ちょうひっさつ
結局、寝ていないことに気づいて、二人とも別々のソファに横たわり、仮眠を取るつもりが、かなり長時間寝てしまう。なぜバーの時計を見る前にそれに気づいたかというと、ラジオを上に乗せたスーツケースが俺やチリの寝ているソファの周りを駆け回り
「ニャンヒカル司令!もはや7時間基地と交信がとれません!」
「諦めるな!まだアンチケイオスシールドは機能している!」
「ジェネレーターの出力低下が止まりません!」
「くっ、絶対絶命か……燃えてきたぞ!」
などという何か大変そうな会話をラジオから垂れ流していた。起き抜けのチリが泣きそうな顔で俺の近くに来て
「私のニャンヒカル……父さん……」
「ニャンヒカルはともかく、チリのお父さんは早く助けないとな」
俺は立ち上がる。いつの間にかバーのカウンターには鯖や蟹の缶詰めが並べられていた。スーツケースは器用にラジオをその近くに置くとクルクル回り始めた。食事を取れと言いたいらしい。
食事をしっかり取り、トイレや洗面に、新品の歯磨きで歯まで磨き、完璧に準備を整えた俺たちは、上階のモニター前まで戻ってきた。近くにはラジオを乗せたスーツケースも居る。席には俺が座り、コントローラーを握ると、チープな電子音が鳴り響いて、ドットの海図が表示される。ツンツクボールのすぐ近くのマスにアメーバのような物体がユラユラしながら行ったり来たりしていたので、チリに
「いいよな?」
「うんっ。行こうっ」
頷きあって、コントローラーの方向キーを押す。すぐに
せんとうに はいった
という真っ赤な色の不吉な書体が画面に大写しにされ3D画面に切り替わると、俺たちは声を出さずに悲鳴をあげてしまう。透明なアメーバの中には鬼のような角が生えた巨大な頭蓋骨や、縦長の二つに折れた艦船の残骸、光る岩石、超小型太陽のような燃える火の玉、そして取り込まれた残骸の周囲をびっしりと走る無数の半透明な血管。こんな悍ましいもの見たことがない。BGMもフルオーケストラと婆ちゃんフルコーラスに切り替わったが、もはや相手が怖すぎて気にならない。
とっしん
ろーりんぐ HP12531
でふぇんす
ちょうひっさつ
というコマンドが表示されて、俺は迷わずに、ちょうひっさつを選んだ。前回迷って怖い思いしたので今回は最初から全力でいく。怖いビジュアルのアメーバとも長時間戦いたくないし……。すぐに画面に大きな虹色の文字で
ちょうひっさつ ふぁいこほうをはなった
と表示されて、俺とチリがふぁいこってもしかして、あのファイ子……?と言う暇も無く虹色にほんのり輝く、半透明で巨大な紫ビキニ姿のファイ子がベチャッとアメーバに張り付いて、そしてアメーバに包みこまれ、取り込まれていった。
目の前でアメーバと同化していく、ほんのり光る半透明なファイ子を二人で口を開けて眺める。
「……いや、ファイ子だよな」
「ファイ子ちゃんだよねっ……」
「取り込まれてるよな」
「そうだねっ……でも、何か大きいね……」
「確かに大きいよな……なんで?」
「なんでだろっ……?」
二人で呆然と画面を見て、思考をしない会話をしていると、完全にアメーバに取り込まれたファイ子が気持ちよさそうにその中を泳ぎ出し、苦しそうに蠢いて喘ぎだしたアメーバは取り込んだものをこちらに向け吐き出していく。画面に岩や折れた艦船が当たるたびに、俺たちの周囲が大きく揺れ、画面には
HPをかいふくした
HPをかいふくした
HPをかいふくした
の文字が繰り返し表示される。
「もしかして、こっちも取り込んでんのか」
「そうだよねっ……」
完全に説明不足の状態に二人で混乱していると、元々の中身を残さず吐き出したアメーバは、最後にファイ子を勢いよくこちらに向けて吐き出すと、全速力で泳いで逃げていった。ベチャッと3Dポリゴンのほんのり光る半透明なファイ子が画面に張り付くと
おそうじスコア 91てん ゆうしょう
とキラキラ光る文字がその前に重なり、婆ちゃんの多重コーラスが
「ゆうしょうよーゆうしょうよーゆうしょうよーさいこうよー」
と繰り返しだした。そして画面は何ごともなかったかのようにドットの海図に戻る。
「いやファイ子は?」
「ファイ子ちゃんはっ?」
なにこれ…?何をやらされてるんだ……。




