カレンのお願い
少女のその反応が意外だったカレンは少し呆けるがすぐに我に戻り、ペンダントを渡そうと少女の元へ歩み寄る。
「謝る必要は無いよ。実際僕の不手際のせいでもあるし」
「えっ?」
ベッドの隣に在った小さな棚の上に置いておけば、気付くだろうと安易にそう判断した自分にも責任があると思ったカレンは自分の不手際だと述べる。
カレンが棚の上にペンダントを置いていた等、知るよしも無い少女はカレンが言った、不手際が何のことか分からず、頭の上に?を浮かべた。
そしてカレンがお互いに手を伸ばせば相手を掴める距離まで近付くと、ペンダントを差し出す。
「………ありがとう」
素直に礼を述べて少女はペンダントを受け取る。
受け取った際、カレンは少女の頬が心なしか赤く染まっているように見えた。
すると受け取ってすぐに少女は手慣れた手付きでペンダントのチェーンを外し、それを自身の首に通して首の裏でチェーンを付け直すとチェーンから手を離し、ペンダントを首に下げた。
やはり普段から首に下げているのか、妙に様に成っていた。
カレンがそう思った時、少女の眼から一筋の涙が零れる瞬間を捉える。
また涙が零れて少女は咄嗟にその涙を指で拭い取った。
その様子を見て、カレンは少女の顔を黙ってじぃと見詰める。
「な、何よ?」
急に顔を見詰めて来て戸惑っているのか、少しオドオドとした感じで訪ねる少女。
それに対してカレンは率直にこう訪ね返す。
「……どうして泣いていたの?」
「あ、アンタには関係ないでしょ!」
ストレートに泣いていた理由を訪ねられ、少女は思わず『関係ない』と言い放ち、プイっと顔を逸らした。
だが、そんなことを言われてもカレンは引き下がらなかった。
「もしかして、さっき持っていた物と関係が有るの?」
「ッ! 関係ないって、言ってるでしょ!!」
図星を突かれたのか、もしく食い下がらないことに腹を立てたのか、少女は声を荒げて再び『関係ない』と言い放つ。
後ろで二人の様子を眺めているロロは『もうその辺にしておけ……』とカレンにだけ聞こえるように小さく囁くが、それでもカレンは諦めなかった。
「気分を悪くしたら、ごめん………でも気になるんだ。話してくれないかな? もしかしたら力になれるかもしれないから」
カレンがそう述べると少女は驚いた表情で何も言い返さなくなり、そしてそっぽ向いたまま遠く見詰めるように眼を細めて黙り始めた。
すると少しの間を置いて、少女は無言で小さな白いバックから掌サイズの四角形の箱のような物を取り出す。
カレンはそれが捜索対象の少女を見付けた時に少女が持っていた物だと気付く。
『リア・カンス』に戻る途中でミツルギが見せてくれた『PT』よりは小さいが、もしく、物体の厚さは『PT』の四倍もあり、表側の側面の中央には円状のレンズが埋め込まれ、反対側の側面には小さな液晶画面が付いていた。
「これは?」
「……知らないの? これは『DK』。写真を取ったり、取った写真を見るが出来る代物よ」
『力になれるかもしれない』と言っておきながら、『DK』と呼ばれている代物を知らないカレンに呆れの表情を浮かべながらも少女が言うとそれは写真を取る物らしい。
「成る程……それで、これがどうかしたの?」
「………………………………壊れたのよ」
「えっ?」
「ぐす……壊れたのよぉ! これがぁ!」
枯れるような声でそう言うと、少女の眼からまた涙が零れる。
そしてその眼から次々と涙が零れ、次第には泣き始めてしまう。
急に泣き始めて戸惑うカレンだったが、そんなカレンを余所に金髪の少女は泣きながら、喋り始める。
「電源をオンにして起動しないのよ………きっと、あの盗賊団のアジトで壊れて………これじゃあ……写真が見れないぃ!」
どうやら少女が泣いていた訳は写真が取れるという『DK』が壊れたからのようで、少女の様子から窺うに壊れたことが余程ショックだったらしい。
「写真が…………皆との写真が………」
失った悲しみに押し潰されるように少女の声が次第に小さくなっていく。
ペンダントと同じぐらい、或いはそれ以上に大事な物だったのか、堪えていた涙を全て出すようにボロボロと涙を流し続ける。
泣き止まない彼女をどうにかしようとカレンが言葉を掛けようとする前に後ろで二人の様子を眺めていたロロがカレンの隣までやって来て、
「『DK』が壊れても"メモリーチップ,,が無事なら大丈夫だろ」
「「えっ?」」
