スカウト
ブルーが行き先を述べてから約30分後。
五人は『BASターミナル』の受け付け前に並ぶ、行列の中に居た。
「あんた達も『サムイング』に来るの?」
一緒に行列の一部として溶け込んでいるロロ・アイシャ・ミツルギに対し、ブルーは眉を吊り上げてそう問い掛ける。
ロロ達も『サムイング』に行きたいらしく、今こうして列に並んでいるのだが。
共に『サムイング』に向かうカレンはともかく、ロロ達が『サムイング』に行く理由が分からない為、一応警戒しているのか、ブルーは『サムイング』に行く訳を聞き出そうとした。
その問いに最初はミツルギが答える。
「俺も『サムイング』に用が有ってな、元々は昨日で行くつもりだったんだが、カレンの手伝いがしたくて行くのは今日に延期したんだ」
「用って何よ?」
「空港で空艇に乗るのさ。あれに乗って隣の『イルクク』大陸に行くんだ」
ミツルギの口から『イルクク』という大陸の名が出るとカレン以外のメンバーが眼を見開く。
「もしかして例の"視察"か?」
「あぁ、そうだ」
『イルクク』という大陸に行くのは経営している会社の事業である視察の為では?とロロが感付くとミツルギは頷いて肯定する。
するとブルーは首を傾げて、
「"視察"? 何よそれ?」
「簡単に言うとミツルギは『ルーレイ・コーポレーション』の調査視察って言う仕事で各国の軍の兵器を視察して回っているだよ」
事情を知らないブルーの為にアイシャがかいつまんで簡単に説明するとブルーは意外そうに表情を浮かべる。
「ふぅん、あの『ルーレイ・コーポレーション』のねぇ……ってことはアンタ、あの会社の社員って訳?」
視察の概要を聞いてミツルギが『ルーレイ・コーポレーション』の一社員と思ったブルーに対し、思わずロロが苦笑した。
「社員も何もミツルギは『ルーレイ・コーポレーション』の社長様だぜ」
「あらそうなの…………は?」
耳を疑ったのか、ミツルギが社長だと聞いてブルーはすぐさまロロの方へ顔を向ける。
「『ルーレイ・コーポレーション』の社長? ってことアンタ、英雄『ルーレイ』の……」
そしてゆっくりと今度はミツルギの方に顔を向け、ミツルギの家系を察したブルーは何かを言うとしたが、それを遮るように、
「そういえば自己紹介が遅れたな。俺はミツルギ・神楽・ルーレイ、君の想像通り俺は『ルーレイ』家の人間であり、そして『神楽』家の人間だ」
今更だが良い機会なので自己紹介するミツルギ。
カレンと同じ記憶喪失でもある程度常識や歴史を弁えているブルーはミツルギが『ルーレイ』家と『神楽』家の人間だと知って驚きを隠せないのか、眼が丸くなる。
「アンタが、あの………ふ、ふぅん。そうだったんだ」
ミツルギが英雄の子孫だというころが分かってことで浮わついた心を落ち着かせるようにブルーは平静を装う。
「んじゃあ、俺達も自己紹介するか」
「そうだね」
するとミツルギに続くようにロロやアイシャも自己紹介を始めようとする。
「俺はロロ、ロロ・グライヴィーだ。お前が通っていった『カムーシャ』村でバンチョーと呼ばれている男だ」
「『カムーシャ』? ……あぁ、あの小さな村の」
立ち寄った時間が短いからか、ブルーにとって『カムーシャ』は"小さな村"という印象しか残っていないようだ。
だが直後にブルーは『ん?』と顔をしかませ、
「何で『カムーシャ』の住民のアンタがコイツと一緒に居るのよ?」
カレンに指を指し、何故此処まで行動を共にしたのかを尋ねる。
「えっ、いや、その、それは………」
『カレンを追い掛けたら盗賊達に追われる羽目になり、更に今度は『レイチィム』で騒動を起こして『トロイカ』軍に追われる羽目になり、それ等から逃げる為に行動を共にしていた』などと、馬鹿正直に言うことが出来ず、口ごもるロロだったが、とりあえず『成り行き』だと言って適当に誤魔化そうとした。
