捨て身の救出
広場に響き渡った声に黒尽くめ達は足を止め、声がした方に視線を向ける。
そこには少し息を切らしながら手に大剣を下げた少年、カレンが居た。
リーダー格の黒尽くめはカレンの姿を一瞥すると哀れそうに鼻で笑う。
「馬鹿め、あのまま逃げていれば少しは長生き出来たものを……」
たった一人でむざむざ此処へ戻ってきたカレンを愚か者と言わんばかりにそう吐き捨てたリーダー格は手の空いている三人の黒尽くめ達と目線を合わせる。
するとそれだけで三人の黒尽くめ達は即座に『縮地法』でカレンとの間合いを一瞬で詰めた。
三人共カレンの正面に現れると同時に服の袖から短剣を出し、カレンの内臓や首元目掛けて短剣を突き出す。
咄嗟にその攻撃に反応したカレンは身体を右にズラすと共にくるりと一回転する。
カレンが右へズレたことで黒尽くめ達の短剣はカレンの左側を通り過ぎ、そして相手の攻撃を回避したカレンは回転した直後に大剣を三人の黒尽くめ達に目掛けて、水平に振るった。
「『剛魔』!!」
振るった瞬間、大剣から風の塊が放たれ、三人の黒尽くめ達が居る場所に着弾する。
風の塊が着弾したことで着弾場所から土煙が舞い上がった。
土煙が上がったせいで風の塊が黒尽くめ達に当たったかどうか分からなかったが、カレンにはちゃんと見えていた。
次の瞬間、カレンの視線が左方に傾く。
同時に大剣を左手に持ち変えながら大剣の側面を視線が傾いた方向に出した。
すると直後に二本の短剣が大剣の側面に突き刺さり、鈍い金属音が鳴る。
カレンの右側面に黒尽くめの一人が出現していたのだ。
更にカレンの視線が右方に傾く。
そして今度はカレンの左側面に二人目の黒尽くめが現れ、現れた瞬間、左手に持った短剣をカレンの首筋に向けて水平に振るう。
咄嗟にカレンは右掌を首元の手前に移動させ、伸びてきた黒尽くめの左手首を掴む。
掴まれたことによって黒尽くめの短剣は首筋の寸のところで止まり、カレンはこの攻撃もなんとか防いだ。
……しかし、その後、背後からドスっと何か刺さった音がカレンの耳をカスッた。
「…………!」
カレンは自分の口から一筋の血が垂れていることに気付く。
「…………ッ!!」
続いて腰の右側辺りから痛みを感じる。
カレンは振り向かなくてその痛みが何なのかを悟った。
痛みの原因は己の腰に短剣が刺さっているから。
そして己の背後には三人目の黒尽くめが立っていることも。
「ぐ………」
悟った途端、刺さった所から激痛が走り、苦痛の声が洩らすカレン。
『白霧山脈』の時と同じように激痛は身体のあらゆる機能を麻痺させ、全身の力が抜け落ちるようにカレンの身体はグラッと前屈みになって、地面に倒れそうになる。
「ふっ……終わったな」
腰に短剣が刺さったこととカレンの様子を見て、カレンに手首を掴まれた黒尽くめは仕留めたと確信、鼻で笑う。
だがそんな期待を裏切るようにカレンは歯を食い縛り、持ち前の気力で踏み留まった。
直後にカレンは右手で掴んだ黒尽くしの左手首を手の力だけでグギッとへし折った。
「がぁ!!?」
突然、腕を折られて低い悲鳴を上げる黒尽くめ。
そして前屈みになったままだが、カレンは腰から来る激痛に耐えながら右手で掴んで止めた黒尽くめに左手首を逃がさないように強く握り直し、両足の方にも力を入れる。
「づぉおおおおおおおお!!!」
「……なっ!」
すると雄叫びのような咆哮を上げたカレンは左側面に居る黒尽くめを掴んだまま、右足を軸にして回転し始めた。
突然自分も巻き込んで回転し始めたこともそうだが、短剣が刺さっているのにも関わらず、回転が出来るカレンの精神力に黒尽くめは驚きの声を上げる。
「「!!」」
予想外の行動にカレンの右側面と背後に居た二人の黒尽くめも驚くが、即座に『縮地法』で数十m下がって、カレンから距離を取る。
理由はカレンが回転し始めたことによって、カレンを軸にして回る仲間の黒尽くめと大剣を避ける為でもあり、何故カレンは回転を始めたのか、その狙いを見極める為でもあった。
「っだぁぁ!!」
やがて回転し始めてから回転数が十回になるとカレンは金髪の少女を縛っている黒尽くめのリーダー格目掛けて、右手の黒尽くめをブン投げた。
ブン投げられた黒尽くめは回転によって付いた遠心力とカレンの怪力が合わさってまるで豪速球のように腹を前に出して飛んで行く。
自分の所に向かって来る仲間に対してリーダー格はその場から離れて回避したいのだが、金髪の少女を黒い糸で縛っている為、その場から動くことが出来ずにいた。
ならその黒い糸を外せば良いと思うのだが、そうはいかないのだ。
何故なら黒い糸を外せば確かに動くことが出来るのだが、糸を外すと少女の拘束が一部分解けてしまい、そのせいで少女が逃げてしまうかもしれない。
だからリーダー格は糸を外すことなど出来ないのだ。
しかし、投げ飛ばされた黒尽くめがリーダー格の5m前まで接近するとカレンから離れた二人の黒尽くめが道を塞ぐようにリーダー格と投げ飛ばされた仲間の間に現れる。
