黒尽くめの男
突然少女が大声で叫んだことにより、カレンとロロはビクッとたじろぐ。
よもやそんな大声で叫ばれるとは思いもよらなかったのだろう。
一方で少女は大声で叫んだからか、息が少し荒くなっている。
おまけに予想外の願いを聞いて相当堪えたのか、少女は叫んだ後も顔が赤くなったままだ。
やがて数秒の間を置いて、少女は息を整えるとジロッとカレンを睨む。
その反応に対してカレンは苦笑を浮かべて、
「駄目かな?」
「駄目に決まってるでしょ!」
即答だった。
重ねて少女は言う。
「会って間もない人といきなり共に旅するなんて出来る訳ないでしょ! しかも、お、お、男の子と二人っきりなんて!!」
顔を更に赤くしてそう言い放つ少女。
年頃の女の子にとって、異性と二人っきりで旅をするのは色んな意味でかなりの抵抗があるようだ。
そして少女はカレンに向けてビシッ!と人差し指を突き立てる。
「大体、なんで私の自分探しの旅に混ざりたいのよ!?」
そもそもカレンは何故、少女の出身探しに混ざりたいのか? 少女がその訳を問うとカレンは少し困ったような恥ずかしそうな顔をして、
「………不安なんだ」
「不安? 何がよ」
「考えたんだ、君にペンダントを渡し終えたから僕も自分探しの旅に出なきゃいけないなぁって」
後頭部を掻いていた片手を胸元に持ってきて、その掌を見詰めながら喋り続ける。
「でも記憶を失った僕は自分のことどころか、この世界の常識や知識も忘れてしまって、右も左も分からない状態になっちゃって、その状態で旅なんて出来るのか正直不安……というか、無理だと思うんだ。だからーー」
「だから一緒に旅をする仲間が欲しい………そういうこと?」
「うん、そうだよ」
躊躇うことなく、カレンは少女の言葉を肯定した。
カレンが肯定すると少女のさっきまで赤くなっていた顔が無表情な顔に一変する。
「最初は何を言い出すのかと思ったけど、随分都合の良い事を言うじゃない?」
「そうだね、僕が言ったのはお願いと言うよりも我が儘だ」
『都合が良い』と少女に指摘されたカレンは素直にそれを認め、自身が述べたのはお願いではなく、我が儘だと自分自身で評すると己を卑下するように苦笑を浮かべる。
「僕がここまで来れたのはロロやアイシャ、ミツルギ達のお陰で僕一人じゃ絶対に来れなかった。ロロ達には本当に感謝している、此処に来るまで色んなことを学べたから…………正直に言うとロロ達とはもっと一緒に居たかったけど、ロロ達にはロロ達の都合有る。僕の我が儘に付き合わせることなんて出来ない。ならせめて"僕と同じ目的を持った人,,と旅がしたいと思ったんだ」
「それが……私ってこと?」
少女がそう言うとカレンはコクンと頷く。
「多分、色々と面倒を掛けちゃうけど………やっぱり駄目かな?」
一度速攻で断られたせいか、ダメ元気味だがカレンは『一緒に旅をしないか?』と聞いてみた。
その問いに対して少女は一瞬の間を置いて、
「悪いけど、私には―――」
「見付けたぞ」
するとその時、少女が返答を返すのを遮るように少女の後方から声が響いた。
「「?」」
「!!」
カレンとロロは『誰だ?』と言った感じに首を傾げて、声が聞こえた方に眼を向ける。
片や少女はその声を聞いた瞬間、眼の色を変えて勢い良く振り向く。
同時に『核』を呼び出し、右手でそれを掴むとそのまま予め持っていた一つ輪に二つの棒が伸びた『ガジェッター』の輪の中に嵌め込んだ。
『Rezi・In』
『核』と『ガジェッター』の方から起動声が響いた直後、二つの棒の先から青い棒が伸びるようにみるみると形を形成していき、やがて『核』が嵌め込まれた『ガジェッター』は蒼いオール型の魔装器へと変貌する。
「探すのには苦労したぞ」
金髪の少女の魔装器が『Rezi・In』を完了すると共に少女の言葉を遮った声の持ち主が再び喋った。
二人とも顔見知りのようで、キッ!と少女はその声の持ち主を睨み始める。
少女の視線を辿ると持ち主は少女から約15以上離れた所にポツンと立っていた。
長身と声からにして男性のようだが、カレンとロロはその人物のことを不審な人物にしか見えなかった。
何故ならその男は全身を覆う程の真っ黒なコートを羽織い、更にズボンから靴・グローブまでも黒尽くしで、頭にはコートのフードを被り、顔は包帯を巻いて素顔を隠しているなど、普通の人間がするような格好では無いからだ。
「今日こそは連れて返すぞ、E-67」
