魔法時代と新時代
受け付けで用件を済ましてその場から退散した五人は『BASターミナル』の乗車場で第二都市『サムイング』行きの『BAS』に乗り込む。
そして五人が乗った『BAS』が出発し始め、『サムイング』まで一直線に繋がっている高架橋を走ってから約4時間が過ぎた。
『BAS』は今、草木を生やした山々の間を通っており、100m並みの山が壁になって見えないがあと数㎞で『サムイング』に着くところまで来ていた。
「『サムイング』まであともうちょっとなんだよね?」
「まぁな、この山々を越えれば見える筈だぜ」
『BAS』の中で窓際の椅子に座って窓から見える外の景色を眺めながら投げ掛けたカレンに対し、通路側の椅子に座った同じ席のロロがそれに答える。
「どんな所なんだろう? 楽しみだなぁ早く着かないかなぁ」
記憶喪失故か、カレンは新たに訪れる場所に興味深々のようで、その肌色の瞳はキラキラと輝いているように見える。
「……楽しそうね」
するとワクワク感を露にしているカレンに隣の席の窓際の椅子に座っているブルーがそう話し掛けた。
「ブルーは楽しみじゃないの?」
「全然、『サムイング』に行くのはルーツの手掛かりを見付ける為だもの。手掛かりが無いって分かったらさっさと次の場所へ行くだけよ」
素っ気ない態度でブルーは己のルーツを探し出す為だけに『サムイング』に行くのだと返答する。
「そうなの? もうちょっと長く居ようよ、面白い物や楽しい物が一杯有るかもしれないよ」
ルーツ探し為だけに訪れるのは勿体ないと思ったのか、カレンは出来る限り長居しようと促す。
だがカレンのその催促に対し、ブルーは眼を細めて、
「あのね、私は追われている身なのよ。何時までもそこに留まっていたらアイツ等に追い付かれてまた襲われる羽目になるのよ、分かってる?」
ブルーは自分が追われている身だから、長居は出来ないと分からせるように話す。
ちなみにアイツ等とは昨日、カレン達を襲った黒尽くめ達の事を指しているのだろう。
今の発言に聞いて、ブルーが追われている身だと思い出したカレンは『あっ』と発する。
「そ、そうだったね。ごめん」
すぐさまカレンは申し訳なさそうに顔を俯かせ、悔いるように謝る。
「私と一緒に旅をするんだからそこ等辺はちゃんと踏まえておきなさいよ。目的地に着いたら必要最低限のことしかしないこと、アイツ等に追われている限り、目的地で何時もあっちこっち見て回る余裕なんて無いんだからね。分かった?」
「うん、分かったよ」
事前にそう注意し、カレンが了解するとブルーは話を切り上げ、プイッとカレンから顔を逸らし、外の景色に視線を傾ける。
その様子を見て、カレンはふとこう思う。
「("余裕,,が無いか………追われる身じゃなかったらブルーもあっちこっち見て回りたいんだろうな、きっと)」
今さっきブルーが発した言葉を思い返しながら、本当は心の底ではブルーも見て回りたいんじゃないかとカレンはそう感じ取る。
普段はのほほんとして人の気持ちには鈍いカレンだが、この時は不思議とブルーの言葉の節に隠れていた気持ちを察っした。
そして彼女の発言から察するに、日頃から黒尽くめ達から逃げている彼女に遊びや観光をするような伸び伸びとして時間があまり無かったことが伺える。
同じ記憶喪失者だが、彼女を取り巻く環境や立場が自分とは全く違うのだとカレンは改めて思い知らされた。
だからなのか、カレンはどうにかしてブルーが自由に過ごせる時間を作ってやれないかと考え始めようとした。
しかし、それを遮るようにロロがカレンにだけ聞こえるように小さな声で話し掛ける。
「カレン、一緒に旅するならもうちょっとマシな相手を選んだ方が良いぞ」
同情でもしたのか、ロロは哀れんだ眼でこれからブルーと旅をするカレンに旅の供なら良い相手にするべきだと助言的なことを伝える。
急にそんな助言を言われてカレンは『えっ』と言って戸惑い、返答に困るが、
「何か言った?」
地獄耳だったようで、ブルーがロロを睨みながら問い質した。
その声が聞いたロロはギョッと背中を跳ねさせ、顔が少し青ざめる。
「な、ナンデモナイデスヨー」
顔を背けた状態で、震え声且つ棒読みで返答するロロ。
どう見ても明らかに嘘を付いている様子にブルーは冷たい視線を送る。
