四日目
昨日の夜から静也は一睡も出来ずに真っ白なまま灰と化していた。
ああ、可哀想なお兄ちゃんと雫は心の中で思った。
あの勘はまたしても当たってしまったのだ…自分の予想を遥か上回る以上に。
騎士団長の様子が変だと舞踏会で一緒に踊ったときに気付いていたのだ。
視線は聖女に扮したお兄ちゃんに視線がいき、身長差の為に中腰になるのは分かるがやけに動きが変で音楽と合わず足を数回踏んでしまった…。
しかも、殴ってしまった…ワインボトルで。
今回は流石に相手が相手だけに隙がなかったのだ。
それからエヴァ先生の国語の授業は毎日、午前中だけ教わる。
いろいろ忙しいのに時間をつくって教えてもらっている。
授業に必要なのは異世界の低学年向けの語学の教科書と雫専用の白いチョークと黒板と黒板消しのセットだ!
この白いチョークはエヴァ先生が魔法をかけて作ったいくら使っても減らなくて、防水加工施し、
黒板以外の落書き禁止防犯追跡お知らせ機能がついたエコで優れた魔法のチョークを貰ったのだ。
それから、勉強したあと雫は城の図書館で絵本を4、5冊借りてくるのだ。
毎晩、静也か静香に読み聞かせてもらう。
雫は焦げ茶色のお下げのカツラにぐるぐる瓶底眼鏡をして目立たなくしているので、いろいろな場所に動き回れる。
お城の中もいろいろ探索できる。
お城の中には洗濯する人や掃除する人、馬の世話をするや料理をする人、庭を綺麗にする人など、色んな人が専門的に仕事している。
雫はそれらの仕事を見ながら、手伝いをしていのだ。
お陰でここでの生活に慣れるのが速い。
雫が絶賛創作活動中の姉と未だにもぬけの殻となった兄にお昼ご飯を運んでいた時のことだ。
メイドさん達のウワサ話が聞こえてくる。
「ランスロット様がお目覚めになったそうよ。」
「昨日の聖女様の誘拐事件でしょ?」
「そうそう♪、我が身を楯にして聖女様をお守りしたそうよ。」
「ランスロット様、ステキッ!」
「でも、不思議なのが何でも凶器がワインボトルだったんですって。」
「アラジン国王もこの件に犯人を追跡するよう指示してないのよっ。」
「どうしてかしら?」
はい。
犯人はあたしです……。
雫は居たたまれない気持ちで姉の生態確認と兄の様子を見に行こうと速足でその場を通り過ぎた。
今頃、エヴァ先生が忘却の魔法をかけて騎士団長さんの記憶を操作して隠ぺいしているだろうと雫は思った。
「…んっ…っぅ…」
頭が痛いのは何故だ?
ランスロットが目を覚ます。
「お加減はいかがですか?
ランスロット様?」
そう答えたのはエヴァンナ王女だ。
「あのっ、エヴァンナ王女、聖女殿は?」
「ええ、ご無事ですわ。今はご気分が優れないようでお休みになっておいでですが、あなたのことをご心配あそばせでしたわ。」
「国王、失礼ながら職務を真っ当出来ず、申し訳御座いません。」
エヴァンナ王女の隣に立っていたアラジン国王は言う。
「お前に落ち度はない。
この件にはもう触れるな。
犯人はすでに分かっている探す必要はない。」
「犯人は誰なんですか?」
「この件には余がもう片付けた。お前が知る必要はない。」
アラジン国王はいいおえるとランスロットの部屋を出ていった。
「ランスロット様、今日はゆっくりお休み下さいませ。それでは、私も失礼致しますわ。」
エヴァンナ王女も出ていく。
一人になるといろいろ考える…
どうにも記憶が曖昧だ。
私は……思い出そうとすると頭痛がする。
頭のタンコブせいだろうか?
私は聖女殿に対して何かにとんでもないことを仕出かそうとしていたような……。
何だか眠くなってきた……な…。
ふと、目が覚めた。
外を見ると月が真上まで昇っている。
少し外の空気でも吸おうとランスロットは灯りを持って外へと移動した。
大聖堂の方から声が聞こえる。歌声だ。
その歌声は聴いたこともない言葉で夜の空に溶け込んいく透き通った声だ。
大聖堂の向かう度、その歌声ははっきりと聴こえる。
可憐で美しい歌声だ。
その歌は優しくまるで子守唄を歌っているようだ。
歩みより近づく、大聖堂の中庭でその歌声がふっと止まった。
人の気配を感じたのだろうか。
歌を歌っていた人物の人影が遠くから垣間見えた。
黒い髪の女の子だ。
黒い髪に知らない言葉の歌と言ったら、あの方しかいないだろう。
少女は大聖堂の中庭にある木に身を隠しているつもりらしい。
手にある灯りで照らせば影が見えている。
少女の元へ静かに歩んで行く、
「かお(頭)、み(い)たくないっ!」
少女の方から声をかけてきたが、拒絶の言葉だ。
緊張でもしているのだろうか。声が裏返っている。
歩くのをやめる。
「昨日の夜は申し訳ございませんでした。あなたをお守りきることも出来ず、
あなたに怖い思いをさせました。
すべて私の不手際でした。
それでは、失礼いします」
少女にそう言うと、後を向き離れようと歩きだす。
「まてっ!」
少女は焦って引き留める言葉を言う。
「ごめん。けが、した、めいわく」
少女は裏返った声でそういうと一目散に中庭の木の暗闇から大聖堂の中へと姿を見せずにあっという間に気配が消えた。
どうやら、嫌われていた訳ではなく、少女は自分のせいで怪我をさせたことに謝ろうとしたのだ。
無意識に口元が緩む。
もし、機会があったらあの歌声を聞きたいと思った。