迫り来る水
揺れ動く狭い空間内で振動音とは違う、もっと別な何かの音が聞こえたカレン達はその音が何処から発生しているのかが分からず、困惑していた。
「(何だ? この音は!?)」
「!! ま、まさか!?」
音の発生位置はまだ特定できないが、音の正体を察したロロは顔が青ざめる。
「「!」」
音の発生源を探そうと空間内を見渡したら、さっき崩れ落ちた壁の所に穴が出来ていると気付いたカレンとロロは、その穴の中から揺れの音と混じっている違う音が出ている事も同時に気付き。
そして、それに気付いた直後。
「「!!?」」
突如、壁の穴から莫大な量の水が怒涛の勢いで噴射のように放水を始め、カレン達の居る円状の壁の空間を水浸しにする。
「くっ!!」
「ブハっ!!」
出る水の量は激しく、噴射している水の着地地点の近くに居たカレンとロロは大量の水を被りながらも、何とかその場から離れ、今は壁の瓦礫に埋まっている、入口の反対側の壁に寄り添う。
「おいおい! や、やべぇーーーぞ!!」
「………!!」
入口が塞がれた為、空間内は瓶に蓋をしたような状態になり、穴から出てくる大量の水が空間内に押し寄せて来る。
「み………水が!」
時間が経つ事にみるみると空間内が水で溢れ、もうカレン達の足を浸す位に満たしていた。
「こ、このままじゃ、溺れ死んじまうよーーー!!」
「………」
唐突な非常事態にパニックになっているロロとは正反対に、冷静に落ち着いているカレンは空間内を見渡していた。
「あっ!」
そして、カレンは何かを見つけ、上に方に指を指す。
「ねぇ! あれ!!」
「えっ?」
声に釣られ、カレンの指を指している方向に目を向けるロロは意外な物が目に入る。
「あれは!!」
指が指した所にはもう一つの大きな穴が在り、それはカレン達が背にしていた壁のかなり上の方にぽっかり空いていた。
「あれで、ここから出られるのか!?」
「分からない! でももし出られるとしたらあそこしか無い!」
「よ、よし!」
その穴に懸けたのか、腰に掛けてある鞄に手を突っ込むロロ、ちなみにその穴はカレン達の居る所から15メートル位の高さに在り、とても人の力で跳び移る高さでは無かった。だからこそロロはある物を取り出す。
「あったあった! これで!」
鞄から取り出したのは長い紐に手の大きさ位の鉄の爪が着いた物だった。ロロはそれを上空の壁に在る大きい穴に向かって、鉄の爪を放り投げる。
「届け!」
鉄の爪は紐を引っ張りながら上へぐんぐんと伸び、穴の手前に当たる。
「やった!」
鉄の爪は穴の手前に刺さり込み、カレンは心の中でガッツポーズを決める。
「大丈夫だな!? うん!」
爪が外れないか、刺さり具合を確かめるロロは鉄の爪が外れないと確信すると。
「良し! じゃあ最初は俺様から―――――」
言い終わる直前、不意に水が弾け飛ぶような音が複数に鳴り響き、カレン達はその音が今でも穴から勢い良く出ている水の着地地点の近くから聞こえたと知る。
「な、何?」
「今度は、何だよ?」
カレンと弱気な声を出すロロは振り向いて音の正体を確かめると。
「プルルルルルルル!!」
「「!!」」
そこには白いウロコと触覚のような目、そして鋭いハサミを持ったザリガニのような生物が複数にそこに居て、甲高い鳴き声を出しながらカレン達を威嚇していた。
「また……魔物……?」
「勘弁してくれよぉ……!」
またもや予想外の展開に戸惑うカレン達に対して魔物達は水が溢れているこの空間内でまるで魚のように水中の中でぴくりとも動かず、カレン達の様子を窺っていた。
「動かないね……?」
「たぶん……こっち様子を窺っているんだ!」
魔物達の様子に気付いたカレン達であったが、空間内の水がカレン達の膝の所まで溢れて来て、カレン達の不安をより一層に深める。
「……君は先に登って!」
「ええっ? いや、それは有り難いが……」
思いもしない申し出に有り難みを感じながらも躊躇するロロ。
「二人一緒に登っていたら、魔物からの攻撃を防げない。だから誰かが先に登って、後に登る人の手伝いをしなきゃ、二人とも登れない!」