ブルーと一緒に席に居て、通路側の椅子に座っているアイシャはそんな二人のやり取りを見て、苦笑を浮かべた。
「ところで皆」
すると突拍子もなく、アイシャが皆に聞こえるように少し大きな声で呼び掛ける。
呼び掛けられたカレン・ロロ・アイシャ・ミツルギの四人は一斉にアイシャに視線を向けた。
「『サムイング』に着いたらまずは何をやるか、具体的に決まっている?」
目的地の『サムイング』に着いたらそれぞれ何をするのか、何かあった時のことを考えて着く前に聞いておこうと思ったのだろうか、アイシャは皆に尋ねた。
その問いにまずはカレンとロロの後ろの席に座っているミツルギが答える。
「俺は明日に『イルクク』大陸行きの便に乗るつもりだから、今日は特に何の予定も無いな」
ミツルギが己の行動予定を答え終わると次はブルーが答える。
「私達は着いたらまず、都市をグルっと見て回るわ。そしてその回っている際に私達が見覚えや聞き覚えのある物、或いは私達のことを知っている人達を見付ける。これだけね」
「んだよ、結局見て回るんじゃねぇか」
あっちこっち見え回る余裕等は無いと言っていたブルーが『サムイング』に着いてからの行動予定に対し、ロロがツッコミを入れる。
水入りされたかのようにブルーはむっと眼を吊り上げ、ロロを再び睨む。
「内容が違うのよ、私達の場合はパッと行って探し物があるかどうか確認しながらどんどん次の場所に向かうのよ。観光みたいなのんびりと同じところを見て回るのような物とは全然違うの! 一緒にしないで!」
「そ、そうだったのか……すまん」
自分達の行動は観光のようなのんびりとした物じゃないと気迫を込めて反論されたロロはその気迫に負けて謝る。
すると直後にロロは何かを思い付いたのか、『あっ』と声を出す。
「だったら軍の市役所で遺伝子検索をしてもらえば良いんじゃないか?」
「遺伝子……検索?」
ロロが挙げた遺伝子検索という言葉にブルーは首を傾げて復唱する。
どうやら同じく首を傾げているカレンと同様、その言葉がどういう意味か知らないようだ。
「遺伝子検索って、何なんなのロロ?」
そして何時ものようにカレンがそう尋ねるとロロは『ったく』と言わんばかりに眼を一旦伏せてから説明を開始する。
「遺伝子検索って言うのは採取した血に含まれた遺伝子情報を調べた後、記録帳簿から採取した人物が誰なのかを探し当てるシステムのことだ」
と、ロロがざっと遺伝子検索の概要を説明したのだが記憶喪失の二人には少し難しかったのか、二人の頭に?が浮かぶ。
二人の様子を見て、アイシャが分かりやすいようもっと噛み砕いて説明する。
「簡単に言うと少しの血を提出するだけでその人が何者かが分かるのが遺伝子検索なんだよ」
アイシャがそう言うと二人は理解出来たようで意外そうに眼を丸くする。
遺伝子検索がどういう物かカレンが先に口を開く。
「血だけそんなことが分かるの?」
「ああ、分かるぜ。今の時代の科学ではこんなことも出来るんだ、昔の"魔法時代〟の人類からしたら考えられないだろうな~」
「〝魔法時代〟?」
無意識にロロが口に出した"魔法時代〟というキーワードにカレンは反応する。
カレンのその反応に対し、ロロは『あっやべ……』と口を滑らせたことに気付き、眼を横に逸らす。
不覚にもカレンに興味を惹かせるような事を言ってしまったロロだがそれを説明するのが面倒なのか、どうしたもんかと迷ったその時。
「〝魔法時代〟と言うのは現代の機械に代わって魔法が人々の生活を支えていた時代のことを言うんだ」
打って代わるように後ろの席に居るミツルギが魔法時代の説明し始めた。
「魔法が人類の生活を?」
「そうだ、〝魔法時代〟が終わるまで人類は機械と言う存在を知らなかった。しかし今から約400年前、天から『神の遣い』と言うこの世界の人間じゃない人々が島よりも大きい方舟で訪れた。この『神の遣い』は一体何処から来たのかは今でも分かっていないが、『神の遣い』達は勇者『トラル』が魔人『アルタイル』を倒した後、魔装器と機械を残して何処かへ去って行った」
「魔装器を? それって魔装器は元々その『神の遣い』って言う人々が持っていた物なの?」
