再び『リア・カンス』へ
アイシャの語りが終わって、小屋内は妙な気まずい空気が流れ始めた。
自分達の関係は言われるまでも無く、分かっていたつもりだったがアイシャの語りで改めてそれを再認識したカレン・ロロ・ミツルギの三人は返す言葉が見付からず、未だに口を塞いでいる。
すると空気が一変して、流石にこのままはまずいと思ったのか、責任を感じたアイシャは一旦咳払いをして、
「まぁ今のはあくまで私の個人的な意見であって、決して押し付けたりはしないさ。確かに自分や誰かの都合は人それぞれだけど、考え方も価値観もまた人それぞれだよ」
皆の調子を戻させるように先程の発言はあくまで一個人としての意見だとそう付け加えるアイシャ。
そしてその直後、脚と上半身だけを外に出した状態で『グラ・ビー』の運転席に座っていたアイシャは脚と上半身を車内に入れ、操縦器に手を掛けて運転する姿勢に移った。
「ほら、皆も乗って。話なら乗りながらでも出来るからさ、とりあえず今は早く『リア・カンス』へ行こう」
話なら『リア・カンス』に向かう途中でもしようと一旦話を置いといて、アイシャは皆に『グラ・ビー』に乗るよう促す。
「……うむ、そうしよう」
「ああ、分かった」
特に異存は無いのでミツルギは『グラ・ビー』の助手席に座り、ロロは後部座席の左側に座る。
カレンも二人と同様、車内に入ろうとするが後部座席の右側のドアを開けて、金髪の少女を先に中へ入れさせようした直前、少女が右手に持っている物が眼に映った。
それは少女の武器である直径2m程の棒状型の魔装器であった。
「どうしよう………これ」
流石にこれだけ長い物は車内に入らないと思うし、例え入ったとしても邪魔に成ると思うし、先端部分の矛も危ないし、どうにかせねばと思うカレン。
だがその時、少女の魔装器の中央の輪に差し込まれた表裏の姿が一緒な金色の角を三本持ったクワガタ型の『核』が持ち主の手を借りず、自分自身の意思で『ガジェッター』の輪の部分から外れる。
『Rezi・Out』
『核』が外れたことにより、『ガジェッター』から形成解除の声が鳴り響くと共に形成されていた部分がみるみると消えて無くなり、『ガジェッター』だけが残る。
今の光景と自分が魔装器と初めて出会った時の事を重なって見えたカレンは『あっ』と言葉を洩らす。
そして主人が車内に入り安くする為に自ら『Rezi・In』状態を解いたクワガタ型の『核』は主人よりも早く車内に飛び込み、車内の後部座席の更に後方のトランクに着いた。
こちらに気を遣ったのかどうかは分からないが真意はどうであれ、少女を車内に入れ易くしてくれたことに感謝しつつ、カレンは少女を起こさないようにゆっくりと慎重且つ優しく車内の後部座席の中側に座らせ、続いて自分も後部座席の右側に座る。
とカレンが車内に入って右側のドアを閉めた途端、カレンの片脚にくっ付いていた甲虫型の『核』がクワガタ型の『核』が居るトランクへ飛び移り。
更にミツルギの腕にくっ付いていた蠍型の『核』もトランクの方へ飛び移った。
トランクに三体の『核』が集まると三体はまるでじゃれ合うかのようにトランク内で飛び回ったり、ぶつかり合ったり、お互いに見詰め合ったり等、様々な形でコミュニケーションのようなものを行い始めた。
「ストライクとソードとこの子の『核』が遊んでる……」
三体の『核』のやり取りに対し、カレンは遊んでいるように見えた。
出会って間もないのにそのようなやり取りを行う『核』達を見て、カレンとミツルギは『白霧山脈』でカレンとミツルギの『核』がじゃれ合っていたことを思い出す。
あの時、二体がじゃれ合ったのは数百年振りの再会に歓喜したからだ。
そして今度は少女の『核』を加えて、じゃれ合っているということはと、頭の中でそう思い至ったカレンは三体のじゃれ合いの意味を予測し、それを口にする。
「もしかしてこの子の魔装器も勇者『トラル』の仲間が使っていた魔装器なのかな?」
少女の魔装器の『核』とカレンとミツルギの魔装器の『核』がじゃれ合うのは少女の魔装器がミツルギの魔装器と同じく、400年前世界を救った勇者『トラル』の仲間が扱っていた魔装器ではないかと予測を立てるカレン。
するとそこでミツルギの口も開く。
「かもしれんな。勇者『トラル』の仲間は俺のご先祖様を含めて七人も居たと言われている。もし彼女の魔装器が本当にそうだとしたら、恐らく義賊『ハネウマ』や大海賊『ドレーク』以外の誰かのだろう」
カレンが立てた予測をより現実帯びするように少女の魔装器が勇者『トラル』の仲間が持っていた魔装器だという可能性が高いと指摘する。
「勇者『トラル』が持っていた魔装器『ゼオラル』、そして『トラル』の仲間が持っていたミツルギの『ブレイヴ』とコイツの魔装器…………なんか偶然とは思えねぇな」
「うむ、これも運命かもしれん」
まだ少女の魔装器が世界を救った英雄達が扱っていた物と確定した訳はないが、たった3つとはいえ、世界を救った英雄達の魔装器が此処に集ったことに対し、ロロとミツルギは運命めいたものを感じる。
「確かにそういったものを感じなくはないね」
二人の感想に同意しつつ、アイシャは『グラ・ビー』のエンジンをオンにし、エンジンを起動させた。
そして次に視界を確保する為に車体先端部分に設置された電灯の明かりをオンにし、前方一帯を照らす。
「皆乗ったね? それじゃあ行くよ」