ロロが間髪入れずにそう言うと、カレンと少女は二人揃って顔をロロに向ける。
「見た感じお前の『DK』もミツルギの『PT』と同じ、電磁波でやられたようだが、お前のそれメモリーチップ対応型だろ? メモリーチップ対応型なら写真のデータはチップの中に入っているから、例え『DK』が壊れてもチップが無事なら写真のデータは無事な筈だぜ」
メモリーチップが無事ならば、写真も無事だと聞いてピタリと泣き止んだ少女は震えた声でロロに訪ねる。
「ほ、本当なの? それ」
「本当も何もこんなの一般常識だぜ? というか持ち主の癖にそんなことも知らないかよ、お前もカレンのこと言えねぇな……」
「う、うるさいわね! しょうがないでしょ、そういう物だなんて"教えてくれなかったんだから,,!」
持ち主なのに自身の『DK』がメモリーチップ対応型だということを知らなかったことに対して、呆れられた少女は顔を赤くして反論する。
と反論した直後、少女は左手で涙を拭き取ると、『DK』からメモリーチップを抜き取って、ロロに差し出すように前へと出す。
「と、とにかく、これが無事なら写真は無事なのよね!?」
「ああ、そうだぜ。あとーまだそのチップが使いたいなら新しい『DK』でも買って、そいつに挿入すれば、また使える筈だぜ」
その言葉だけで十分だったようで少女はチップを持った左手を胸に当てて、ホッと息を溢した。
カレンの方も少女が泣き止み、そして安心した表情を浮かべるのを見て笑みを溢す。
「良かったね」
「うん………本当に良かった」
「大事な物なんだね、それも」
「当たり前でしょう、みんなとの思い出が詰まっているんだから…………」
大事な物が無事だと分かって少女の方も笑顔で浮かべた。
よっぽど嬉しいのか、さっきまでボロボロと泣いていた人とは思えないぐらいその笑顔は輝いているように見える。
そして少女は一旦メモリーチップを『DK』に差し戻し、カレンの顔を見詰め直すと、
「ありがとう、首都まで運んでくれたこといい、二度もペンダントを届けてくれたことといい、『DK』のことといい、なんか色々とお世話に成りっぱなしね。私」
『DK』の件を解決してくれたことで心を少し開いてくれたのか、再開した際に見せた警戒心を露にした少女の顔付きが何処かへ消え失せ、言葉にも刺々しさが無くなっている。
少女のその変化にカレンは自然と嬉しさを感じる。
「そんなこと無いよ、盗賊団のアジトでは君が居たから僕達は助かったんだから、お会い子だよ」
「ううん、それでも私の方が借りが多いわ。この借りはちゃんと返すわ」
首を横に振ってそう言うと少女は回れ右をして、身体を振り向かせた。
その行為を見て、カレンは少女が旅立つと察する。
「もう行っちゃうの?」
「ええ、急がなくちゃいけないの。これ以上長く首都には居られない」
顔だけを振り向かせて、そう答える少女。
やはり急ぎの用が有るのか、少女はすぐにでも首都から出るつもりらしい。
「じゃあね、借りはいずれ必ず返すわ。……何時また会えるか分からないけどね」
手を上げて『それじゃあ』と言い残し、少女が歩き出そうとした瞬間、
「…じゃあ、今返して貰うことは出来ないかな?」
「えっ?」
突拍子もなく、カレンがそう言ったので少女は足を止めて思わず振り返る。
「勿論、君が良ければ話だけど」
何を考えたのか、カレンはこのタイミングで貸しを返して貰えないかと問い掛けた。
一方で意外な展開に少女は若干、戸惑いながらもその問いに応える。
「今って、今の私にアンタにしてあげられることなんて―――」
「別に君に何かして欲しいわけじゃないんだ。ただちょっと頼みというか………そう! お願いを聞いて欲しいんだ」
「お願い?」
そのお願いとは何なのか?と顔を傾げる少女に応えるべく、カレンはその願いを口にする。
「―――僕を君の自分探しの旅に混ぜてくれないかな?」
「―――…………………………………は?」
カレンの願いを聞いて耳でも疑ったのか、少女はまるで時が止まったかのように呆けた。
「いや、だから君の自分探しの旅に僕も連れてってくれないかな~って」
『あははははは』と愉快そうに笑って後頭部を手で掻きながら、己の願いを再び口にするカレン。
すると呆けていた少女だったが、少しの間を置いて我に戻ると、
「な、な、な、な」
顔がみるみると赤くてなっていき、そして……
「何を言い出すのよぉ!! アンタはァ!?」
まるで火山が噴火したかの如く、大声で叫んだ。
広場全体に響き渡ると思う程に。