離脱
一瞬で離れた場所まで移動してみせた黒尽くめの男達の移動方法を見破った直後、黒尽くめの男達は両手に持った短剣を三人に突き刺そうと両手を突き出す。
男達は全員で十人居るのでそれぞれ三つのグループに別れて、カレンの方は三人、ロロの方も三人、少女の方は四人といった構成で三人に襲い掛かる。
そして、キィィン!!と鋭い金属音が広場に響き渡った。
音の発生元はカレンの方からだった。
カレンは合計六本の短剣が自分に刺さる前に咄嗟に大剣の側面を盾代わりにして、短剣全てを防いだのだった。
「ちっ、防いだか」
「流石は魔装器に選ばれることはあるか」
「だが、誰であろうと排除するまでだ」
自分達の攻撃を防がれて、黒尽くめ達の一人は舌打ちをしたり、もう一人はカレンを賞賛したり、更にもう一人は排除することは変わりないと述べたりする。
「二人共、無事!?」
黒尽くめ達の意外な戦法に対し、カレンは二人も自分と同じように攻撃を防げたかどうか、心配になってロロと少女を呼び掛ける。
本当ならこの眼で二人の安否を確かめたかったカレンだったが、目の前に居る黒尽くめ達から眼を離すこと出来ない為、声だけで確かめるしかなかった。
「心配なんて要らないよ! 私はあんた達と違って、コイツ等の実力をちゃんと知ってるんだから!」
最初に応えたのは金髪の少女だった。
少女は自分の手前に四角形の水の防壁を作って、それで四人掛かりの短剣を防いでいた。
しかし………
「ロロ?」
ロロだけが返事を返さなかった。
すると背後からドサっと何かが倒れるような音がカレンの耳をカスッた。
その音を聞いた瞬間、カレンの頭の中で嫌な予感が過る。
「っだあああああ!!」
雄叫びのような声と共にカレンは腕に力を名一杯入れ、大剣で六本の短剣を押し上げて力任せに自身の前に三人の黒尽くめ達を押し飛ばした。
カレンの怪力によって押し飛ばされた三人は約10m先の地面に落下する。
そしてカレンはすぐさま振り返り、ロロの姿を視認した。
………その瞬間、カレンは言葉を失った。
自分のすぐ手前の地面に左肩と腹に短剣が突き刺さった状態で横たわるロロがおり、短剣が刺さったままの傷口から血が溢れて、地面に小さな血溜まりが出来ていた。
ロロの姿を見て、カレンは腹の底から様々な感情が沸き上がる。
「ロロ!!」
カレンは喉を振り絞ってロロの名を叫び、同時にロロの方に居る三人の黒尽くめ達に『剛魔』と言うなの風の塊を放つ。
至近距離から風の塊を放たれた黒尽くめ達だったが、即座に『縮地法』でそれぞれ右方や左方に移動し、先程居た場所から30m程離れる。
攻撃は当たらなかったが、黒尽くめ達をその場から退かすことが出来たカレンはロロに手を伸ばそうとした。
「お前も死ね」
その寸前、カレンの背後から冷たい声が響く。
10m先まで押し飛ばされた黒尽くめ達が『縮地法』で戻ってきたのだ。
不覚にも背後を取られたカレンは振り向いて迎撃しようとしたが間に合う訳がなく、六本の短剣がカレンの無防備な背中に突き刺さる。
「「「!!」」」
だがその瞬間、黒尽くめ達の左側面から巨大な水の波が押し寄せ、黒尽くめ達は避けることすらままならず波に飲み込まれ、そのまま波が移動を止めるまで連れ拐われた。
黒尽くめ達が連れ拐われていく様子を横目で捉えつつ、カレンは左手を短剣に刺された背中に回す。
確かに短剣は刺さったが、刺さった深さは非常に浅く。
たった2,3mm程度の深さだった。
流れ出る血の量も少なく、命に危険のある怪我ではない。
しかし、あの波が来なかったら短剣はもっと深い所まで刺さり、致命傷となっていたであろう。
そう思ったカレンは波がやって来た方向に顔を向ける。
「戦闘に余所見してるんじゃないわよ! 死にたいの!?」
向いた瞬間、そんな第一声が飛んだ。
この声の主は金髪の少女、彼女は流されて行った黒尽くめ達が立って居た所に左掌を翳して、カレンに声を掛けていた。
姿勢から見て、やはりと言うべきか。
彼女がカレンを助けたあの波を放った張本人だった。