淡々とした口調で金髪の少女をそう呼ぶと黒尽くめの男はスタスタと歩いて少女との距離を詰め始めた。
その言動と行動に反応して、少女は威嚇するようにオール型の魔装器の先端を黒尽くめの男に向け、
「その名で、呼ばないで!!」
不快そうにそう叫ぶ。
魔装器を向けられ、黒尽くめの男はピタリと足を止める。
相当な因縁が有るのか、黒尽くめを睨む少女の顔はまるで親の仇を見るような険しい表情だった。
二人の関係は詳しく知らないが、仲の良い関係では無さそうということだけは確かだ。
一方で二人のやり取りを後ろから眺めていたカレンとロロは何がなんだが分からず、困惑しつつも少女に声を掛ける。
「えーと……誰なのあの人?」
「……知り合いなのか?」
二人が恐る恐る声を掛けると少女は前を向きながら二人にこう伝える。
「アンタ達、死にたくなかったら今すぐ此処から消えなさい」
「「へ?」」
予想外の返答に二人は耳を疑う。
だが次の瞬間、その疑いが確信へと変える。
「「!」」
二人は気付いた。
自分達を囲むように少女の数m前に居る黒尽くめの男と同じ格好をした男達がまるで最初からそこに居たかのように、いつの間にかカレン・ロロ・少女の周りを数m離れた位置で360°包囲していた。
人数は最初に現れた黒尽くめの男を含めて10人。
カレン達を逃がさないように囲むには十分な数だった。
「逃がしはしない、お前達もだ」
少女の正面の方に立つ黒尽くめの男がそう告げる。
どうやらカレンとロロも何らかの標的に加えたようで、遅かったか!と言いたげに少女は眉を潜めて舌打ちをした。
「コイツ等は私と何の関係も無いわ! 狙うなら私だけにしなさいよ!」
「……お前がそいつ等と関係が有るか無いかはこちらが判断する。それ以前に我々を見た以上、生かして返す訳にはいかない」
黒尽くめの男は依然淡々とした口調で少女に返答する。
その返答を聞いて少女は唇を噛み締め、カレンは片方の眉だけを吊り上げ、ロロは『えぇっ!?』と驚愕した。
すると黒尽くめの男達はコートの両方の袖から何かを取り出した。
取り出したのは二本の短剣で、男達はその二本の短剣をそれぞれ両手で持ち、戦闘態勢を取ってジリジリと距離を縮め始める。
対してはカレンとロロは危機感を覚えて、考える間でもなく戦わなくちゃと即決し、こちらも戦闘態勢を整えようとした。
ロロは肩に掛けて下げた鞄から弓と矢を取り出す。
片やカレンは腰に掛けて下げていた剣のグリップ型の『ガジェッター』を取り出し、次は山吹色の甲虫型の『核』を呼び出して、それを左手で掴みむとそのまま『ガジェッター』の柄の部分に差し込んだ。
『Rezi・In』
『核』と『ガジェッター』から起動音が鳴った直後、刀身の無いグリップ型の『ガジェッター』から伸びるようにみるみると柄の上から刀身が形成されていき、やがて刃の部分がゆるやかな大剣型の魔装器へと変貌する。
お互い武器を取り出したカレンとロロはすぐ背中を合わせて、ジリジリと迫ってくる黒尽くめの男達を向かい討つ態勢を整えた。
とカレン達が武器を取り出した瞬間、黒尽くめの男達の足がピタリと止まる。
「魔装器?」
金髪の少女以外に魔装器を持っている者が居たこと意外だったのが、最初に現れた黒尽くめの男は顔に巻いた包帯の隙間から覗かせている眼を細くする。
他の黒尽くめの男達も少なからず驚いているようで、仲間同士で顔を見合った。
相手の眼がこちらを逸らしたことを見逃さなかった金髪の少女はその隙を突いて『ガジェッター』に嵌め込まれている『核』に手を伸ばし、身体の前半分を傾けて逆さまにさせた。
『purge・on!』
魔装器から脱着の言葉が鳴ると共にオール型の魔装器の水掻き部分が幾つもののパーツと成って、バラバラに吹き飛ぶ。
そして鞘としての役割を持っていた水掻き部分が無くなったことで、蒼い棒の両端に三つの金色の矛が姿を現し、一瞬でオール型の魔装器は鎌槍型の魔装器へと変貌した。
隙を突かれて少女の魔装器を『Detroit・Mode』に移行させてしまって、しまった!と思ったのか、黒尽くめの男達は身体を一歩後退させる。
「伏せなさい!」
「「へっ?」」
いきなり少女にそう促された二人は思わず横目で少女の方に視線を傾けた。
視線を傾けると少女が鎌槍の中央側の鋒を正面に居る黒尽くめの男に向けていた。
次の瞬間、鎌槍の"両端の鋒,,から一本線の高圧水流が〝二つ〟飛び出す。
一つは少女の正面に居る黒尽くめの男に向かって、そしてもう一つは少女の後ろに居る"カレン達に,,向かった。
