た人の群れと同じぐらいの数の人々が徘徊していた。
その人の多さにカレンは興味深そうに眼を大きくする。
「此処も人が多いね! 皆此処へ何しに来たんだろう?」
「人それぞれだろうよ。住所の変更や出産・子育ての相談、保険や結婚・離婚の契約・解消、その他諸々の手続きって感じにな」
区切られたそれぞれ窓口のテーブルに上に立つ小さな立て札に書かれた項目を読み上げながら、此処に来た人達はやって来たその幾つもの項目のいずれかを手続きする為に来たと説明するロロ。
対してカレンは全て完璧に分かった訳では無いが、何となく分かったように頷く。
すると出入り口の前で市役所内を眺めていた五人に、
「君達、そんな所にずぅと居たら次に入ってくる人達や此処から出る人達に迷惑だぞ」
市役所の憲兵だろうか。
五人の右側面から規正が良く尚且つ凛とした女性の声が五人を注意する。
「っすいません、すぐ退くんで……」
自分達が通行の邪魔になる所に立っていることに気付かされたロロはそこから離れると共に自分達を注意してくれた人に謝ろうと右側面の方に顔を向けた瞬間、
「あ」
と声を上げたロロはその人の顔を見た途端、眼を見開いて固まる。
ロロの眼に映ったその人物は市役所の憲兵では無さそうだがやはり軍人のようで、碧緑の軍服を纏った栗色の髪の女性だった。
「ん?」
対して相手もロロの顔を見て、眉を吊り上げた後、ハッと眼を見開いて、
「ロロ!」
女性軍人がそう言うと。
「ね、姉ちゃん!」
ロロはそう言い返す。
他の四人は今の言葉を聞いて、改めてロロが『姉』と言った人物の方に顔を向ける。
「姉さんってことはその人ーー」
「ロロのお姉さん?」
アイシャとカレンが声を揃えてロロが『姉』と呼んだ女性がロロの姉だと知る。
髪の色と瞳の色は違うが良く見てみれば顔はロロと似ている所も有るし、妹のイミナと似ている所もあり、何より二人に共通する猫の耳が頭に生えていた。
「そ、そうーー」
「ロロ!!」
なんだ、と言い掛けたロロだったがロロの姉が怒鳴ったかのような声がそれを遮る。
その声にロロはビクッ!!と身体を硬直させると姉がズンズンと詰め寄り、
「なんでお前が此処に居る!? 『カムーシャ』から遠いこの『サムイング』に! イミナはどうした!? あの子も此処に来ているのか!?」
此処にロロが居るということに多くの疑問があるようで姉は顔をズィっとお互いの吐息が掛かるか掛からないぐらいまでの距離まで近付け、畳み掛けるかのように問い詰める。
そのマシンガントーク並の問い詰めにロロは澱女気ながらも答えようとする。
「ちょ、ちょ、ね、姉ちゃん落ち着いてくれ! そんな質問攻めしないでくれ! と、とりあえずイミナは此処に来てないよ」
「何? じゃあお前は『カムーシャ』にイミナ一人残して此処に来たのか!?」
「い、いや! そういう訳じゃないけど、そうだと言うか………そうじゃないって言うか」
「ああもう! ジレッタイ、男ならハッキリ言え! そもそもなんで何の用で此処に来たんだ!?」
「それには海よりも深ーい訳が有ってーー」
「何が深い訳だ! お前に限ってそんな大層な事情が有るか!!」
「ねこっ、イビビごぐがぜまほろも(ちょ、口に手を突っ込むのは止めて)ッ!!」
口の中に両指を差し込み、内側から頬を引っ張られ、まともに喋れなくなるロロ。
そんな姉弟のやり取りを端から眺めているカレン達四人は唖然としたまま、どうして良いのか分からず、ただそのやり取りが一刻早く収まるのを切に願いながら二人を見守り続けるのだった。