あれほどの量の水を生み出し、且つ操れるのはこの場でただ一人、彼女に居て他ない。
その証拠にあの波が走って来た跡、分かり易く言うと地面が濡れている跡を辿ると少女のすぐ手前に地面で終わっている。
すると少女は視線を波へと移す。
移した直後、三人の黒尽くめ達を連れ拐った波が広場の隅に立っている樹木に激突し、バキキっ!!とその樹木をへし折ると共に進行を止めて、ただの水へと変わり、大量の水がその場で広々と拡散する。
一方で波の中に居た三人の黒尽くめ達は波が樹木に激突した際に自分達も同じく、樹木に激突して更にそのせいで気絶したのか、波から解放されると地面に横たわった状態でピクリとも動かなくなった。
その様子を遠目で確認した少女は翳していた左掌を下ろす。
次の瞬間、少女の身体が崩れ落ちるように透明な液体へと変貌し、地面に落ちて拡散した。
直後に少女が張っていた水の防壁も崩れ落ち、ただの水と成って同じく地面に落ちて拡散する。
少女が液体に変わる現象は盗賊団のアジトで見せた、己の姿を消す技だった。
何処へ消えたのかとカレンが少女を探そうとした瞬間、横たわっているロロの前の方の地面から、まるで水面から身体を出すように金髪の少女がカレンに背を向けた状態で飛び出した。
奇想天外な登場の仕方にカレンは思わずビクッと驚く。
カレンがそんな反応したことなど知らず、少女はカレンにだけ聞こえるように小さな声で囁く。
「コイツ等は私が抑えるから、アンタはそいつを連れてさっさと此処から逃げなさい」
少女は背を向けたまま、ロロを連れてこの場から退くように促す。
対してカレンも小さな声で、
「でも君だけを置いて行くなんて……」
「私なら大丈夫、アイツ等とは何度も戦って逃げてきたのよ。アンタ達が逃げ切れるだけの時間を稼いで、その後は自分も逃げることぐらい朝飯前よ」
黒尽くめ達とは何度も戦い、そして逃げてきたと述べる少女はカレンが逃げ切る時間を稼ぐ上で自分も黒尽くめ達を撒いて逃げ切れると自信有毛に語る。
「奴等の狙いはあくまで私よ。アンタ達が逃げても私から眼を外さないわ。だから早く行きなさい。そいつが死ぬ前に」
少女に強く薦められ、カレンは足元に居るロロに視線を傾ける。
確かに早くこの場から離れて、ロロを病院に運ぶか或いは回復魔法を扱える者に治療して貰わなければロロは死んでしまう。
一応少女も回復魔法を扱えるが今は戦闘中、しかも複数の敵に囲まれている状況なのでとてもそんな余裕はない。
おまけに傷を治す知識や回復魔法を扱えないカレンにはロロを治療することなど出来る筈もない。
それを知ってかどうかは知らないが、つまり少女は暗にロロを治療してくれる場所へ急いで運んでやれと言っているのだ。
「…………ッ」
カレンは唇を噛み締めた。
己の無力さ。
そして少女が一人で黒尽くめ達を抑えてくれなければこの場を切り抜けられない、自分の不甲斐なさに苛立ちを感じていた。
だが、そうしなければロロを助けられないと思ったカレンは決断する。
「待ってて、ロロを病院へ運んだらすぐ戻ってくるから!」
少女の言う通りにしようと決めたカレンはロロを片手だけで担ぎ。
運び終わったら戻ってくると言って、広場の外へ駆け出した。
「戻ってこなくて良いわよ! というかその頃にはもう逃げているわよ!」
カレンの言葉に対し、その必要はないと相も変わらず背を向けたまま、そう言い返す少女。
「逃がたぞ!」
黒尽くめ一人がカレンとロロを逃がすまいと追い掛けようとした時、仲間の一人が手を出して制止する。
「放っておけ、今はEー67の確保が最優先だ。始末するなら確保した後で良い……」
仲間の一人がそう促すと他の黒尽くめ達もその指示を同意して頷く。
金髪の少女を捕まえる為に人数を割けたくないのか。
それとも今言った通り、少女を捕まえることが最優先事項なのか。
どちらにせよ、黒尽くめ達は広場から立ち去ろうとするカレンとロロを追おうとはせず、少女を捕らえることだけに専念するのだった。