そうするとリーダー格と接触する前にその二人が投げ飛ばされた仲間と接触し、二人は力を合わせて向かって来た仲間を受け止めた。
投げ飛ばされた黒尽くめの体重は目測で言うと70㎏有るか無いぐらいだが、飛んでいた速度は有に100㎞は越えていたので、仲間を受け止めた二人の黒尽くめには凄まじい力がのし掛かり、二人は必死に足でブレーキを掛けるがそれでも二人の身体は前を向いたまま勢い良く後退していく。
二人がそのまま後ろに下がっていけば、リーダー格にぶつかってしまうが二人の必死のブレーキがやっと効いてきたのか、途端に後退する速度が落ちていき、やがてリーダー格のギリギリ手前で投げ飛ばされた方も含めて三人の身体は停止する。
砲弾のように飛んできた仲間の一人が止まってくれてリーダー格は安堵の溜め息を溢す。
「『白周転』!」
「!!」
安心したのも束の間、カレンは今度は大剣をブーメランのように投げ飛ばした。
しかも投げ飛ばされた大剣の刀身は白い光のような物を纏い、回転しながら飛ぶそれはまるで白い円盤のようだった。
そしてその白い円盤は黒い糸使ってクロスするように金髪の少女をX状に縛った黒尽くめ達の左半分側に居る黒尽くめ達の方へ向かう。
左半分側に居る黒尽くめ達は反対側に居るリーダー格の騒動に注意が向いていた為、カレンへの注意が散漫になり、カレンが行動を起こした直後にはもう白い円盤もといブーメランのように回る大剣はすぐ傍まで迫っていた。
反応が遅れて動くことが出来ず、ただ迫る来る大剣を眺めることしか出来ない黒尽くめ達だったが、予想外にも大剣は黒尽くめ達の目の前を通り過ぎただけだった。
だが代わりにある物を切り裂き、それを見た黒尽くめ達は気付く。
カレンの狙いは自分達では無く、金髪の少女を縛っている黒い糸だということ。
つまりカレンが投げ飛ばした大剣はXの左半分側に居る二人の黒尽くめを切り裂かなかったが、二人が少女に繋げていた黒い糸が切り裂いたのだ。
よって少女を縛っていたXの左半分側の黒い糸の拘束が解かれ、少女の左半分が地面に落ちる。
「!」
すると突如、Xの右半分側の上側に居る黒尽くめだけが何か察し、顔を上げて上空に視線を向ける。
見上げるとそこには何時の間にか、数m先の上空に舞い上がったカレンの姿が在った。
黒尽くめ達がそこまでの距離まで接近に気付かなかったのは恐らく、黒尽くめ達の注意が今度は大剣に向いていたからだと思われる。
十分な距離まで間合いを詰めたカレンは魔装器である大剣に『戻って来い』と念じた。
その念じに応えて大剣が『瞬間移動』でカレンの右手に戻ってくる。
手元に戻るとカレンは即座に大剣を大きく上に振り上げ、降下地点に居る、Xの右半分上側の黒尽くめに向けてその大剣を振り下ろした。
大剣を向けられた黒尽くめはもし拘束が解かれて少女が逃げ出した時のことを考え、ここでやられる訳にはいかいないと判断すると瞬時に黒い糸を外し、『縮地法』でその場から離れる。
黒尽くめがそこから去ったことで振り下ろされた大剣は黒尽くめが立っていた地面を砕く。
その砕いた時に発した破壊音が響いたことによって、他の黒尽くめ達もようやくカレンの存在を認知する。
己の存在が認知された直後、カレンは地面に着地し、そしてすかさずに振り向き、
「『剛魔』!!」
Xの右半分側の下側に居る黒尽くめ達のリーダー格と仲間の黒尽くめを抱えた二人の黒尽くめに向けて風の塊を放つ。
自分達に向けて風の塊を放たれた黒尽くめのリーダー格は上側に居た仲間と同様、少女を縛っていた黒い糸を外す。
仲間の黒尽くめが砲弾のように自分の所へ飛んできた時は少女の逃走を考えて、黒い糸は外さなかったが、もう四人の内、三人の糸が少女から外れてしまった今、自分の身を呈して糸を守る必要は無いと思ったのか。
リーダー格も『縮地法』でその場から離れる。
しかし、仲間の黒尽くめを抱えた二人の黒尽くめは仲間を抱えたままでは『縮地法』は使えないのか、普通に走ってその場から離れようとした。
だが普通に走るだけでは風の速度で飛ぶ風の塊には逃げられる訳がなく、風の塊はあっという間に二人の背中に追い付く。
「「!!!」」
次の瞬間、二人の黒尽くめの背中に風の塊が直撃し、二人はくの字に為って塊に背中を押されたまま、大きく前方へ吹き飛ぶ。
そして約10m程まで飛ぶと膝から地面に落ち、前転するように縦向きに地面を転がる。
更に落ちた衝撃で二人掛かりで抱えられていた仲間の黒尽くめも放り出されるような形で地面へ落ち、クルクルと丸太のように横向きに地面を転がった。
黒尽くめの三人は5,6回転がると前転の方が早く終わり、横向きの方は十回程で遅れて終わるが三人の身体はやっと停止する。
「っ! くそが!!」
離れた所からその様子を眺めていた黒尽くめ達のリーダー格は例え魔装器使いだとしても所詮は一人なので楽勝だと思い、舐めて掛かって部分が在ったのか、仲間が三人も倒されて後悔したかのように顔を伏せて忌々しそうに舌打ちをした。