記録喪失であることにも関わらずこの状況で最も最善な案を出したカレンに、ロロは元々自分から先に登ろうと思っていたが、カレンの提案に心打たれ。
「…………分かった! 俺が先に登って、後から登るお前をキッチリと援護してやる!」
「うん! お願い!」
「頼んだぞ!」
危機的状況の中、ロロはお互いの協力が不可欠だという事を身に染みて理解した。そしてカレンは魔物の方に視線を戻す。
「(魔物は………5匹!)」
観察して見た所魔物は5匹、体格は前に遭遇した魔物とたいして変わらない大きさであり、そして前の魔物と同じ位の殺気を放っているのをカレンは肌で感じた。
「よっ……っと!」
真後ろの壁の上の穴から伸びている紐を伝って登り始めたロロと魔物がロロに襲いかからないように、ロロの後ろを守るためと魔物を引き付けるために背中に背負っていた魔装器もとい大剣を下ろして構えるカレン。
「………」
「プルルルルル…………」
黙って魔物達の様子を窺うカレンと今でもカレン達を睨み、じっと動かない魔物達。お互い相手の出方を窺っているようだが刻々と空間内の水が溢れている一方で、このまま時間が過ぎて行けば、カレンが一方的に不利になる事は目に見えていた。
「(このままじっとしてたら、こっちが危ない……ならっ!)」
剣を後ろの方に振り被り、刃先に力を溜めて。
「剛魔!!!」
叫び声と共に剣を横に振り下ろし、振り下ろされた剣は大きな風の波を作って、波は衝撃波と成って、魔物の方に飛ぶ。
「!!」
先制攻撃の衝撃波は魔物達に直撃し、空間内に響き渡る爆音と共に水柱と水しぶきが飛び立つ。
「「「プルルルルルル!!」」」」
「!」
水柱が立ったせいで、魔物達がどうなったのか確認出来なかったが、5匹居た魔物の中の内3匹が、水柱が引いた直後に水中から飛び出し、鋭いハサミを開いてカレンに襲い掛って来た。
「ッ!!」
足が半分水に浸っているせいで、陸とは違い、水が動くのを邪魔して魔物の攻撃を回避できなくなってしまい、カレンは迫ってくる魔物を正面から立ち向かって対処するしか無かった。
「周体斬!!」
足に力のような物を流し込み、右足を軸にして、カレンは高速回転を行い片手で剣を振り回した。
「「「!!!!」」」
高速回転したカレンの周りの水は渦となり、襲い掛った魔物達は渦を作った高速回転して勢いが付いた剣に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「おお! す、すげぇ!」
登りながら戦いの様子を見ていたロロは感心の声を出した。
「………」
回転を辞め、辺りを見渡す、最初に衝撃波を喰らった2匹の魔物は水の上に浮かびながらピクリとも動かず、壁に叩きつけられた魔物も同じく、魔物達が動かないと確認して、もう安全かなと一安心したカレンであったが。
「ん?」
穴から出ている水の中から小さい何かの影が見え、その影は次の瞬間にカレンの目に姿を現す。
「プルルルルルル!!」
「なっ!!」
一安心かと思った矢先にまた水を噴射している穴から、同じ魔物がまた出て来てカレンは動揺する。そして更に穴の水からまた影が現れ。
「プルルルルルル!!」
追い打ちを掛けるように、更に魔物が次々と出現し、数は当初の5匹から3倍の15匹に跳ね上がった。
「く………!」
数匹の魔物なら対処は出来るが、数が圧倒的に開いた上に空間内に溢れる水はカレンの下半身の全てを浸す程に溢れていた。次々と起こる出来事にカレンの不安を強めて行く。
「プルルルルルル………」
地の利を得ている魔物達は、自分達の数を利用し、囲みながらカレンとの距離を少しずつ縮めながら近づいてくる。
「「「!!!」」」
刹那…………突如、矢が3本同時に飛んできて、魔物をそれぞれ3匹を射抜く。
「!」
矢は上から降って来て、カレンは矢が飛んで来た方向に顔を向けると。
「おい! 早く登れ!!」
その矢を放ったのはもう壁を登り終えて、穴の中から弓で魔物を射抜いたロロであった。
