撃退
視界にカレンの姿を捉えたリーダー格は身体 を真横に一歩ズラし、垂直に放ったカレンの大剣の打撃を寸のところでかわした。
紙一重で強襲を避けたリーダー格は更にもう二,三歩移動してカレンから距離を取り、すかさず左腕の服の袖から黒い糸をカレンに向けて射出する。
近距離から放たれた黒い糸にカレンは咄嗟に大剣を楯するように前へ出す。
するとカレンに向けて発射された黒い糸は阻むように前に出て来た大剣の刀身に絡み付く。
標的に絡み付かなかったが、大剣を通しても電流は流れるので、 一刻も早く電流を流そうとした。
しかし、その前にカレンが予め開いておいた『核』の背中に在る珠を奥へ詰めるように押す。
『Purge・On!』
声と共に大剣の刃の部分を隠していた鞘の部分がバラバラに弾け飛び、同時に大剣の刀身に巻き付いていた黒い糸が引き千切られる。
『コード・ゼオラル』
直後にカレンの魔装器が己の名前を発するとリーダー格の身体がピクッと反応した。
「(……ゼオラルだと?)」
伝説の英雄が持っていた魔装器の名前を聞いて、流石の黒尽くめのリーダーも動揺したのか、動きが一瞬硬直する。
その動揺を見逃がさなかったカレンは一気に間合いを詰め、掬い上げるように大剣を斜めに振り上げた。
迂闊にも戦闘中に集中力を散漫にしてしまったリーダー格はカレンの斬撃は避けられないと判断したのか、迫り来る大剣に合わせて両手の短剣をクロスさせ、受け止めようとした。
次の瞬間、二人の剣がぶつかり合うとバキィン!!と金属が砕ける音が広場に鳴り響き、木霊が発生する。
「ッ!」
リーダー格は顔に巻いた包帯の隙間から眼を見開いて驚く。
カレンの大剣がリーダー格の短剣の刀身を二本共、横に真っ二つに両断したのだ。
武器を壊されてしまって舌打ちをするが、すかさず両手の短剣をカレンの顔に向けて投げ捨てるリーダー格。
刀身の半分を失っても残った刀身も十分危ないのでカレンは顔を左に傾けて、顔に飛んできた二本の折れた短剣をギリギリのところでかわす。
そしてその直後にリーダー格は黒い糸や短剣が破壊されて状況が不利になったのと判断したのか、一旦『縮地法』でその場から離れようとした。
「ッん!?」
しかし、足を動かそうとした瞬間、片足だけがピクリとも動かすことが出来なかった。
リーダー格は瞬時に視線を真下に傾け、どうなっているかを確かめる。
視線を傾けるといつの間にか、その片足は刀身が左右に別れて出来たカレンの大剣の刀身の隙間に挟まっていたのだ。
慌ててリーダー格は片足をそこから抜こうとしたが、刀身の隙間に足がしっかりとロックされ、抜け出すことが出来なかった。
それでもリーダー格は何とか抜け出そうと足掻きながら、足を掴まれ『縮地法』が使えない状態に陥ったことに焦りを感じ始めた瞬間、バッと顔を上げてカレンに視線を戻す。
視線を戻すと大剣でリーダー格を掴まえたカレンが左手を握り拳にする。
するとその左拳に光が集まるように光輝き始め、やがて左拳は眩い光を放つ銀色の光の玉のような物へと化し、
「『光の鉄拳』!!」
そう叫ぶと同時に左拳をリーダー格の胸元に叩き込んだ。
大剣に足を掴まれているせいでリーダー格は避けることも出来ず、カレンの拳をモロに喰らい、鉄拳の衝撃で大剣の刀身の隙間から強引に抜け外れ、身体をくの字にして吹き飛ぶ。
だがリーダー格の身体は数メートル後ろに進んだところで、地面に着地して止まる。
着地して止まるとリーダー格はすぐに顔を上げて、自分を殴ったカレンに殺意が籠った眼差しを送った。
そんなリーダー格の様子を見て、カレンは二つのことに驚く。
一つは岩をも砕く威力を持った『光の鉄拳』を喰らって、たった数メートル吹き飛んだ程度で済んでいること。
もう一つは鉄拳を喰らって肌けた胸元の怪我の具合が軽いこと。
『光の鉄拳』の威力は上記に述べた通りだが、リーダー格はその鉄拳を喰らって流石に無傷では無いが受けた場所である胸元の損傷が血が滲む程度で済んでいるのだ。
「(手応えはあった………なのに)」
殴った時の感触から確かに手応えを感じたカレン。
殺すつもりで放った訳ではないが、それでも予想を下回る結果にカレンは何か仕掛けがあるのかと怪訝そうに眼を細める。
するとその時。
ブゥゥゥゥゥンという音が霧に包まれた広場の外から聞こえ始めた。
その音が何なのか、リーダー格は知っているようでその音を聞いた瞬間、ピクンと身体が反応する。
「ここまでか!」
舌打ちをしてそう呟くとおもむろに顔に巻いた包帯の上から左手の親指と人差し指をくわえて、ピィーー!!と笛のような音を鳴らす。
「撤収だ! 撤収するぞ!!」
こうなってしまってはブルーを連れ去ることは不可能だと判断したのか、リーダー格はミツルギを囲んでいる仲間の黒尽くめ達に撤退の指示を出した。
ーーーしかし、
「?」
リーダー格は異変を感じた。
