九死に一生を得る
アイシャが魔法名を唱えると鉱山が閃光に包まれ、カレン達がその閃光の眩しさに眼を閉じた。
やがてそう経たない内に肌寒さと冷気を感じ、ハッと眼を開けると、
「………っ!!」
カレンの眼の前の光景に絶句する。
僅か時間、鉱山から眼を離していた間、周囲の鉱山が『爆弾石』ごと氷付けに成っているのだ。
「鉱山が……」
「よもや、ここまでとは!」
周囲の鉱山を凍らせる程の広範囲の魔法を使うことは事前に分かっていたが、まさか一瞬の間で鉱山を氷山に変えたことにカレンとミツルギは驚きを隠せなかった。
アイシャの発動させた魔法は魔法名通り、周囲を氷の世界に変える魔法だった。
そこでカレンは『爆弾石』をただ凍らせただけで爆発を止められるのか、念の為にミツルギに問う。
「これで『爆弾石』は爆発しなくなるの、ミツルギ?」
「うむ、『爆弾石』は一定以上の冷気で冷却してやれば、中のエネルギーの膨張が鎮静され、爆発を止められると言われている。だから……きっと大丈夫だ」
この対処で大丈夫だといつもと違って『問題無い』と断言せず、心なしか不安げに答えるミツルギ。
ミツルギの回答の自信の無さは恐らく知識で知っていても、実際に試した事ことや体験したことも無いから彼でも問題は無いと自信を持って断言出来ないからである。
「(安心しろ、『爆弾石』はもう爆発しない)」
「(この声は………レクサス!)」
すると不意にカレンの頭の中でレクサスの声が響く。
「(『爆弾石』の中のエネルギーが段々と正常に戻りつつある、その証拠にもう爆発は起こっていないだろう?)」
レクサスの言う通り、前の『爆弾石』達が爆発してから今、このタイミングで他の『爆弾石』達が爆発を起こしてもおかしくないのだが、凍った『爆弾石』達はまるで時が止まったかのように爆発する様子が無い。
そしてしばらくカレン達は『爆弾石』達の様子を眺めるが、一向に爆発する気配は感じず、それを確認したカレン達は『爆弾石』達はもう爆発しないことを確信する。
「……止まったみたいだね!」
「だな、ふぅ………流石の俺も一時はどうなるかと思ったぞ。お陰で寿命が縮んだ」
「私も……」
「うん、今回ばかりは僕も駄目かと思ったよ。……けど今回も助かって良かった」
鉱山全体が吹っ飛ぶ程の爆発が起こるかもしれないという重圧と緊張から解き放たれて、カレン・ミツルギ・アイシャは大きな溜め息を吐いた後、力を入れていた肩を落として、苦笑のような安堵の表情を浮かべながら雨の降る中、お互いの心境を語り合う。
三人がそう語り合っていると雨の量が次第に少なくなっていき、やがて雨はピタリと止み、鉱山の空に浮かんでいた雲も散々に別れて、風に流されて行った。
鉱山の空が元通りに戻るとカレンは前方に居る金髪の少女に声を掛ける。
「凄いね、雨を降らすなんて! あれも魔装器の力なの?」
「……ええ、そうよ」
カレンの質問に対して少女は振り返らず、前を向いたまま返事をする。
その対応にカレンは少し不審に思ったが、別に問題がある訳では無いので、指摘はせず、今度は違う質問を投げ掛ける。
「これからどうするの?」
「勿論、逃げるわ」
「逃げる? 誰から?」
「……軍からよ。アイツ等が此所に連れ込まれた人質達を救出するまで呑気に待つ気なんて私には無いわ。それに此処で盗賊と戦っていたことがバレたら色々と面倒だし」
「だが、どう逃げる気だ? 言っておくが『トロイカ』軍はこの鉱山全体を完全に囲んでいる。何処から逃げようと見付かってしまうぞ」
軍から逃げると宣言した少女に鉱山全体が軍に包囲されているぞとミツルギが警告するように口を挟む。
少女は少し間を置いて、
「……それなら心配要らないわ。このアジト内を捜索していた時、偶然盗賊達の会話である事を聞いたのよ」
「ある事って?」
「〝坑道〟よ。このアジトの地下に盗賊達が作った坑道が在って、しかもその坑道は鉱山からかなり離れた場所まで繋がっているらしいわ」
「坑道って?」
「人の手で壁や地下を掘って出来た、長い通路のことさ」
毎度の質問タイムが始まり、そしていつもようにミツルギがごく普通に説明する。
その分かり安い説明にカレンは『成る程』と呟き、
「じゃあ、君はその坑道を使って逃げる気なんだね?」
「………そうよ。何処に繋がっているかまでは……分からないけど、此処から早く……出られるなら………ありがた……く…………」
すると少女の言葉が途端に弱々しくなっていくと、彼女の身体がグラッと傾き、床の方に崩れ落ちる。
「危ない!」
突然、床に倒れそうなる少女を一番近くに居たカレンがいち早く動いて極力、衝撃を与えないよう優しく受け止めた。
そして少女を抱き上げながら、カレンは少女の顔を覗く。
「凄い汗………」