全員が乗ったことを確認するとアイシャは足元に在る、ペダルの一つを軽く踏む。
それに合わせて『グラ・ビー』がゆっくりと前進を始め、五人が入った出入口から小屋を抜ける。
小屋から出ると電灯のお陰で森の中へ続いている『グラ・ビー』一台が通れるぐらいの一本道を発見し、アイシャは迷うことなく、その一本道に入る。
盗賊団の秘密の坑道の近くに在るからか、その一本道はコンクリート製の地面のような走行し易い道とは言えないが、人が通る道として最低限の手入れが施しており、一台の『グラ・ビー』が通るにしても問題無い程度であった。
しかし、一本道の地面の所々に少し凸凹があり、そのせいで車体が断続的に揺れる。
ちょっとした悪路だがそれでも通れるだけマシなので、『グラ・ビー』はスピードを緩めることなく、草木に囲まれた道を進み続ける。
「………まいったな」
すると走行中、唐突にミツルギが困った声を出した。
「何が困ったのミツルギ?」
「うむ、実は今気が付いたのだが……」
そう言ってミツルギは後部座席に居るカレンに見えるように右手を翳す。
右手には手鏡ぐらいの厚さと縦が横幅よりも長い四角形の物体が握られており、しかもカレン達の方に向けられている物体の側面には定まらない数字や幾つもの色が歪むように浮かび上がったり、消えてたりしていた。
困った表情でミツルギはこう説明する。
「あの盗賊団のボスが『爆弾石』を起爆する為に電撃を放っただろう? その電撃の電磁波の影響によって『PT』が壊れてしまったのだ」
どうやらミツルギの右手が持っている『PT』という物が盗賊団のボスとの戦いで壊れてしまったらしい。
その話を聞いたロロはカレンの方に顔を向ける。
「あ~カレン、『PT』って言うのはな……」
「離れた所からでも人と話せる便利な携帯端末機だよね?」
記憶喪失のカレンのことだから、どうせ『PT』がどういう物か知らないだろうと思ったのか。
例如く『PT』について、いつも通り説明しようとしたロロだったが、予想外にもカレンが『PT』の事を知っていてことに眼を丸くして驚愕する。
「な、何で知ってるんだ? お前の事だから何時もみたいに『何それ?』って言うと思ってたのに」
「ミツルギに教えて貰ったんだよ。ロロが『サムイング』に行った後、『リア・カンス』で彼女とあのピンクの髪の女の子を探っていた時に」
「そういうわけだ」
と何故か自慢気にそう囁くミツルギ。
カレンが『PT』という携帯端末機を知っていた『リア・カンス』で金髪の少女とピンク色の髪を持った少女の情報を収集していた時、何らかの経緯でミツルギに教えられたようだ。
二人の説明を聞いてロロは納得したように頷く。
「なんだ……そういう訳か。しっかし災難だな、その手の電子機器って高いんだろ?」
「む? そうなのか?」
「あっ……お前は別か」
言う相手を間違えたと密かに心の中でそう思うロロ。
そしてミツルギの反応を見る限り、庶民にとっては高価な代物でも、大富豪のミツルギの感覚では『PT』等、使えなくなってもあまり気にしない程度の物でしか過ぎないのだろう。
「……………」
と、運転しながら男子の話を聞いていたアイシャが操縦器から片手を離し、上着の内側にその片手を突っ込み、右脇辺りをゴソゴソと漁るように動かした。
車内のバックミラーでその様子を目撃したカレンはつい声を掛ける。
「アイシャ、どうかしたの?」
「……いや、ちょっと脇の辺りが痒くなっただけだよ。それよりも『PT』が壊れたら通話やメールがとかが出来なくなって困っちゃうねミツルギ」
「ん? そうだな……これの代わりは本社に戻らねば、手に入らんだろうしな」
「あぁ? 『リア・カンス』で売っている『PT』じゃ、駄目なのか?」
他の『PT』では何か問題あるのかと不思議そうに尋ねるロロ。
だが逆にミツルギがロロに訪ね返す。
「ロロ、この『トロイカ共和国』で他国の『PT』と通話やメールが行える『PT』が販売されているか?」
「えっ? ……そんな性能を持った『PT』、うちの国じゃ売られていない筈だぜ」
「だろうな、俺の話相手は他国に居る。国内専用の『PT』では通話もメールも出来ない」
ミツルギは『PT』を見詰めながら言葉を紡ぐ。
「この『PT』は我が『ルーレイ・コーポレーション』が開発した他国からでも通話やメールが通じる最新型の試作品の一つなんだ」
「へぇ、国外でも通信が可能な『PT』かよ! 流石が『ルーレイ・コーポレーション』! 何時も先を行ってるな」
『ルーレイ・コーポレーション』が開発した国外でも通話やメールを可能とした『PT』に興味が湧いたのか、ロロは席から身を乗り出して、ミツルギの手に在る『PT』を眺める。
『それほどでもない』と言いたげに鼻で笑うとミツルギば更に言葉を重ねる。
「実用性を確かめる為にテストを踏まえてこれで本社や依頼先と連絡を取り合っていたのだが………こうなってしまってはもう使い物にならないな。面倒が国際公衆電話で連絡するしかないか」
実に残念そうにそう呟いたミツルギは背凭れに深く背中を預けると共に視線を左側に向け、無心にドアのガラス越しに映る外の景色をじぃと眺め始めた。
多分、連絡手段であった『PT』が壊れるというアクシデントに見舞われた為、今後の予定を改めているのだろう。
そう感じ取ったカレン達は、今は話し掛けない方が良いと悟るのだった。