だがしかし、
「ロロは『水底の洞窟』って言う所まで僕を追い掛けたせいで盗賊の人達に追われる羽目になっちゃって、途中で寄りかかった『レイチィム』で今度は『トロイカ』軍の人達に追われることにもなっちゃって、軍人さん達に捕まらない為に此処まで一緒に来たんだよね」
「そうそう、そういう訳なんだよ……って、おい!!」
『成り行き』でやり過ごそうとした直前、カレンが同行の経緯を大まかな内容だが言ってしまい、それに思わずロロは認めたと同時にノリツッコミをかます。
今の話を聞いたブルーは眉を潜ませ、
「盗賊だけじゃなく、軍にまで? アンタ一体何をやったの?」
「い、いや、決してやましいことじゃないんだが………やったのは俺だけじゃないし、それにあれは仕方ないって言うか、それほど罪深いことはしてはいないって言うか………」
うまい言い訳が見付からず、テンパるロロ。
その様子を見て、ブルーは呆れたかのように溜め息を吐く。
「まぁどうでも良いわ。私には関係ないことだし」
興味も無ければ、自分には何も関わりのないことなのでブルーはそれ以上追及はしなかった。
思いの外、相手が自ら引き下がってくれたことでロロは安堵の表情を浮かべる。
「最後に私だね」
ロロの自己紹介が終わったことで最後にアイシャの自己紹介が始まる。
「私はアイシャ・フレイク。『フレイク傭兵団』って言うの傭兵団の一人だよ」
「傭兵? あんたが?」
歳の近そうな同姓のアイシャが傭兵だと知るとブルーは意外だと言わんばかりに眼を見開く。
盗賊団のアジトで一時的にとは言え戦い、ただの少女では無いと分かっていたがまさか傭兵だとは思っていなかったようだ。
「確かに只者じゃないと思っていたけど……ん?」
するとブルーはロロの時と同じように顔をしかませる。
「何で傭兵のアンタまでコイツ等と一緒に行動を共にしていたの? まさかコイツ等の誰かに雇われてるの?」
「雇われてはいないよ。私がカレンと行動を共にしたのはお互いの利害が一致して、お互いに協力し合った方が効率が良いと判断したからなんだ。『レイチィム』から抜け出そうとしたことや『白霧山脈』を通り越えようとしたこと、盗賊団のアジトから依頼人を助け出そうとしたこととかね」
ブルーの質問に対し、アイシャはロロと違って冷静な態度で答える。
と、アイシャがそう述べ終わった直後、ロロはハッと思い出す。
「そうだアイシャ。『白霧山脈』では地震のせいで聞けなかったけど、『レイチィム』で盗賊達に襲われていた時、何で俺達を助けてくれたんだ? 何の得にもならないのに」
今のタイミングで『白霧山脈』で聞けなかった答えを改めて聞き直すロロ。
確かにロロの言う通り、物事に対する効率の良し悪しで行動を決めると述べたアイシャがどう見ても面倒事なのにも関わらず、盗賊達に襲われていた見ず知らずの他人であるカレンとロロを何故、助けたのかはもっともな疑問である。
するとその疑問に対し、アイシャは『ああ、そのことか』と言わんばかりの反応を見せるとカレンの方に視線を移す。
「私があの時、君達を助けたのはカレン、君を『ドレイク傭兵団』にスカウトしたかったからさ」
「えっ、スカウト?」
アイシャの口から出てきたスカウトと言う単語にカレンだけではなく、ロロ達も眼を見開いて意外そうに驚いた。
だが、その単語を聞いたカレンは、
「そのスカウトって何?」
やっぱりスカウトの意味を知っていなかったようで、カレンの発言にロロとブルーの身体がガクッと傾く。
「あ、アンタ……そんなのも分からないの?」