少女の顔の様子……いや、身体全体の様子を見て、カレンは思わず戸惑う。
身体中から大量の汗が流れ、半開きなっている眼には疲れの色が色濃く浮かび上がり、息も高熱の風邪を引いたかのように荒く、その状態はまるで24時間ずっとフルマラソンをやらせて、疲れ果てたような状態になっていた。
「きっと『力のマナ』の使い過ぎだね」
「使い過ぎ?」
二人の側に歩み寄り、しゃがみ込んで少女の容態を見て、『力のマナ』を使い過ぎたと診断するアイシャ。
「『力のマナ』は体力や精神力・気力を司っていることは覚えているよね? 『力のマナ』を消費するということはそれ等全てを消費することなの。つまり彼女は魔装器の能力を使用した際、『マナ』を使い過ぎて、体力や精神力も使い果たしたってことなんだ」
「ということは、彼女は『マナ』を使い過ぎて『とっても疲れた!』ってことなの?」
「そういうこと」
アイシャがカレンの分かるように説明を終えると今度はミツルギがカレンの側に来る。
「雨を降らせたんだ。天候を変える程の規模の力は莫大な『マナ』が必要になる……見るからに彼女は『マナ』を限界近くまで使用したのであろう」
「……下手したら、危ないところだったね」
「えっ? 危ないってどういうこと?」
何が危なかったのか、その言葉が気になったカレンは呟いた本人であるアイシャにどういう意味なのか、問い掛ける。
「体内の『マナ』同士は密接な関係で繋がっていて、もしどれか一つの『マナ』が極限に減れば、その影響で他の『マナ』の活動力が低下してしまうんだ。彼女の場合、『力のマナ』が極限に減ってしまったから、その減少の反動で『命のマナ』や『創造のマナ』の力が低下し、生命力や体力や精神力の回復力が弱くなって過労状態になっちゃったんだよ」
「もし仮に彼女が『力のマナ』を限界以上に消費していたら、その消費の反動で過労死や衰弱死で死んでしまう可能性すらあったんだ」
「……だからこんな風に………凄い子だね、君は」
爆発を食い止める為に雨を降らせたとは言え、一歩を間違えれば、命を落としかねないと
言うのに過労状態に陥るまで『マナ』を消費し、今は意識が朦朧としているのか、両眼を瞑っている少女に向けてカレンは敬意と感謝の想いを抱く。
するとアイシャは立ち上がって、
「とりあえず命に別状の無いとは言え、彼女は何処か安全な場所で十分に休ませた方が良い。カレン、彼女を運べる?」
「うん、だいじょ―――」
不意にカレンの声が途切れる。
何故途切れたのかと言うと、カレンがアイシャに促され、金髪の少女を持ち上げようとした瞬間、少女の槍鎌型の魔装器の片側の矛先がカレンの喉元に突き立てられたからだ。
そしてそれを持っているのは他のならぬ、金髪の少女であった。
「何を!?」
友の喉元に刃を突き立てられ、ミツルギは咄嗟に剣を少女に向けようとした。
しかし、それより早くカレンが手を翳して、ミツルギを制止する。
カレンは槍鎌を突き立てられながらも不思議と顔色一つ変えず、冷静な態度で少女の顔を真っ直ぐ見て、少女が話すのを待つ。
すると少女は疲れた切った表情で睨むように両眼を小さく開き、呼吸を整えながらゆっくりと話し出す。
「……余計なことはしなくていいわ、私は自力で此処を出る! …あんた達の力は……借りないわ」
カレン達の助けを拒否し、自力で鉱山から出ると宣言する。
その発言に対してアイシャは、
「でも、その状態じゃ……」
「私を助ける理由なんて無いでしょ! ……それに私がどうしようが、あんた達には関係無いでしょ!!」
極限に疲れているのにも関わらず、声を荒げて反論する少女にアイシャは返す言葉が見付からず、口が閉じてしまう。
そしてその言葉でカレンは悟る。
少女は自分達を信用していないことを。
カレンが身を呈してペンダントを守ったことで、『爆弾石』を止める為に力を合わせた事やペンダントを守った際に負ったカレンの怪我を治してくれたのは一応、カレンやその仲間達を信用してくれたのだろう。
しかし、それでも少女はまだカレン達を完全に信用した訳では無く、理由も無く他人である自分を助けようとするカレン達を警戒し、刃を突き立てたと推測するカレン。
『爆弾石』の爆発を止める為に助力を尽くしてくれたお陰で九死に一生を得た恩やただ本当に助けたい気持ちが少女を助けたい理由なのだが、口では何とでも言えるので理由等を述べても信用は得られないだろうとカレンは少女の警戒心を考えて、推察する。
無理矢理助けるという方法もあるが、それでは少女の意思を蔑ろにしてしまうし、余計な誤解も生んでしまうのでその方法は無いとカレンは脳内で却下した。
ならば彼女に信用して貰うにはどうすれば良いのか?
カレンは普段使っていない頭をフルに活動させ、案を模索する。