「あっ! うん!」
ロロが登り終えて、自分が登る番が来たと分かったカレンは、魔物達の方に顔を戻して剣を振り被り、刃先に力を溜め。
「剛魔!!!」
振り下ろした剣が放した衝撃波は魔物数匹に直撃し、大きな爆音と共に水柱を作る。そして、カレンはその隙に急いで上に登る為の紐を手に取り、登り始めた。
「プルルルルルル!!」
「!!」
登り始めてそう経たない内に水柱が引いて、魔物の一匹が飛び跳ね、登っているカレンの後ろを襲い掛かる。
「!?」
しかし、襲い掛かって来た魔物はカレンに届く前にロロが放った一本の矢に射抜かれ、力尽きてそのまま下に落ちる。
「ありがとう!」
「礼はいいから、さっさと登れ!」
礼を言って顔を上げると魔物からカレンを守るため、矢を放ち、魔物の数を減らしていくロロ。カレンはそんなロロの働きを無駄にしないためにも登る早さを強めた。
「プルルルルルルルル!!!!」
次々とカレンに跳びはねて襲い掛かる魔物達であったが。
「やらせっかよ!!」
器用に矢を素早く補充しながら、ロロは魔物達を次々と撃ち落とす。
「ついでに、これも喰らえ!!」
そう言うとロロは一本の矢に『力のマナ』を流して、『マナ』が流れた矢は刃の部分に赤いにオーラが宿った。
「彗星!!」
放たれた赤いオーラを纏った矢は普通に放たれた通常の矢よりに比べ物にならない程早く、電光石火の如く一匹の魔物を射抜く。
「!!!」
赤いオーラを纏った矢に射抜かれた魔物が当然赤い光を放って爆発し、近くに居た魔物2匹も爆発に巻き込まれ、水しぶきを起こす。
「………!」
何が起こった分からないカレンであったが、15匹だった魔物達がいつの間にか4匹になっており、魔物達も怯み、そして登っていたカレンも穴からあと少しだった。
「あともう少しだ! 踏ん張れ!」
魔物達がもう飛び上がっても届かない距離だと悟ったロロは、矢を撃つのを辞め、地面に体を着いて穴先から手を下に伸ばす。
「うん!」
カレンも上に手を伸ばしてロロの手を取る。
「ふんぐぅぅ!!」
カレンの手をしっかり掴んだロロは、歯を食い縛りながら、力いっぱいカレンの体を引っ張り上げる。
「よいしょ……っと」
ロロの力も借りてやっと穴の中にたどり着いたカレンはロロと共に安堵の息を漏らす。そしてカレンは穴の中を見渡すと。
「………どうやら、奥に繋がっているみたいだね?」
顔を上げて、穴の奥に道が続いている事を目で確かめたカレンはゆっくり腰を上げる。
「ああ、そうみたいだ!」
相槌を打ちながらロロは、鞄の中から爆弾を取り出す。
「それは……!」
見覚えがあるそれは、『カム―シャ』村でロロとカレンが戦った時に、ロロが使っていたロロ特製お手軽爆弾であった。
「これでも………喰らえ!!」
取り出した数個の爆弾の導火線に火を付けて、まだ空間内に居る残りの魔物達に投げ込む。
「よし! 逃げるぞ」
「あ! 待って!」
爆弾を投げてすぐさま振り返り、穴の奥に走りだしたロロと後に付いて行くカレン。投げ込まれた爆弾は空間内の水の中に入り込み、カレン達が穴の奥に向かってそう経たない内に。
空間内の方から強い耳鳴りを起こす程の大きな爆発音が響きく。
「!」
その聞き覚えのある爆音にカレンは走りながら後ろを振り向く。
「これであの魔物達も、もう追っかけてこれねぇだろ!」
自分の爆弾が役に立ったと笑みを浮かべるロロ。
「あの爆弾を喰らったら、只じゃあ~~~すまねぇからな!」
「……そうだね」
あの爆弾の威力を身に染みて理解しているロロだからこそ、分かる事の様だとカレンは心の中でそう察した。するとロロは走っている中、急に息が荒くなり、顔から元気が無くなっていくように疲れた顔に変わっていった。
「ハァ……もう……だめだ……」
段々と走る速度が落ちて行くロロはとうとう立ち止まり、息が乱れように激しい息遣いをして、顔を下げて、腰を低くして両手をそれぞれの両膝に置く。
「どうしたの? 大丈夫!?」
後を付いていたカレンはロロの様子が変だと気付いて、ロロの隣に止まり、下から顔を覗み込んだ。