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えきがみ

病み上がりの会社員のお話。

これは五分大祭作品「 えき がみ 」を修正したものになっています。

 私は辟易している死神だ。


 私はクーラーボックスを肩から下ろし、デスクの上に置いた。

「どうした? 溜め息なんて珍しい。彼氏にでもふられたかな?」

 違います。部長の存在とこの仕事に辟易してるんです……なんて言えない。

「部長こそ、彼氏いないじゃないですか」

「おりょ、当たりなのかな?」

 そう言って部長はクーラーボックスの蓋を開けた。

「今週もノルマぎりぎりか。君は病み上がりだから仕方ないけど、もっと頑張ってよ。君はいつも良い命を穫ってくるんだし」

「たかが五十年のブランク、なんて事ありません。人間に換算したら一年半ぐらいでしょうに」

 私は死神を生業としている。死神といっても、昔みたく大小様々な鎌を振り回して命狩りをする訳じゃない。許可が下りた命を鮮度を落とさないで運ぶだけだ。

 最近は自殺志願者なる輩が増え、天寿を全うして良質な命となる人の数が減ってしまった。実に嘆かわしい事だ。

 自殺したいならそう思った時点で死んでくれればいい。寿命と違って、いつ死ぬのか分からない人間を毎回監視している暇は私達にはない。

 私は別のクーラーボックスを肩に掛けて、人間世界への蓋を持ち上げた。

 僅かな隙間から外を見る。周りに人影はないみたい。蓋を頭に乗せたまま人間世界に足を着けた。

 直後、背後からクラクションが鳴り響き、私は思わず空高く飛び上がった。そして、ガラス張りのビルの壁を下にして着地した。靴がカツンとガラス独特の音をたてた。頭の上のマンホールの蓋が重力に従い、役目を果たしに暗闇に戻っていった。路地は見通しが悪いから嫌いだ。

 私は目的地の目星を付けてから空を歩いた。



 Γ



 何の変哲もない白壁の一軒家の前まで歩き、家を見上げた。

 お邪魔しまーす。一応小さく呟いておく。

 私は二階の壁を通過して家に侵入した。

 部屋の中では三人の親子が言い争っていた。私は近くの勉強机に腰掛け、三人を見た。

「僕は死ぬんだ、邪魔をするなっ!」

「また来年もあるじゃない、ね? だからそれを置いてちょうだい」

「浪人だって良い経験じゃないか」

「うるさいっ! 僕がどれだけ必死にやってきたのか知らないから、そんなことが言えるんだ」

 子供が死のうとするのを両親が必死で止めようとする。二人のうちの父親の方が私に気付いた。

 私は帽子を外し、挨拶をした。私の白く長い髪がはらりと垂れた。

「……それと、私は死神なので人間なんかが考えた法律は適用されませんので悪しからず」

 包丁を持っている少年が震えながら、切っ先を私に向けた。

 私はそんな些細なことを気に掛けず、隣の部屋に入った。

 部屋の中ではお婆さんが床に着いており、その横に私は座った。

「九十余年、お疲れ様でした。ゆっくりと休んでください」

 私は布団をどかし、お婆さんの胸の上に両手を置いた。

「それでは失礼して……」

 私はお婆さんの中に手を入れて、命の珠を掬い出す。そしてクーラーボックスの中に丁寧に置いた。

 私はカラになった体に布団を掛けて部屋から抜けた。

「あなた、まだ死んでなかったんですか? 死ぬなら早く死んで下さい。

 どんな命でも集めるのが仕事なので」

 夫婦は私を睨み喚き出し、少年は包丁を自分の首に当てた。

「もしよろしければ、お手伝いしますよ? それを貸して下さい」

 包丁を手首に当て直した少年は口を開いた。

「僕は死んでやり直すんだ!」

「やり直せる訳ないじゃないですか」

 少年は私の言葉を聞いて驚いたような顔をした。

「何驚いてるんですか? 当たり前の事を言っただけですけど」

「だ、だったらあの世で……」

「あの世なんてありません。人間世界を巨大な一本の樹だとすると、人間一人ひとりは木の実です。

 あなた方人間が死ぬというのは、枝から木の実が落ちるようなものです。私達は落ちた木の実、命の珠、いわゆる魂を集め売ります。

 人間が木の実を食用にしたり、装飾品にするのと同じ感覚で、私達も家畜の餌にしたり、別の魂と合わせて装飾品にします。

 合わせた魂は質にもよりますが、必ず素晴らしくなります。一人より複数人の方が輝く、不思議なことに人間の本質は魂でも変わりません」

 少年の包丁を持つ手が震え始めた。

「また来ますので、それまでに結論を出しといて下さい。出来ればあなたには死んで欲しくありませんが」

 魂が木の実なら、天寿を全うした魂は熟れた実、自ら絶った魂は青い実なのだから。



 Γ



 私は家から外に出て、この地区で一番高いビルに登った。

「やあ、待ってたよ」

 そこで空を見上げてた男が私の方を振り向いた。よれたスーツで、ネクタイがだらしなく首から下がっている。

「また、あなたですか? 今日は何人殺したんですか?」

 男は腹を抱えて笑いながら、喋り出した。

「殺した、って人聞きが悪いな。

 仕事として、未来ある若い人達にこの世の無意味さを説いただけさ。そしたら簡単に命を捨てる、かなしい生物だね、人間ってやつは。

 それに加えて、君の仕事が楽になるんだ。命を探す手間が省けるだろ。さっき君がいた家にも居ただろ、バカな奴が」

「あれも、あなたですか。私は良質な命しか収穫しないんです。仕事の邪魔はしないで下さい。

 本っ当に悪魔ですね」

「言われなくても、自分の事は解ってるよ。君の事は恋人なのにさっぱり解らないけどね。そういえばさ……」


 Γ


 私は収穫を終えて会社に戻った。今日の成果は一つだけ。

 会社では部長がパソコンをいじっていた。部長は私に気付き、おかえりと声を掛けた。

「ねえ知ってる? 益神っていう自殺を止めさせる人のこと」

「何ですか、それ?」

 私は首を傾げた。

「なんでも自分が死神だとか言って、死後について話すんだって。それがまた天国云々な月並みな事じゃなくて、聞くと死ぬ気がなくなるんだって」

「変な人も居るもんですね。自殺を止めさせるなんて、営業妨害ですかね?」

「君は良質な命しか穫ってこないんだし関係ないでしょ?」

「そんなことないです」

 部長はデスクから栓の開いた酒瓶を出した。

「傷心中の君のために、自腹で、買って来たんだ」

 私が飲むのを躊躇っていると、自分で残りを飲み始め、いつになく饒舌に話し始めた。

 私は酔った部長の愚痴に付き合いながら、悪魔の言った言葉を思い出していた。


 そういえばさ、君のことがネットで話題になってたよ、益神って名前で。自殺志願者の身内の書き込みが発端でどこぞの掲示板やらで有名人。

 そうそう、益神って名前の理由なんだけど、自殺をやめた人間が大成するからだって。最近売れてるあの俳優、名前なんだっけ? も益神効果だって。

 相変わらず面白いことをするよね、君は。


 そんな訳がある筈がない。私はこの仕事を百年やってるんだ。私が益神とやらなら、百年前からその話がされているはずだ。

 私はグラスに注がれたお酒を飲み干し、部長のパソコンの電源を落とした。


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