同じ記憶喪失とはいえ、余りの知識の低さにブルーは信じられないと言わんばかりの表情で呆れ、ロロもアイシャも呆れの表情を見せる。
「カレン、スカウトと言うのは欲しい人材に自分の組織に入って欲しいと勧誘することだ」
そしていつものようにミツルギが呆れも侮蔑も見せず、親切且つ簡易的にスカウトの意味を教える。
「それって、僕にアイシャの傭兵団って所に入って欲しいってこと?」
「その通りだよ」
スカウトの意味を知ったカレンはアイシャが自分が働いている傭兵団に入って欲しいことを理解し、アイシャはそうだと肯定した。
「つまりアイシャはカレンをスカウトする為に俺達を助けてくれたのか?」
「まぁね、ガッカリした?」
「いや、どんな理由があっても助けて貰ったのは変わらねぇからな。気にはしねぇよ」
助けた理由がどうであれ、ロロは助けて貰ったことへの感謝は変わらないようだ。
だが今の話で気になる部分があったので、ロロはそれについても問い掛ける。
「でもどうしてカレンをスカウトしようと思ったんだ? カレンが強いからか?」
「そうだね。確かにカレンの強さなら申し分ないけど、一番の理由はカレンが魔装器使いだからかな」
カレンのスカウトする最大の理由、それはカレンが魔装器使いだからとアイシャは述べる。
「最近、傭兵になった魔装器使い達が居て、その使い手達は短い期間で自分達よりも大きい他の傭兵団を追い抜いて目覚ましい活躍を見せているんだよ。それでその傭兵達に対抗する為にウチの傭兵団にも魔装器使いが欲しくなったというわけさ」
「へぇ~そんな事情が有ったのか」
魔装器使いを欲しいのは商売敵と対抗する為らしい。
「で、どうかなカレン? ウチに入らない?」
事情を一通り話したアイシャは早速カレンに自分の所の傭兵団に入らないか?と持ち掛ける。
不意打ちの如く、いきなりスカウトされたカレンはどうしようかなと迷う。
だがアイシャは答えを聞く前にブルーの方に顔を向け、
「良かったら君もどう?」
「は、はぁ? 私も?」
カレンだけでは無く自分もスカウトされ、戸惑うブルー。
「どうしようブルー、傭兵になる?」
「な、何言ってるのよ! 有り得ないわ、私は嫌よ! 傭兵なんて物騒な仕事!」
傭兵になるかどうかとカレンに訊ねられ、ブルーは嫌だと拒否的な反応を見せる。
しかし、そんな反応を見せるブルーにアイシャは諦めることなく、
「物騒なのは否定しないけどでも報酬は良いよ、特に軍からは。それに君達は根無し草でしょ? ウチに入れば住める場所も提供してくれる上に拠点が出来れば君達の自分探しがし易くなると思うよ」
「む、むぅ……」
アイシャの口から出る傭兵になった場合の待遇の良さにブルーの心が揺らぐ。
だがその時、五人にこんな声が掛かる。
「次のお客様どうぞ!!!」
その大声に五人はビクッ!と反応し、声がした方に顔を向けるとそこには笑顔だが眉間に青筋が幾つも浮かんだ受け付けのお姉さんが居た。
しかもお姉さんの口元をよぉく見てみると唇がヒクヒクと震えている。
五人はあっ気付く。
自分達の前に居た列がいつの間にか、居なくなっていることを。
どうやら前の列はもう受け付けで用を済ませて此処から去ったようで、五人は喋ることや相手の話を聞くことに気を取られてそのことに気付かなかったようだ。
そして五人は今度はハッと背後から何かを感じ取り、顔に振り向かせる。
すると背後には『早く前に進めよ………!!!』と言わんばかりに怒りに満ちた表情で五人を睨む後ろの列が居た。
五人は後ろ列の気迫に押され、速攻で自分達の列の受け付けで用を済ませ、用を済ますと疾風の如くその場を後にした。
ペンが進まない・・・・!