女王の舞踏会「ギリーズ・ボール」
さて、両足を揃えて軽く膝を柔らかくし、上体はまっすぐ、踵をやや閉じて──右足を斜め前に軽く踏み出す。
ボールルームにバグパイプが鳴る。スコットランドの民族舞踊『ダッシング・ホワイト・サージェント』が流れる。
曲に合わせて、ヴァイオリンの弓の跳ねのように軽く、左足を右足に引き寄せて体重を左に移し、右足は床から浮かせる。
その軽やかなステップとともに、ふと視界の端が滲んだ。
──瓦礫の中を歩く父の後ろ姿。
空襲の夜。ただ、父の後をついて行くことしかできなかった。
「恐れることはない、リリィ」
その言葉は、幼い私を前へ進ませた──
円を描いて、手をつないで、上体はリラックス。手はパートナーとのホールドに合わせ、足を小さく跳ねて1,2,3,4、1,2,3,4。はい、そこで逆回転。
──その父の死。そして、それと引き換えに訪れた即位。
「女王陛下」と呼ばれた時の重さ。まだ25のときだった。──
円の中心には彼女がいる。円の動きとは反対に彼女は回る。右に、左に、微笑みを浮かべて。
──世界は回る。戦争から平和へ。帝国から連邦へ。そして、王室も開かれた──
回り終わったら、前の者が差し出す手を取りましょう。互いを引き寄せるように、軽いステップを踏みながら位置を入れ替えるように回転。テンポを合わせて、円の反対側の相手とも同じように位置を入れ替える。
──経済不況・社会不安、出口の見えない閉塞感。心休まる時など、一度としてなかった──
──国民から最も愛された人の死。絶対に許されぬ葬列を、歩くしかできなかった──
──時の流れは止まらない。景色は移ろい、暮らしは形を変え、人の心も移りゆく。
それは寂しいことではあるけれど、寛容に受け入れなければならない──
中央へ踏み込み、左肩をかすめて前へ。八の字を描いて、流れるような動き。反対側に、そしてまた元の位置に戻る。
──母を見送った年。
最後に母がくれた言葉は、今日のような夜にふと蘇る。
「あなたはよくやっていますよ、リリィ」
その言葉は、いまの私が他者へ手渡す灯火となった──
その最後の一歩で円がほどける。
向き合う人と人が、八の字を描いてすれ違い、位置を入れ替えるたびに、舞踏は新たな円を形成していく。
その輪のどこにも、もはや彼女の姿はない。
だけれど、相手を変え、手を取り合い、リールは回り続ける。