「あぁ、魔装器は元々『神の遣い』の持ち物であり、魔装器を創ったのも彼等なんだ」
その事実を知ってカレンは意外だと言わんばかりに瞼を大きく開く。
てっきり魔装器はこの世界の人々が創った物だと思っていたが、まさか『神の遣い』と言う別の世界の人々が創った物だとは思っていなかったようである。
「で、話を戻すが今まで魔法を頼りにしていた〝魔法時代〟の人々は『神の遣い』が持っていた機械の力を目の当たりにし、機械は魔法よりも優れていると確信したんだ。そして『神の遣い』がこの世界から去った後、人々は遣い達が残していった少しばかりの機械と技術と科学を吸収し、まだ遣い達の領域まで及ばないがたった400年で人類の技術と科学は飛躍的な進歩を遂げたのさ」
「へぇ、その『神の遣い』の人達のお陰で今の世界が有るんだね」
技術と科学の発展の話を聞いてカレンは今乗っている『BAS』の中全体を見渡す。
今此処に在る物全て元は『神の遣い』が残していった恩恵によって生み出された物だということを実感するのだった。
「技術と科学が進歩していくにつれ、人類は生活の頼りを魔法から機械に取り替え、やがて魔法を頼りにしていた〝魔法時代〟は幕を下ろし。現在の"新時代〟へと変わったんだ」
「"新時代〟か……」
説明されなくてもカレンは"新時代〟とはその名の通り、新しき時代という意味を指していることを容易に分かった。
「まぁ話は長くなったがこの"新時代〟になった今じゃあ、遺伝子検索って言う便利なシステムが在る! 俺は丁度、軍の市役所に用が有るんだ。そんでもしその気が有るなら一緒に行かないか?」
とロロは切り出すかのようにブルーとカレンに提案する。
思わぬ提案にカレンはブルーの方に見て、彼女の反応を窺う。
一緒に旅をする仲と言ってもカレンはブルーの旅に付いていくと申し込んだ立場なので、旅の行き先は彼女の一存で決まるのだ。
「………」
ロロの提案に対し、ブルーは視線を下に向けて考えていた。
だが、血を少し摘出するだけで自分が何者で何処に住んでいたかもが分かる、遺伝子検索というシステムはブルーとって、とても魅力的な方法に見えた。
そしてそう経たない内にブルーの考えが決まる。
「良いわ、その市役所って場所に案内して」
「……妙に上から目線の頼み方だな。まぁ良い、了解したぜ」
ブルーの頼み方に若干引っ掛かるロロだったが、市役所に連れて行くのを了承する。
「では俺も付いて行くとしよう」
するとそこでミツルギが市役所に行くカレン・ブルー・ロロの三人に付いて行くと良い始める。
「さっきも言ったが明日になるまで俺は特に予定は無い、だから明日『イルクク』大陸に飛び立つまでカレンと話していたい。問題ないな二人とも?」
「構わないぜ」
「好きにすれば」
と言ってロロとブルーはミツルギの同行を認めた。
「じゃあ私も良いかな?」
許可が降りた直後、その輪に入り込みようにアイシャも市役所への同行を求めてきた。
そんなにアイシャにブルーは横目で、
「あんたも予定が無いクチ?」
「まぁね。私もミツルギと同様、明日に成るまでは予定が無いんだ」
「ってことは結局『サムイング』でも全員行動か……何だかとことん縁があるな、俺等」
各々が別の目的で『サムイング』に行くのにも関わらず、着いた後でも共に行動することになったロロは自分達は何かしら不思議な縁を有るように思えた。
とそこでロロはふとあることを思い出す。
「そういやアイシャ。昨日、依頼人と会ったんだよな? 『サムイング』に行くのはやっぱその依頼人の依頼と関係しているのか?」
「えっ……あぁうん、実はそうなんだよね」
「そうなんだ~……で、どんな依頼なの?」
「少し変わった内容だけど、その依頼ーー」
「む、皆外を見てみろ」
頼まれた依頼とはどんな内容なのか、興味本意でカレンに聞かれたアイシャはその依頼内容を話そうとした瞬間、ミツルギが皆に外を見るよう促す。
四人はミツルギが指した方向に眼を向けると何時の間にか『BAS』は山々の中を抜けており、窓の向こう側には『レイチィム』や『リア・カンス』と同じビルという建物が建っている視界には収まり切れない広大な都市が聳え立っていた。
カレンはそれを見て説明されずとも分かった。
あの都市が第2都市『サムイング』だということを。