霧のせいでお互い姿が見えない為、眼や手によるサインではなく、声で指示を出さなければ相手に伝わないこの状況でリーダー格から指示が出たのに黒尽くめ達は何の返事も返さないことに。
もしや!とリーダー格は眼を丸くする。
返事が無いということは四人全員、ミツルギにやられてしまったという可能性が高い。
霧のせいで本当にそうなのか確認の仕様が無い上に直接行って確かめる時間もない為、リーダー格は忌々しそうにカレンを睨むと、舌打ちと共に広場の外に向かって駆け走り、霧の中へ消えて行った。
「カレン!」
と、リーダー格と入れ替わるようにミツルギがカレンとブルーの元までやってきた。
ミツルギが来たということはリーダー格が予期した通り、四人の黒尽くめ達はミツルギに倒されたようだ。
「ミツルギ! 無事だったんだね!」
「それはこちらの台詞だ、君こそ大丈夫なのか?」
「僕はとりあえず大丈夫だよ。僕よりも彼女の方がーーー」
「カレン! ミツルギ!」
カレンがブルーに視線を移した瞬間、背後から聞き覚えのある声が響いた。
三人はその声に反応して振り向くと、霧のせいで姿はハッキリ見えないが次第にその姿の輪郭が鮮明されていき、そう経たない内に声の持ち主は三人の眼の前に現れ、姿を露にする。
「三人共、無事!?」
「「アイシャ!」」
カレンとミツルギ声が重なる。
二人を呼んだ声の主は銀髪の傭兵少女、アイシャだった。
「皆宿屋に居なくて探してみたら、こんな所で居たなんて………一体何が在ったの?」
「それは……」
何と説明したら良いのか、カレンはうまい言葉が見付からず言い淀む。
そんなカレンの対応に対し、怪訝そうに眉を吊り上げたアイシャの視線がカレンの右腰辺りに止まるとアイシャの眼が見開く。
「カレン!? ………それは」
右腰に短剣が刺さっていることに気付いたアイシャは驚愕する。
「だ、大丈夫だよこんなの………」
「大丈夫な訳あるか! 早く病院へ行くぞ!」
腰が短剣に刺されるという重傷を負っているので、ミツルギは早く病院に診て貰うべきだと、カレンの左肩を掴む。
「………それならブルーも一緒に連れて行きたいんだ。彼女もボロボロなんだ」
地面に尻餅を着いているブルーに指を指して、ブルーも病院へ連れて行こうと促す。
そんなカレンの言葉を聞いたブルーは両手と両足に力を入れて、立ち上がろうとする。
「よ、余計なお世話よ………この程度のダメージなんか」
強情にも助けなど要らないと述べたブルーはプルプルと震えながら何とか自力で立ち上がった。
カレンが駆け付けた時には腕一本動かす力も失っていたが、『ゼオラル』の"共鳴,,という不思議な現象で力を少しずつ取り戻していたブルーは水蒸気で生まれた霧や水で出来た分身体を作り出せるだけではなく、自力で起き上がれるまで回復していたようだ。
だがその足で立ち去ろうとするもやはり無理をしているようでフラ付いた身体は足を一歩動かした瞬間、大きく傾いて倒れそうになる。
しかし、完全に倒れる前にアイシャが素早くブルーの身体を支えた。
「は、離しなさいよ!」
「そんな状態で何を言っているの! 君も病院で診て貰った方が良い!」
ロクに歩ける状態では無いのにそれでも助けを拒むブルーを一喝し、カレンと同じく病院で診て貰うべきだと訴えるアイシャ。
するとアイシャは人差し指を霧で見えない広場の外側に差す。
指が差した方向からには未だにブゥゥゥゥゥンという音が鳴り響いており、しかもその音はどんどん広場の方に近付いていた。
「聞こえるでしょあのサイレンの音が? 『トロイカ』軍の憲兵隊がもうすぐ傍まで近付いて来ている、ロクに歩けないのに憲兵隊から逃げ切れると思う?」
アイシャにそう指摘されて、う"とブルーが口ごもる。
流石のブルーも今の状態で『トロイカ』軍の憲兵隊とやらから逃げ切れるのは無理だと理解したようだ。
「悪いことは言わない、私達と一緒に逃げよう。君もこんなところで捕まりたくないでしょ?」
宥めように共に逃げようと勧められたブルーはアイシャから視線を外し、考えるように少しの間、口を閉ざす。
すると観念したかのように両目を閉じると、
「……礼は言わないよ」
素直ではないが、それが最良の選択だと判断したブルーは病院へ連れて行ってもらうことを了承する。
ブルーが同意するとミツルギはカレンに肩を貸し、アイシャと同じにようにカレンの身体を支え、
「よし、行くぞ!」
即座に出発の合図を出すと四人は広場の外側へ向かう。
動き始めたと同時にブルーは残り少ない力で霧の量を増やし、霧の漂う範囲を広場の外側まで広げた。
霧が外側まで広がったことで広場の外側でカレン達を見ていた野次馬達も霧に包まれる。
広場の中で漂っていた霧が自分達の所にもやって来て、しかも周囲が見え難くなったことに野次馬達は混乱し、次々とその場から逃げ出す。
その混乱に乗じてカレン達は逃げ出す野次馬達の群れに紛れて、広場から離れる。
そしてある程度広場から離れると四人は群れから外れ、徒歩で一番近い病院へ向かった。