聖女付き侍女見習いと騎士団長の攻防 前編
こん、こんっ。
扉を開けるとそこには雫が一番会いたくない人
アディストリア公国第一騎士団長、ランスロット・ハーバードがいた。
「えっと、あなたは…先日の舞踏会でエヴァンナ王女といらした…お嬢さんですね。」
名前忘れられている…。
「はい」
「聖女殿は今、お会い出来ませんか?」
「聖女様(お兄ちゃん)は、入浴中。出来ません。」
ある意味真実を語っている雫だ。
肥溜めに落ちたばかりの勇者が入浴中だ。
その前にきちんと近くあるに人があまりいない池に放り込んで置いた雫だ。身内には容赦がない。
鈴木三兄妹は同じ部屋といっても大きい部屋と小さな部屋が繋がっており、さらにトイレと風呂がついた部屋に一緒にいるのだ。
本来なら別々の部屋になる予定だったのが、言葉が分からない末っ子の雫が寂しくないように国王が配慮してくれたのだ。
「騎士殿、おかわ(え)りください。」
「そうですね、それでは日を改めて伺います。あとこれはお見舞いの花です。」
そう騎士団長は雫に花束を渡し、頭を手で軽く撫でて、笑みをみせてそのまま立ち去っていった。
しかしながら、後頭部のタンコブはまだ治ってないみたいで申し訳ないと雫は心の中で謝ったのだった。
**
次の日の同じ時間帯。
「雫、ここの1コマ目、薔薇のトーンお願い。」
姉の静香は妹兼アシスタントの雫にいう。
「はい」
妹の雫は姉のアシスタントをここ一年程前から手伝うよう仕込まれたのである…。
が、残念なことに君の妹は腐女子ではない。
専門的知識や18禁を抵抗無く平気で読んで育ったため勘違いされやすいが、ノーマルである。次いでに兄も。
鈴木三兄妹の長女、静香だけがブラックでディープなアウトアブノーマルに育ってしまったのである。
鈴木三兄妹の父、健太郎と良く似ている。
親子で犯罪すれすれなことをしでかすので、いつも不安だ。
こん、こんっ。
扉をまたしても叩く人物が居る。
この部屋に辿り着ける人物は部屋の主と王族のあの3兄妹と宰相のルイズラムと第一騎士団長のみ。
あとはこの部屋自体に魔法がかかっており、一度部屋に入ったことがあるものか、それを許されたものにしかこの部屋に辿り着くことが出来ない。
創作活動中の姉は、全く聞こえていない。素晴らしい集中力だ。
兄も今いないので仕方なく雫が出るしかない。
二回目の攻防戦が始まる。
「こんにちは、騎士殿。聖女様はべんざ(勉学)に、はげ(ん)でいます。」
誤解を招くような発音はイマイチ伝わるのか?
「………そうですか…」
伝わらなかったようだ…。
「あの、お邪魔してしまったようですが、聖女殿にお会いできるまで中で待っ」
「で、出来ませんっ!」
やばいです。アナタが主人公のマンガ本を書いてるのがバレしまう。
これはまだ鈴木家の兄妹とエヴァンナ王女のみが知る極秘事項…。
すると、ランスロットは白い高級なハンカチを取り出して雫の頬を拭う。
「お嬢さんのお顔に黒いインクがついてましたよ。」
ああ、危ない!
マンガを書いてる時にについたインクだ。
雫はランスロットのハンカチを手にとって、
「洗って、忘れます。」
「……?、洗って渡して下さると?」
「はい」
今のは上手く伝わらなかったようだか、理解はしてくれたようだ。
洗ったら、いまだに臭い匂いを気にしていた兄の為に、用意して貰ったお香でも使ってお返ししようと雫は思った。
「これをどうぞ。」
騎士団長は小さな紙に包んであるものを開いて雫に差し出した。
「あめ?」
「ええ、そうです。口を開けて」
言われるまま、飴を雫の口に持っていき、ころんっと飴が雫の口に入った。ランスロットの人差し指が雫の唇に軽く触れる。
「あまいっ」
「そうですか。それは良かったです。お嬢さん。」
にっこり笑顔を見せる雫に、騎士団長はまた雫の頭をぽんっと手を軽く置いて撫でた。
「それでは、これを聖女殿にお願いします。では失礼します。」
「はい」
ランスロットは雫に花束を渡すとその場を去っていった。
ああ、良かった。と、頭のタンコブの腫れがだいぶ治っているのを確認してほっとした雫であった。
**
聖女の静華が眠りこける前の姉と妹の会話。
「ところでお姉ちゃん、騎士団長さんってどういうキャラかな?」
「う~~んと、そうね。天然のタラシかな?あと好きな男ができれば、一途ですごく情熱的になるの!」
「ふ~ん。なるほど、なるほど」
気を付けなければなるまい。
姉のモデルキャラ設定はほぼ当たる。(男が好きになるのは全部外れるが)
なんたってエヴァンナ王女の許婚なのだから!
兄の二の舞にならないようにあたしがしっかりしないとっ!
そう心に決めた雫であった。