この周辺のケイオスの根元
他三人にもそびえ立つツンツクボールを指さして教えるが、チリは凹んでいて俺に抱きついてきてそれどころではなく、ファイ子は一瞥して
「でしょうねえ」
と呟いただけで、ショラはうんざりした雰囲気で
「ちょっと前にアレに体当たりされとる」
と言った。焦った俺は改めて謝ろうとするが
「ほんとにええのよ」
と骸骨の顔で苦笑いされた。
空は晴れ渡っていて、海は綺麗で空気も澄んでいる。田舎である地元の空気にも負けていない。チリに抱きつかれたまま、島を見回す。看板が目に付く。ファイ子は看板の周囲をグルグル回って観察して、何かを察した顔になり
「この周辺のケイオスの根元……」
とショラを見て、呟いた。ショラは腕を組んで頷いて
「書き換えてみるんか?」
ファイ子は、俺に抱きついたままうなだれいるチリを見て
「……チリさんがいいと思うのですよお。ケイオスの申し子みたいな方々や状況を渡り歩いてもお、傷一つ無いどころかあ、お友達が増えていますしい……」
ショラは深く頷くと
「やろなあ。チリちゃんは迷いがない。イマジナリーも豊かや」
とチリの背中を見つめる。
ファイ子とショラは俺に、チリが落ち着くまで動かないように言ってくると、二人で連れ添って砂浜や森の中まで何かを散策しにいってしまった。俺はチリと砂浜に座り込んで、背後のそびえ立つツンツクボールではなく、のどかな無人島を眺める。辺りは静かで鳥の鳴き声さえしない。チリがポツリと
「ねえ、私、えいなりと……」
「うん」
「二人で暮らしたい……もう何も考えたくない」
弱ってるなあと心配しながら
「……今は何も考えなくていいと思う」
「そうする……」
などと二人でポツポツ喋っていると
ファイ子とショラが戻ってきた。二人の手には真っ黒な木の棒が握られている。
ファイ子は俺に木の棒を見せてきて
「これで看板に落書きをしてもらいます」
と言ってきた。ショラがチリの横にしゃがんで
「チリちゃん。看板にな、ここはわしら四人の国やって書いてほしいんや。細かい設定付きでな」
「……どんなのがいいの?」
ファイ子が真顔で
「アイドルに関連した国がいいと思いますよお。推測ですけどお、この世界自体がアイドルをテーマにしているようなのでえ、馴染みやすいかとー」
「アイドル学えんワールドとナニコの部分だけ残して、あとは好き勝手、書いてええよ」
ショラの言葉にチリは頷き、渡された、先が削られて尖った黒い木の棒を手に取り、立ちあがった。
チリはまずは看板の何も書かれていない裏に
落書きをし始めた。
そして1時間ほどするとそれが完成すると俺たちに見せてくる。その内容は
この国はアイドル忍者を養成する国で、国王のえいなりと王妃のチリ、そして首相のショラちゃん、その秘書のファイ子ちゃんがいます。四人は最強のアイドル忍者を養成するため、闇のアイドル忍者奥義をチリ王妃は闇深き洞窟の奥から……。
などと小さな字で何千字もマニアックな設定が書き連ねてあった。俺は途中で読むのをやめたが、ファイ子とショラは全て読んだ上で、細かい設定の訂正をチリと打ち合わせし始めた。長くなりそうだったので、俺はツンツクボール内のバーから食料を持ってくることにした。
タラップを渡り、エレベーターに乗り、一階に戻ると何故か若い姿の婆ちゃんが居た。電車内と同じ着物を着ていて、俺を見つけるといそいそと近づいてきた。満面笑みで
「えいなり、素晴らしいわ」
「いや婆ちゃん、どこにいたんだよ」
婆ちゃんは、近くに転がっている蓋の開いた漬物石が乱雑に積められたスーツケースをチラッと見つめると
「そんなことはいいの。あなたが、まさかここまで無事にたどり着けるとは思っていなかった」
「……婆ちゃん、ここのこと、知ってるなら先に教えてくれよ」
婆ちゃんはそれには答えずニコリと笑うと
「えいなり、あなたに一時的に力を与えるわ。強大なナニコちゃんに対抗できる力よ。彼女を屈服させて連れ帰りなさいな。チリちゃんのお父さんを治させるのよ」
と言うとスッと消え失せた。見回してもどこにもいなかった。力を与えるとか言っていたけど、俺の体も変わりはない。少し迷ったあと、婆ちゃん屈服とか怖いこと言っていたし、見なかった、聞かなかったことにしようと思いつつ、食料を取りにバーに向かう。