何故、後ろに居るカレン達にも高圧水流が迸ったかと言うと理由は実に簡単。
少女が持っている鎌槍型の魔装器は一直線に伸びた棒であり、その棒の片方の端が真っ直ぐに前方に向いたのなら、もう片方の端は反対に後方に向くことになる。
つまり鎌槍の鋒は前方と後方の二つに向けられていて、両端の鋒から高圧水流が迸ったからカレン達の方にも高圧水流が飛んで来たのだ。
少女が『伏せろ』と言ったのはこう言うことである。
「えぇお!?」
「うひゃあぁ!!?」
鋒から高圧水流が飛び出す瞬間を目撃したお陰で、奇声を上げながらも二人は蛙のように上半身を伏せ、間一髪で高圧水流の直撃を避けた。
少女の正面に居る黒尽くめの男も素早い動作で地面を蹴って真横に移動し、水流を避ける。
逆にカレンとロロが上半身を下げたことで高圧水流は二人の頭上を通過したことで、奥に居た黒尽くめの一人の脇腹を切り裂かれた。
どうやら腹に負傷を負った男から見て二人の身体が位置的に鎌槍の鋒を隠していたのが原因らしく、鋒から水流が飛び出す瞬間を目視出来なかったせいで反応が遅れてしまったようだ。
しかし、仲間が一人やられたが他の黒尽くめの男達はその仲間の元へ駆け付けることも無ければ、声を掛けることしなかった。
いや、正しく言うとそんな余裕等無かった。
鎌槍の中央の鋒の左右に位置する第二第三の鋒から、更なる高圧水流が飛び出したからだ。
しかも両方から。
第二第三の鋒はそれぞれ中央の鋒を90度曲げたように右左に向いており、新たな高圧水流は中央の鋒と同じく、鋒が向いている方向に水流を飛ばしており、鎌槍の両端から新たに出た四本の高圧水流は少女の右翼、左翼の方向へ迸る。
四本の高圧水流の射線上に居た黒尽くめの男達は身体を伏せたり、身体を横にズラしたり、その場から離れる等、それぞれ様々な方法であったが全員難なく回避してみせた。
だが、攻撃はそれだけで終わらなかった。
「Water・Dance!」
少女がそう囁いた瞬間、鎌槍から高圧水流を放出し続けた状態のまま、片足を軸にして身体を回転し始めた。
それに合わせて六本の高圧水流も回転し始め、少女の周囲に在った広場の噴水や木等が水の刃によって容赦なく斬り倒おれていく。
当然、黒尽くめの男達にも六本の水の刃が襲い掛かる。
だが次の瞬間、高圧水流が当たらないよう、今も地面に伏せているカレンとロロは眼を疑った。
高圧水流が当たる寸前、黒尽くめの男達の姿がまるで意図的に視線をズラして、対象を見えなくしたかのように忽然とその場から消えたのだ。
何処へ行ったんだとカレンとロロは顔を左右に振って、黒尽くめの男達を探す。
だがしかし、地面に伏せているせいで視界が狭くなり、黒尽くめの男達の足元しか見えない程の状況が悪いカレン達では男達が何処へ行ったのか、分からなかった。
すると回転をし始めてからたった2秒で少女は回転と高圧水流の放出を同時に止め、何かを向かい討つように構え直す。
頭の上の嵐が収まったことでカレン達も立ち上がって、武器を構え直すと共に消えた黒尽くめの男達を見付ける為、辺りを見渡す。
辺りを見渡しと少女から半径約20m以内の物が殆ど薙ぎ倒されていた。
しかし、薙ぎ倒された物の中で黒尽くめの男達の姿は何処にも無かった。
「「!」」
とそこでカレンとロロはハッと眼を見開く。
二人は見付けたのだ、黒尽くめの男達を。
だが彼等の存在を確認した瞬間、二人の表現が怪訝っぽくなる。
原因は彼等が今立っている場所に有った。
彼等は元居た場所からおよそ40m程後ろに下がった場所に立っていたからだ。
「いつの間に……」
「ど、どうやったんだ?」
二人は揃って困惑する。
黒尽くしめの男達は魔装器を持っていなかったので、盗賊団のアジトで戦った盗賊団のボスのように魔装器の能力を利用した移動方法をではないことは確かだ。
ならば一体どんな方法を使えば、たった数秒の合間であんな遠くまで移動出来るのか、見当が付かない………と、二人はそう思った。
「「!!」」
だがそう思っていた中、遠く離れていた筈の黒尽くめの男達が一瞬にして三人の目の前に現れたのだ。
そして二人は思い出す。
〝あの移動方法〟を使えば、魔装器の力を借りなくても一瞬である程度離れた場所まで行けることが可能だということを。
「(これは……!)」
カレンはその移動方法の名を心の中で口にする。
何故なら身近にその移動方法を扱う人物が居たから。
「(縮地法だ!)」